灰に還る。 3

「アンタ、もうそろそろ寿命みたいね」
「……だったらなんだよ」

 顔を合わせるなり不躾な女。眼鏡をかけた東洋風の女性が睨みをきかせ、巧も反射的にガンを飛ばす。

「というか……ここ俺の部屋だぞ、なんでお前がいるんだよ」
「お前とは何よ、無礼な奴ね。理由なんて簡単でしょうが……」

 少し俯く女性。巧は決して自身の現状を悲しんでのものではないだろうと予感しており、これから爆発する彼女の台詞もまた、おおよそ見当がついていた。

「どーうして項羽様を召喚しないままくたばるつもりなのよっ!」
「……知るか!」
「今からでも召喚しなさい、サークル引っ張り出してこい! かくなる上は私自身が触媒になってくれよう!!」
「無茶言うな!」

 ……アサシン、虞美人。謎多き、そしてそれ以上に隙や油断の多い、厚かましいんだか繊細なんだか掴みかねる美女。

――。

「だいたいね、アンタが死ぬなら私の立場はどうなるのよ。時系列とか色々、めちゃくちゃじゃない」
「うるせえなあさっさと帰れよ……」
「態度」
「……速やかに御帰りくださいませ虞美人先輩」
「そういうところよ!?」

 すぐそこに死が迫っているとは思えない、気の抜けるやりとり。

「つまりお前……先輩はどういう奴だったんだよ」
「……どこまで語っていいものかしら」
「煮え切らねえなあ」
「うるさいわね! ちょっと考えてるから待ちなさい」
「俺が来るまでに考えとけばよかったじゃねえか」

 カルデアに召喚されるなり己と巧との関係は先輩と後輩にあたるのだから敬うべしと宣い、今日にいたるまで顎で使おうとしては反目され取っ組み合いの喧嘩を繰り広げていた、謎のアサシン。
 時折マシュを気に掛ける以外は野生動物のように後先考えないその立ち振る舞いに巧も呆れっぱなしで、事ここに至るまでその人となりに踏み込んだことはなかったが。

「まあそうね、カルデアの連中とは……殺し合ったりした仲ってやつかしら」
「……」
「ギアを取り出すんじゃないわよ」
「で」

 ファイズギアを手にしたまま、巧は先を促した。

「今よりもう少し先の話よ。そこで私は項羽様と再び運命の出会いを果たし……」
「なあ、この話長くなんのか」
「もちろん?」
「……」
「ベルト巻いてんじゃないわよ」
「オチは」

 虞美人、眉をひそめてから、ため息一つ。

「……カルデアに敗れた私たちはそこで縁という足掛かりを得たことで英霊の座に登録され、アンタらに手を貸してやってもいいかな~となったわけ」
「オルタのジャンヌみたいなもんか……」
「あんな小娘と一緒にしないで。それにしても少しはおかしいと思わなかったの? 史記・漢書に少し顔出してるだけの私が英霊の座にいること自体不可思議なことでしょうが」
「似たようなのは他にもいたし、それどころじゃなかったしな」
「なによ、ちょっとは訝しんだり畏れたりしなさいよ!」
「うるせえな、悔しかったら威厳の一つや二つあるとこ見せろっていつも言ってるだろ!」

 ギャアギャアと口喧嘩の応酬。互いをなじる言葉が出尽くした辺りで二人して体をしずめて肩で呼吸する。

「……なあ、もう少し先の話って、俺もいたのか」
「さあ」
「……」
「……そこまで細かく他人とか覚えてられないわよ。マシュ以外、どいつもこいつもおぼろげ」
「じゃあなんで俺に突っかかってきたんだよ」
「それは……」
「それは?」

 押し黙る虞美人をジッと待つ。言い出しかねて視線を泳がせていた彼女が、やがて根負けして重い口を開いた。

「マシュがね、そのマスターを”先輩”って呼んでいたのよ」
「あ?」
「察し悪いわね、カルデアで彼女がそう呼ぶ相手がアンタ以外のどこにいるって言うの」
「……」
「そういうこと。たぶん今死にそうなのだって、きっとどうにかなるでしょ。わかったらとっとと休んで英気を養って、項羽様を召喚できるよう精進……ちょっと」
「……なんだよ」

 巧の足下に灰が積み重なっていく。それに合わせるように脱力してくずおれるさまに、虞美人は息を呑んでその身を支えた。

「な、なに死にそうになってんのよ。寿命がなによ、生き延びなさいよ!」
「無茶言うなよ……」
「……マシュ呼んできてやるから、せめてそれまで安静にしてなさい」
「いいよ」
「なんでよ」
「わかったからだ」
「はあ? 意味わかんないこと言ってるんじゃないわよ! いいから大人しく」
「先輩」

 不意に遮られ、面食らう。

「な、なによ」
「……」
「? 今、なんて」

 唇を小さく動かしながら、あっけなくそれは崩れ去った。鈍く光るベルトが床に落ち灰をまきあげる。

 アサシンのサーヴァントは灰に埋もれたベルト、そしてそれの動作を司る世代遅れの携帯電話を手にしてしばし弄び……。

「無茶言うんじゃないわよ……」

 灰の山に頭から突っ伏した。

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