「イン・ジ・アビス」
――ヤミナベ・ネスト。ネオサイタマ郊外に突如出没した機械的で有機的で神秘的なこの不可思議ダンジョンに、出自を問わず今日も様々な者が集う。財宝を追う者、この地の正体を探る者、己の腕を試す者……。
「アババーッ!サヨナラ!」護衛ニンジャの首が飛び爆発四散!「アイエエエ!」考古学者失禁!「ワハハハハ!」響く嘲笑!「アババーッ!サヨナラ!」カラテ戦士ニンジャの首が飛び爆発四散!!「アイエエエ!」ニンジャ・ワナビー失禁!「ワハハハハ!」響く嘲笑!!
探索者でもなければ求道者でもない者がいる。殺しのエモノがひっきりなしに自分からのこのこと現れ出でる。誰にも咎められることなく、己の欲求……底なしの殺人欲を満たせる。ボルトスパークを名乗るこの重サイバネニンジャにとって、この地は実際楽園に等しかった。
鼻歌まじりにあわれなモータルをナマスにした後、ボルトスパークは遺品の検分を始めた。彼とてダンジョンにとっては一侵入者に過ぎない。いつなん時危機に陥ってもいいように、万全のコンディションを保つためにはそれなりに備えがいる。
カネあるいは兌換可能な貴金属、サイバネティクスのメンテナンス・キット……とりわけスシや違法メガデモといった嗜好品の不足は避けたい。もちろんボルトスパークにとって殺人こそ最高の娯楽だが、殺しの後に喫食するスシは彼の心の潤いだ。
「ここまで来るわりには、大した備えもない連中だ……」一通り死体漁りを終えて立ち上がろうとしたその時、ボルトスパークの首から上を置換し脳とサイバネ骨格を包み込む360°センサーが、みじん切りになった考古学者の背後に鎮座する不審物をチェックした。「ム」
それは、赤黒く塗られたカンオケだった。ボルトスパークの発した脳信号は瞬時にセンサーにサーモグラフィと赤外線カメラ、X線照射を起動させるが……「空?いや、この重量はしかし……」それら全てをもってしても、カンオケの中は一切覗くことができない。
「……」ボルトスパークの直感と経験が告げた。これは罠だ。触れるべきではない。踵を返し、ねぐらにしている区画へと引き上げんとした、その時。
「Wasshoi!」
ダンジョン内の機械的な区画に張り巡らされたエアダクトを突き破り、突如としてそれは現れた。赤黒いニンジャ装束。「忍」「殺」とレリーフされた恐ろしいメンポ。「ドーモ、ボルトスパーク=サン」
「ニンジャスレイヤーです」
ニンジャスレイヤーvsボルトスパーク
「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。ボルトスパークです。聞いたことある名だ。俺みたいなことをしているとか」「オヌシを殺す」ニンジャスレイヤーは取り合わずジュージツを構えた。「そりゃダメだ。俺がアンタを殺す」ボルトスパークは二本のカタナを交差させ、禍々しくカラテを発し「イヤーッ!」
「……グワーッ!」腹部から煙を放ち、一歩後ずさったのはボルトスパークだ。いったい何が起きたというのか!?
……ニンジャ動体視力をお持ちである読者の皆さんに詳しく説明する必要はないであろうが……ボルトスパークのワンインチ距離へ瞬く間に踏み込んだニンジャスレイヤーはカタナを振る間も与えないカラテジャブを3発も打ち込んでいた。
恐るべきはボルトスパークのサイバネ強化された状況判断能力だ。彼は不利な距離でのカラテ攻防に際しカタナによる反撃という選択肢をはじめから切捨て、柄による打擲でこれを迎え撃った。そして自身の腹部へ入った一撃、これでのけぞったことで生じた距離的余裕を活かし心臓を狙う一突きまで放っていた。
苦し紛れの一撃を容易に受けるニンジャスレイヤーではない。だが、後退を図るボルトスパークの足を踏み抜きワンインチ距離を保ち続けて殺すという目論見は、この突きをかわすために一度諦めるほかなかったのだ!
「ワハハ……雑魚ばかり殺すのにゃ飽きてたところだ!」ボルトスパークの球状ディスプレイが、その360°すべてを見渡すサイバネアイを威圧的に光らせた!「お前をネギトロにして食うスシは、きっと忘れられない味になるぜェ」
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」
「イヤーッ!」「グワーッ!」鋭角的ハイキックを肩に受けボルトスパークの上半身が90°回転!怒涛のカラテ攻防を制したのはまたしてもニンジャスレイヤー!しかし!「……イイヤーッ!」「ヌゥーッ!?」ボルトスパークの上半身は120°……180°……360°……720°……アナヤ!その回転が止まらない!
下半身は地を踏み据えたまま、上半身だけがヘリコプターめいて高速回転し、360°ディスプレイの走査は常にニンジャスレイヤーを追い続けている。一歩、また一歩と竜巻めいた回転斬撃が迫る!コワイ!「ワハハ、ワハハハハハハ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「グワーッ!」
ニンジャスレイヤーはこの猛追をクロス腕ガードで凌ぐ、凌ぐ、凌ぐ!仮に彼の両腕に装着されたブレーサーが生半な市販品であったならば、その両腕は防具諸共引き裂かれ、多くのダンジョン探索者がそうであったように防御の手立てを失ったニンジャスレイヤーの首は宙を舞っていたであろう!
「耐えるとはな!だが、いつまでもつかなァ!?」ジャイロ回転を終え、ボルトスパークは再び威圧的にカタナを構えた。研ぎ澄まされたカラテのぶつかり合いに、周囲の空気がドロリと歪む。
「ワハハ!死ね、ニンジャスレイヤー=サン!死ねーッ!」ボルトスパークは再度ジャイロ回転!タイフーンめいた殺戮旋風がニンジャスレイヤーに迫る!「イィィ……」ニンジャスレイヤーは……「……ィイヤーッ!」ダンジョンの天井すれすれまで高く跳躍!「何!?」
ボルトスパークはその思惑を察知し回転を止め対空イアイ斬撃を「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーのストンピングがボルトスパークの左肩を覆うサイバネ強化骨格に沈み込む!ハヤイ!「自信があったわりに縦には回れんとはとんだ欠陥な。くだらんコマ遊びは終わりだ」「ぬ、ぬかせーッ!」
「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーのストンピングがボルトスパークの右肩を覆うサイバネ強化骨格に沈み込む!「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーストンピングがボルトスパークの左肩を覆うサイバネ強化骨格に沈み込む!
「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」
「イイイ……イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは既に満身創痍のボルトスパークを踏み台に跳躍、渾身の二段回し蹴りを叩き込む!「アババーッ!?」渾身の破損各所から閃光を迸らせ、ボルトスパークはネズミ花火めいて錐揉み回転!「サヨナラ!」爆発四散!
「……」ザンシンを終えて立ち上がったその時、ニンジャスレイヤーの培った並外れたニンジャ第六感が、ボルトスパークの爆発四散痕のさらに奥に鎮座する不審物をチェックした。「ム」
それは、赤黒く塗られたカンオケだった。ニンジャスレイヤーは瞬時に状況判断しカラテ警戒するが……「……」カンオケの中に確かにある気配の正体は一切見極めることができない。
「……」ニンジャスレイヤーの直感と経験が告げた。これは罠だ。触れるべきではない。「イヤーッ!」最後の生き残りが踵を返しその場を去る。一時の静寂がダンジョンを支配した。だが、それもやがて現れる遺品漁りたちの雑多な喧噪にかき消されるだろう。
――ヤミナベ・ネスト。ネオサイタマ郊外に突如出没した機械的で有機的で神秘的なこの不可思議ダンジョンに、出自を問わず今日も様々な者が集う。財宝を追う者、この地の正体を探る者、己の腕を試す者……。