Burn to Cinders 微睡み

――玉座を残して神殿は崩壊した。もはや獣の兆しはない。

「コフィンからの覚醒に一時間ほどかかったし、筋肉疲労、魔術回路の消耗、細かな外傷は山ほどある……が、キミは無事このカルデアに帰還した」

 レフ・ライノールの手で屠られた二〇〇余名のスタッフ、今もなおコフィンでまどろむ四十七人の凍結されたマスターたち、熾烈な最終決戦にその身を投じたメンバーの中でただ一人生じた未帰還者、そして――。
 彼……それとも彼女……天才の視線の先にいる少女――”その存在全てが消滅したにもかかわらずこうしてここに在る奇跡”という例外はあれど、それでもやはり失ったものは取り戻せないのだ。少なくとも、自分たちの望んだ通りには。

「であれば! やはりこう言わないとね。任務達成、おめでとう!」

 だからこそ、この結果を祝わなければいけない。讃えずにはいられない。背後でくす玉が弾け、脇のスタッフ一同が隠し持っていたクラッカーを一斉に鳴らす。少女、そしてそのマスターである青年は驚きのあまり辺りを見回し矢継ぎ早に質問を投げかける。これでいいと、天才は微笑んだ。

「……先輩」
「ああ……勝ったんだよ、俺たち」

 二人して張り詰めていた糸が切れたよう。今後の展望に関する説明も、耳にしてはいるがどこか上の空。

「――というわけで今後レイシフトは国連と協会の許可なくして行うことはきわめて難しいだろう。人理焼却を阻止したことでサーヴァントの多くも退去を済ませている」
「多くは、って……残ったやつらは?」
「私のようにグランドオーダーが開始する前からいた物好きと……キミのことが放っておけない、奇特な連中さ」
「……」

 ようやく口を開いた青年が、また唇を真一文字に結んだ。
 彼を、彼女を頼みます。皆が皆というわけではないが、しめやかに粛々と、彼らは去っていった……まるではじめからそこにいなかったかのように。あるいはこの場に魔術師らしい魔術師さえいたならば”使い魔とはそうあるべき”と説く者もいただろう。それでも少し物悲しいのは、共に過ごした時間の長さのなせるものか。

「――さて、これより本年初のオーダーを諸君に言い渡す! ズバリ……この装置を指定する座標まで届けてくれないか」
「? ……ダ・ヴィンチちゃん、これは?」
「なに。要するに君たちが成し遂げてきたものを、他でもない君たち自身の目で確かめてくるといい、ということだね!」
「! ……はい!」
「?」

 手渡された端末を見てキラキラと目を輝かせる少女と、それを訝しみながらも彼女から自分に渡されるのを大人しく待っている青年。
 二人の距離は未だ少しギクシャクとしたものだが、それでも先輩後輩として、なにより善き友として在ろうとする姿は初対面の頃と比べれば随分と微笑ましいものであった。

「おおっと、逸るなよマシュ。キミと我々のマスターはまだレイシフト上がりだ。そうだね……あと60分程度はインターバルを置いてから向かうといい」
「えっ……あ、そうですね」
「さっきから何の話してんだお前ら」
「ふふふ、こっちの話!」
「ええ、こっちの話です!」
「……?」

「さて、キミもどうせ”自分の心配なんかしないでとっとと帰れ”なんて言って回るつもりだったんだろう? せっかくだからあちこち行ってきたまえ。なあ、”たっくん”?」
「……ありがとよ」

 世界中の洗濯物が真っ白になるように、みんなが幸せになりますように。いくつもの悲劇を生きのびた末に抱いた無謀で無茶で無垢な夢。それすらも踏みにじった大魔術師に、遂に男は勝利した。決して簡単なものではなかった、困難と苦闘、そして無数の別離に満ちた道のりの果て。

「お、珍しく殊勝だねえ。てっきり減らず口の一つや二つ飛んでくるもんだとばかり思ってたぜ!」
「余計な口訊いてるのはどっちだよ!」
「やや、痛いところを突かれたなあ」
「ったく」

 それでも、今日まで彼は戦ってこられた。
 自分自身――そして、彼らの夢を守るため。

「……なあ、”ダ・ヴィンチちゃん”」
「! ……なんだい」
「カルデアもレイシフトもマスターも、どれもろくなもんじゃなかったけど、なんだ。楽しかったぜ」
「それは……それは、よかったよ。さあさあ、60分後に再びここに集合だ。遅れるなよ」
「ああ」

 嘆き哀れみ忌み嫌ったはずのヒトを受け入れた憐憫の獣が朽ち果て、限りなき慈愛を見届け己の持てる愛を捧げて比較の獣が消え失せた時間神殿を越えて――灰まみれの身体を無理やり動かす、死にぞこないのケダモノが一匹。

 さあ、どこへ行こう――。

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