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声の限りに / トゥットゥッ(4)

2003/08/21

からっ風が去ったバグース・ベイというコテージにぼくはまだ居残っていた。

実質、彼と過ごした時間は一日にも満たないものだった。それでもあの嵐のような一夜は、残影のように心を捉えて離さなかった。それは間違いなくぼくの人生にとって決定的な何かだった。音楽が生まれる瞬間に立ち会ってしまったこと。あの瞬間、彼らと同じ空気を呼吸していたこと。

バグース・ベイに併設されたレストランでは、週に何度かバタック舞踊と音楽のステージが開催された。

その日、開演まで時間があったから、ぼくは部屋の前のテーブルでチーズクラッカーを齧りながらビールを飲み、フランツ・カフカの『アメリカ』という未完小説を読んで時間を潰した。

読み進めるにつれ、この物語が高校生の頃に読んだ『火夫』という短編の続きであることに気付いた。長編小説の第一章として、まさかこんな場所でふたたび目にするとは思わなかった。

ふと、再会という奇妙な巡り合わせを思った。終わったはずの記憶がいつの間にか追加トラックに割り当てられ、誰かがそっと赤い丸印のRECボタンを押した。再会したんだよ、まだ終わったわけではないんだよ、と。

旅の途上で、たとえ一瞬であれ心を通わせた人々は数え切れなかった。その土地の人間はもちろん、旅行者という同じ立場の人間に限ってもそれは変わらない。

クアラルンプールのドミトリーで出会ったジェニーという名の韓国の大学生。クアラトレンガヌの宿で三日間ともに寝起きし、二人で飽きもせず屋上でいろいろな話をしたオーストリアのマイケル。ぼくにピピ島行きを薦めたイギリスのアレックス。コタバルのあの宿で、得ることではなく互いに失う方を選んだ日本人の女性。

手をつないで雨のチュムポーンを歩いたイギリスのナダ。ピピ島のマッサージ屋でドレッドヘアの飾りつけを手伝ったオランダのアリス。ペナン島の安宿で筆談を繰り返した聾唖の中国人。

出会いはいつも一瞬の出来事だった。心を通わせた次の瞬間に、ぼくらはもうお互いに別の場所へ歩き出していた。引き合うように出会い、ほんのつかのま同じものを見つめ、いくつもの思いを重ね、そしてまたぼくらは旅立っていった。出会いはいつも別れの始まりでもあった。

ペナン島の安宿でカナダ人の青年と日本人の女性にも出会っていた。その時は特に会話らしい会話もなかった。彼らが宿を決める時にたまたま居合わせ、カナダ人の青年に声をかけられただけだった。バンコクでデング熱にかかってしまい二人で入院したと話す青年に、ぼくは笑顔で「Here are not so many mosquitos」と答えた。それが全部だった。

二度目に出会ったのはブキッラワンの吊り橋のたもとだった。先に気付いてくれたのはたっぷりの髭をたくわえた優しげな眼差しの彼だった。ボホロッ川のせせらぎが響く川べりでぼくらは自然に抱き合い、互いの背中を叩き合った。

「元気だった?」「スマトラ島へはいつ?」「あのフェリー大変だったでしょ?」

ぼくらはこれまでの旅程をなぞるようにしてお互いの今を確かめ合った。ブラスタギというあの高原の街を教わったのも実は彼ら二人からだった。

三度目の再会を果たしたのがこの湖畔の町トゥットゥッだった。おかしなもので、三度目になって初めてお互いの名前を知った。青年はキャメロンといい、キャムと呼んでほしいと言った。隣にいた日本人女性は美鈴という名前だった。いい名前だね、とぼくは笑顔で言った。ふと、金子みすゞという詩人を思い浮かべながら。

「でもね、インドネシアでこの名前を言うとみんな笑うのね。ヌードル・ミルクって」彼女は可笑しそうにそう言って笑った。

「ヌードル・ミルク!」キャムもそう繰り返して穏やかな笑顔を見せた。

マレー語もインドネシア語も等しく「みすず」という名の「mi」は「noodle」を、「すず」正確には「susu」は「milk」を指す単語だった。彼女は行く先々で「ヌードル・ミルク」と呼ばれてしまったという。

「もうね、先に言われる前に自分から言うことにしてるの。My name is "Noodle Milk"って」

バグース・ベイのステージはバタックに伝わる歓迎の舞踊から始まった。キャムと美鈴と、もう一人、この土地ですっかり仲良くなったイギリス人のジャックという名の女性と四人でテーブルを囲んだ。

ジャックはいつでも少女のように屈託なく笑う愛らしい女性だった。周りにいるすべての人間を味方につけてしまう笑顔の持ち主だった。トゥットゥッ最初の夜、ドクラスに案内された宿のレストランで夜更けまで歌った中にもジャックの姿があった。からっ風と過ごしたあの夜も、途中から彼女はぼくらの傍らで身体を揺らしていた。音楽のある場所にはいつもジャックがいた。

観光客向けにアレンジされたバタックの音楽は、それでもなお心に沁み入るものだった。

男たちのコーラスが空気を揺らし、パーカッションの軽快なリズムとギターの音が空間を埋め尽くした。郷愁。それはきっとそんな言葉で語られる心の風景だった。さまざまな壁を飛び越え、男たちは天から降り注ぐ光のように音楽を幾重にも紡いだ。

音に身を委ね、湖からの夜風に吹かれながら、ぼくはこんな時間がずっと続けばいいのにと願った。

ステージがはね、観客たちが去ったあとでも、ぼくたち四人だけはレストランに残って男たちと歌った。思い思いのコーラスを重ね、気まぐれにパーカッションを叩き、肩を組み、ビールのグラスをぶつけ合いながら。

バタックの歌に始まり、エリック・クラプトン、グリーンデイ、ジプシー・キングス、U2、ビートルズなど、演奏されたのはどれもが一度は耳にしたことのある曲ばかりだった。リズムに合わせてステップを踏み、ぼくらはもつれ合いながら、ひとつの音楽にそれぞれの思いを溶かし込んでいった。

最後に演奏されたのは「4 Non Blondes」の「What's Up?」だった。九四年、ビルボードチャートの一位を飾ったあの曲。

当時ぼくはこの曲が大好きだった。メロディ、歌詞、どれもが思い出深いものだった。学生時代、この曲を元に短編小説やテレビドラマ用のシナリオまで書いた。愛の再生、自立、別れ、旅立ち。十九歳のぼくのすべてを託した物語たち。

心は否応なくあの頃に引き戻されていった。そして、もう何度目か分からないぐらいに、あの温もりや手触りを、ぼくはもうすべて失ってしまったのだと思った。

 And so I cry sometimes when I'm lying in bed
 Just to get it all out, what's in my head
 And I, I am feeling a little peculiar
 And so I wake in the morning and I step outside
 And I take deep breath and I get real high
 And I scream from the top of my lungs
 What's goin' on?
 And I say hey, hey I said hey, what's goin' on?
 © 1993 Linda Perry

 だから時々ベッドで泣いてしまう
 なにもかも洗いざらいぶちまけたくて
 なんだかいつもと違う感じだから
 目を覚まして外へ飛び出して
 深く息を吐いて気合いを入れたら
 声の限りにこう叫ぶんだ
 どうなってるんだ?
 ねえ、いったい何がどうなってるんだ?

もう二度と言葉を交わすことも、すれちがうことも、同じ景色を眺めることもできない。それはもう分かっていたことだった。出会いと別れを繰り返しながら、ぼくたちは今を今として生きていくしかないのだろう。いくつ国境を越えようと、いくつ海峡を渡ろうと。

歩き続けていくしかなかった。ぼくが連れていけるのはぼくの人生だけなのだ。

どうなってるんだ?

それは疑問でも諦念でもなく、そんな言葉でしか伝えられない決意なのだと思った。

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