魂の住まう場所
その惑星は無人だった。
水晶のような雌しべをつけた無数の花が、風に揺れており、地平線の先には銀河が浮かんでいる。
足裏には、濡れた苔のような感覚があった。
随所から滲み出る湧水が、所々、せせらぎとなって大地を濡らしていた。
私は、この世界でたった一人のようだった。
小川の源流に目をやると、ほんのりと灯りが灯された小屋があった。
この無機質な世界の中で、その明かりだけが、唯一、熱を伴っているように見えた。私は、導かれるようにして、川筋を辿り、その小屋に向かった。
辿り着いた小屋は、誰かが住んでいたかのような、気配をまとっていたが、人気はない。
年季のたった木の扉が、おいで、と招いているような気がして、ずっしりとした取手を引いて、中に入った。
小屋の天井は、想像できないくらいに高く、5メートル以上あるだろうか。
天井に嵌め込まれた、透明なガラス窓の先には、漆黒の中で、無数の星が瞬いていた。
正面の壁に、誰かの絵が飾られているのが目に入った。ステンドグラスで作られているようで、小さな港に、帆船が停泊している絵だった。
右手には、暖炉があり、既に、薪がはぜている。奥にはキッチンがあるようだったが、やはり人気はない。
左手を見ると、木でできた大きな作業台が、部屋の中央に、陣取っていた。卓上には、色とりどりの石のかけらが転がっており、見事な金細工の施された、丸い額縁の中に、いくつかの石がはめ込まれていた。
ふと、これが私の仕事だとわかった。
この広大な世界の中から、この額縁にぴったりの石を選び出し、それぞれの石の声を聞きながら、絵を完成させること。
そしてこの絵は、最後、私という存在が死んで、星屑となり、石の隙間を埋めて初めて、完成するのだとわかった。
それに気づいた時、私は、胃のヒダが逆立つような感覚になった。
人生をかけた仕事の完成を、私がその目で見ることはないならば、それはなんのためなのか、という声が一瞬頭をよぎる。しかし同時に、それは至極、生き物として当たり前のことなのだ、と、何かが腑に落ちる感覚もあった。
先人が残したであろう、帆船の絵が再び目に入る。この絵に呼ばれて、私はこの小屋にやってきた。そして、この絵はまた、次の魂を呼ぶのだろう。
そうやって魂を迎え入れる、この家自体もまた育ち、生きていくのだ。
改めて、右手の暖炉を見ると、暖炉の炎は、ただ室内を温めるだけでなく、外の空間と、繋げる役目も担っているようだった。
外の世界では、無数の星屑が、道を成したり、崩れたりを繰り返しながら、葉脈のように、躍動している。
星屑は、宇宙の記憶であり、命であり、必要な時に現れる、生き物と生き物を結ぶ、道そのものであった。
私はこれから、この広大な宇宙の中から、この小さな額縁の中に、嵌め込む石を、探しに行くのだ。
新たな記憶を編み、新しい石を作るのか。
それとも、既にこの世界に存在する石を持ち帰ってくるのか。
あまりにも膨大で、正解のない世界。
しかし、誰かがおこしてくれた暖炉の火が、私を旅へと誘う。
それを見て、まずは、あの人に会いに行きたいと思った。
そして、これから、あの人との間に生まれてくるであろう、
新たな石を、見たいと願ったのだった。