奈落④
そんな煮えきらない彼女の態度に、若干の不安と苛立ちを覚えつつ、最初の1週間は大人しく過ごした。たまに散歩をするのと、人に会うのは東洋餐館で例の大統領と食後に雑談するくらいだった。
とある日、以前から気になっていた薔薇戦争にならったもう片方の街へ行ってみることにした。それは、車で30分くらいの場所に位置していて、日帰りでぷらっと覗くのにはもってこいだった。昼近くに出発して、高速でサスケハナ川を渡った。とても蒸し暑いのも手伝って、あたりの風景は熱帯ジャングルのようだった。このまま州都のハリスバーグでも観てこようと思ったが、中心街と書いてある出口にそのまま進み、目的地へとついた。
その街は全くつまらないところであった。独立戦争のときに、一時期植民地側の首府が置かれていた時期もあったらしいが、自分の住んでいる街とそう変わらない。街の中心にマーケットがあり、その周りが繁華街になっている。わたしはマーケットの駐車場に車を停めて、昼食を摂るべく市場に入ってみた。
市場はレンガ造りに古い建物で、全てのドアが開放してあった。中には様々な店が出店しており、それなりのにぎわいをみせていた。わたしはその中からサンドイッチの店を見つけると、適当に注文して、入口近くのテーブルで食べた。味の方は悪くなかったが、可でも不可でもないという、典型的なアメリカの味がした。実はアメリカにも郷土料理というものが存在し、ペンシルヴァニアにも、主に、この辺に入植したドイツ人たちがもたらした料理から発展した物が有名であった。だがしかしわたしはそのことはよく知らなかったのもあって、食事に終始無難性を求めたのである。
食事を終えて観光がてら街を散策することにした。その当時はまだスマートフォンが普及する前である。何処に何があるかもわからない。ただ単に古ぼけたレンガの街を彷徨した。それにしても暑い。途中でどっかでアイスを買ったが、とにかく湿気がものすごい。おまけにドン曇りだ。アマンダが入ればまた違っただろうに、とふと考えながら、これまでの2人の歩みを振り返っていた。思えば彼女は色々と自分に尽くしてくれていたし、自分が、こうしてペンシルヴァニアの田舎街でほっつき歩いているのも彼女の差し金の結果であった。これからどのような生活が送れるのだろう、そう思いながらマーケットの駐車場に戻った。時刻はまだ3時を回ってなかったが、アマンダに話したくなったのでこのまま戻ることにした。彼女がこっちに来てからまたここに来よう、そう思いながら、わたしは来た道とは別の、アール・デコ調の古ぼけた橋を渡って家路についた。
つづく