学園祭出展者は広報を頑張ろう

要約


 学園祭はほかのイベントと比べ出展者や直接の関係者の割合が高く、何も関係ない一般の来場者は相対的に少ない。むしろ、一般の来場者を大量に呼べる実力がなくても自分のお祭りを開けることが、学園祭の意義である。しかし、この意義を守る理由が実行委員会にはなく、出展者の要望よりも派手なものをつくることに終始しがちである。実行委員会をこちらに振り向かせるためには、出展者がみずから集客を頑張って盛り上げることが大事である。集客に関しては、卒業生に一定の役割があると考えている。公認団体しか学園祭に参加できない場合のノウハウ、具体的な広報の方法論は下に記した。特に、許可がスムーズに降りる掲示板に関しては、確実に紙のビラを貼ることが大切である。これら社会的に目立つものよりもやりたいことを優先することは、ラブライブ!のコンテンツのメッセージに通じる。 

 ラブライブがきっかけで関東から関西までの学園祭を回るようになった、とれーどおふです。(北海道・東北・九州・沖縄に行くまで全国とは言いません。)2024年11月29日現在まだ全国で唯一の「学園祭のオタク」です。
 今日は、私がほれ込んだラブライブなど現代コンテンツの振りコピ・コピユニ、ラブライブ研究会など私設応援サークルによる教室展示や模擬店が、今後とも多くの大学によって、する側も見る側も愛されて継続していくために筆を取ります。論の構成としては、まず各大学異なる学園祭の状況をなるべく抽象化して、学園祭の社会的意義について私見を交えて議論し、次に振りコピ・コピユニ、研究会に関わる私たちは場面ごとにどのようにふるまうべきか検討し、最後に実際の学園祭運営・団体への参加の経験から、方法論を提示します。

1、学園祭の特徴と意義

1-1、催事の構造


情報量ゼロですが、すべての催事の来場者は、以下の属性の人物の総和です。

催事の参加者=催事を実施している人+催事を見に来た人

 商業性の高いイベントの場合、前者が来場者としてそもそもカウントされなかったり、逆に外から来ることを想定していない場合、後者がなくても催事が実施されます。前者はライブイベント、後者は体育祭、今年のあばれ祭、スクフェスのμ`s最終話などが該当するでしょう。つまり、主催者は必須ではあるが、提供者と来場者が高度に分化すると、「提供者であり参加していない」状況になりえます。また、催事において、分化した後の意味での来場者は必須ではないことが、直観に反して想起されます。私見では、学園祭は、この提供者と来場者が高度に分化した状態と、単なる来場者が想定されていない状態の間で、かなり幅のある在り方を取っていると考えています。
 以上を踏まえ、さらに学園祭について考えやすくするために、前者と後者をそれぞれ分類します。

学園祭の参加者=(学園祭執行団体+学園祭出展者)+(学園祭実施者の関係者+一般来場者)…式1

これらがどのような割合で来場・関与しているかが、各学園祭のカラーといえます。

1-2、学園祭とは何か


私の勝手ですが、ここでは学園祭を、以下3要件を満たした催事であると定義します。
・学生によって主催団体が組織されていること
・大学が所有していたり、学生が占有していたりする空間で実施されること
・基本的に学外者が来場できること

以上3要件を満たした催事と定義します。つまり、宿舎ごとの新歓を源流とした筑波大学のやどかり祭は、一般来場を拒んでいないため学園祭であり、熊野寮祭などの寮祭も、設置者・入居者が特定の大学でなくても学園祭とします。一方ミッション系の大学でみられるクリスマスパーティーや礼拝は、学生による実行委員会が設立されていても一般公開していない場合学園祭ではないし、オープンキャンパスは基本的に「大学当局が」学生を組織して実施するものであるから学園祭ではありません。【1】
 そして、これらの定義と私の取材を踏まえた上で式1の各項について、言語的に属性を整理したものが以下です。

学園祭出展者→主に、特定の活動を、活動を行う自発的意思によって行う団体・個人。当該大学の学生が主導する場合が大半である。
学園祭執行団体→学園祭・催事・自治活動に関与する意思を持って組織される当該大学の学生。
学園祭実施者の関係者→学園祭実施者の人的資本によって学園祭に来た親族・友人など。
一般来場者→学園祭執行団体・大学当局・学園祭出展者の広報によって来場した学園祭実施者と直接のかかわりがない人。上記いずれにも該当しないが来場した当該大学の学生を含む。

学生が主体の催事なのだから、多くの場合、当然自発的意思によって組織された学園祭執行団体が、同じく自発的意思によって手を挙げた学園祭出展者との間で、統御・調整が行われることによって学園祭が実施されます。

1-3、学園祭におけるビジョンの不一致


 厄介なのは、構造的には、第一義的には、学園祭執行団体にとって統御・調整するにあたって、意思の異なる出展者の利益を最大化するインセンティブが生じにくいことです。具体例として、取材(というか遊びに行った先)で聞いた話では、実行委員会の対応が遅い、ステージの割り振りで各団体の希望よりもゲスト芸能人の都合を優先する、やたらと参加要件が厳しく出展ができなかったなど、執行団体が出展者の活力をそいでしまう例が多々見られました。また、私は金大祭でステージの運営をする、ここでの分類では執行団体を立ち上げ、出展者の出展の自由を最大化する方針で執行しましたが、18時終演の後、20時のカギ閉めまでの間に控室に機材を運び、大慌てでコードを8の字巻きしている間に、当時の1年生が発した言葉「何のためにやってるんでしょう、給料出ないとやってられませんよ」が忘れられません。その年の1年生は7人中5人が辞めてしまいました。なお、あくまで構造的にはと強調したのはそれでも出展者の利益のために奔走する執行団体の関係者も多数知っているからです。
 学園祭執行団体の在り方にはさまざまありますが、ごく一部の例外を除いてその団体が学園祭の執行に関与することを明示したうえで、学内全体あるいは学科など小集団内で募集が行われます。その募集に応じる、多くの場合1年生は、学園祭を通じてどのようなことを実現したくて加入するか、いったん想像してみてください。はい、そうですね(決めつけ)、大きなステージにたくさんの人が集まったり、有名人が来たり、スタイリッシュなパンフレットを配ったり、たくさんの実行委員会とおそろいの服を着て写真に写ったり、そういうキラキラした何かにあこがれて入っていく方が多いと思われます。少なくともうちの団体の新入生はそうでした。
 これを式1でいうと、執行団体が自ら一般来場者を呼び込み、一般来場者がけん引して来場者全体が多くなる状態で、初めのフレームワークでいうと出展者と参加者が明確に分化された状態です。つまり執行団体は、統一感や派手さ、大きさなどを高めることや、それを通じて一般来場者を増やしたい、楽しませたいと考えている可能性が高いです。現に多くの学園祭実行委員会は、パンフレットの構成などで団体の紹介スペースが不十分であるにも関わらず、完売したプロ公演の宣伝にA4まるまる使っていたりします。
 そうした執行団体主導の宣伝や、派手なステージ、芸能人などが、一般来場者の実数そのものを伸ばす効果があるかどうかは、私はかなり状況に左右されると感じています。残念ながら、執行団体の見える範囲でのみ多くの人が集まっているがゆえに、全体の実数よりも執行団体が感じている盛り上がりが過大であると感じる場合も散見されます。また、そのための資金獲得や社会貢献としてのスポンサー獲得や調整などの業務に、地味な仕事ができる人をとられている可能性もあります。
 一方で、出展者は多様なのでその利害を決めつけることはできませんが、執行団体と同じように主に1年生に向けて募集を行い、特定の活動をしたいと思う人が組織された団体が主要です。そのため、新歓では執行団体と参加者は競合し、具体的にやりたい活動がある場合は参加者の組織に入ります。特に振りコピ・コピユニ等ステージ出展者にとって学園祭は主要活動であり、学園祭への参加ができない場合、振りコピ・コピユニを披露する場がなくなってしまい、活動組織そのものが立ち上がらない、あるいはつぶれてしまうことがあると思います。自分の大学の学園祭の参加ハードルが高いと感じるがゆえにステージ関連団体を立ち上げなかった方がいることを把握しています。私設応援団等教室出展者にとっても、作品や言論を見てもらえる限られた機会であったり、教室を使って集まれる貴重な機会で、団体の有意義な活動に欠かせないものだと思います。すなわち、出店者にとっては、自分の活動を通じて来場者を楽しませたい意思があることと同時に、やりたいことを実現することで活動継続のために出展そのものに意義がある、一般来場者数以前に出展環境が重要な命題となります。また、学園祭への出展を広報する手段や、活動の存続のために、出展者は学内に広報する手段を持つことが構造的に求められ、学内の活動拠点や発信方法について、意見を持つことになります。
 しかし、こうした出展者の自由の最大化を行動原理とするインセンティブが、執行団体には第一義的にはありません。ひとつひとつの利益の確保には、時として想像を絶するほど厳しい交渉をする必要があることがあります。私の例では、教壇を動かせるようにする、教室のスピーカーを使えるようにするためだけに、私は50人以上いる参加団体総会で予定外発言をしましたし、本部実行委員会は足しげく管轄の部局に通って実現させてくださいました。また、屋外団体の実施時間が18時までに規制されていたものを、教室施錠に影響しない範囲で自由にさせるため、またファイヤートーチ演舞が火を使ってできるようにするために、今年のステージ実行委員長はメールでも直接でも、課長級と何度も協議し、理事が絡む話にまでなりましたが、いずれも実施することができました。金沢大学よりももっと統制の厳しい大学で、参加者があれしたい、これしたいと言っても、要求だけしてみるだけでもめんどくさい、地味な仕事しんどい、枠内でやっといてくれというのが各執行団体加盟者の本音であるならば、私は痛切に理解します。

1-4、私が考える学園祭の意義


 1-3まででは、取材(だから遊びに行ってるだけだろ)と実践を通じて、学園祭の定義と、かかわる人の属性から構造的に発生する問題について説明しました。ここから、さらに学園祭の取材(遊びに(ry)を通じて感じた、学園祭がほかの催事と異なる特徴と、そこから感じる学園祭の意義を検討し、構造的な問題に結論を示します。
 ここの読者はラブライブ!関係が多いでしょうから、研究会のブースで話したり、振りコピステージを見たりすることが目的で学園祭に行き、終わったら帰るかラーメン食べるか、という方が多いと思います。実は学園祭の来場者のかなりの割合はそんな感じで、特定の団体を見に来た方です。つまり、式1の「学園祭実施者の関係者」の割合がかなり多いと考えられます。
 金沢大学では、5回もステージの運営をしてしまいましたが、連続する演目でも9割以上の方が入れ替わっていると感じています。【2】
 そして、多くの学園祭では、メインステージのほかに個別団体のステージがあります。大き目の公認軽音楽部では、大掛かりな単独のステージを持っていることが多いですし、教室音響を使って少人数のダンス団体が公演している例もあります。演劇の団体は大道具を作りっぱなしにして複数公演やりますし、喜劇研究会さんも独自のステージとタイムテーブル組んで1日中公演することが普通にあります。実はカガライブ!の初ステージは教室借用でして、まだ教室音響が借りれなかったころ、スピーカを持ち込んで、教室の半分を踊る場所にして、もう半分をトラロープだけで区切って観客スペースにしました。
 それら自前の空間で出展している団体について、教室の外が閑散としていても、教室内に入るとびっくりするくらい人がいるということがかなりあるんです【3】。つまり、教室ステージなどで独自タイムテーブルを組んでいる団体、常設展示の団体を見に来た、駄弁りに来た参加者が教室内でかなり滞留しており、教室棟内の人の少なさのわりに人がいます。ここにいるお客さんは、「学園祭実施者の関係者」どころか、軽音楽やアカペラなど小ユニットの連合体のような団体だと「学園祭出展者」だったりするのです。そして、それらの区切れ目になるとびっくりするくらい人があふれて、となりの軽食やを出している団体に大挙してくる、といった動きがあります。
 以上のことから、
(学園祭関係者+一般来場者)/(学園祭出展者+学園祭執行団体)
の値がゼロではないが小さく(私見では0.5~5程度までで幅がある)、かつ
学園祭関係者/一般来場者
の値がイメージされる催事に対して大きい(0.1~1程度までで幅がある)ため、各地で別々の催事がやりたいように実施されていて、見たい人だけが見る、人の動きとしては、「軽音楽部祭」「振りコピ祭」「鉄道研究部祭」が重なり合ったものが学園祭の一側面であると考えています【4】。
 そして、このことを論理的に逆転させた、「一般来場者を集める意思も能力もない素人学生でも、「祭り」を開いてそれなりの人数に見てもらうことができる」ことこそが、学園祭の社会的意義である。これが各地の学園祭を見て回って、またカガライブ!として学園祭公演と単独公演のいずれにも関わった経験による私の結論です。チケットノルマもないし、ポスター展示1枚からだって始められる。学生の表現の場である以上、始める人間がお金を集める能力もないし、そんなことするなら少しでも好きなことを突き詰めたい。ラブライブ!のコピーダンスでも、初めから9人そろっててもそろっていなくてもいい、コスプレがうまくなくてもいい。ステージに立てば、足を止めてくれる人はいるし、近くで模擬店やってる友達が抜けてきてくれたりする。だからこそ始められるし、ダンスや衣装だけじゃなく音響や照明、事務仕事の感覚など始めたからこそ身につく技能がある。やりきったからこそ思い出、自己有能感が生まれる。自発的意思を起点に技能や自己有能感が身につける機会がすべての学生に与えられていることが、学園祭の意義なのではないかと、私は考えています。逆に考えると、発足したての振りコピなど団体が、いきなりホール借りて、友達何人来てくれるかな……という状態では、なかなか文化が育たないじゃないですか。このハードルを下げるのが、学園祭の役割ではないかと感じています。
 それは学園祭をほかの催事と比較したときの特徴という点においても【5】、研究・教育機関としての望ましい姿という点においても重要な点であると考えています。
 

2、関係者が持つべき理念

2-1、出展団体に求められること


 1項の内容をまとめると、「学園祭は技能や動員力を持たない学生であっても参加して個別の催事を開くことができることが意義であるため、学園祭執行団体は出展したい主体の自由を擁護し、出展者相互や大学当局との調整を行うのが本分である。しかし学園祭執行団体は、それ自身も自発的動機に基づく組織であるから、執行団体が見える範囲での盛り上がりの拡大を目指す動機付けが働き、地味な仕事である出展団体の自由の確保より企画や広報等に力を入れがちである。」です。
 ここからは、この状況を踏まえ、出展団体たる振りコピ・コピユニ・研究会や、出展団体の関係者である卒業生などが何をすべきかという点で考えたいと思います。
 結論としては、出展者が協力して執行団体の見たいものである盛り上がっている状態を作り上げることが、執行団体の中のメンバーを参加者、また志ある学生に向けるために重要であると考えます。
 私がカガライブ!の担当者として18年に金大祭に参加した際、「初参加の教室団体として、金大祭に対する意欲と盛り上がりには驚いた」と本部実行委員会メンバーがおっしゃってくださいました。その後19年に私が立ち上げた「おまつりステージ」では、参加要件の緩和交渉などで前進し、通常開催された年では毎年初参加団体を受け入れながら、カガライブ共々盛り上がりを見せています。現在の委員長は、金大祭本部実行委員会やおまつりステージの、出展者の自由と利益の最大化を目標とする運営に共感して仕事をしてくれいています。
 金大祭は歴史的経緯により本部実行委員会メンバーが固定されており、年に1回入れかわる他の執行団体と異なる部分がありますが、出展者の熱意と盛り上がりが、執行団体の行動原理を変えるという点では、むしろ毎年入れ替わる正常な執行団体のほうが起こり得る事象であると考えます。
 ラブライブ!に脳を焼かれているみなさんのことです。学園祭でのみなさんの頑張りが、大学を活気づける可能性が十分にある。特に、学生募集に苦戦している大学では、実際に学生募集に貢献できる側面すらある。そう聞いたらがぜんやる気が出るのではないでしょうか。ラブライブ!の各種活動があるという理由で大学を決めた方は、私が知っているだけで10人います。今存在している振りコピ・コピユニや研究会のほとんどはほかの大学で実現している姿を見て自分もやりたいと思って始めた団体さんです。皆さんが思っている以上に、皆さんの活動は多くの人に影響を与えています。そして、この論点での議論は今は省きますが、皆さんが大学や後進に対してよい影響を与えることは、著作権者に対する務めであるとすら、私は考えています。その観点から、ぜひもっと、学園祭というツールを使って、内容の洗練は言われなくてもするでしょうから、集客・広報にもこだわってもらいたいと思っています。
 また、教室での出展をされる方は、コンテンツを知らなくても教室に入りやすくする外装・内装・展示物の工夫をできるとよりよいと思います。今年の金大祭、金沢大学ラブライブ研究会では、企画をしてワイワイ過ごす場所と、様子を見て出ていく人の導線をうまく分け、内装を風船など一般的なもので色とりどりにすること、クイズを模造紙で作るなど工夫することで、身内ネタの企画を多数やりながら、月夜見海月40枚以上を含む100点以上のCD・写真集をすべて配布しました。オタク系教室展示も、質量ともにまだまだできることがあります。

2-2、卒業生はお役御免ではない


 そして卒業生、振りコピに参加していない研究会のメンバーなど見に行くみなさんは、自分たちの声援が目の前の演者を応援する、自分たちが楽しむことだけでなく、その後ろにいる実行委員会のメンバーをも応援していると考えると、もっと「高まる」のではないでしょうか。しかも、後述する広報実務面では、非演者が貢献できることはまだまだあります。むしろ自分がそちらの立場になるタイミングで、非演者のみなさんに激を飛ばすために書いている側面すらあります。もちろん、卒業生など非演者のみなさんの行動は、演者の皆さんのやりたい範囲で、それをサポートする立場から行うものです。内部での意思決定があやふやで、結果仕事を使ってもらえなかった、ストップがかかったなどは、あって当然です。そのつもりで、お世話になった、楽しませてもらっている文化に対して感謝を込めて取り組める人が増えたらいいなと考えています。現役のみなさんからするとうっとうしいと思われるかもしれませんが、文化ならびに学園祭全体の発展を願って、少し卒業生の役割を大きめに述べること、ご理解いただければと思います。個別の案件に関しては現役生の手を煩わせずかつ意図しない行動にならずに効果的に行動することが、卒業生の腕の見せ所です。
 また、学園祭に参加した際には、演者が立つステージの前提となっている学園祭全体をもっと楽しんでもらえたらと感じています。卒業生などが学園祭に参加した際、振りコピステージだけを見て模擬店で買い物せず、教室にも入らずに演者と話せるのを待ってたまっている、という例が多いです。しかし、学園祭あってのステージですから、ぜひ学園祭のほかのさまざまなブースに目を配ってほしいと思います。ほかのブースの学生も、見てほしいものや伝えたいことが詰まった展示ですし、模擬店やブースのカフェで飲食をしたらお金が動きますので、どちらも来年以降参加する動機になります。なんだかんだ参加団体数はわかりやすい指標ですし、模擬店は外で人が動き、盛んに宣伝する方が多いので、執行団体から見てわかりやすい盛り上がりになります。沼津で地元の人がびっくりするくらい大勢の人が来て、いろんなお店を見つけて居場所としていくことにびっくりしたとの証言がありますが、これをぜひ学園祭でやっていただきたい、特に自分の大学でコピユニ・振りコピがある大学で見に行く方は、自分の大学のほかの面白いことをやっている学生のこともぜひ知ってほしいと思います。

3、そもそも公認団体しか学園祭に参加できない…?


 広報について話を移す前に、そもそもそもそも公認団体しか学園祭に参加できないとされた場合の対処法について私の知見の範囲内で検討します。
①まず、それは公式の情報か確認してください
 公認っぽい団体しか参加していないなどの理由で、怪情報が流れている場合やご自身で思い込んでいる場合が、まあまああります。実行委員会規約・学友会規約のようなものが存在すればその規約を確認し、存在が確認できなければ「できるだけ早いうちに」、連絡先が公表されていない場合は昨年の実行委員会の連絡先に確認してください。メンバーがそろう前からです。特にそのような規定はないが、今年は間に合わないと言われてしまった例も聞き及んでおります。
②回答があいまいな場合は、以下のことを実行委員会に確認してください
・それは誰が言ったことか
 大学の部局であれば、直接交渉に臨んで問題ないです。部局に確認したら「実行委員会が決めることです」と返されるかもしれません。であればその旨を伝えましょう。特段誰が言ったかわからないような状態であれば再度、なんとか出演できないか重ねて依頼しましょう。
・どのような経緯で決まったことか
 大体上と同じ内容ですが、経緯がわかれば執行団体側の不安な点が解消されるかもしれません。本来学園祭は学生の祭りであり、大学の公認・登録と異なる意思決定をして当然です。このことを言えばすんなりわかってくれる例すらあると思います。
③ステージのゲストの選定はどうなっているか、呼んでもらうことはできないか確認してください(ステージ希望の場合)
 過去に、ステージ参加団体を公募していない学園祭(どうかと思うが結構ある)で、教室での「参加」は大学からの公認・登録がないとできないが、ステージへの「出演」は実行委員会が決めることだから構わない、という運用を取っていた大学があります。芸能人といっしょの建付けでステージに立てるよ、やったね!別の大学ですが、各学科から人数を決めて選定される自治組織が学園祭の実行委員会も構成する大学で、表向きは公認団体の参加を認めていないしある団体は断られているのに、学友会兼実行委員会重役の知り合いを介して頼んだところなぜか参加可能であることが通例になった例もあります。その団体インカレっすよ。なんだそれ。
④公認化の手続きはどうなっているか確認してください
 公認化の手続きのフットワークが非常に軽い大学も存在します。先に挙げた重役を通したら通る大学では、3年間継続して活動することが求められているにも関わらず自由掲示板が学内にほぼ存在しない、にも関わらず「プロジェクト」と呼ばれる科学技術的なガクチカになりそうな活動の団体の場合はすんなり通るという大学もありますが、意外と、自由掲示板がない、かつ、公認化の方法がほぼない大学、かつ学園祭に出られない、3要件そろっている大学はそんなに多くないです。プロジェクトならすんなり通る例の大学の場合は、服飾制作プロジェクトとかで申請してみたら通るかな…こういうあり方は、「人生に役に立つ」集まりしか作れない、横道にそれられないので私は批判的です。結社の自由に反しているし。ただ、プロジェクトに対する支援体制はバッチリなので取れればやりやすいです。ですのでやりたいことと結び付けてこねくりまわしましょう。困ったら私まで。
⑤あきらめない!
 最後に、ありとあらゆる手段を尽くしても参加できないとされた場合、あるいは人数不足等で断念した場合、あきらめずに他大学の活動にまじる、ホールでの公演、踊ってみたの撮影、会誌の即売会での頒布など別の手段での活動をあきらめず取り組みましょう。次年度以降活動実績があれば各種申請が通る場合もあります。あなたが選んだ大学は、あなたのしたいことをあきらめさせるような大学ではないと信じています。あなたの後に道は続いています。やるったらやる!
 なお、活動に関するご相談は私は乗りますし、このアドベントカレンダーに投稿している方や、近隣の大学の類似の活動を行っているメンバーに質問すればのってもらえるかもしれません。

4、広報方法論

4-1、公開範囲のすり合わせ


 ここからは、実務的に、どうやったらより多くの人に広報できるかについて、話をしようと思います。
 とはいったものの、学園祭直前の演者、ならびに直接に演者から仕事を受け持っている人って、ほかの事する余裕ないくらい忙しいんですよね、、。しかも、コスプレ等この手の趣味的活動を発展させたものですと、活動をどの程度公表したいかにばらつきがあり、家族にも隠している場合が多く、究極的な例として「ステージに立つけど親に調べられたくないので影も形も見せたくないし団体での広報も積極的じゃない」という方までいます。
 ただし、これらのことを事前に確認もしていない団体さんが多いと思います。そこで、まず、振りコピ団体さんは自らの活動をどの程度まで公開してもいいのか、その年のメンバーに確認を取って共有することが重要と考えます。私は高海千歌の姿で夕方の生放送にも出て学生証もさらされましたが、団体「カガライブ!」としては迷惑撮影問題(裏方の人のほうがわかるかもしれませんが、これも厄介ですよね…)もあり、事前許可のない人のステージ上の撮影を禁止しております。この辺のすり合わせはぎりぎりになりがちですが、早めにやっておくことが、卒業生も含めた、勝手連のチームで広報に取り組むには重要と考えます。
 

4-2、紙媒体の有用性


 SNSを活用した広報は、もう26にもなってしまったX廃人の私よりも、はるかに各団体さんのほうが理解して実施されているとは思います。しかし、紙媒体での広報が、実は強烈な効果を発揮することは、意外と知られていない気がしたので紹介させていただきたいと思います。
 去年、私が所属しているもうひとつの団体である鉄道愛好会で、高岡駅や金沢駅、中心市街地などからのシャトルバスを運行しました。加越能バス様、ありがとうございました。それに合わせ、県内と高岡市内の15の高校の生徒指導部あてに、シャトルバスの時刻表を金大祭のポスターと簡単なあいさつ文とともに送付しました。すると、当日のシャトルバスには制服を着た人も含めて高校生らしい人が少なくとも十数人程度乗車しました。大学の学園祭に制服を着て歩いている姿を見るのは、有名な大学だとそこそこありましたが、金大祭では見たことがなかったので、高校に貼りだされる効果は大きかっただろうと推察されます。また、カガライブ!は学内では一定の知名度がありますが、これも紙媒体の広告を新歓と学園祭のたびに展開していることが大きな要因と考えられます。今年学内で紙媒体での広告を頑張ってくださった(おまステ実目線)、トーチトワリングもそこそこ知られていましたし。
 ということで、以下紙などアナログな方法での広告について、知見を述べさせていただきます。

4-3、学内広報


 4-1の項のすり合わせで、「顔出し写真はネットに乗せてほしくないけど、ステージにはできるだけ多くの方に来てほしいし、ハンドルネームで拡散される分には問題ない」という平均的な合意が行われたと考えます。そのうえで、大学内での紙媒体広報ですが、留学生比率によりますが、英語が相当効きます。カガライブ!では英語の広告を貼りだしているのですが、毎年学園祭には欧米系の方、アジア系の方いずれもいらっしゃいます。また、複数の大学で留学生担当部局はほかの部局よりも学生の広報を積極的に受け入れる傾向にあります。大学内の、留学生交流担当の方に相談しましょう。半年以上の留学生が多ければ、会のメンバー募集も可能です。金沢大学ラブライブ研究会では、4人を受け入れ、2人が半年間定着しました。そのほか、寮がある大学は寮内掲示板に貼ってもらえるかどうか、など、自分の大学にはどんな組織があって、どんな組織は味方になってくれそうか、ぜひチェックしてみてください。
 また、馬鹿にならないのは研究室内や学生控室内など、内向きの広告です。親しい友達がステージを見に来ていない、そもそも学園祭にいないことが多いかと思います。意外と学園祭ギリギリまでキャンパスは平常運転していますので、団体に所属していない学生は学園祭が近い感じがしないです。オープンにしているのであれば見てもらえないのは悲しいことです。大学内貼る場所がない場合でも、研究室などは自主管理のことが多いかと思いますので貼らせてもらうとよいと思います。研究室内のコミュニケーション材料にもなります。大学院に進んで引退した卒業生は、研究室に滞在していると思いますので友達や教授を連れ立って参戦するチャンスです。
 追加ですが、ぜひ冬のオフシーズンのうちに大学内をくまなく散歩してください。この掲示板には昔のイベントの広告が貼りっぱなしだ、このホワイトボードには落書きがされている。そんな掲示板たちを学生の活気ある広告でいっぱいにしましょう。「ガクチカ」でいっぱいで居心地の悪いキャンパスにも、存在を示せる場所があるかもしれません。周りに無駄ことと見えたとしてもかまわない!もちろん、ガクチカとして使っても構わないのですけど。というか普通に許可が出る掲示板に貼ってない団体さん多すぎ!さすがにそこだけでもやろう!デザイン→内部承認→印刷(→許可とり)→貼り付けのロジがめんどくさいんだよね、わかるけど。

4-4、学外広報


 学外で紙媒体を用いた広報は、学園祭全体では明らかに効果的でした。出展者単位では鉄道愛好会では効果ありましたし、カガライブ!にも最終の蓮ノ空の公演の際に年配の方がちらほらいたので、効果があったのではないかな……と思います。ここでは、今年までに取り組んだ方法と、それにあたってのコツを紹介させていただきます。気合のある方はどうぞ。
・近隣の学校、母校の高校に送付する
 学園祭全体のポスターを実行委員会からもらい、一緒に同封するとよい。あいさつ文を同封し、代表連絡先が記載されているとよい。卒業生が手紙とともに送った際には、見やすい場所に貼ってもらえたとの証言あり。印刷を光沢紙や写真用紙、コート紙で実施すると、それだけで団体に「ちゃんとしている感」が出るのでよい。金大祭実委によると、遠くから学園祭を見に来る高校生はゼロではないので、遠くても母校に送るとよい。
・近隣の事業所に貼ってもらう
 同じく学園祭全体のポスターと一緒に貼ってもらうとよい。印刷もいい紙を使うとよい。代表連絡先とSNSのQRコードが貼ってあるとよい。個人商店、学習塾や習い事、銭湯、公民館などはかなりの確率で貼ってもらえる【6】。金大祭広報ではアポイントを取らなくてもいいとアナウンスされており、私も取らなかったことのほうが多いが、相手にとって都合のよい時間を考えて向かうとよい。商店のバックヤードに貼ってもらえるだけでも効果が大きい。卒業生は最も動きやすい場所だと思うので、自分の職場などで貼りだしの許可をもらえたら、現役生に確認取れ次第、SNSからデータを拾って印刷して貼ろう。貼ってもらえたお店は学生活動・地域活動フレンドリーなお店なので、日頃から使おう。
 広報や集客はコミュニケーションです。LINEの友達一覧を眺めて、来てほしい人に連絡してみるのもよいと思います。昔の友達との会話のきっかけにもなるかもしれないですね。内容の洗練をしつつ、来てほしい!という気持ちを届けることにも、準備の時間を割いてみるのはいかがでしょうか。

5、おわりに


 とても長くなりましたが最後まで読んでくださりありがとうございます。私は高校時代から、明らかに政治案件だった中高一貫化によって行事が縮小しないよう向き合いつつ、自分もラブライブのダンスなど全力で企画して遊んできました。その経験から、大学に入ってももう一度やりたかったラブライブのダンスをしつつ、地域と大学の両面から、中学生から若者、すべての市民が創造性の高い活動に取り組める土壌づくりに取り組みました。コロナをはじめとする阻害要因に阻まれ、精神的にも現在安定しない日々を送っていますが、学内においては特に金大祭のテコ入れと掲示板の管理問題について、一定の成果を上げることができました。全国では、学生や労働者、すべての人の時間を少しでも商品化しようと試みられています。学生のエネルギーを開放させるための学園祭すら、当局と資本の介入によりキラキラしたものを餌に学生を振り回し【7】、一方で自由に出展できない、金がなくて出展する時間もない、といういびつな状況に陥っています。この状況下で、文化活動の中でも振りコピ・コピユニや私設応援サークルは特に、資本に提供されたものであるコンテンツに励まされ消費する人間が、資本の論理の外側で行動するという点で、人間を新たな世界に開放する可能性を持っていると、私は考えています。別に読者のみなさんに資本の論理を否定してほしいとは思ってるけどしないからって怒りません。しかし、振りコピ・コピユニや私設応援サークル【8】、またおのおのの文化的活動をやりたい!と思うことは人間として尊いことであるということに自信を持ってほしいです。加えて、学園祭の場で活動を全うすることは、学園祭を学生の自由な活力を発揮させられるあるべき姿に近づけることで、文化の場所そのものをも守るということを心にとめてくれたらなと思います。私は、資本と、やりたいと思ったあなたの関係に、勝手にラブライブ!を感じてこれからもこの文化を追いかけていきます。や、ラブライブ!は資本が制作した作品やん。

雑記

【1】
第1要件は各大学の組織構造に踏み入ってあれは違うこれは違うと言うと話がややこしくなるので、建前として学生のイベントと考えられているかどうか、くらいの認知で大丈夫です。金大祭怪しくなっちゃうし。大体みなさんが関与する「学園祭」はこうした特徴に当てはまっていると思います。

【2】
取材でそうでもないかなと感じたのは筑波大学のメインステージで、こちらは通しでいる方もかなりの人数いたように感じますが、そもそものステージに来る人の割合が多いので、割合としては大したことはないと思います。立命館のメインステージも残っている人それなりにいました。メインステージに関しては、音響照明が良いとやっぱりとどまる人増えますね、、。ただ、ハードルは相当高く、京大おまつり広場とか、旧市大のメインステージくらいのものではかなり入れ替わっています。先述した筑波や立命館の例では、ステージのスペースが大きすぎて、視界にほかの企画が入らないで、結果として滞留している気がしなくもないです。閑話休題。ステージをやっているからといって、ずっと見ているお客さんは少ないですし、特定のメンバーの声出しをしていたり、お子さんが出演されるのかな、というような50代くらいの方も多いです。

【3】
なお、行事が盛んと言われる高校の文化祭では、廊下にあふれんばかりの人がいる、それに比べて大学の学園祭は模擬店ばっかり盛り上がってて陽キャの祭りだ、と言われることが多々ありますが、これは高校の廊下は大学より狭いこと、HRでの展示の場合食品やアトラクションが多く、教室内の滞留人口が減る代わりに教室外に行列を形成することが多いこと、高校の文化祭は授業日と同じく登校日扱いなので、もともと施設のキャパシティ通りに人がいることなどが要因としてあげられます。高校の文化祭と大学の学園祭では人の動きもプロトコルも全く異なり、高校の文化祭は生徒さんが出席日として縛られているために、そこにいなければならないためどのブースもにぎわう傾向にあります。ちなみに、とても良い意味で高校っぽさを感じた学園祭は北陸学院大学の栄光祭です。大学の規模が小さいのと、教授や親御さんとの距離が近いのもあり、必ずしも高校時代から活発でもなかったであろうタイプの学生も積極的に参加し、かつクラス参加もあり参加率が高そうで、活気もあり、かつ研究にまつわるポスター展示もされており中身もしっかりしており、高校っぽい団結感と当局が全面に出る利点を両方持つ、学生の実践の場としても、思い出の場としても、よい学園祭だと感じます。ミッション、生き残ってくれ。


【4】
ちなみに、京都大学の11月祭と時を同じくして、11月祭事務局が感知していない祭りである、屋台がおいしい「北部祭典」、簡素なステージで楽しそうな「教育学部祭」、異様な雰囲気の「西部講堂」、そして熊野寮のこたつに探検部のゲル、謎の大縄跳びまで、まさしくそれぞれの祭りが分散的に行われています。私の主張は、軽音楽部や振りコピなどは、それらと執行団体が関知しているかしていないかの違いでしかないということです。大学構成員である学生による、大学内での結社の自由は学園祭を理由に妨げられるものではないです。前例のない大学で始める場合、認められなかったらゲリラでやってやるとの気概があると最高です。

【5】
似たような形式の催事としては同人誌即売会があげられますが、同人誌即売会は特定のジャンルが好きで、そのジャンルの紙媒体のものがコンテンツとなるので対象が狭いことが欠点としてあげられます。あと狭い。地域の祭りは神事ならやること決まってますし、行政関係であれば地域に関する中間集団や行政まわりしか出られないことのほうが多いのではないかと思います。いろいろ規定による縛りはあるかもしれませんが、一応すべての学生に門戸が開かれているのは、大学が(腐っても)教育・研究機関であること、学生自治が憲法が保障する大学自治の一環としてとらえられていることの結果と考えられます。

【6】
私が住んでいるエリアには、集団ストーカーの啓発ビラがかなりの店舗で貼ってありますが、この前浜大津の中華屋にもあってびっくりしました。政党のポスターも町内にべたべた貼ってありますよね、あれも突撃してお願いして、70%はけんもほろろです。学祭のポスターと綴理ちゃんのポスター並べて持ってても断られる確率2割以下でした。ボーナスステージみたいなもんですからがんばりましょう。学園祭の時期では、金沢市内は金商デパートという金沢商業高校の文化祭のポスターが貼ってあるお店はOKもらえる可能性が高いです。高校生の開拓に大学生が乗っかるな。

【7】
初めに再三言っている通り、私から見たら振り回されているように見えてしまう彼らは自発的意思てやっているし、年上の私が振り回されていると文句をつけることが家父長的で偉そうなんで嫌なんですよね。でも大学や資本がやっていることは、給料も出てないどころか学費払っているのに、あなたの時間を大学と企業のアピール、ならびに仕事の仕方を覚えるために使いなさい、と見えるので……。いままで論じてきたことは、大学側が、学生を主体的構成員として認めてふるまうことで、受験生や地域住民に評価されるという、ここ50年の大学に対する社会の見方を逆転させる試みでもあります。

【8】
私設応援サークルに関して、過激なものがトラブルを発生させたことにより、矢沢永吉さんに関しては設立がお断りされているようです。どんだけのことしたんだよ……。この徹を踏まないよう運営されるべきことは言うまでもありません。
私設応援団お断りについて|矢沢永吉公式サイト (eikichiyazawa.com)


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