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人生は感情を巡る旅

この前、学生団体の会合があった。

この会合は毎年、3年生が11月に引退して4か月間経った、3月に開かれる。
3年生は11月で引退後もちょくちょく活動に参加することもあるのだが、4月からは新入生が入る為、その後の活動には完全に来なくなる。
そこで、この会合は3年生を送る会としても機能しているのだ。

後輩たちから、秘密裏に準備されていたプレゼントを受け取ったのだが、その中には色紙も入っていた。

去年、私は副代表を務めていたのだが、「これでいいのだろうか」という気持ちをずっと背負って、迷いつつ活動を企画していた。
後輩たちにも多くの迷惑をかけてしまった。望みを叶えられないこともあった。
だから過去の写真を見るとなんだか苦々しい思いが同時に沸き立ってしまっていた。

当時のnote↓

少々躊躇いながらも色紙のメッセージを読むと、胸がいっぱいになった。
そして、自分が周りに恵まれていたこと、自分を認めてくれる人がいることを自覚した。

それでひとつ、過去の自分に対して答え合わせが出来たような気がした。
自分はやるべきことをやったのだ、と。

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前述のエピソードは、私の21年間の人生の中でも、最も喜びを得た経験の一つとなった。

そして今回の経験からひとつの人生観が見えてきたように思う。
それは、人生は感情を巡る旅、だということだ。


人間は、生まれ成長すると共に心の動きを段階的に経験していく。
例えば、乳児期のお腹がすいた、眠い、という欲求から、幼児期には怒り、悲しみ、喜びという感情を知るようになる。

今回、私は団体内での自己実現に喜びを得たが、私にはまだ知らない感情が、たくさん残されている。
私に家庭ができたら家族に対し、何を思うのだろうか。
親の老いや死を見て、私は何を知るのか。
年を重ね自身の老いと死を自覚した私は何を感じるのだろうか。
死に至るまで感情への巡礼は続く。それはある意味、楽しみでもある。


また感情というのは、マイナスに振れる大きさが大きい程、プラスへも大きく振れる。

中高生になると自身の未来に対する不安や焦りを覚えるが、自由な未来の選択肢を選び取ることが出来る。
独り立ちすれば、新しい土地で過ごすことの寂しさや新生活への戸惑いを経験するが、自由な生活を楽しむことが出来る。
冬の寒さを経験したからこそ、春風は心地よく感じるのだ。

より大きな喜びを得たいのなら、意識的に何かに挑んでいくべきなのだろう。

私はこの感情を巡る旅の中、自身の感受性を磨き、心を動かす生き方をして、この人生を悲喜交交の、重厚長大なドラマとして作り上げていきたい。

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