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「ところでアレ、どこのCMだっけ?」は、なぜ起きる?

話題の本、「ブランディングの科学」をようやく読み終えました。

これまで自分が、盲目的に信じてきたマーケティング理論を真っ向から否定され、脳みそが激しく揺さぶられました。

ただ、どの主張もエビデンスに基づいているということで説得力はあるものの、これはこれで「全てを鵜呑みにするのは危険かな」と思ったのも事実です。「これは確かにその通りだなぁ」と膝を打つ部分もあれば、「いやこれは商品カテゴリーによってかなり違うよなぁ」とか、「ここのエビデンスは不十分じゃない?」と思う部分もあり、読み手の思考力が試されます。

とはいえ、この本から学ぶことは多くあり、常識を一度疑うという意味でも、マーケティング関係者は必読の本だと思います。

「独自のブランド資産」とは?

この本の中で特に勉強になったのは、「独自のブランド資産」に関する部分です。

「独自のブランド資産」と聞いて、すぐにその意味がわかるでしょうか? いわゆる「ブランド・エクイティ」を連想する人もいると思いますが、ここでは少し定義が異なります。

ここでいう「独自のブランド資産」とは、消費者がそのブランドを認識し、想起するきっかけとなるもののことです。

強固で独自のブランド資産を構築することの目的は、ブランド識別の誘因として機能する要因の数を増やすことだ。独自のブランド資産が構築されると広告効果が高まり、視聴者はその広告がどのブランドの広告であるかを識別することが容易になる。(ブランディングの科学より引用)

「ブランド名」や「ロゴ」はもちろん、広告で起用する「タレントやキャラクター」「音楽」「カラー(色使い)」「タグライン」「キャッチコピー」なども重要な「独自のブランド資産」になり得るでしょう。

例えば、セブン-イレブンの「デイ・ドリーム・ビリーバー」とか、ソフトバンクの「お父さん犬」なんかは、独自のブランド資産として、とてつもない役割を果たしていると思います。使い続けることで生まれる価値というか、メッセージや表現の一貫性、継続性といったものは、もっと評価されていいのではないでしょうか。

しかし、上記のような目的意識をもって、独自のブランド資産をしっかりと管理・構築できている企業って、意外と少ない気がします。

CMで起用するタレントが毎年のように変わったり、メッセージに一貫性がなかったり。それでいて、ロゴは最後に一瞬チラッと映るだけだったり。

CMとしては記憶に残っているものの、どの企業・ブランドのCMだったかは思い出せない。「ところでアレ、どこのCMだっけ?」が起こるのは、強固な「独自のブランド資産」を構築できていない(構築しようとしていない)からなのです。

そういうCM、意外と多くないですか?

「独自のブランド資産」を阻害するもの

それで、思ったのですが、「独自のブランド資産」が疎かにされている問題の根底に、日本の企業の「競合コンペ主義」があるのではないでしょうか。

毎年のように担当代理店を決める競合コンペが行われ、その結果、起用するタレントもコロコロ変わり、メッセージも変わり、トンマナも変わる。代理店の中にはそれじゃダメだとわかっている人もいますが、そんなことを言ってもコンペで勝たなければ仕事がもらえないわけで、結局「コンペで勝つこと」「コンペで目立つこと」が優先されてしまいます。

本当は競合代理店が起用している現行のタレントやコンセプトを継続するべきだと思っても、そこを否定しないとコンペには勝てない。そういう思考が働いてしまうのです。

広告主の担当者変わりすぎ問題もあります。

日本の企業は人事異動が多いので、広告の担当者も変わることがよくあります。一通り引き継ぎ資料は作ったとしても、「独自のブランド資産」を文章で整理できている企業なんて少ないでしょうし、特に部長やブランドマネジャークラスの人が変わると、敢えて自分の色を出そうとして、これまで築き上げてきた資産を180度変えてしまうこともあります。

それと、これは偏見かもしれませんが、クリエイターの「ロゴは小さくていいんですよ」問題もあります。

企業ロゴをデカデカと出すのがダサいというのはわかりますし、そうすることで本来伝えたいメッセージが立たなくなるというのもよくわかります。なので、単純に「ロゴを大きくしよう」という話ではありません。ですが、もうちょっと、「その広告はどこの企業・ブランドの広告なのか」をわかりやすくする努力はして然るべきだと思うのです。

すべてのクリエイターがそうというわけではないですが、なかには、「広告として記憶に残ること」をゴールにしているように感じる人もいます。もちろん、記憶にも残らない広告よりはいいですが、「ブランドが想起される」「ブランド名とセットで記憶される」ことをゴールにするべきではないでしょうか。

『ブランディングの科学』によれば、テレビCMの平均認知度は40%で、そのうち、ブランド名まで覚えていたのは40%(全体の16%)だといいます。

広告が機能するためには少なくともその広告が認知され、次に理解され、最後に正しいブランド名と共に記憶されなければならない。上記の広告はわずか16%が必要な2つのハードルをクリアした。つまり84%が無駄に終わったということだ。(ブランディングの科学より引用)

60%のCMは記憶にも残らず、24%のCMは「ところでアレ、どこのCMだっけ?」という状況です。

確かに今は、世の中に情報が溢れ、広告を認識し記憶してもらうことさえも至難の業です。しかし、だからといって、「広告を覚えてもらえたらOK」というのは違うんじゃないか? ずっと自分の中に、そんなモヤモヤしたものがありました。しかし、そんなモヤモヤを『ブランディングの科学』がすっきりさせてくれたのです。

どうやったらブランド名とセットで記憶されるのか。やっぱりそこに、全力で取り組んでいくべきなのだと思います。そして、そのためには、強固な「独自のブランド資産」を構築することが必要なのです。


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