恐山菩提寺 参拝記
2024.04.29 今年のゴールデンウィークはなんと10連休を頂き、東北旅行に出掛け、旅もやっと青森県に突入していた。暫し、青い森鉄道を巡る旅と別れ、下北半島観光を目指すことにした。
やってきたここは、青森県は下北半島の宇曽利湖(うぞりこ)湖畔に建てられていた奪衣婆と懸衣翁を見つけ立ち寄った。
ここは地獄の入り口でもあった。地獄の沙汰も金次第といわれるが、いやいや、地獄の沙汰は奪衣婆と懸衣翁次第である。
死んだ際、三途の川に行くことになるが、そこには泣く子も黙る鬼婆さんである奪衣婆と、泣く子も失神するガチ鬼な爺ちゃんの懸衣翁が待っている。 あなたは死装束を着ているが、この鬼婆さんはとりあえずあなたの服を脱がし、そしてその服を爺ちゃんにパスして、爺ちゃんが衣領樹(えりょうじゅ)という木に掛け、その木の枝のしな垂れ具合であなたの罪の重さが決まる儀式であった。まさにここは地獄の入り口であった!
恐山菩提寺駐車場には、六大地蔵が建てられ、衆生の苦しみを救ってくれているといわれる。
日本三大霊山にも数えられ、霊験あらたかな日本有数のパワースポットとも言われ、これで通算3回目の参拝であり、前回は12年も前の2012年8月であった。
恐山は、慈覚大師円仁によって開山されたのは貞観4年(862年)のこと。古くから下北地方では「人は死ねば(魂は)お山(恐山)さ行ぐ」と言い伝えられてきたそうで、東北一円で霊場として信仰を集めてきた。参拝料500円払いって12年前と金額が変わっていないことに驚きます。
ここは、薬師の湯(男湯)で、身を清め地蔵堂に参拝するのが慣わしであった。
本尊が地蔵菩薩なのも大地が全ての命を育む力を蔵するように、苦悩の人々を慈悲の心で包み込み、救う力から参拝者が絶えない。平安時代以降、極楽浄土に往生の叶わない衆生は、必ず地獄へ堕ちるものという浄土信仰が広まり、地蔵に対して、地獄における責め苦からの救済を願うようになりました。
まさに恐山では「三途の川」や「無限地獄」、「血の池地獄」、「極楽浜」などがあり、死後の世界を垣間見ることができます。その反対に、4つある温泉は正に天国と言ったところでしょうか。
恐山に訪れるとよく見ることになる風車は、火山ガスなどによって供えることのできない線香や生花の代わりにお供えされ、風車の儚く回るカラカラとした音色を聴くと、どこか寂しさも感じてしまいますが、亡き者に想いを馳せたり、己の人生を思い返して身が洗われるような気持ちになれるスピリチュアルなスポットですね。
最後は、7月20日〜7月24日に行なわれる『恐山大祭』、10月上旬の3連休に斎行の『恐山秋詣り』期間中なら、イタコによる口寄せも本堂脇のテント(イタコマチ)の中で連日行なわれるイベントに一度は訪ねてみたいものです。