見出し画像

追憶の日(二次創作SS)

発掘品

外付けハードディスクから見つかったアリスソフト「アトラク=ナクア」の20年以上前に書いた二次創作SS。

私は初音は攻めではなくて受けだと思います。とても。
抱くとか抱かれる、では無くて精神的なところで。かわいい。


'01/03/18

 はらのおくに しとどにうけた それ は
 いとしく にくく わすれられぬ あるじのもの

 もえるようにあついのは
 かのひとのものか
 さかれたはらか

 それとも

 くすぶるおもいに なくむねか


「し、ろ…がね……」
「ね…さま………?」

 ぽつり、呟かれた初音の声に、かなこは深く、眠りに落としかけていた意識を少しだけ現実へと引き戻す。

 傍らには美しいおんな。
 視界の端には、ひとがたの蜘蛛の糸。
 ―――銀の、なきがら。

「い……い、の…。ねむって、かなこ……。ゆっ…くり、お、やすみ…」

 かなこの全てであるその人は、体から緑色の液体を零しながら、そっと微笑んでくれる。
 もう、幾許も無いその命を零しつつ、それでもかなこに、かなこのためだけに微笑んでくれる。

「ねえさま……。…はい……は、い…」

 ほんの少しだけ動いた初音の腕が、本当ならばかなこの頭をいつもの様になでようとしたのだろう。
 が、初音にはもうそれだけの力すら残っていない。
 それでもかなこはそれに気付き、本当に嬉しそうに微笑んで、ほんの少しだけ初音に体を摺り寄せると、そのまま今度こそゆっくりと意識を閉ざす。

 銀の精を受け、初音の胎に命の光をともした卵を、かなこの胎へ。

 銀に腹を裂かれ、燐の破魔矢を受け、二人の糸に傷つけられた初音にできる、それが最期の仕事だった。

(もう、これでわたしはおわり)

 人の子として15年と少し。20年も無い程度の人生を歩み、人に穢され、銀の贄となり今度は200年程度。

(しあわせ、だったのよ)

 主である銀だけを想い、銀のためだけに生き。

(かなこが、しあわせだったのとおなじ。かなこが、わたしをおもうのとおなじだけ)

 幸せに、彼だけを想っていたのに。

(にいさまが、20年もかけて、わたしを…こわしたから)

 20年。
 ほんの少しずつ、それでも確実に離れていった妖のおとこ。
 戯れに人との間に子を生して、初音のなかに捨てられると言う不安を育てたおとこ。
 愛情の感情が薄れ、それはもう、彼が初音にとって生きる為に必要なものと成り果てたところに、執着を思い出させたおとこ。

(でも、それからのほうが、ずっとしあわせだった)

 銀の子を生した女を、そしてその子を殺め、銀の元から去って。

 200年。
 自分が彼をどうやって殺めるか、彼がどうやって自分を殺めるか、彼がいつ来るか、彼の元へいつ行くか。
 そしてきっと、彼も同じように自分のことを考えてくれる。
 自分が銀のことを考える時間と同じだけ、きっと銀も自分のことを考えていてくれる。

(どうして、それを、だれも、おしえてくれなかったのかしらね)

 瞼が下りてきそうになる自分の体を、それでもなんとか現実に留めながら、初音は力なく笑う。
 いとしく、にくく、それでもわすれられぬ、主のすがた。
 今はもう、ただの白い糸となってしまったそれに目を向け、初音はかなこに向けたのと同じような幸せな微笑を浮かべる。

(あのころのように…にいさまが、わたしが、おたがいしかないせかいにいきたかっただけなんだって)

 沢山の命を手の中で遊んでみた。
 沢山の体を腕の中に誘ってみた。
 沢山の心を体の中へ喰らってみた。

(どのいのちも、どのからだも、どのこころも…どれもそんなこと、おしえてくれないから)

 だから、ただ憎いのだと。
 あのおとこは、憎くて仕方の無いだけのおとこなのだと。

(…………かなこ…)

 戯れに、『姉様』と。
 あのころ、自分が銀を『兄様』と呼んでいたのを真似させて、そう呼ばせてみた。
 たったそれだけで。

(ふたつも、えいえんが、きえたのに)

 けれどそれは考えても詮無いこと。
 もうきっと、どんなことをしても初音も銀も昔の様に戻れはしなかっただろうから。

(だから、これでいいの。きっと)

 最期に抱かれたのは初音の唯一想う男。
 最期に抱いたのは、初音の唯一想う女。

(だって、なんだかとても…しあわせだわ)

「……に、ぃ……さま………」

 だから、最期に呼ぶのは唯一の男。
 最期に想うのも、唯一の男。

 そして、次に目覚めるとき。
 もう、この体ではないけれど。

 次に目覚めるとき。
 それは二つの妖と、二人の人間と、初音を想う二つの生き物からできる、心も違う体だけど。

 初めに見るのも、初めに名を呼ぶのも、初めに触れるのも。

(あなたよ、かなこ)

 だからごめんなさいね。
 この初音は、兄様のものにさせてね。

 心で一度、そう呟いて。
 初音はずっと、ずっと最期まで。
 ―――きっとそれは永遠と呼ばれる時間を。

 銀と見たあの一面の花畑を。
 銀に抱かれたあの夜を。
 銀のことだけを想って、体を癒した繭の中を。

 想いつづけていた。


あとがき

どうやら夏に公式でSSが出てたみたいで…

このSSがこれに続くなら、初音が思うよりずっとかなこはぶっ壊れて初音狂いだったのねって感じでほっこりです…。


いいなと思ったら応援しよう!