夏休み読書感想文『彼女が僕としたセックスは動画の中と完全に同じだった』山下素童 著
最後の書き下ろしを読み終わったときには「海ちゃーん!」って叫びたくなりました。「ゴールデン街かぁ。自分とは縁遠い世界のどこかで繰り広げられる、人間くさい生々しさに満ちた作品なのかな?」と思いながら読み始めましたが、まるで青春映画を観たような読後感でした。
一章目、「ゴールデン街ってこんなとこなんだろうな」という私の妄想を裏切らない世界が広がります。場慣れする前の著者が独特のコミュニケーションに戸惑う姿も描かれています。2023年4月の某出版イベント、作家の皆さまと出版関係者各位が繰り広げるやり取りを横目にふさわしい振る舞い方がわからず、控え室ですみっコぐらしにならざるを得なかった自分を重ねて切なくなりました。
二章目の『二村ヒトシはどうして……』では、承認欲求を抑えきれない大人はどうしてもキモチワルいという事実を突きつけられる一方、そんなキモチワルさを持ちながらも周囲から愛される人が描かれています。承認欲求に駆られてみっともないことをしては後悔ばかりする私はとても勇気づけられましたし、客観性と素直さを失っちゃダメだと大いに自戒しました。
三章目は本著のタイトルにもなっているお話。私も肉体関係を持つ相手には、その場限りの特別な姿を見せてもらえることを期待するタイプです。しかしながら、この章では再生ボタンをクリックするたびに同じ映像が流れる動画と同様、生身のセックスさえもコンテンツ化が可能であることを改めて思い知らされます。ここまで読むと虚しさゲージが大分溜まってきました。
最終章は書き下ろしのストーリー。ここまで積み上がった虚無感が一気に吹き飛ばされるような感覚を覚えます。山下氏に向き合う姿勢が印象的な女性YouTuber。それに感化されたのか、氏もこれまでと違った踏み込みを見せていると感じました。決して直球ど真ん中のカップルとは言えない、独特の距離感の二人が描かれていますが、この本の中では最高にプラトニックな恋愛が楽しめる章だと思います。
恥ずかしながら山下氏の著書を拝読したのは本作が初めてです。各話のヒロインをはじめとする登場人物、彼らの仕草ひとつひとつに対する精緻な描写。セリフ以上に人となりが伝わるほど、相手の挙動をつぶさに観察してこんな風に言葉にできるなんて。嫉妬心を覚えました。
正直なところ、集英社さんから本をいただいた時は感想文書かなきゃいけないんだろうなー、なんて義務感がありました。また、作中の早良さんみたいに、文章を読んだ感想を勝手にぶん投げて答え合わせをするような、みっともない自分語りになるのも嫌だな、と思っていました。でもこの作品を読んで、また自分も文章を書いてみたい、人目につくところで公開したい、と思った次第です。
素晴らしい作品に出会う機会を与えていただき、ありがとうございました。
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