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豊岡演劇祭2023観劇ガイド②:CHUNCHEON CITY PUPPET THEATER COMPANYインタビュー

韓国唯一の市立人形劇団CHUNCHEON CITY PUPPET THEATER COMPANY(春川市パペット劇場)。豊岡演劇祭2023では劇団初の海外公演として『変身』の上演を予定しています。本作で演出を担当するイ・ビョンホンさんは韓国を代表する演出家の一人。2002年に新国立劇場で上演された日韓国民交流年事業『その河をこえて、五月』では平田オリザさんと共同で演出を担当しました。人形劇版『変身』はどのような作品なのでしょうか。劇団の活動や作品の見どころについて、芸術監督のユ・ソンギュンさんと本作演出家のイ・ビョンホンさんに聞きました。

Lee Byung Hun(イ・ビョンホン)さん

ユ CHUNCHEON CITY PUPPET THEATER COMPANYは韓国初の、そして唯一の市立の人形劇団です。今回の豊岡演劇祭への参加は、劇団にとっての初めて海外公演となるので、これを機会に豊岡ともいい関係を築き、発展させていけたらうれしいです。
春川市は長い間、観光を中心とした街として栄えてきましたが、韓国でも日本と同じように、中小都市から大都市へと若い人が出て行ってしまっているという状況があり、地域の未来を担う若い人々をどう育成していくかということが大きな課題となっています。
豊岡には芸術文化観光専門職大学もあり、これからの文化芸術を担っていく若い人を育てていくためのビジョンがありますよね。私たちは今回の公演を通して、春川市が抱える課題を解決するためのヒントを豊岡から得られるのではないかとも期待していて、公演には劇団のメンバーだけでなく春川市の文化芸術部の本部長も同行することになっています。私たち自身も変わるために、豊岡に『変身』をしに行くということですね。

——劇団の活動について教えてください。

ユ 劇団がスタートして3年が経ちました。これまでにレパートリー作品を5本ほどつくり、劇場やストリート、あるいは子供を対象としたイベントなどさまざまな場所で上演し、韓国各地のフェスティバルにも参加してきました。
韓国でも日本と同じように、人形劇は主に子供向けのものとして受容されているという状況がありますが、私たちの劇団ではどの作品も、大人の観客にも見てもらえるものとしてつくっています。
たとえば、ナメクジが移動するときに残す痕跡をモチーフにした『ナメクジの歌』という作品があります。これは、世界的な移動が普通のことになった現在の世界において、私たちはなぜ移動しながら生きていかなければならないのか、ということを考えながらつくった作品です。他にも、羽を持って生まれてきた赤ちゃんが母親に殺されてしまうという伝説をもとにした作品や、干支をモチーフに共同体と個人の関係を描いた、野外で上演するための大がかりな人形劇などをつくってきました。

『PARADE』

——『変身』を人形劇として上演しようとしたのはなぜでしょうか。

ユ  作品の外側にある事情としては、やはり大人にも見てもらえる作品をつくりたかったということがあります。ヨーロッパでは大人向けのものも含め、多様な人形劇が上演されています。これからの人形劇がより発展していくためには、大人の観客にも見てもらえる作品をつくっていくことが重要です。そのための一つの手段として古典的名作を人形劇として上演するということを考えました。
人形劇は童話やファンタジーを題材としたものが多いですが、人間の人生そのものやそこで生まれてくる切実な思いを描いた作品はまだまだ多くはありません。カフカの『変身』に描かれている状況には、今の韓国の若者が置かれている状況と非常に似ている部分があります。『変身』は不条理で難解な話だと思われることも多いですが、実のところ、多くの若い人たちが共感できる作品でもあると思うんです。

『変身』

——今の韓国の若者が置かれている状況と『変身』の物語に似ているところがあるという点についてもう少し教えてください。

ユ 『変身』という物語には、家族から受けるストレスや家族に対する責任、家族に縛られている状態から抜け出したいという願いが描かれています。だから虫の姿に変身してしまう。これは日本の若い人にも共感できる話ではないかと思います。

イ 人間が何か精神的なストレスを受け、それが大きな重荷になっているということ。それが『変身』という物語の核だと私は思っています。カフカの原作は、人間が虫になってしまうという、ある意味ではファンタジーともいえる物語を描きながら、同時に、たとえば虫の描写についてもそうですが、とてもリアルにそれを描いています。人形劇として『変身』を上演することの意味はここにあります。『変身』という作品が持つそのような性質は、人形劇という方法を用いることで非常に効果的に表現することができるんです。

『変身』

——韓国での公演に対する反応はいかがでしたか。

イ 公演はありがたいことに満席だったのですが、観客のほとんどは大人の方でした。ご覧いただいた方からは「今回の上演を見てカフカの原作を読んでみようと思った」「人形劇版を通して原作の物語の意味がわかった」といった感想をいただいています。人形劇を初めてご覧になる方もたくさんいらっしゃっていて、また見たいと言っていただけることも多かったですね。

——日本の観客にメッセージをお願いします。

イ 私たちの社会は、少し前までは未来に対する希望を抱き、先のことを考えることができるものでした。それが現在では国際関係や環境破壊など、さまざまな問題の影響で未来の不確実性が増し、「不安の時代」とでも呼ぶべき時代になってきていると思います。たとえばある日突然失業するかもしれないという不安には、ある日突然虫になってしまうという不条理とつながっている部分がある。そういう現代性が『変身』の面白さだと思います。
AIの登場などもあり、現代では機械によってさまざまなことができるようになっていますが、人形劇という形式には、人間の手が人形やオブジェを動かすという素朴な行為から生まれる独特の面白さがあります。是非ともそれを楽しんでいただきたいですね。

ユ 人形というメディアには、人間をそこに没頭させる力があります。人形劇を見ているあいだ、私たちは魔法にかかり、自分たちの姿を客観的に見ることができるようになります。それは私たちに「いま」を感じさせ、自身を省みさせる力です。『変身』という作品を通して、このような人形劇の魅力を感じていただければと思います。

取材・文:山﨑健太
1983年生まれ。批評家、ドラマトゥルク。演劇批評誌『紙背』編集長。WEBマガジンartscapeでショートレビューを連載。2019年からは演出家・俳優の橋本清とともにy/nとして舞台作品を発表。主な作品に男性同性愛者のカミングアウトを扱った『カミングアウトレッスン』(2020)、日本とブラジルの移民に取材した『フロム高円寺、愛知、ブラジル』(2023)など。


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