豊岡演劇祭2023 特別インタビュー③:芸術文化観光専門職大学×リヨン国立舞台芸術技術学校『私はかもめ』インタビュー
2023年、芸術文化観光専門職大学(以下、CAT)は初の国際共同企画に挑戦します。パートナーは、フランスのリヨン国立舞台芸術技術学校(以下、ENSATT)。CATの学長である平田オリザ氏の新作『私はかもめ』に、ENSATTの校長であるロアン・グットマン氏が演出を手掛けます。また、キャストやスタッフとして両学の学生も多数関わっており、日仏共同企画の成功に向け、作品創作に取り組んでいます。彼らはどのような思いを持ちながら、この企画に取り組んでいるのでしょうか。CATより、キャストの蛭田絵里香さんと演出助手の髙木沙羅々さん、ENSATTより、キャストのパオロ・タンジェリーノさんと舞台監督のジュリ・ヴァレイユさんにお話を伺いました。(フランス語通訳:石川裕美さん)
― 日仏共同企画『私はかもめ』に参加しようと思ったきっかけは何ですか。
髙木 海外の方との共同制作に興味があったので、参加させていただきました。何年か前からフランスとの共同企画のうわさを耳にしていましたが、その時からぜひ参加したいと考えていました。
蛭田 私は、フランスの方と共同制作ができることと、実際にフランスに行って上演ができることに惹かれたとともに、日仏における観客の文化の違いを体感したいと思い、さらに劇中劇であるチェーホフの『かもめ』がとても好きだったので、こういった形で関わりたいと思い、参加を希望しました。
パオロ 私も日本との共同企画があるかもと小耳に挟んでいたのですが、その時点で「もう絶対行きたい」と思いました。まず、(平田)オリザさんがこのプロジェクトのお話をしにENSATTにいらしたとき、「一体、どういうことだろう」と思ったんです。もともと、オリザさんの作品はすでにいくつか読んでいたのですが、『私はかもめ』はそれらの作品とはまったく違うようなお話だったので、「こんな近未来的なコメディって、一体どういうことになるんだ」と驚きました。
ジュリ 私も、日本との共同企画が行われることはうわさで聞いていました。実際には、プロジェクトに参加できる学年ではなかったのですが、しばらくしたら「行く?」と声がかかったんです。私自身、フランスの外に出たことがなかったこともあり、「じゃあ行こうかな」と思いました。
― 『私はかもめ』を初めて読んだとき、どのような感想を持ちましたか。
髙木 特にお互いの歴史を言い合うところは、「こんなことを言って大丈夫なのか」と思いました。しかし、「この作品はコメディだ」という話が出てから、少しずつ「コメディとしてつくっていけばいいんだ」という方向性が見え、テキストに対して納得することができました。
蛭田 私は「これがスペースコメディだ」という広報文を読んでから、この作品をコメディとして扱うには、今より教養が必要だと思いました。リスペクトするためには教養が必要だし、コメディをするためにはリスペクトが必要なので、「わかっている」うえでこれをやっているというところに持っていく必要があると思いました。
ジュリ 私はまず読んで、笑ったのですが、やはり「大丈夫かな?」と感じました。ただ、演出のほうで、こういった心配を気にならないようなかたちにしてくれるだろうとも思いました。そして、きっと私たちが実体験する内容と似ているのだろうとも思い、ある意味自分たちの体験とこの作品が、劇中劇のように入れ子式になっていくのだろうと思いました。そのことによって、私たちの実体験というものがテキストや上演を豊かにするのと同時に、テキストが私たちの経験をさらに豊かにするものになると思いました。
パオロ 私もけっこう驚きましたが、相手の文化に対してキツく言う場面が、読んでいて一番興奮しました。そして、演出家のロアンも言っている「まるですべてが消毒・殺菌されているような対立のない静かな世界」という中で、テキスト的にはまったく相反することが起こっていることに、演劇性を感じました。あと、何もかもが完璧ではないところが、チェーホフの作品と同じようだと思いました。すべてがとてもすばらしかったり、あるいはとてもひどかったりするのではなく、普通だったり、何でもなかったりする状況。これが今回の旅について、多くのことを物語っていると思うんです。私自身も日本に行ったら、「すごい最高だろうな」と想像していたのですが、素晴らしい部分はありつつも、やはり実際に出会う人は普通の人だったりしました。日本の方がフランスにいらしたときも、きっと同じ感じがすると思います。そこら中の空気からクロワッサンの香りがするわけでもないし。でも、だからこそ面白いと思うんです。だいたい何かちょっとした弱みみたいなところに、より面白いものがあったり、そういったところが一番お気に入りになったりするものですよね。
― 稽古や創作をしていくうえで、日本あるいはフランスとは異なっていると感じた点はありましたか。
蛭田 稽古が進行している最中でも、セリフの意味やニュアンス等で腑に落ちないところがあれば、その場で演出家に確認をすることです。俳優と演出家の関係がフラットだからこそ起こりうる事だと思い、これを習慣づけたいと思いました。今までは「演出家が答えを持っている」というふうに思ってしまうことが多かったのですが、それが自分の中で覆る瞬間を見せてもらったと思います。
ジュリ スタッフの視点で言うと、例えば舞台装置をつくる際、フランスでは、最初に始めた作業を一日中同じ人が担当します。対して日本の皆さんは、最初にさまざまな分担をしてから作業に入るのですが、休憩後には、最初に決めた分担とは違う作業をすることがあります。今回、共同制作で日本に来ているフランスのスタッフは、「さまざまな部署が体験できてよい」というふうに言っていたので、フランスでもぜひ同じようにしたいと思います。
パオロ 日本の俳優の皆さんが、積極的に仕込み(※)に参加していたり、俳優以外の部分についても詳しかったりすることに感銘を受けました。私たちの学校では、俳優以外の部署の学生たちと一緒にいることや、仕込みのお手伝いに行くことはなかなかないです。また、日本の俳優の皆さんは、何かがあるとすぐに参加して、すぐに動くところにとても感動しています。グループとして動くことを優先しているところが、本当に気持ちが良くて、美しいです。※=大道具、照明、音響など、公演のための設営をすること
蛭田 パオロの言ったことを日本側から補足したいのですが、国の違いだけでなく、学校のカリキュラムの違いも関係していると思っています。CATの学生は、稽古で使う平台(舞台装置や客席を組む際に使われる木製の台)を自分たちで作るなど、学生がスタッフワークに触れる機会が多いため、俳優だけどスタッフワークに詳しい人もたくさんいます。しかし、ENSATTのキャストと一緒に稽古をしていると、「私たちが俳優以外の部分を学んでいる時間、すべて俳優の仕事を勉強しているんだよな」という焦りみたいなものを感じます。どうにかプロとして俳優をやっていこうとしている姿勢から、いい影響が受けられたらいいなと日頃から思っており、とてもリスペクトしています。
ジュリ この共同制作で素晴らしいと思うのは、文化間の違いを交流・交換できることです。日本とフランスそれぞれのやり方をミックスすることで、芸術的な面でも、デザイナーの面でも、最終的にはグループ全体として非常にプラスになると思っています。また、このような集団のプロジェクトでは、「お互い誰が何をしているか」を知れるとてもいい機会だと感じています。フランスではこのような機会があまりないため、共同制作は、ENSATTの学生8人で、お互いが誰が何をしているのか、そして一緒に何かをすることを学ぶいい機会になっています。
髙木 スケジュール面では、だいたい稽古が14時から始まり、だいたい20時まで稽古をして帰ります。その時間に集中して稽古をした後、みんなでご飯に行ったり遊んだりしても、次の日の朝はゆっくり休憩が取れるため、すごく良い循環があると思います。コミュニケーションのことで言えば、演出助手として、稽古場や楽屋のゾーニングなどをしているのですが、あらゆるものに日本語とフランス語を書いたり、特に石川さんが通訳をしてくださるときは、なるべくシンプルに伝えるようにすることを心がけています。「何かあったら言ってね」ではなく「こういうことが心配だったら、私か〇〇さんに連絡をしてください」というように、すごく具体的に伝える癖がつきました。
― 『私はかもめ』のアピールポイントとは何でしょうか。
パオロ 日本のお客さんとフランスのお客さんで見え方は違ってくると思いますが、けっこう何でもなさそうな細かい点で、「あれ?」と思う瞬間があります。稽古の中でもそうですし、作品の中でもそう。例えば昨日稽古した場面で、私たちは緊張して「怖いな」と思った時、フランス人同士、身体を触れ合ったり手を握ったりしていたのですが、日本のみんなは「へえ、そうするんだ」という感じで見ていました。
ジュリ やはり日本の観客とフランスの観客では異なった文化を持っているので、それぞれ違うところでリアクションが来ると思います。きっと俳優たちは、お客さんが「え、ここでこんな反応をするんだ」という風に驚くような場面が出てくるのではないかと思っています。
パオロ あと、劇中劇のチェーホフの作品の場面では、本当に日本とかフランスの国境というものが消えるような気がします。すごく起こるべきことが起こって、それがチェーホフ(の作品のよう)だなという感じで、すごくいいなと思います。
蛭田 作品の舞台である3023年においては、さっきパオロが言ったように「殺菌・消毒」されている世界で、私たちは何も選ぶ必要もなく、対立するような相手と暮らしたこともない状態になっています。そこから異国の人と出会って、自分でさまざまなことを選んだり悩んだりしていた頃の演劇をやってみるということで、そういった「豊かさ」を取り戻していくようなお話だと思っています。感情が揺れ動いたり人と対立したりすることは、ある意味で豊かなことなんだと最近はすごく思っているので、この豊かさを改めてみんなで喜びあえたらいいな思っています。また、これをフランスでもすぐに上演するということを念頭に置きながら観ていただいたら、面白くなるかなと思っています。
髙木 城崎などにも海外の方がたくさん来られるようになったため、海外の方が日常の中にいることに「慣れている」ような気がしていました。対して作品の中では、自分の民族じゃない人たちと会う緊張感が描かれていて。実際、フランスの方がCATに来たときにまったく同じことを感じました。そういう、一周まわって新しいものに出会う緊張感を、劇場というところでリアルに感じられるのではないかと思います。食べているものも暮らしも全然違う人が自分の国に来るということは、やっぱり驚きがあり、刺激をもらいます。その刺激を劇場という場所で感じてほしいと思います。
ジュリ 私たちもそれは感じます。私たちは一ヶ月以上日本に滞在するわけですが、フランスに戻った時に、また同じようにそういう驚きを感じるのだろうと予感しています。日本にいて街中を歩いていると、自分はここの人間ではないというのは感じるのですが、すごく温かく皆さんにお迎えいただいています。私たちも同じようにしたいと感じながら、やはり舞台芸術というのが「生きた芸術」であるというのは、人間同士の出会いという「生きたもの」に基づいているということを改めて感じます。これは作品をつくっている私たちの関係においてもそうですし、この作品を観てくださる日本の皆さんとの関係、そしてフランスではフランスのお客さんとの関係も。そういった出会いも、「生きたもの」として生きていくのだろうと改めて思います。
― 3023年の世界から一言かけるなら。
ジュリ 異なった人たち同士、一緒に暮らすことを知ってほしいと思います。そして、未知を恐れないでほしいと思います。そういった未知こそ、豊かにしてくれるものなので。
パオロ きれいなところへ向かうのではなく、あえて汚いと思うようなところへ向かい、そこをちょっと擦ってみることで、面白いものが見つかることがあるのではないかと言いたいです。特に、楽が目的にならないようにしたいと思います。
髙木 楽を追求した結果、作品内では、コンピューターが日本のご飯をお米と味噌汁しか出してくれないことになってしまったので、日本料理を守ってほしいです。伝統とか、美味しいものとか、保持したり受け継いだりしていくのが大変なことは残っていくのが難しいので、ちゃんと守っていこうねと言いたいです。あと、演劇とか。
蛭田 楽なことよりも味わい深いことを選ぶ。1000年後の私は、それを幸福としていてくれと言っています。
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ディレクターズ プログラム
芸術文化観光専門職大学×リヨン国立舞台芸術技術学校
『私はかもめ』
芸術文化観光専門職大学 静思堂シアター
9/22(金)19:00
9/23(土・祝)11:00/16:00
9/24(日)11:00
約90分(予定)
受付開始:開演45分前
開場:開演30分前
日本語・フランス語上演/日本語字幕付き
前売一般:¥3,500
当日一般:¥4,000
前売U25・学生・障がい者割引:¥2,500*
当日U25・学生・障がい者割引:¥3,000*
うずまくパス:¥1,000
前売当日共に高校生以下:無料*
チケット
https://teket.jp/7080/24495
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CATの公式サイトに、『私はかもめ』の記者発表の様子や、学生による「舞台裏レポート」が掲載されています。共同制作の様子をより知りたい方、実際に企画に携わっている人の目線を知りたい方は要チェック!
「舞台裏レポート」は定期的に発信されるとのことですので、ぜひ覗いてみてください。
↓詳しくはこちら↓
https://www.at-hyogo.jp/news/2023/09/000718.html
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取材・文:石川はな
2002年生まれ。芸術文化観光専門職大学3年生。豊岡演劇祭2023では、実習生として広報部に携わる。
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