世界をリードする材料開発 ~材料物性評価で技術革新への貢献を目指して~
2015年1月時点の内容です
社会を支える半導体
半導体は現代社会を支えており、近未来の社会システムや我々の生活の向上に貢献していく事と思います。身近な所では、スマートフォン、LEDや自動車等の電子デバイスに半導体は使用されており、これらのデバイスは我々の生活には不可欠な物になっています。また地球規模では、省エネルギー化や再生エネルギー活用のための取り組みが求められており、半導体がその大きな役割を担っています。省エネルギー化に関しては電力変換時における電力ロスの低減が効果的であると考えられているパワー半導体が注目されています。現在使用されているパワー半導体材料:S(i シリコン)から新材料であるSiCやGaNに置き換えられると電力損失が50% 以下に削減できると言われています。また再生エネルギー源の太陽光発電ではSiに代わる新材料の化合物半導体等が実用化され、発電効率を高めるために更なる研究開発が行われています。
この様に半導体は我々の社会には欠かせない物であり、性能向上のために日々研究がなされています。しかしどんなに性能が良くても、価格が高すぎれば市場要求を満たす事はできません。デバイスの価格は、原材料価格と製造工程のコストに寄与しますので、これらを考慮しなければなりません。
半導体の基礎物性を調べるホール測定装置
研究開発の段階でデバイスの材料である半導体の特性を知るために、基礎物性であるキャリア輸送特性を調べる事が不可欠です。半導体の電気を伝える能力(輸送特性)は、移動できる荷電粒子の含有量(キャリア濃度)と荷電粒子がどれくらいの速さで動くか(キャリア移動度)で表す事ができます。
ResiTest:比抵抗/ホール測定システムは半導体の比抵抗値、キャリア濃度、キャリア移動度を測定する装置です。1984 年に当社は最初のホール測定システムを開発し、多くの半導体材料の評価に使用されました。1990 年代になると、発光デバイス、パワー半導体等に使用されるワイドバンドギャップ半導体が注目され多くの研究者が盛んに研究を行う様になりましたが、ワイドバンドギャップ半導体はホール起電圧が小さく従来のホール測定システム(DC磁場)では測定ができませんでした。
ノーベル賞に貢献したレジテスト
ノーベル物理学賞を受賞された赤﨑先生、天野先生が発明された高効率青色LEDに使用されているガリウムナイトライド(GaN)もワイドバンドギャップ半導体になります。
赤﨑先生は青い(エネルギーの高い)光を照射するために必要なより高いエネルギー構造を持った半導体としてガリウムナイトライドに着目されました。この「青色LED」が実現するまでに2つの大きなブレイクスルーがあったそうです。
1つ目は、青色LEDの材料となるガリウムナイトライドの高品質な結晶を作る事。材料の結晶性が悪い(欠陥がある)と、電流が流れなかったり、エネルギーが光にならずに熱などになってしまいます。青色LEDに適した高品質な結晶は、電気炉の不調で温度が上がらないために生まれたそうです。
2つ目は、キャリアタイプ:P 型のガリウムナイトライドを作る事。
LEDは前特集でご紹介した様にN型とP型の接合した構造になっています。N型とP型の境界面で電子と正孔が結合し、電子の持っていたエネルギーが光となって放出されます。光の波長(色)は、半導体の材料ごとに決まっており、N型もP型も素材の半導体に別の物質を少量混ぜるなどして作成しますが、ガリウムナイトライドはP型を作るのが理論的に困難だと考えられていました。しかし天野先生がガリウムナイトライドの性質を十分に研究しP型を作成する事に成功しました。
上記の結晶性の評価及びキャリアタイプの判別にホール測定はとても有効な手段になります。従来型のホール測定システム(DC 磁場)では、ガリウムナイトライドの半導体特性(移動度、キャリア濃度)を測定することは不可能でした。そこで当社がワイドバンドギャップ半導体の測定ができる新しい技術を開発して、ACホール測定システム:レジテスト8300 型として半導体研究機関に提供をしました。
ACホール測定法とは、磁場の向きと大きさを一定の周期(sin 波)で変化させ、それと同期してサンプルに現れる純粋はホール起電圧のみを検出し、DC 不平衡電圧、高周波ノイズの影響を除いて測定する方法になります。このACホール測定法を採用したレジテスト8300型は、従来のDC 磁場法ホール測定システムよりもホール起電圧測定感度が約100倍向上しました。
IGZOの基礎研究にも
このACホール測定システム:レジテスト8300型は青色LED以外にも多くの新材料の評価に貢献してきました。例えばIGZOもその一つです。
2004 年にNature 誌で発表された「透明なアモルファス酸化物半導体In(インジウム)-Ga(ガリウム)-Zn(亜鉛)-O(酸素)(通称、IGZO)」によるTFT(薄膜トランジスタ)技術は、既にスマートフォンやタブレットなど数々の製品に搭載されています。液晶パネルなどに広く応用されているアモルファスシリコンに比べ、キャリア移動度が良くトランジスタを小型化でき液晶技術をさらに進化させました。また消費電力を抑える事ができます。このIGZOも基礎研究の段階では、キャリア移動度・濃度が低くホール測定が大変困難でした。
従来のDCホール測定では低いキャリア濃度を測定するのには限界がありましたが、当社のレジテストのACホール起電圧測定法であれば、高抵抗かつ低移動度な材料のキャリア濃度をより正確に測定する事ができました。
IGZO:TFTシート
更なる高感度測定へ
レジテスト8300 型が発売されてから15 年経ち、その間に銅酸化物や太陽電池材料:CIGSなどのホール測定が難しい材料が増え、研究者は更に高感度なホール測定装置が必要になりました。またこれからマーケットの拡大が予想される有機半導体にも対応するために、当社は米国Lake Shore社と共同で開発したレジテスト8400 型を2011年にリリースしました。このレジテスト8400型はACホール起電圧測定法と米国Lake Shore社が開発した低ノイズ電圧アンプを採用する事により、従来のレジテスト8300型に比べ測定感度が2桁向上される事に成功しました。
写真:レジテスト8400型
先程述べたIGZOは、省電力化、小型化により液晶技術をさらに進化させましたが、材料に希少金属であるIn(インジウム)を使用しています。この希少金属は殆どが輸入に頼っており、非常に高価なだけでなく安定して入手し続けられるか分かりません。有機半導体を使ったフレキシブルトランジスタが出来れば、IGZOを有機トランジスタに置き換える事も可能になります。
この有機半導体はSiに代表される無機半導体に比べ下記の利点が見込まれ今盛んに研究が行われています。
有機半導体の利点
• 比較的容易な作製プロセスで素子作製ができる
• 低コスト化及び大面積化が可能
• 軽量性に優れており高い柔軟性がある
しかし現状では有機電子デバイスはまだまだ発展途上の段階にあります。近年の研究により移動度や大気安定性、(太陽光)変換効率といったデバイスの性能が確実に向上しており、今後フレキシブルディスプレイやカラフルな太陽電池にように新しいデバイスに利用が期待されています。
印刷法による有機トランジスタ作製
新たな物性評価システム
半導体の基礎物性であるキャリア輸送特性を調べるためにホール測定の重要性を述べてきましたが、デバイス/材料の性能向上のためにはホール測定以外にも様々な物性評価が必要になります。次に米国Lake Shore社が開発した新物性評価システムに関してご紹介致します。
8500型テラヘルツ分光システムはテラヘルツ波を利用した新しい物性評価装置になります。テラヘルツ波は電波と光波に挟まれた中間の領域にあり、その周波数の範囲は100GHzから 10THz です。テラヘルツ波は電波の持つ透過しやすいという性質と光の持つ直進しやすいという性質を併せ持っています。
8500型テラヘルツ分光システム
テラヘルツ帯での共鳴と物性現象
物質は外部から共鳴周波数に等しい電磁波を受けるとエネルギーを吸収する性質をもっています。テラヘルツ波の周波数を可変させながら物質を透過する大きさを観察すれば透過率が低下した周波数で共鳴が起きているとわかります。テラヘルツ帯域には様々な物理現象の共鳴周波数が含まれており、物質の温度や磁場を変えると共鳴周波数やその透過率・半値幅が変化します。それらの観測結果は物理現象を解明する手がかりになります。
半導体の物性測定
通常、半導体ウェハーの導電率はウェハー表面の4カ所に電極を付け測定を行いますが、この方法では電極とウェハーの間にオーミック接触が得られない場合、ホール測定装置を用いても非常に測定が困難になります。このような場合、テラヘルツ波を使った非接触の測定が有効です。テラヘルツ分光を行い透過と反射の境界周波数からプラズマ周波数を読み取るだけです。導電率とプラズマ周波数ωPおよびτの関係は以下の通りです。τの値もテラヘルツ分光の測定結果から導くことができます。
また半導体の電子の有効質量を測定できます。有効質量m*とサイクロトロン周波数ω(c 磁場中である速度を持った自由な電荷はローレンツ力を受けて回転運動します。この時の回転周波数)、電気素量e、磁束密度B、の関係は以下の通りです。
キャリアの移動度μとキャリア濃度Nは以下の式で表されます。
*γ:共鳴の半値幅
8500 型は半導体の評価だけでなく、磁性体に対しても有効な評価装置です。
磁性体は半導体と同じくらいに今日のエレクトロニクスの発展に寄与してきました。半導体デバイスは電子の電荷を利用したものに対し、磁性体デバイスは電子のスピンを利用しています。近年ではこの両方(電子の電荷とスピン)を利用した新しいデバイスの研究(スピンエレクトロニクス)が盛んに行われています。
巨大磁気抵抗効果(GMR)とトンネル磁気抵抗効果(TMR)のような、スピンに依存する電気伝導を利用して不揮発性メモリや磁気ディスクのヘッドなどが実用化されています。次世代のスピンを利用したスピントランジスタを用いたデバイスは、省電力化・小型化が期待されています。このスピントロニクス分野で用いられる材料もテラヘルツ分光により磁気共鳴が観測でき有益な情報が得られると期待されています。
上記以外にもテラヘルツ分光の範囲は大変広く、量子デバイス、マルチフェロイックス、ナノ材料、化学の分野に及びます。新しい発見が次々と見出されることが期待されています。
おわりに
今日のエレクトロニクスの発展は、そのデバイス材料の発展が大きく影響してきました。今後も近未来の社会システムや我々の生活の向上のためにデバイス材料の発展が必要です。当社は新デバイス材料の物性評価のために、研究開発者に優れた計測器を提供する事に努め、社会の発展に貢献していきたいと思います。