電子化・自動化の進む自動車の安全性試験に新たな提案を
2019年1月時点の内容です
生活圏における電磁環境
街中を走行する自動車の車内には、多くの電子機器が密集しているだけでなく、ノイズに敏感な受信機や大きな信号を出力する送信機なども搭載されています。それらの機器にとって、無線電波をはじめノイズが溢れる昨今の環境は、非常に電磁障害を受けやすいものとなっています。
近年開発が進むEV/HV 車両では、エンジンを要する従来の内燃機関の自動車構造とは車体設計が大きく変わり、ノイズ発生源についても多様化の一途を辿っており、それらが一層EMC(電磁両立性)環境を複雑で過酷なものにしています。また、それは車内だけにとどまらず、自動車が何百kWもの電力を持つラジオ塔や強力なレーダー波を照射する航空管制塔などの近くを走行した場合や、静電気を帯電したドライバーが車内の電子機器に触れた場合、充電中のEV 近くに雷が落ちた場合など、従来意図しなかった電磁妨害にさらされることも日常となってきています。
走行車両にとっては小さな誤動作が重大事故にもつながります。自動車向けのイミュニティ(電磁耐性)試験では、家電品に比べて数十倍から数百倍も強い電磁的ストレスを与えて電磁環境に対する安全性を確認する必要があります。また多種多様な、かつ多方面から飛来するであろうノイズを想定したEMC試験は非常に重要な役割を担っています。
5G(第5 世代移動通信システム)の普及で
より複雑化する電磁環境
移動端末機器の普及により、私たちの身の回りの電磁環境は複雑化しています。目には見えませんが、さまざまな周波数・強さの無線電波があちこちに飛び回っています。また2020年のサービス開始に向けて今後の普及が確実な5Gは、IoTの普及に必須です。IoTを活用した社会を実現しようとする場合、今まで閉じられた環境で使用されてきた情報通信機器などを「社会環境下でさまざまにネットワークさせる」ことで、住みやすく効率の良い社会の実現が可能となります。半面、今まで使われてこなかった周波数帯やミリ波帯の使用も予定されており、電磁環境がより複雑化していくことは確実です。
自動運転や、コネクテッドカー(つながる車)を実現するための重要な技術の一つが5Gであり、その低遅延性や多数同時接続といった技術はインフラとして欠かせないものとなってくるでしょう。そのように複雑化した電磁環境下で、自動車が誤動作により暴走することなく、より確実に、より正確に動くようにするためには、安全性と信頼性がますます要求されます。
図1:自動運転のためのリモートセンシングシステム(イメージ)
複雑なマルチパス伝搬環境を作り出す
リバブレーションチャンバー
このような多種多様な電磁環境の中で、自動車の安全性と信頼性を確保するためには、何が必要となるのでしょうか。
自動運転の社会を見据えると、複雑になる電磁障害環境を意図的に作り出し、より厳しく過酷な試験を行うことで、ロバスト設計(外乱や誤差に対して製品の振る舞いがあまり変化せず、影響が小さくなるようにする設計)を行うことが重要となります。このロバスト設計を支える試験方法として注目されているのが、リバブレーションチャンバーを使用した試験方法です。従来の、電波暗室を利用した電波照射による試験は、単一方向からの電波に対するイミュニティ照射試験のため、多方向から飛来する電波を想定した場合、被試験物を移動させて試験を実施する場合もありました。リバブレーションチャンバーによる試験では、シールドキャビティ内の反射板撹拌機を回転させ電波を反射させることで、マルチパス伝搬によってつくられる電磁障害環境を最も効率的に再現することができます。そのため、より高い信頼性・安全性が求められる自動車、航空機、軍事機器、通信機器など、さまざまな分野で使われています。
リバブレーションチャンバーの仕組みと構造
私たちにとって最も身近なリバブレーショチャンバーといえば、電子レンジです。内部は金属で覆われ、設置されているターンテーブルあるいは撹拌機の回転によって、食品に均一に2.45GHzの電磁波を照射し、分子を震えさせることによりその摩擦熱で温めるという構造です。
EMC 試験で使用するリバブレーションチャンバーも、電子レンジと同様に、全周囲を金属反射面に囲まれたシールドキャビティと呼ばれる空間に一つあるいは二つの反射板撹拌機が搭載されていて、内部に設置された送信アンテナからのRF 信号をシールドキャビティ内に出力します(図2)。シールドキャビティ壁面と反射板撹拌機を操作することで、リバブレーションチャンバー内部のキャビティ境界条件を変化させます。試験領域において統計的に等方で、電界的には均一なRFフィールド条件を作り出すことができる(図3)ため、この領域に被試験物を設置し試験を実施します。
近年のリバブレーション統計理論の発展により、たった一点で測定された電界強度から任意位置の最大強度を予測することが可能になりました。試験規格が許容する場合には、反射板撹拌機を連続回転させるスタードモードでの試験も可能です。当社で取り扱うETSLindgren社の反射板撹拌機は、ステップ回転させるチューニングモードにおいて、反射板撹拌機が目標位置に迅速にとどまり、電界照射後、次の角度に迅速に移動するため、より短時間で多くのデータを提供することができる設計です。
図2:EMC試験用リバブレーションチャンバーの構造例
図3:リバブレーションチャンバー内部の電界分布例
従来の試験方法との違い
従来の自動車に対するイミュニティ照射試験方法とは何が違うのでしょうか。そして自動車に対するイミュニティ照射試験規格は今後どのようになっていくのでしょうか。
電波暗室で行われる従来の試験方法は、国際標準化機構規格ISO11451-2にて規定されています。しかしこの方法は単一方向からの電界照射のため、基準点で電界を観測した場合には規定の電界強度を得られますが、車体や金属筐体に遮られる自動車の車体内部では、要求される電界強度の電界が照射されているとは限りません。また、照射電界偏波は水平および垂直に限定されています。電波暗室内では電界照射のための送信アンテナが配置されていない車両の後方、上方向、および横方向からは電波は照射されません。
一方、リバブレーションチャンバーによる試験では、試験領域において等方的で均一なRFフィールドの条件を生成できます。これにより、実走行状態に近い環境でのイミュニティ照射試験をすることが可能となります。RFフィールドの再現性が高いことも特長です(図4)。
加えて、電波暗室を使用したイミュニティ照射試験において必要とされるパワーアンプの電力よりも、より少ない電力で強力な電界を作り出すことができます。性能を犠牲にすることなく、電力の低いパワーアンプが使用可能であり、コスト的にも優れていると言えるでしょう。リバブレーションチャンバーは、コンピュータールームや医療機器ルーム、あるいは航空機の制御室や自動車のエンジンルームなどのような、キャビティの複雑な電磁環境をシミュレートするのに適しています。
図4:リバブレーションチャンバーの電界照射イメージ
リバブレーションチャンバーの性能評価
リバブレーションチャンバーの性能は、主に反射板撹拌機の効率性、チャンバーの寸法、そしてチャンバーの表面素材によって決定されます。反射板撹拌機はチャンバーの一端に横断する形で水平、もしくは水平かつ垂直に設置されます。チャンバー内の表面素材としては、亜鉛メッキ鋼板、アルミニウム、そして銅が選択可能です。それぞれの導電性能の違いにより、キャビティ内のQファクター(品質係数)も異なります。Qファクターはチャンバーのエネルギーを蓄える能力の指標となります。Qファクターが高いほどより多くのエネルギーを蓄えることができるため、得られる試験電界強度も高くなります。
リバブレーションチャンバーの性能は、基本的に電界均一測定により実証されます。あらかじめ定義された試験領域(図2参照)のそれぞれのコーナーで電界データを取ります。この電界均一測定で得られた電界の標準偏差は、リバブレーションチャンバーの動作周波数帯域にわたり一定の不確かさの範囲内で測定されることを確認するために使用されます。
おわりに
リバブレーションチャンバーを使用したイミュニティ照射試験の有効性としては、被試験物に対する電界の照射方向が単一方向だけではない5Gのような無線環境に対応し、多方向からの電界照射による実環境に則した試験が可能であるということです。これにより、今まで見落としていたかもしれない被試験物の誤動作も見極める能力を発揮すると考えます。近い将来実現されるであろう自動車の自動運転時代の到来に備え、より高度で正確な安全性・信頼性試験を実現します。「私たちの生活を脅かすことのない自動運転」という課題に取り組むため、複雑な電磁環境を作り出すリバブレーションチャンバーが重要な役割を果たすことになるでしょう。
※執筆にあたり、日本イーティーエス・リンドグレン株式会社の島田 一夫氏にご協力いただきました。