ナノインデンテーション法の基本原理
2016年4月時点の内容です
自動車部品を始めとするあらゆる産業製品において、壊れ難さ、傷つき難さ、または研磨や切削などの加工し易さといった機械特性は重要な評価項目です。機械特性評価方法の中でも、ゴムからDLC膜まで幅広い材料に対応可能で、薄膜の硬度・ヤング率測定を得意とするナノインデンテーション法の基本原理を説明します。
様々な押込み硬さ試験法について
押込み硬さ試験には、従来より以下のようないくつかの手法があります。
• ブリネル硬さ:超硬合金球圧子を用いて試験面にくぼみをつけ、くぼみ直径を測定。試験力をくぼみ表面積で除した値で表される。
• ビッカース硬さ:ダイヤモンド四角錐圧子を用いて試験面にくぼみをつけ、くぼみの対角長さを測定。試験力をくぼみ表面積で除した値で表される。
• ロックウェル硬さ:超硬合金球、またはダイヤモンド円錐圧子を用いて試験面にくぼみをつけ、くぼみ深さを測定。くぼみ観察が不要なため、簡便な硬度計として幅広く利用されている。
• ナノインデンテーション硬さ:ダイヤモンド三角錐圧子を用いて試験面にくぼみをつけ、くぼみ深さを測定。くぼみ観察が不要。
なぜナノインデンテーション法が
薄膜測定に適しているのか
基板上に形成された薄膜の硬さを、押込みによる硬さ試験法で測定する場合、少なくとも膜厚より浅い押込みを行わなければなりません。何故なら、押込まれる圧子の応力は、押込んだ深さの10倍近くにまで及ぶため、あまり深く押込むと基材の影響を受けてしまうためです。言い換えると、膜自体の硬さを評価するためには、膜厚の1/10以下で測定を行う必要があるということです。
下図に、各種押込み法による硬さ試験の荷重レンジを示します。一般的に、微小荷重で測定する手法としてビッカース法が利用されています。しかしながら、ビッカース法の最低荷重は100μNとナノインデンテーション法に比べ、10,000 倍も大きな荷重です。また、ビッカース法では、押込みにより形成されたくぼみを、視覚的に観察しなければならず光学顕微鏡などで観察できるレベルにするには、数ミクロンの深さまで圧子を押込む必要があります。一方、ナノインデンテーション法では、くぼみ観察を必要としません。ナノインデンテーション法は、押込み量や印加荷重をnmやnNレベルで制御でき、かつ、くぼみの観察が不要な測定方法であることから薄膜硬度測定に適した方法と言えるのです。
![画像1](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/54583162/picture_pc_8a7629c45fc89c8cbf212930c360e1fc.png)
各押込み硬さ試験の荷重レンジ
ナノインデンテーション法でくぼみを観察しなくて良い理由
上記の通り、ナノインデンテーション法では、くぼみの観察は不要です。しかしながら、硬さを算出するためには、試料と圧子により形成されたくぼみの面積を知る必要があります。
ナノインデンテーション法では、くぼみの顕微鏡観察を行わない代わりに、押込みによって生じたくぼみの深さから接触投影面積を理論的に計算する方法を採用しています。ここで重要なのは、nmオーダの浅い領域で押込み試験を行った場合、押込みによって発生する変形は弾性変形・塑性変形の両方が混在していることです。そのため、真に接触している深さhc は、試験中の最大変位量htと単純に等しくはなりません。
![画像2](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/54583404/picture_pc_bb598692ee77671d9881ca3a7846f59d.png)
(左)完全塑性変形 (右)弾性変形と塑性変形が混在
そこで、ナノインデンテーション法では、試料への印加荷重を除荷する際の勾配S(①式)を利用し、真の接触深さhc(②式)を求めます。この方法は1992年にWarren Oliverらによって提唱されました。
![画像3](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/54583500/picture_pc_d8c5af877b40f092df7e03261a498bec.png)
荷重変位曲線
出典:Oliver & Pharr, J Mater Res 7, 1564( 1992)
![画像4](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/54583579/picture_pc_d5c83bf337ae91cc447ebfb2d79facfc.jpg)
求められた真の接触深さから接触投影面積Aを算出します。接触投影面積Aは使用するバーコビッチ圧子の幾何学形状から算出されますが、実際の圧子先端の曲率を考慮し補正項を加えた式(③式)が用いられます。そこから硬度H(④式)・ヤング率Er(⑤式)を計算することができます。
![画像5](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/54583617/picture_pc_b0d7881e698e408a2144e2e87ae1e298.jpg)
例えば、溶融石英と比較するとアルミニウムはほとんど垂直に近い除荷曲線を示します。荷重変位曲線からもアルミニウムの方が大きな永久くぼみが残ることが分かりますが、計算上からもアルミニウムの除荷勾配S は無限大に近くなり、接触深さhc は最大押込み深さht とほぼ一致することになります。これにより計算された硬度H はアルミニウムの方が小さい値になります。
![画像6](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/54583642/picture_pc_88ef18efbcbc277102d65c9e3cf8c887.png)
溶融石英とアルミニウムの荷重変位曲線
出典:George M. Pharr,
PROBING THE MECHANICAL PROPERTIES OF MATERIALS AT SMALL SCALES WITH NANOINDENTATION
ナノインデンテーション法の応用
上記の手法では、設定した一つの押込み深さにおける硬度・ヤング率を求めることができますが、近年では、一回の押込みで深さ方向に連続的な硬度・ヤング率プロファイルが得られる手法も用いられています。さらに硬度・ヤング率プロファイルを面内で多点に取得し、XYZ方向の硬さ情報を画像化する手法も開発されています。その他にも、粘弾性測定や引っ掻き(スクラッチ)試験など使用方法は多岐にわたっています。
![](https://assets.st-note.com/img/1639978083531-WTXmKywSgB.png?width=1200)