パケットキャプチャの新たな可能性―「SYNESIS」映像分野での活用
2023年9月時点の内容です
東陽テクニカは、1980年代にネットワークジェネラル社製のLANアナライザ「スニファー」の取り扱いを開始して以来、30年以上にわたってパケットキャプチャツールを提供してきました。2015年には、自社開発した大容量パケットキャプチャ/解析システム「SYNESIS」の販売を開始し、現在は約20の国と地域に展開しています。パケットキャプチャツールは、主にネットワークシステムのトラブルシューティングや研究・開発などで使われていますが、最近では映像データの保存や再生といった使い方も期待されています。
本稿ではまず、「パケットキャプチャとは何か」を解説し、「SYNESIS」を活用した映像データの保存・再生という新たな用途についてご紹介いたします。
ネットワークとパケット
ネットワークを介した通信は「パケット」と呼ばれる単位で行われます。パケットには宛先や送信元のアドレス、通信の種類の規定などさまざまな情報が含まれていて、ネットワークを介し、これらの情報を参照してデータを適切な宛先へ届けることができます。
通信をするとき、円滑に送受信を行うために、複数のパケットに細かく分割して送信します。そしてパケットには、必要なデータを正しい場所に届け、正しい順番で並ぶよう保障するための仕組みがあります。
パケットに含まれるこのような情報を読み解くことにより、通信状況を把握し、問題が起こった時の原因を探る手掛かりを得ることができるのです。
例として、オフィス(データリクエスト側)とデータセンター(データ提供側)でそれぞれパケットを計測し、これらを比較することで、例えば途中のネットワークでパケットが抜け落ちていないか、抜け落ちたとしたら、どのパケットが落ちてしまったかを調べることもできます。
パケットキャプチャとは
通信で用いられるパケットのコピーを何らかの方法で受信し、それをメモリーやハードディスクなどに書き込むことをパケットキャプチャと言います。パケットキャプチャツールでは、書き込まれたデータを解析可能なデータに翻訳・表示まで行います。
パケットキャプチャツールはパケットそのものを書き込むだけでなく、そのパケットをいつ受信したのか(タイムスタンプ)、どのポートで受信したのか、などの情報も合わせて記録します。タイムスタンプは、そのパケットを受信したタイミングだけでなく、例えばリクエストとレスポンスのタイムスタンプを比較することで、リクエストにサーバーが応答するまでの時間を推測するなど、相対的な時刻情報によりさまざまな分析が可能です。
東陽テクニカ製大容量パケットキャプチャ/解析システム「SYNESIS」
「SYNESIS」は2015年、100ギガビットイーサネット(100GbE:伝送速度が最大100Gbpsのイーサネット規格)に対応したキャプチャツールをいち早くお客様に提供するために誕生しました。
最大の特長として、特許を取得した独自の技術により、受信した100Gbps(毎秒100ギガビット)の大量のデータを高速でディスクに転送して書き込むことで、全てのパケットをロスなく長時間キャプチャできることが挙げられます。
パケットの受信に用いるNIC(Network Interface Card)はネットワークのモニターやパケットキャプチャ専用のもので、キャプチャしたパケットに1ナノ秒の精度で受信した時刻(タイムスタンプ)を付与するため、キャプチャしたパケットは絶対時刻に対して正確です。さらに、「SYNESIS」がキャプチャしたデータは、複数のファイルに分割して保存するのではなく、キャプチャ開始以降を一つのキャプチャセッションとして扱うことで、解析に必要なデータの抽出などが容易に行えるように工夫されています。
パケットリプレイヤー機能とは
「SYNESIS」の機能の一つに、パケットリプレイヤーというものがあります。パケットリプレイヤーとは、過去に実際のネットワークでキャプチャしたトラフィックのデータを再生(リプレイ)して、ラボ環境などの実環境にパケットを送信し、障害を再現して原因を解析するために使用されます。この機能は、1980年代から1990年代にかけて当社が販売していたLANアナライザ「スニファー」にもあり、パケットキャプチャソリューションの古くからの機能と言えます。
「SYNESIS」のパケットリプレイヤー機能は、100Gbpsのワイヤレートで最大約1テラバイト(TB)分の大容量データの再生をすることが可能です(※1)。また、トレースファイル(キャプチャしたパケットを書き込んだファイル)だけでなく、キャプチャセッション(キャプチャの開始から停止までを一つとした単位)からの再生も可能なので、大容量キャプチャツールの特長でもある、長期間キャプチャしたトラフィックの再生もできるようになっています。
(※1)対応できるモデルは限定。特別なオプションを追加することで可能。
キャプチャ用NICは、キャプチャしたパケットに正確なタイムスタンプを付与するだけでなく、再生時に、タイムスタンプに基づき正確な時間間隔でキャプチャしたパケットを送信することができます。加えて、複数のポートからキャプチャしたパケットを、ポートからのタイミングを同期して再生することも可能です。
また、再生するパケットの編集機能もあり、障害を再現する際にその環境に合わせて再生するトラフィックのアドレスなどを書き換えるというニーズにも対応できます。
新たな用途―パケットリプレイヤーによる映像再生
当社は、パケットリプレイヤーの新たな利用目的として、映像の再生に注目しています。テレビなどの番組制作での現場では、マルチカメラ、マルチ収録が日常化しているため、株式会社NHKテクノロジーズ(以下NHKテクノロジーズ)では、複数台の4K/8Kカメラで収録した映像・音声データを「マルチトラック収録」する方法を検討していました。
<背景>
従来、収録現場では1つのカメラで撮影された映像と音声データを1つのレコーダーに保存するのが一般的でした。しかし、近年では複数のカメラを同時に使用して映像や音声を収録する制作手法が増えており、これに伴い必要なケーブルやレコーダーの数が急激に増加し、費用増加や制作効率に制約が生じています。
そこで、複数のカメラで撮ったデータを1台のレコーダーにまとめて収録するために、現場で使用されるさまざまなタイプのカメラ、信号に対応できるシステムが必要とされていました。システムを構成するデータ保存機器は、大容量かつ収録したすべての映像・音声を再生することも求められました。
<「Inter BEE」でのデモンストレーション>
2022年11月に開催された映像と通信のプロフェッショナル展「Inter BEE」において、NHKテクノロジーズは同社が開発した、映像と音声をマルチトラック収録できる「IP映音マルチトラックレコーダー」を出展しデモンストレーションを行いました。「IP映音マルチトラックレコーダー」は、IP変換機器とデータ保存機器で構成されたマルチトラック収録システムで、「SYNESIS」はデータ保存機器として活用されました。
<デモンストレーションの概要>
①収録プロセス
撮影した映像・音声データを変換器でIPパケットに変換し、「SYNESIS」でキャプチャします。
②再生プロセス
キャプチャしたIPパケットを「SYNESIS」で再生し、ネットワークに送信します。変換器がIPパケットをAVシステムに対応したSDI信号に変換し、映像が再現されます。
<「SYNESIS」の強み>
前述の通りキャプチャ用NICにより、再生プロセスで、タイムスタンプに基づき正確な時間間隔でキャプチャしたパケットを送信することができたので、IP変換器が「SYNESIS」から受信したIPパケットを問題なく再生することができました。
このデモンストレーションで使用した8Kの映像データは、SDIでは50Gbpsのスピードを持つトラフィックですが、このシステムを構成するIP変換器で圧縮されて5Gbpsになっています。データ保存器である「SYNESIS」はパケットロスなくそれをキャプチャし、再生することができます。8K映像をキャプチャし、再生する場合、「SYNESIS」はパーフェクトなソリューションと言えます。
また、キャプチャセッションからトラフィックの再生を行いましたが、「SYNESIS」のキャプチャセッションは原則としてキャプチャ開始から終了までを一つの塊として取り扱うことができるので、複数のファイルに分割してキャプチャデータを保存した場合には難しいと思われる、数時間分の映像を連続して再生するようなこともデモンストレーションで実現できました。
今後の展開としては、イーサネット上でIPパケット化することで送信できるものを全て一元的に同じ時間軸で保存できるので、例えば美術品のデジタルアーカイブとして映像、照明、赤外線データ、温度、湿度などのデータを同時保存するといったユースケースが考えられます。パケットリプレイヤーによる映像の保存と再生はさまざまな分野への応用が期待できます。
東陽テクニカ情報通信セグメントは、今後も、本稿でご紹介した「SYNESIS」を含め、高品質なネットワークと安全で快適な運用を提供するためのソリューションを提供してまいります。