高速鉄道における計測技術 ~CRONOSシリーズの計測アプリケーション~
2013年9月時点の内容です
はじめに
高速鉄道と聞くと、多くの方は新幹線を想像すると思います。日本では、東海道新幹線や東北新幹線、九州新幹線など全国に張り巡らされており、公共交通機関として生活と経済活動を支えています。さらに近年では、インドやアメリカに高速鉄道を輸出することを目標に官民連携での活動がニュースになったことが記憶に新しく、今後の動向が注目されています。海外におきましてはヨーロッパではフランスやドイツ、イタリア、ロシアなどで、アジアでは韓国や中国、台湾で高速鉄道が運行されており、安全性や快適性に優れ、大量輸送に適した交通機関として欠かせないものとなっております。
そこで今回は、この高速鉄道がどのような計測技術を用いて実験が行われているのか、海外でのimc社製データロガーにおける実例を用いてご紹介したいと思います。
鉄道業界におけるimc社の歴史とポジション
imc社は、ドイツの鉄道業界からの様々な計測要求に対して、1991 年にアナログ100チャンネルを超える電気機械計測用データロガー「Musycs」を開発し、ドイツAEG社の電気車両モータの試験用計測器として導入されました。1996 年には、Ethernetベースのデータロガー「μ-Musycs(日本名:μ-Logger)」を開発し、これがドイツの鉄道車両メーカAdtranz社に30システム以上が導入され、これに引き続きSIEMENS 社やBombardier社、DWA 社も導入しました。また、1996 年から1997年にかけてドイツ最大の鉄道会社であるDB 社がICEの全車両(牽引車両と客室車両)試験を行う計測システムとして導入し、計測からデータ評価までimc社の技術が使用されました。
このように、ドイツの鉄道業界では鉄道業界大手の要求で鉄道車両サプライヤもimc社のデータロガーを使用するなど、標準的計測器としてimc社のデータロガーが使用されています。その後、1999年にはimc社製アナログ-CANコンバータ「CANSAS」を用いた分散型計測システムと車両内部バスの計測システムを開発することで、さらに鉄道車両計測に貢献しています。
また近年では、中国の高速鉄道の計測システムとして2008 年に採用され、今日までに400システム以上を納入した実績があり、imc社の計測システムは鉄道業界における計測技術のリーダと言えます。
imc社製データロガー
CRONOSシリーズの紹介と対応アプリケーション
現在、鉄道業界や自動車業界で多く使用されているimc社製データロガーの最新機種「CRONOSシリーズ」は、計測目的に合わせた計測システムの構築が可能な汎用的なデータロガーとなっています。
CRONOSシリーズは下記の特徴があります。
• 様々なアナログ入力(電圧、電流、ひずみ、温度、ICP 加速度計など)に対応• MVB(*1)やCAN(*2)、回転/角度パルスなどデジタル入力に対応
• 目的や用途に合わせたシステム構築が可能
• 並列同期計測が可能
• 信号のリアルタイム処理用プロセッサ内臓
• 最大-40~85℃の広い動作温度範囲(オ
プション適用やモデルによる)
• 高い耐衝撃・振動性(MIL-STD-810対応)
など
*1:MVB:Multifunction Vehicle Busの略で、鉄道車両内伝送系で使用されるデジタルバス
*2:CAN:Contoroller Area Networkの略であり、耐ノイズ性に優れ、自動車で多く使用されるデジタルバス
図:CRONOSシリーズの歴史
これらの特徴は、鉄道業界の多種多様な実験での要求事項に対応することを可能にしています。それでは、鉄道業界ではどのような要求があるのでしょうか。鉄道車両の研究・開発における実験要求は、大きく3つのアプリケーションに分類することができます。
• テストベンチアプリケーション:テストベンチによる各コンポーネントの試験
• モバイルアプリケーション:鉄道車両を走行させる現車試験
• 土木工学アプリケーション:橋やトンネルなどの構造物の試験
これらのアプリケーションは、それぞれ計測項目や計測チャンネル数が異なりますので、それぞれの計測要求に合った計測器を使用する必要があります。しかし、それぞれに特化した計測器を準備することはコストが高く、操作性やデータフォーマットの違いが実験と解析の効率を下げる要因になります。そのため、異なるアプリケーションでも同じ操作性で使用できる汎用性の高いシステムが要求されます。この要求を満たすことができるのがCRONOSシリーズです。
CRONOSシリーズは、1つのシステムで最大128チャンネルのアナログ信号計測と最大512チャンネルのテジタルバス信号計測ができます。さらに複数システムをネットワーク上で同期できるため、膨大な計測項目の試験にも対応します。これはCRONOSシリーズがEthernetベースのシステムであり、ハブを介して複数のシステムを1 台のPCで制御することができるためです。これにより、鉄道車両のような大規模な計測対象での実験に対応することができます。
しかし、チャンネル数の多いシステムになると、作業員によるデータ監視が非常に難しく、計測対象の異常などを見逃してしまう可能性があります。また、膨大なチャンネル数のデータを長時間計測する場合、データ量が肥大化し、データ解析時間も長時間必要となります。
これらの問題を解決する機能としてCRONOSシリーズでは、リアルタイムデータ解析機能「Online-FAMOS(OFA)」があります。OFAは、データロガー本体に内蔵された演算処理プロセッサ(DSP)を用いて、計測データをリアルタイムに解析する機能です。解析内容は、独自の関数(四則演算やFFT、平均化など)を用いて、任意に設定することが可能です。この機能は、データ解析をDSPで行うため、管理用PCに依存せず、データロガー単体で使用することができます。
また、データに異常が発生した際に直ちに警告を発するなどの高度なトリガ設定をすることも可能です。また、OFAを使用することによって、リアルタイムで解析結果を確認することができるだけでなく、実験後の解析時間を大幅に短縮することが可能になります。さらに、解析結果のみを保存し、計測データを削除することでデータ容量を削減するということもできます。
図:Online-FAMOS
また、imc社ではCRONOSシリーズをEthernetで分散設置する以外に、imc社製アナログ-CANコンバータ「CANSAS」を用いた分散計測があります。電圧などのアナログ信号の配線は、磁場や電磁波などにより、ノイズの影響を受けてしまいます。さらにチャンネル数が増えるとそれに伴いケーブル数も増え、ケーブル全体の重量や体積が問題になります。ここでCANSASを用いて、計測点の近くで信号をCAN(デジタル)信号に変換することによって、熱伝対による温度計測(mVオーダー)や歪ゲージによる計測(μVオーダー)に対してノイズに強い計測環境を構築するとともに、配線数を削減することができます。
図にCANSASの分散設置の接続イメージを示します。
図:CANSASの接続イメージ
1. 車上計測アプリケーション(現車試験)
鉄道車両で走行試験を行う場合、計測しなければならないコンポーネントは1つの車両だけでも動力部(インバータやモータ)、台車、車両、パンタグラフなど様々なものがあり、これらを複数車両で同期計測する必要があります。この現車試験をするにあたり、鉄道車両メーカからは、下記のような要求があります。
• 多目的に使用可能な汎用性のある計測システム
• 集中管理可能なローカルネットワーク計測
• 分散配置可能な計測システム
• すべてのデータの同期計測
これらの要求は、前項で紹介したCRONOSシリーズで実現することができます。導入実績のある鉄道でのCRONOSシリーズを使用した計測システム構成例を図に示します。
図:計測システム構成例
図に示したように、各車両にデータロガーを分散して設置し、それらを1台のサーバーPCにEthernetケーブルで接続し、制御します。さらに、それぞれのデータロガーを同期ラインで接続することによって、データロガー間の同期をとります。この計測システムで、現車試験における要求はすべて満たすことができます。また、imc社の提供する計測システムは、鉄道業界の要求以外に現車試験を効率的に行うための3つの機能があります。
まず1つ目の機能は、前述したリアルタイム解析機能OnlineFAMOSの活用です。2つ目の機能はマルチモニタリングです。マルチモニタリングは、複数台のPCをサーバーPCに接続することで、サーバーPCで管理している計測結果をリアルタイムでモニタリングすることができる機能です。この機能は、各コンポーネントの担当者が膨大な計測チャンネルの中から自分の担当箇所の計測結果をリアルタイムでモニタリングするときに使用し、コンポーネントに異常がないかを監視することが可能となります。3つ目の機能は、データへのタグ付けです。データへのタグ付けは、データに大きな変化があるときや、トンネル進入時など環境に変化が発生したときに、データにタグ付けを行い、解析箇所を特定しやすくするための機能です。鉄道車両は、トンネルや橋への進入や転轍機での進路変更、速度変化など、様々な条件下で実験を行います。このときに、どのデータがどのような走行環境下なのかを判定しやすくするためにデータにタグ付けをします。CRONOSシリーズでは、トリガ設定、手動、音声によるタグ付けの3 種類のタグが準備されています。
このように、鉄道業界の要求を満たすだけでなく、より効率的かつ効果的な実験を行うことができる機能をCRONOSシリーズは有しています。
図:マルチモニタリング構成例(左)/
導入事例(右:3 名のエンジニアがそれぞれのモニタでデータを観察)
2. 鉄道車両と地上設備の同期計測
鉄道計測では、鉄道車両だけでなく、転轍機や架線、線路などの地上設備の実験をする必要があります。これは、安全性の高い鉄道車両を開発しても、線路や転轍機などの地上設備の安全性が低いと、大きな事故につながりかねないためです。また、トンネルや橋などの構造物では、鉄道車両からどのような影響を受けているのか、また鉄道車両に対してどのような影響を及ぼしているのかを調査する必要があります。そこで、鉄道車両と地上設備を計測する際にはそれぞれのデータロガーを同期する必要があります。しかし、走行している鉄道車両と地上設備では物理的に同期ラインを取ることはできません。このような場合、CRONOSシリーズではGPS時間を用いて同期をとることができます。このGPS 同期のイメージを図に示します。
図:GPS同期のイメージ
GPS同期の方法は、それぞれのデータロガーにGPS受信機を接続するだけです。GPS受信機を接続することによって、それぞれのデータロガー内部時間に世界標準時が適用され、同期をとることが可能になります。
この機能は、現車試験でも同期ラインを接続できない場合に適用することができ、アプリケーションの幅を広げます。
おわりに
鉄道業界では、時速200kmを越える速度で走行する車両において、乗客の安全性や快適性、耐環境性を高めるために、様々な研究・開発が行われています。日本では年間延べ2 億9 千万人と言われる乗客が、快適かつ安全に目的地に到着することができるのは、鉄道業界の研究・開発の結果と言えます。
当社は鉄道業界の要求を満たすことで、この鉄道業界の研究・開発に貢献していきたいと思います。