移動通信の電波伝搬とフェージング
2014年9月時点の内容です
近年、携帯電話をはじめ無線技術を用いたシステムは目覚ましい進化を遂げています。これらの技術はいずれも電波伝搬の原理に基づいているので、この原理を理解しておくことが重要です。ここでは、電波伝搬の基礎にふれたうえで、移動通信時の電波伝搬とそのとき発生するフェージングという現象についてご説明し、移動通信において受信される電波がどのような挙動を示すのかその一例を示します。
自由空間伝搬損失
移動通信の電波伝搬を考える前に、送受信点が固定である系を考えます。具体的にはある地点から放射状に送信された電波を、ある一つの地点で受信することを考えます。この場合、送信点から受信点までの距離がdであるとすると、放射された電波の電力は半径dの球面上に均一に分布しています。この球面上に分布した電力の一部を切り取ったものが、受信される電波の電力です(図1)。また、送受信点の距離dが大きくなると、球の表面積が増えるため、同一面積で受信される電力が減少し、受信点では見かけ上損失が発生したように見えます。この見かけ上の損失が自由空間伝搬損失です。
なお実際の伝搬では、自由空間伝搬損失に加えて吸収や反射による損失があります。
フェージング
無線通信において、電波が干渉し合うことによって電波の受信レベルの強弱に影響を与える現象のことをフェージングと言います。
移動通信では、送信局から送信された電波は、建物・樹木・地形の起伏など障害物や反射物の影響を受け、様々な経路を通った多数の電波が受信点に到達します(図2)。受信点へ到達した多数の電波は互いに干渉し、電波の受信レベルが激しく変化します。このフェージングを特に「マルチパス・フェージング」と呼びます。また、このような環境のことを「マルチパス環境」と呼びます。
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図1:放射状に送信された電波の受信
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図2:マルチパス環境
移動通信における電波伝搬
移動通信においては、送受信間の障害物や反射物が時々刻々と変化する状況下で、送受信点が任意に移動します。そのため、受信レベルも時々刻々と変動し、確定した数値を計算から得ることができません。しかし、その受信レベル変動は、その変化する区間の範囲に応じて3つにパターン分けできます。
3つの受信レベル変動パターン(図3)
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図3:3 つの受信レベル変動パターン
1.長区間変動(距離減衰)
受信レベルを数kmから10km 以上の範囲で平均すると、距離の3乗から4乗に反比例して電波強度が減衰していきます。この変動の原因は、自由空間伝搬損失と送受信間が非見通しであるために発生する遮蔽による損失です。
2.短区間変動(シャドーイング)
数mから数十m区間での変動です。この変動は、建物サイズのスケールで生じており、周囲の建物による遮蔽状況の変動が原因と考えられるので、シャドーイングとも呼ばれます。
3.瞬時変動(レイリー・フェージング)
数波長程度の短い区間における、急激な変動が瞬時変動です。この変動は、マルチパス・フェージングによって発生します。
レイリー・フェージング
移動通信において送受信間が非見通しである場合、ある時刻の受信信号
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は、様々な方向から到来した電波
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を合成したものと考えられ、x-y軸に分解すると(式1)のように表すことができます。
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マルチパス環境ではnが十分に大きいので、「同等なものが多数ランダムに集まったときの和の分布は正規分布になる」という中心極限定理(※ 1)により、
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は正規分布となります。この状態で、極座標を考えると、振幅
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の分布はレイリー分布、位相
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の分布は一様分布となります(図4,5,6)。以上から瞬時変動の振幅の分布はレイリー分布となります。このようなフェージングをレイリー・フェージングとも呼びます。上記を理解するためには、小さな矢を的に向かって投げるダーツというゲームを考えます。的の中心をx-y軸の原点とみなすと、的の中心に向かって投げた矢は点(x, y)に刺さります。これを何回も繰り返したときのxおよびyの分布が正規分布です。一方、的の中心から矢が刺さった点までの距離
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と位相
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を考えたときの、
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の分布がレイリー分布、
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の分布が一様分布です。
ドップラー・シフト
また移動通信では、無線局が移動しているために、ドップラー・シフトが起こります。そのため、単一周波数
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で送信された電波を受信したときの周波数は図7のようにばらつきます。
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図7:ドップラー・シフト
(※1)中心極限定理:確率変数x1,x2,x3,…が互いに独立で同一の確率分布に従う場合、それらの和の分布はnが十分大きければ、正規分布になる
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