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〈音楽理論〉ブラックアダー・コード の構造分析&数々の派生

今回は、ブラックアダー・コード(Blackadder Chord)の構造を詳細に分析してみます。
すると、ブラックアダーには3つの重要な特性が含まれていることが分かりました。
これらの特性を理解した上で、ブラックアダーの派生形を考えてみます。
かなりの数を考えることができ、しかもそのどれもが有用という、たいへんな事態になりました……。


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ブラックアダー・コード(Blackadder Chord)とは

ブラックアダー・コードとは、「Vaug/bII」と表記できる和音です。

たいへん強い緊張感を持ち、主和音(I)に解決するとかなり気持ちよく感じられます。
つまり、この和音は強力な属和音(Dominant)として機能します。

コードネームが長いので、「@」で略記できる

日本のポップスに大変よく使われており、主にキメの和音としてよい働きをします。
例えば、槇原敬之「どんなときも」のサビ前(1:21~)や、

サンボマスター「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」のAメロ(1:12~)、

田中秀和「グッドラック ライラック」のAメロ入り(0:07~)など。

例を挙げればいくらでも出てきますね。

ブラックアダーの3つの特性

さて、それではなぜブラックアダーは強力な属和音(Dominant)としてはたらくのでしょうか?
結論から言うと、

①限定進行(半音進行)が多い
②全音音階(Whole-tone Scale)を内包している
③2つの解決進行が同時に起こる

という3つの特徴によることが分かります。

①限定進行が多い

限定進行とは、不安定和音が安定和音(=主和音)に解決する際に発生する半音進行のことです。
和音が解決した感じというのは、この限定進行によって生み出されています。
例えば、「G7 - C」というコード進行の中には、「シ→ド」「ファ→ミ」という2つの限定進行が隠れていますね。

さて、一方でブラックアダーの方を見てみますと、限定進行音はなんと3つもあります。
「Gaug/Db - C」という進行には、「シ→ド」「レ#→ミ」「レ♭→ド」という限定進行が含まれています。

この豊富な限定進行によって、必然的に解決感は大きくなります。

また、半音進行が多いことで変位音(#や♭がついた音)が増え、スケールの中にない音が鳴ることで緊張感の高い音になっているという側面もあるでしょう。
さらに、和音全体を支える大事な音・根音(Root)が限定進行しているというのもポイントです。

②全音音階(Whole-tone Scale)を内包している

ブラックアダーの独特な響きを説明するうえで、もう1つ重要な点があります。
それは、ブラックアダーが全音音階(Whole-tone Scale)を内包しているということです。

全音音階とは、隣り合った音の音程がかならず全音になるような音階のことを言います。
「鉄腕アトム」主題歌の冒頭で鳴っている奇妙な音階がそれです。

ブラックアダーを構成している音は、全音音階(Whole-tone Scale)の構成音と一致します
そしてこの全音音階というのは、安定感がなく緊張した音階で、響きのドミナント性が非常に高いという特徴を持っています。
ブラックアダーの響き自体が全音音階を思わせるため、とても緊張感が高いというわけです。

③2つの解決進行が同時に起こる

さらに特筆すべきこととして、ブラックアダーでは根音(Root)の解決と和音の解決が別々に発生しているといえます。
そもそも、「Vaug」という和音は単体でも「I」へと解決でき、それ自体が立派な属和音です。
そんな和音の下で、根音も別途に「IIb→I」という半音下行解決を行っています。
2つの解決進行が同時に起こるわけですから、解決感も単純に考えて2倍(?)とまではいかなくても、強力なものになるのです。

以上の3要素が、ブラックアダーを特徴的な和音にしている要因といえるでしょう。
逆に言えば、これらの要素を利用することで、新たなブラックアダーを考えることもできます。

ブラックアダー=「日本の六」?

さて、ここからブラックアダーの派生を考えていきますが、その前に。
西洋クラシック音楽において、「増六の和音(Augmented 6th)」と呼ばれる和音があります。
「増六の和音」は3種類あり、それぞれ「イタリアの六(Itarian 6th)」「フランスの六(French 6th)」「ドイツの六(German 6th)」と呼ばれます。

増六の和音たち

これらの和音は、どれも根音(Root)が半音下がって解決するという特徴を持っています。
そう、ブラックアダーと同じですね。
じっさい和音の響きもブラックアダーと似たところがあり、ブラックアダーを「増六の和音」の一種とみなして「日本の六(Japanese 6th)」と呼ぶ人もいるそうです。

ついでにもう1つ。
「根音が半音下がって解決する」といえば裏コードを思い浮かべる人が多いと思います。
実は、「ドイツの六」と裏コードは、異名同音(enharmonic)を考慮すれば同じものです
ジャズの和声とクラシック音楽が同じことを言っているというのは面白いですね。

実は同じ和音

ブラックアダーの派生

ここからお待ちかね、ブラックアダーの派生形について考えていきます。
上で分析した通り、ブラックアダーには

①限定進行(半音進行)が多い
②全音音階(Whole-tone Scale)を内包している
③2つの解決進行が同時に起こる

という3つの特徴があるので、これらに着目しながら派生形を考えていくことにします。

①根音(Root)型

まずは、限定進行に着目します。
根音の半音下行(IIb→I)というのはブラックアダーの重要な要素なので、これを含むような派生コード進行を考えていきます。

するとまず、「増六の和音」は全てブラックアダーの派生と考えることができます。
ここでポイントなのは、クラシック的な意味での厳密な「増六の和音」は必ずD2(ドッペル・ドミナント)として用いられますが、ブラックアダー的な観点ではそうする必要がないということです。
トニックでもサブ・ドミナントでも、好きな和音に向けて解決することが可能です。

また、ブラックアダーの上部「Vaug」の部分に変化が加わったバージョンも考えることができます。
中でも有用なのがこれです。

上の譜例は、異名同音(enharmonic)を考慮すれば「C#m7-5 - C」と書き換えられます。
このコード進行は、

#IVm7-5 - IVM7 - IIIm7

というようなクリシェによく用いられる形です。
しかし、譜例のコード進行はブラックアダーから派生しているという点で「#IVm7-5」によるクリシェとは全く異なったものです。
響きの上でも、旋律的な観点からも、これらのコード進行ははっきりと分けて考えるべきです。

なお、この派生ブラックアダーは田中秀和「花ハ踊レヤいろはにほ」のサビ前(0:51~)に用いられています。


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