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桜は見ている

桜って、咲いてる期間は案外短いと思いませんか?
そろそろ満開という時に雨が降ったり風が吹いたりして、『今年はあっという間に桜が散ってしまった』なんてこともしばしば。

それも桜の美しさの一つと言えるのかもしれませんが、年に一度のことですし、私はもう少し咲いていてほしいと願ってしまいます。

でも、20年くらい前のある年の桜は違っていたんです。
種類の違う桜も数えてですが、私は1ヶ月以上、何度も何度も地元の桜を眺めに行くことができました。

例年とは全く別の意味をもった、大切なお花見の記憶となりました。

***

私はその頃、悩んでいました。
職場・友人・趣味・家族など様々なシーンの人間関係に。

ストレスからか、体がだるく常に微熱があって目眩もしている状態でした。いっそ高熱だったら仕事を休もうと思ったかもしれませんが、微熱だし仕事を休むわけにもいかないと、自分に大いに鞭を振るっていました。
その状態が既に3週間ほど続いて、ある意味慣れてしまっていたのだと思います。

そんな時、職場のすぐ側にある川の桜並木が七分咲きと聞いて、ちょっと帰りに行ってみようかなと思い立ちました。徒歩でも約2~3分の距離です。
このくらいの目眩なら転んだりはしないと、変な自信も生まれていました。

***

七分とは言っても、川の両側に何本も咲いている姿はやはり美しいですね。

平日の夕方のせいか、犬を散歩させている人が通るくらい。
側には神社もあって、大勢の人がお花見をしている場所とは少し雰囲気が違いました。こういうのを静謐せいひつと言うのでしょう。

川沿いの小道を、上を向いてゆっくり歩くと、柔らかい空が広がっていました。
夏のようにくっきりとした濃い青ではなく、水色に少し青色を足したような柔らかい青。
白い花びらの先だけが、ほんのりと薄紅色。草も明るい緑色。
風景がそのまま絵画のようで、とても柔らかい優しい空間でした。

ゆっくり歩き、ゆっくり呼吸して、日が傾いてオレンジ色が混じり、水色が薄くなり始めた頃、職場の駐車場へ戻りました。

でも・・・そのまま帰るのが惜しくなってしまって。
自宅の近くにも川と桜並木があったので、そちらの桜も見たくなったのです。

きっと綺麗に咲いている。このまま帰るなんてもったいない!

帰宅するには右折するいつもの道を、そのまま直進しました。

***

ああ、やっぱり。

到着した頃には青色が紺色に近づき、空と花びらのコントラストが際立って、先ほどの樹より少し大きな桜で更に見応えがありました。

屋台も出ています。屋台と言っても、学校で運動会などに使うテントを一つ設置しただけのものです。
婦人会のおばちゃんたちが作ってくれるおでんやうどん、おにぎりとちらし寿司程度のものだけど、近所の人たちが家族みんなでお花見に来て賑わっていました。

特に子どもたちは、どのジュースがいいとか、先に場所を取りに行ったり元気いっぱいです。
走らないようにたしなめるお婆さんたち、かまわずビールを買いに並んでいるお爺さん・お父さんたち。みんな笑顔です。

私もおうどんを買って、川辺の階段状になっている所に腰掛け、対岸の桜を眺めながら食べることにしました。

少し離れた所に点々と、お友達同士が同じように座っておしゃべりしていました。
うちの子どもが・・・とか、うちの親が腰・膝を痛めて・・・とか、取り止めのない話が時々風に乗って聞こえてきます。
私の目は対岸の桜に向いて声を背中で聞いていて。

ふと、感じました。
この桜たちはきっと子どもたちのはしゃぐ姿も、親御さんやお爺さん・お婆さんたちの話も、私の言葉にしない想いまでも、受け止めてくれているのだろうと。

流れてくるままに受け止めて、静かに見守ってくれている。
これまで何年、何十年も。泣いている人が来ても幸せそうな人が来ても。人々の営みを、人生を見守り、私たちに癒やしを与え続けてくれている。
きっとこれからも。


私から、何かが剥がれ落ちた気がして、少しだけ楽になりました。

食べ終わってテントの側に置かれたごみ箱に容器を入れて。
帰り際、一本の樹の側に立って見上げました。
桜も私を見つめてくれています。花が降ってくるような、包んでくれるような・・・鏡はなかったけれど、自分が笑顔になっているのがわかりました。

別の日に撮ったものですがこんなイメージです

「ありがとう。こんなに綺麗に咲いてくれて、見せてくれてありがとう」と、周りに聞かれないように小さく呟いて自宅に向けて出発しました。

***

その後何度も、仕事帰りに、休日に、地元のあちこちに咲いている桜に会いに行きました。誰もいない場所にも宴会をしている場所にも。

この年は本当に穏やかな天気が続き、雨も風もなく、満開の桜を何日も眺めることができました。
ソメイヨシノが散った後も、市内のダム近くにある公園や周りの山に咲いている八重桜が見ごろになって、そちらにも何度もドライブ。もちろん一人で(笑)

そしてゆっくりゆっくり、本当に少しずつではありましたが、体調も整い自分を取り戻し変わらない日常を送れるようになりました。

私は信じています。
桜は私たちを見守ってくれている。
あの年の桜は私を癒やし励ますために、あれほど長く咲いていてくれたのだと。








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