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イクラがキャビアになろうとするな、鮭になれ!
どれだけ受け入れられなくても人生はフィクションではないからね、だからこそフィクション小説にのめりこむのね。
犯罪に手を染めず他人の脳を覗いて想像力をパクるんです。
対称的な境遇のモブキャラに愛着を持ち、代替宇宙を調べ、芳蓮堂で働きたいと嘆く。
それは私にとって希望となった。
ならば知らない世界に踏み出せばいい。
好奇心こそ人生の正義。
大学のゼミで一番へんこだった某先輩御用達の雀荘に入り浸っておっさん達の人生論に舌を巻き、河原町にあったナース服のキャバクラバイトに潜入しコーラ片手に人間観察。
「借金まみれなんよー」と言いながら一発ツモった職業不詳のもっさん、太ももからふくらはぎまで四匹の蝶々を彫っていた歳の近いハルちゃんは「天職やわ」と笑っていた。
同居していた兄がマンションに恋人を連れてきた日、木屋町通りで私は泣いた。18歳だった。
その横で新歓パーティーの大学生達が、我こそ先にと高瀬川に向かってゲロに次ぐもらいゲロをぶちまけていた。
彼らを見てお酒は一生飲まないと誓った。
憧れだった京都は、ゴミみたいに汚かった。
2024年2月3日。病に罹患していた父が死んだ。
診断を受けてから約四年の命だった。
介護の為に辞職して帰省し、情緒が安定しない父と向き合った長い長い日々。三十四年間生きてきて、いちばん泣いた四年間だった。
最後の半年は地獄で「この人は誰?」状態。
警察に迷惑をかけ、散財され、泣きつかれ、罵倒され、駄々をこねられ、物を投げられ、外泊していた彼氏の家に「ポン酢が無いんや」と押しかけて来たこともあった。夜中の三時過ぎにだぜ?
病気のせいだと分かっていても堪えきれず、死ぬほどケンカした。
「悪いなあ。ごめんな、Toyちゃん」
憑き物が取れた刹那、小さな声でそう呟く表情の無い横顔を見て泣き叫びたくなった。
医者から勧められる入院を断り続けたことに後悔はない。
彼もそう望んでいたことを分かっていたから。
世界でいちばん良い父親だった。
定年退職後も三年間教鞭に立ち、放任ながらも血縁関係の無い私を兄と同じく対等に接してくれて、ジャズとお酒と本をこよなく愛した自由でちょっとスケベなジジイ。
誰も居なくなった真っ暗な実家は取り壊して売却する予定。
今日も私は温かいご飯を作って兄の帰りを待っている。ゴミってほど悪くはないかもと思えた京都で。
これがノンフィクション。
繰り返し繰り返し。
キャビアになろうとしていた自分を愛おしく思うこと。そう思えたのならようやっと、孵化の合図。