病ませる水蜜さん 第八話後日譚・壱【R18】
はじめに
※ シリーズ作品です。『病ませる水蜜さん 第八話』までの話の流れと、特に『第六話』は先に読んでおくとお話がわかりやすいです。冒頭に簡単なキャラクター紹介も掲載しております。
※このオリジナルシリーズは私の性癖のみに配慮して書かれています。自分の好みに合うお話をお楽しみください。
【特記事項】
第六話では攻めだった豊島が受けになる回。
新キャラのカップリングあり。
不倫大学教授おじ×わかってて関係を持つ学生♂
上記の二人との3Pを強要される豊島総受
道具を使ったハードなプレイが含まれます。
豊島がくっころ女騎士みたいになりながら犯されるのが今回のメインエロパートになります。全体的にあまり幸せそうなセックスはないので、そういう可哀想なやつが好きな方はどうぞ。
・この一次創作BLシリーズはCPも受け攻めも固定しません。好きな組み合わせの小説を選んでね!
ご了承いただけましたら先にお進みください。
ざっくり登場人物紹介
・豊島 Kaleb 仙一郎
(としま カレブ せんいちろう)
大学四年生。郷美教授のゼミ所属で、ゼミ生をまとめるリーダー。生真面目な委員長タイプ。厳しい物言いで初めは怖く感じるが、自他ともに厳しいだけで後輩の面倒見も良い誠実な青年。先生からも学生からも信頼されている優秀な学生。母親がアメリカ人で、金髪碧眼の目立つ容姿をしているが日本生まれ日本育ち。
郷美教授を深く敬愛している。誰よりも努力して郷美の信頼を得ており、学生でありながら既に講義の助手のようなことも任されている。
実はタチ専のゲイで、好きなタイプはかなり年上の男性であることを隠している。郷美に対しては師への尊敬と同等に恋愛感情としての憧れがある。しかし郷美が愛妻家で、教え子と関係を持つような人物でもないことはよくわかっているので気持ちは秘めている。秘めているのだが……郷美の大ファンであることを、周りの人たちは大体知っている。そのくらい態度が露骨に違う。普段はプライドの高そうな厳しめの口調だが、郷美に対してのみ忠犬のように振る舞う。
・郷美 正太郎
民俗学者で大学教授。幼い頃から霊感が強く、出身村で神とされていた怪異・水蜜の姿を見て話すことができた。水蜜とは『蜜ちゃん』『正ちゃん』と呼び合う親友となり、村を離れて還暦を過ぎた現在も仲が良い。
若い頃は絶世の美少年だったそうで、現在もその面影が残る可愛い系のイケおじ。物腰も穏やかで真面目で優しく、愛妻家で有名な清純派。幼い頃のトラウマで、男性から強引な性欲を向けられると拒絶反応が起こる。
豊島のことは優秀な教え子として信頼している。彼が自分に恋愛感情を抱いていることは知らない……はずである。時折それをわかっているような揶揄い方をするような気がするが……天然なのか小悪魔なのかは謎のまま。
・水蜜(佐藤さん)
郷美の出身村で神として祀られていた怪異。中性的な外見だが、性別は男に近い両性(男性寄りのふたなり)神様の割に強そうな特殊能力は無く、人懐っこい飄々とした性格のポンコツ怪異。近づいた人を無意識に誘惑して自分に惚れさせる制御不能の能力『蠱惑体質』を持つ。現在は人間の大学生のふりをしてキャンパスライフをエンジョイ中。学内では偽名として『佐藤』を名乗っている。今回は豊島たちの様子を見ているだけのはずだが、何やら怪しい動きもするようで……?
・寺烏真 礼
寺生まれで霊感が強い大学一年生。大学進学を機に地元を離れ、霊感のことは内緒にして普通の一人暮らしをするつもりだったが……その大学で教授を務める郷美に霊感があることを見破られ、怪奇現象に満ちた大学生活をスタートさせてしまう。豊島からは初対面、郷美からの寵愛を横取りする者として警戒されてしまうが誤解は解けている。現在は怪異が見える者同士親しくなり、豊島には何かと面倒を見てもらっている。今回はあまり活躍しない。
その他新しいサブキャラが何人か登場しますが、彼らの紹介は本編にて。
一『豊島先輩の経歴』
深雪が大学を襲撃した事件が落ち着き、学園祭も無事に終わってしばらく経った頃。深雪に殴られ負傷した郷美教授だったが、すでに退院し講義も通常通り行っていた。しかしまだ身体のあちこちに痛みが残り、長い時間立っているのが辛いという状態だった。移動の際は、できるだけゼミ生の豊島に支えられながら歩く日々が続いていた。
その日も豊島の腕に掴まりながら歩き、その後ろを礼と水蜜が付いていく形で大学内の廊下を移動していた。
「すみません、豊島さん……僕も早く一人で歩けるようになりたいのですが、まだどうも不安で」
「私のことはいいので、少しでも心配なら呼んでください。焦らずリハビリすることが大事ですよ」
「豊島先輩の言う通りですよ、郷美先生。ちゃんと頼った方が豊島先輩も安心ですし」
それに、人目を気にせずこんなに密着して歩けるなんて、郷美に恋愛的な意味で密かに憧れている豊島にとってはご褒美すぎる。だからじゃんじゃん甘えてサービスしてあげた方が喜ばれますよ……とは、流石に礼には言えなかった。豊島の気持ちは郷美には内緒なのだ。
「それにしてもさー。正ちゃんとトッシーのツーショットは絵になるねえ。絵本の騎士様とお姫様みたいにキラキラしてる」
「還暦超えたおじいさんを捕まえてお姫様とは言ってくれますね……大昔、子どもの頃に女装させられたのを今だに持ち出してくるんですから、蜜ちゃんは」
礼も郷美同様、水蜜の長命らしい感覚にも慣れてきた。軽くスルーしつつも、豊島のスマートな所作には素直に賞賛の言葉をかける。
「お姫様はよくわかんないけど、豊島先輩が騎士っぽいのは納得。中世ヨーロッパ風の衣装とか着たらすげー似合いそう」
「いいねー! 学園祭とかハロウィンパーティーみたいなのまたやらないかなあ! トッシーも今度は一緒にやろ!」
「いや、私は……」
「ルックスだけじゃなくて、助手としてのサポートも学生とは思えないんですよね。もう一人先生がいるみたいな感じで」
豊島が怪異の存在に理解があり、水蜜のフォローをさりげなく手伝ってくれるようになって礼はかなり助けられていた。礼はついこの間まで高校生だった、まだギリギリ十代の少年で、そんな彼から見れば郷美ゼミの学生全員を統率する豊島は実際の年齢差より大人っぽく見えた。
「そういう視点で言えば僕も同意しますよ。豊島さんのような立派な青年のエスコートを独占してしまって、僕は他の女学生の恨みをたくさん買ってしまっているかもしれませんねえ」
「い、いえ……敬愛する郷美先生のお側に立つに相応しいと評価されているのが、一番嬉しいので……私は」
普段は堂々としているのに、郷美先生のこととなると白い肌を朱に染めてもじもじしだすギャップも女子人気の秘密なのだろう。水蜜も礼も微笑ましく眺めていた。照れくさくなった豊島は強引に話を変えた。
「本日の講義はもうありませんが、これからいかがなさいますか? 来週のフィールドワークの資料は準備できていますが、先生の体調によっては延期を提案したいのですが……」
「ああ、いつもありがとうございます。そうですね……万全の体調で向かいたいですし、延期も検討しましょうか。そうだ、寺烏真さんたちも一緒にいかがですか? うん、そのお話をしながら休憩としましょうか。このまま四人でカフェスペースに向かっても?」
「いいねえ! 行こう行こう!」
「あっ、お時間ありそうですね! 郷美先生!」
四人の話がまとまったところで、別の方向から声がかかった。廊下の向こうから駆けてきたのは派手なオレンジの髪をした男子学生だった。
「新聞部です! 今日こそお話聞かせて下さい!」
「ああ……あなたですか。ええと……」
「三年の増子見文哉。貴様、もう郷美先生につきまとうなと散々注意したはずだが……? 先生はあの事件で心身ともに深く傷つきお疲れになったのだ。思い出すのも心労になる。わかったらさっさと消えろ」
困り顔の郷美の前にすかさず立ち、一八五センチの長身から後輩を見下ろす豊島はかなりの迫力があった。元々クールな顔立ちで厳しそうな印象を受けるが、青い目に怒りが宿ると恐ろしく冷たい目つきになる。睨まれただけで大抵の学生は震え上がるが、そこは新聞部。取材慣れしている。へらへらと笑って引き下がりながらも、彼らの後ろにいた礼と水蜜のことを見逃さなかった。
「あっ……そこにいるのは佐藤さん!」
「え、私にくるの⁈」
「いやーこんなところで会えるなんて嬉しいなあ。サークルに入れば男という男を魅了して人間関係をズタズタにする魔性の女! 郷美ゼミは男子率が高く、豊島先輩の厳格な統率の下お堅い印象ですが、まさかその堅牢な城も陥落させるおつもりで⁈」
「何なに、何それ知らない! 礼くん〜この子何言ってるの〜」
水蜜も、増子見の勢いにはたじたじと後ずさる。
「ちょっと、あなた失礼じゃないですか……」
「おっと! そしてそんなミステリアス美女が抱きついているのは噂の彼氏さんでは!」
「噂って何ですか⁈」
「聞いたよー、彼女が新歓で悪名高きヤリサーに連れ去られたからって、単身乗り込んで全員しばき倒したって。その話も聞いてみたかったんだよねー」
「待ってください。そんな話になってるんですか? 俺そんなことしてません。佐藤さんを迎えに行っただけです」
「またまたあ、そんなこと言ってー。そうだ! 学園祭の前の不審者騒ぎのときだって、二メートルあるチンピラに単身殴りかかったんでしょ。人質の彼女を助けるために。勇敢だねー君」
「それもそんな話になってるんですか? マジで盛りすぎですって! 俺そんなんじゃないです!」
「謙遜かな? いいよいいよ、じゃあ君たちから聞かせてよ! あの事件で何があったのか!」
「やめろ! 一年生にまで迷惑をかけるな!」
「こーらこら、いけないなあ。真面目な郷美ゼミの面々が困っちゃってるだろう。倫くん、ちょっと」
「……はい」
そこに現れたのは、オシャレな身なりのハンサムな中年男性と、彼の三歩ほど後ろにいる美青年であった。青年は増子見の首根っこを引っ掴んで礼たちから物理的に引き剥がした。
「いててて……不破先輩ったらいつも乱暴なんだから、もう……」
「ここまでやらないと従わないからだろ」
「相変わらず無茶な取材をしちゃってるねえ……だけどこれ以上のおイタは見過ごせないなあ。言う事聞いてくれないなら、今後うちの演劇ゼミの取材は全部禁止にしちゃおっかな?」
「いやいやいや、それだけはご勘弁を! 演劇ゼミのメンバーは美形揃いで記事が華やかになるんですう〜! さ、郷美先生失礼しました〜!」
突然現れた二人のおかげで、四人はしつこい取材から開放された。
「あ、ありがとうございま……す……?」
先輩の勢いに飲まれていた礼は安心して、ともかくお礼を言った。顔を上げて……先輩らしき見知らぬ青年と目が合ったとき、礼はなぜか言いようのない不安に襲われた。この人、人を助けたのに、人を助けたって感じの雰囲気がない。ただ言われたことを済ませたって感じだ。
「五条教授。お手数おかけしましたね。僕もできることは指導したいのですが、あの子の言動にはどう対応したらいいのかよく分からなくて」
「いえ、礼を言われるほどのことではありませんよ。ぼくのサトミちゃんが困ってたら助けるのは当然ですとも。サトミちゃんは困り顔も可愛いけど……ね」
五条と呼ばれた男はウインクして、戸惑っている郷美の肩を優しく抱いた。騒ぎを見守っていた女子学生たちが黄色い悲鳴を上げる。
「知ってるあれ、テレビで見たよ礼くん。BL営業ってやつだよねえねえ。初めて見た」
水蜜はなぜかはしゃいでいる。豊島はすさまじい殺気の籠った目で五条を睨んでいた。
「ところであのおじさんは誰?」
「五条教授。水蜜さんはあの人の講義は聴きに行ったことなかった? 演劇のゼミの人だよ。若いときはテレビとか映画とかたくさん出てた人」
「なーるほど。だからハンサムだし、動きがいちいちお芝居っぽいのね」
「寺烏真、佐藤。そろそろ行くぞ。さあ郷美先生、こちらに……」
豊島は一刻も早く彼らから離れたそうだった。郷美と親しげにしてたし、ヤキモチかな……はじめはそう思った礼だったが、郷美もなんだか居心地悪そうにしている。なんだか空気がおかしくなってきた。
「豊島くん。例の話は考えてくれているかな?」
「何の話ですかね。貴方と進めていた話なんて無かったと思いますけど」
「おやおや、相変わらずつれないねえ。卒業後の進路はそろそろはっきりしておかないといけないよ。悪いようにはしないから、いい返事を期待してる」
「私は大学院に進学して引き続き郷美先生に師事するとお答えしたはずです。院卒後も進路は決まっておりますので貴方の提案には一切興味はない。もう諦めてください」
「豊島お前、いい加減五条先生に向かってその失礼な態度をやめろ」
五条に倫と呼ばれていた青年が豊島に食ってかかろうとする。それをまあまあと制止ながら、五条は次に郷美に視線を向けた。先ほど女子学生たちの手前仲睦まじくしていたのが一転。彼女ら野次馬が消えて六人だけになると、五条が郷美に向ける目は冷ややかな……いや、苛立ったような憎悪のような熱を感じる、嫌なものになった。
(五条 秀城[ごじょう ひでき]教授。イケオジ好き女子の人気を真っ二つにしているため、何かと郷美教授をライバル視していることは一部では有名。新聞部を止めたのも良い人アピールの点数稼ぎ兼、郷美教授が自分より注目されて気に入らなかったというだけだったのだ!)
(うわっ、まだいたよこの先輩!)
何やら険悪な雰囲気になり出した五条と郷美、それぞれの横についた先輩たちも一触即発。わけがわからずはらはらと状況を見守る、一年生の礼と水蜜の間にぬっと姿を現したのは、先ほどの新聞部先輩だった。
(ブン屋くん! トッシーが誘われてたのは何か知ってる?)
水蜜はすかさず、ひそひそ声のまま状況を尋ねた。
(うお、佐藤さんたら先輩にもグイグイくるね。あのおっかない豊島先輩をトッシー呼ばわりとは恐れ入るぜ……えっとね、五条さんは今は大学教授だけど劇団も運営してて、そこの俳優として豊島先輩もスカウトしてたんじゃなかったかな)
(へー。トッシーって芸能人とか興味なさそうって思ってたのに)
(いや、言ってる感じからして、豊島先輩は嫌がってるけど五条先生がしつこく誘ってるってとこじゃないの?)
(その通り。それが面白くないのが演劇ゼミでトップの成績、五条先生一番のお気に入り、四年生の不破 倫[ふわ おさむ]先輩だね。あの人もイケメンだしめちゃくちゃ頭いいんだけど、成績でも人気でも何かと豊島先輩が一番、不破先輩が二番手って感じでさ。今の四年生の間じゃ有名だよ。あの人たちすげー仲悪いんだ。それで郷美ゼミと五条ゼミ自体に溝があるくらいで)
(ええ……郷美先生のゼミって優しくて平和だと思ってたのになあ)
(そうだねー、ライバルというよりは、五条側が一方的に絡んでくる感じだから。郷美先生も困ってるんじゃないかな)
「いやーそれにしても……三年前の新入生代表がもうすぐ卒業するからって、今年の代表も既にキープ済みとは恐れ入りますねえ」
「別に、そんなつもりでは……」
突然、五条が礼に視線を向けてきたので新聞部からの情報提供は中止となった。『余計なことを一年生に吹き込んでいないだろうな』と言いたげな豊島に睨まれ、今度こそ増子見は退散していった。
「うん? 新入生代表って何? 誰?」
(ああ、水蜜さんはこっそり入ったから入学式出てないんだっけ)
一人だけ言葉の意味をわかっていない水蜜に、礼が耳打ちする。
「俺のことだよ。新入生代表」
「ほう。つまり寺烏真は今年の新入生の中で入試成績がトップだったわけだ。ちなみに三年前は私だ」
「ええっ? 礼くん、そんな成績優秀だったの!」
「失礼だな……勉強もちゃんとしてるから」
「いやー、トッシーはみんなから次の卒業式じゃ首席だろうって噂されてたしわかるけどさ、礼くんは何でも筋肉で解決するタイプかと思って」
「私も少し疑問には思っていた。この大学は県内ではトップの偏差値、地方大学ではあるが全国的にもそれなりにハイレベルだ。スポーツ系の推薦をもぎ取ってきたのかと……筋肉で……」
「筋肉で大学には入れないよ? 二人とも酷くない?」
気楽に喋っている学生三人をよそに、五条は冷ややかな視線で彼らを値踏みしていた。
現四年生の中で最も華やかな才と美貌を持つ豊島は、無論前々から狙っていた。だが彼は一年生の頃から郷美に夢中で、どれだけ誘っても郷美以外は眼中になく所属ゼミを決めてしまった。現在はゼミ長として常に郷美に侍っており、卒業後の進路も口出しできずにいる。なんとも腹立たしい。
新一年生のトップである寺烏真礼は日焼けした肌に漆黒の目と短髪、がっしりした体格で豊島とは対照的なルックス。残念ながら五条のタイプではなかったものの、顔は幼さの残る甘い美形で側においても悪くなさそうだった。何より、彼の横で恋人のような距離感で話しかけている女子学生がとんでもなく美人だった。既に芸能界からスカウトが来ていてもおかしくないレベルだ。新一年生にしては妙に大人びた色気がある気がするが、それでいて笑顔には無垢さが混じる。
彼女は是非とも口説き落としたい……ついでに新入生トップも引き込めれば五条ゼミの女子学生人気は盤石になりそうだ。だが……彼らは二人とも、既に郷美に相当懐いているようで。毎年毎年、郷美ゼミにはこれだと思う学生を掠め取られている。そんな理由で、演劇と民俗学という全くのジャンル違いにも関わらず、五条はやたらと郷美に張り合っていた。他にも教授になった時期が近かったり、年齢も郷美がわずかに上だが大差無かったり、色々と比較し妬んで一方的にライバル視していた。郷美からすれば、よくわからないとしか言えないのだが。
「寺烏真くんと、佐藤さんね。二人ともスタイルいいし綺麗な顔してるねえ。舞台に立ってみたくない? ぼくは劇団もやっていてね。君たちならすぐスターになれちゃうかも、いやテレビや映画も夢じゃないよ。初心者にも丁寧にお芝居を教えているから、ぜひ今度見学に来てくれたまえ」
「えーと……俺、私も演劇はあんま興味無いかなって……」
「昔ちょっとやったことあるよ! 遊女を集めて女歌舞伎とかやっててさあ……でも女の子や小さい男の子は歌舞伎やっちゃだめになって……」
「ちょっと、佐藤さんその話今はだめ!」
「ははは。佐藤さんは伝統芸能にも興味あるのかな? 知的美人かと思ったら意外と不思議ちゃんなんだね。歌舞伎役者の知り合いも多いから会わせてあげようか? そっちの彼氏くんも一緒にね?」
「五条先生。すみませんが、立ったままで辛くなってきたのでこれで失礼させてください。そこの一年生の子たちにも今から話があるので。豊島さん、お願いします」
「はい」
痺れを切らして、ついに郷美が声を上げた。それを聞くと礼も水蜜も素直に頷いて、五条のもとからそそくさと去っていった。郷美が一言発するだけで豊島が手を取る、その親密な様子も憎らしかった。
「チッ。一年生はもう少しで乗ってきそうだったものを……」
「五条先生……」
「まあいい。倫、今夜空けておいて」
「……はい」
なんとか解放された四人は、ようやく目的のカフェスペースに到着した。全員どっと疲れた様子で、ソファ席に腰掛けると大きなため息を同時についた。
「ごめんなさいね。びっくりしましたよね、寺烏真さん。五条先生は……俳優として華々しく活躍された方ですし、現在は舞台演出家として確かな実力をお持ちの方らしいのですが。教師としては少々……その、問題もある方でして」
「なんか私のことエロい目で見てた!」
「それはいつものことじゃん」
「ひどーい」
「佐藤のやたらと男に言い寄られる体質はさておき、五条が厄介な色狂いなのは間違っていないぞ」
「豊島さん……」
「寛容な郷美先生は柔らかい表現におさめていらっしゃるが、彼の行動は教育者として……いや、人間として正直目に余る。学生のことを、自分を飾り立てるモノとしか思っていないのだ」
「と、いいますと……?」
「入学した当初から、五条からはしつこくゼミやら劇団やらに勧誘されていてな。その度に私は演劇や芸能界に興味は無いと言い続けているのに……何度か断る理由を考えているうちにわかった。私に役者としての才能を見出して、自身の手で育てるために熱心に勧誘してきたのだと思っていたが違うんだ。ただ、目立つ学生を侍らせて優越感に浸りたいだけ……私の金髪やら青い目を物珍しく思っただけだったんだ。散歩で見せびらかすペットを選ぶようにな」
心底迷惑している、と豊島は嫌悪感を露わに吐き捨てた。
「うーん……豊島さんが金髪碧眼の美男子なのは事実ですが、それ以外にも肩書き目当てでしょうね。豊島自動車の御曹司。当大学でも成績トップなのですがそれは当然、何故なら十代でアメリカの有名大学を卒業済みだから。英語はネイティブレベルで他にも複数の言語に堪能。それらを現実にした努力家で、自他共に厳しく律する真面目な性格。僕のゼミにいるのが勿体無い青年ですからね」
「先生……ッ」
「待って、待ってください。急に大量に情報入ってきて混乱してるんですけど」
郷美にベタ褒めされ感激のあまり震えている豊島は非常に面白……親しみやすい先輩に見えるのだが。
「豊島先輩って、あの豊島自動車と関係あるんですか」
「有名なの?」
「うちの県では超有名……ってか世界でも通用してる大企業だよ?」
「創業者が私の曽祖父だ。父方のな」
「ガチのお坊ちゃんじゃないですかー! 豊島先輩くらい頭良かったら、東京のもっと難関大学行けただろうにって思ってたけど。ここにいるのは実家のお膝元だから?」
「日本の大学は学歴のために通ってはいないからな。そういうのは十代のうちにアメリカで済ませて家族を納得させている。今ここにいるのは、私が学びたいことを学ぶため。すなわち郷美先生のお側にいられる貴重な機会を得るためのみ。それだけだ」
「えっ、まさか郷美先生目的だけでここに?」
「それ以外に何がある」
「えっ、豊島さんそれ僕も初耳なんですが」
「あっ……それは、その……こんなことを言ったら、先生に変に思われないかと……黙っていた方がいい、かと」
「いえ……嬉しいですけど、僕なんかにそこまで……」
「わあー、熱烈だねえ」
水蜜は無責任に、人の熱い愛にはしゃいでいる。
「そんでもって、豊島自動車じゃない方のお祖父さんは悪魔祓いで霊感も受け継いでるって……豊島先輩、属性盛り沢山じゃないですか……って、先輩がヤバすぎて話脱線しすぎた」
「ああ、五条先生の話でしたね。豊島さんへのしつこいスカウトも今風に言うとアカハラと言うのでしょうか、見かねて僕も口を出してはいますが止まらなくて」
「最近は卒業後の進路に切り替えて勧誘されてうんざりしているが……私はまだ、ましな方なんだ。もっと酷い学生だと、奴のゼミに囲われて……手を出されているそうだからな」
「え? 教え子を抱いてるってこと?」
「証拠がないのであくまで噂とされているがな。有名な話だよ。お気に入りの学生を側に置いて愛人にしているとな。離婚歴三回、今の奥方もここの卒業生で元教え子。俳優時代も週刊誌のネタには事欠かず。学生が立場上従順なのをいいことに不倫三昧だ。私も馬鹿正直に誘いに乗っていたらとっくに食い物にされていただろう」
「男でも女でもいいんだ」
「さっきの不破が最近のお気に入りだって噂だし、顔が良かったら男でもいいんじゃないのか」
「学生の容姿についてだとか……発言が度々不適切なので僕も注意はしているのですが、僕が堅すぎると笑われるばかりで。何故だか僕は敵視されているので話を聞き入れてくれないんです。寺烏真さん、蜜ちゃん。くれぐれも彼とは二人きりになったりしないように。同じ先生同士で、こんなこと言うのも嫌なんですけどね」
「郷美先生にこのような心労を……五条……やはり許せん……」
「どうどう、トッシー落ち着いて」
「ひえー……大学って大人の事情が色々あるんだな。ヤリサーの次は教授と教え子の不倫かあ。また怪異とかこなきゃいいけど……」
こういう発言は実現しがちである。そうは思いつつも、心配で言わずにはいられない礼なのであった。
***
「ああ……倫はやっぱりフェラが上手いね。とっても気持ちいいよ」
「ありがとう、ございます……はやく挿れてほしくて。もう、奥の方が疼いてしまって……せつなくて」
大学の近所では最も高級な部類に入るホテルの高層階。豪奢なベッドにバスローブ姿でくつろぐ五条に、倫が懸命に奉仕していた。彼は一糸纏わぬ姿だったが、内腿にはショッキングピンクのコードが垂れていて……
「あっ……!」
「ほら、ご褒美だよ」
五条の手元のリモコンを操作すると、倫の胎内に仕込まれた玩具が激しく振動する。前立腺に食い込むようにセットされていたので、倫はたまらず仰け反って激しく啼いた。
「やっ……だめ、まだイキたく、ないっ……もっとおくっ、せんせぇのでごりごりってされてイキたいですっ」
「よしよし、おねだりも上手だね。ほら、自分で拡げて。こちらに向けなさい。そうだな……今日は窓に手をついてみようか」
「はい……」
夜景の眩しいスイートルームの窓ガラスは大きく、高層階とはいえ誰かに見られていそうな背徳感があった。そこに手のひらを当てて腰を突き出し、痴態を晒して倫は五条とのセックスをねだる。コードを引っ張って玩具を引き抜くと、ローションでとろとろに解された後孔がひくついて五条の怒張をいっそういきり立たせた。
何度か体位を変えて交わり、満足した五条が煙草を吸う横で倫はうっとりと横たわっていた。はしたなく開いたままの股からは白濁した体液が溢れてこぼれる。スキンはつけないのが普通だった。
「そういえば……今日、郷美は『立ってるのも辛い』なんて言ってたな」
「あれ、方便じゃないですよ。本当に体調不良だそうです。例の事件で入院した病院の看護師に聞きました。結構ひどく骨折してて、お歳のせいもあってなかなか回復しないのだとか」
「ふうん……それで豊島くんにしなだれかかっていたのか。あいつらしくないとは思ったが」
倫は密かに眉根を寄せた。できたら二人きりのベッドの中、他の男の名前は聞きたく無い。特に豊島、あいつだけは。
「しかしまあ、納得した。近頃郷美があまりうるさくないと思ったら、自分のことで手一杯と見える。今年ももう終わってしまう、卒業まで残りわずかだ……うん、チャンスだな。やろう。倫、アレを準備しておいてくれ」
「……!」
「どうした? いつも通りでいいぞ」
「……わかりました」
「倫は良い子だね。いつもぼくの期待に応えてくれる」
五条が優しく頭を撫でてくる。嬉しい一方で、次回はこの幸せな空間にあの男が入り込むことを思うと胸が張り裂けそうだった。
(ああ、ついにあいつの順番が来てしまった)
今はただ、想い人とのひとときを噛み締めて。
倫はゆっくりと目を閉じるのだった。
二『五条教授の凶行』
五条とのいざこざがあった数日後。夕方、水蜜は単身郷美の研究室を訪れたが、そこには豊島しかいなかった。
「あれー、正ちゃんどこー?」
「佐藤か……郷美先生なら本日はお疲れになったようで、早めにお帰りになられた。先ほど奥様が車で迎えにいらっしゃってな」
「そっかー。なるほどね、今日は絶好の日ってわけだ」
「何がだ?」
「んーん。なんでもない」
水蜜はそのまま、豊島の座っている隣に腰掛けた。
「寺烏真は一緒じゃないのか」
「まだ講義中だよ。私だっていっつも礼くんとセットなわけじゃないよ」
「そうか。で、私しかいない研究室になぜ居座る」
「いいじゃない。トッシーだって村おこしの仲間なんだから、二人っきりになったってさ」
「勝手にしろ。私もこの資料の整理が済んだら帰るからな」
「ふむふむ、なるほど。そういえばさ。あの五条ってやつ、なーんか嫌な感じだったね。正ちゃんにベタベタしたかと思ったら恐い目で見てさ」
「どうした急に」
「私さあ、ああいう感じのおじさん苦手なんだあ。優しそうでニコニコみんなの人気者の先生って顔してて、夜は教え子とセックスしてるんでしょ? ドンピシャで嫌なタイプなんだよー」
「佐藤は性に奔放だと思っていたが、同じく奔放な五条はお気に召さなかったか」
「私、セックスできたら何でも良いと思われてる⁈」
「違うのか」
「ひどーい。そんなことないよ。特に嫌いなのは、女の子とか年下とか、立場の弱い子が断る道すら塞がれて無理矢理抱かれること。あいつはそういうことをしてるんでしょ」
「ほう。佐藤は意外とまともな倫理観も持ち合わせていたのか」
「やっつけたいよね」
「一泡吹かせてやりたいのは山々だがな。せめて郷美先生や私に無駄に絡んでくることをやめさせたい」
「うんうん……ねえ、トッシー。ちょっと髪の毛触るね」
「は?」
「いいからいいから! 作業してていいよ」
水蜜が豊島の背後に立つ。わけがわからなかったが、水蜜に何を言っても聞かないのは豊島も理解しつつある。さらに、今は保護者不在である。仕方なく、納得するまで髪を触らせておくことにした。
「トッシーってさ、どうして正ちゃん……郷美先生のことがそんなに大好きになったの?」
髪を触りながら恋話か。さながら女子の修学旅行みたいになってきた。今は豊島と水蜜しかいない、まあ少しは話してもいいか。あまり他人に気を許さない豊島の心が少しだけ緩んだ。
「お前が期待するような話じゃないぞ」
「いいよ、聞かせてよ」
「企業の重役や資産家が集まるパーティがあった。そういうのはしょっちゅうあるから、退屈でたまらなかったよ。親に連れられて行っていた、幼いころは特にな」
「わあ、お金持ちっぽい話」
「あるとき、当時既に大学にお勤めだった郷美先生も招かれていた。先生は退屈そうにしている子どもを集めて、中庭の花壇のそばでお話をしてくださったのだ。各地の民俗学の話を、子ども向けの昔話のようにやさしく言い換えて。その姿と声にどうしようもなく惹かれた。その後アメリカの大学に行ったりもしていたが、ずっと忘れられなかった。もう一度会いたくて……こうなったんだ」
「へえ……」
「自分でもわけのわからん男だと思うよ。もっと命を救われたとか、劇的な何かがあったのかと想像しただろう」
「ううん。十分素敵じゃないか。やっぱり、君たち二人は絵本の中に住んでいるみたい」
「そんな可愛らしいものか」
「そうだよ。私は大好きだな、その出会い。見た瞬間夢中になった。頭から離れなくなった。恋ってそういうものでしょ。トッシーのこと一層好きになっちゃったよ」
「それはどうも。で、先ほどから何をしているんだ」
水蜜は豊島の髪を束ねるヘアゴムを抜き取ると、持っていたつげの櫛で豊島の髪を丁寧に梳かしていた。
「トッシーの髪、やっぱり綺麗だねー。フランス人形みたい」
「言い回しがやはり年寄りだな……で、何をしているかの理由はわからないのだが」
「よし、できた」
うなじの少し上で一本に束ねた髪を、蝶結びした真紅のリボンが飾っていた。豊島本人には見えないので、わけがわからず首を傾げている。
「ねえ、トッシー」
「何だ」
「これからもずっと、正ちゃんのこと大好きでいてね。何があってもだよ」
「お前に言われずとも」
「ふふっ、良い返事」
「帰るぞ。そろそろ講義も終わるだろう。あまり遅くまでいると、お前はまた変な男に襲われて寺烏真に迷惑をかけるのだろう。先生も心配なさるのだから気をつけて帰れ」
「うん、ありがとう。トッシーも、気をつけてね」
一体なんだったのか……水蜜の謎の行動はいつものことだが、豊島単体にこんなにも絡んでくるのは初めてだった。余程五条のことが嫌だったのだろうか。豊島に相談されたところで、どうしてやることもできないのだが。
「……む」
研究室を出ようとすると、入り口にあるポストに何かが入っていることに気がついた。普段は教授同士の連絡や、教授の留守中に学生がなにかを伝言したいときに使われている。締め切りを過ぎたレポートを無理やりねじ込むのは御法度だ。
(げっ……何故郷美先生の研究室に、五条あての手紙が誤送されているんだ)
嫌すぎるが仕方ない。豊島はその手紙を届けてから帰ることにした。面倒なことに、五条はほとんど研究室に寄りつかない。手紙のような届け物は、彼が普段活動している大学内の講堂……定期的に演劇も行われている舞台裏の控え室に持って行くのが通例になっていた。真面目な性質の豊島は、律儀にそこまで持っていってやることにした。
(講堂の方が、五条の研究室より帰り道に近いしな……ん、あれは不破か)
舞台裏まで来たところで、不破に出会した。ちょうどよかった。彼に預ければ五条に届く。
「不破。郷美先生の研究室に五条教授あての手紙が誤配されていたんだ。すまないが渡しておいてくれないか」
「……マジか。本当にクソ真面目に届けに来るんだな。学年一の、優等生くん」
「……は?」
「その手紙はもういいよ。僕が入れたんだ、それ」
「何を、言って」
「五条先生に渡さなきゃならないものは今届いたしね」
「え……」
豊島の意識は、そこで途切れた。
***
「やあ、お目覚めかなお姫様」
「ここは……」
目覚めたとき、豊島はふかふかのベッドに寝かされていた。見慣れない部屋。ホテルの一室に見えた。大きな窓からは眩い夜景が見える。結構な時間気絶していたらしい。起き上がって声の方を振り返れば、そこには静かに微笑む五条がバスローブ姿でくつろいでいた。その光景だけで、豊島は今置かれている状況を察した。
「五条教授、まさか……今まで、学生を強引に拉致して愛人関係を迫っていた……そういうことですか?」
「豊島くんのことも、もっと早く誘いたかったのだけどね。どうにも郷美のガードが硬すぎて機会が無かったんだよ。今は彼、体調不良で大変なんだろう? 卒業までにチャンスが巡ってきてよかった」
どうやら五条は、豊島の認識している以上にしつこく機会を伺っていたらしい。それを豊島本人に悟られぬよう、さりげなく守ってくれていた郷美の気遣いには感激するばかりだが……今はそれどころではない。退院後も怪我が治りきらず弱っている郷美の隙を喜び闇討ちをかけてくるこいつらが許せない。
「豊島くん……なんて呼ぶのはベッドの上では堅苦しいかな。I can't help thinking about you,Kaleb…それとも、日本では仙一郎のほうがいい?」
「豊島でいいです。下の名前で呼ばないでください。あと、見た目だけでアメリカ人認定されるのは嫌いなんです。私は日本人です」
「そう、じゃ仙一郎くんね」
「話聞いてます?」
ここまで連れ込めばなし崩しにヤれると思ってるのか? 無理だ。何もかも無理だ。まず同じ大学の教授と関係を持つことが豊島にとってはありえない。最愛の郷美に誘われたとしても躊躇うだろう。不倫して教え子を抱くなんて道徳心に欠けた郷美は絶対に存在しないので、ものの例えでも解釈違いなのだが。
郷美に対して何かと突っかかってくる五条個人も大嫌いだ。そして何より、豊島はゲイで年上のおじ様好きではあるがタチ専であった。五条に求められているのは抱かれる方だろう。経験が無いわけではないが、今は進んでやりたいとは思っていない。ありとあらゆる理由で、五条の愛人になりたい要素は微塵も無い。
どう断るか、どうここから脱出するか……フロントにコールして騒ぎ立てるか……警戒心満々で構える豊島に対し、五条は悠然と話し始めた。
「ところで君、マッチングアプリ登録してるよね。ゲイ向けの」
「……!」
「なんで知ってるかって? 簡単なことだよ。ぼくも登録してて、同年代の友達がいっぱいいるだけ。なんでもぼくらくらいの年代のオジサンとばかり会ってるんだって? 水臭いなあ、寂しいならぼくがいくらでも慰めてあげるのに」
「冗談でもやめてください……! 同じ大学の教授とだなんて、不味いってわかるでしょう!」
「君はもう成人だし、マッチングアプリ自体は咎められない。学外での出会いは自由だ。だが……あまり奔放な遊び方をしていると、堅物の郷美先生は良く思わないかもね」
「は……? まさか脅してるつもりですか」
「どうかな。受け取り方は自由だけど……もし君がこれ以上一人で抱え込んでいるようなら、心配すぎて、君の担当の郷美先生にも相談してしまうかもしれないけどね。うっかり口を滑らせてしまうかも」
「アウティングは立派なハラスメント行為ですよ! そもそも拉致した時点で犯罪で……」
「流石、仙一郎くんは色々と詳しいね……まあ、ここまで連れてきちゃったら、他にもやりようはあるんだよ? 素直になった方が痛い目みないと思うけどなあ」
いつの間にか、背後に不破がいた。ベッドを降りて電話に手を出そうとする前に、後ろから肩を掴まれ引き戻される。振り返って何か言おうとしたところで……不破に顎を掴まれて、深く口付けられた。
「んん……っ!」
力が強すぎる。豊島と同じくらいの細めの体型に見えるのに、掴まれたところはびくともしない。無理やり口を開かされ、舌を捩じ込まれた。その際、舌に触れたのはミントタブレットくらいの大きさの錠剤らしきもの。それを拒みきることはできず、舌を絡められながらそのまま飲み込んでしまう。
「……っは……っ、何を……!」
「セックスドラッグだよ。ギリギリ合法のやつだから副作用とかは無いと思う。安心して」
「いやあ、綺麗な男の子同士の絡みはいいねえ。そのまま一発ヤってるところ見せてよ」
「いいんですか? 先に僕がやっちゃって」
「どうせ初物じゃないでしょ? まだ反抗的なようだし、ドラッグが効いてきたところで頂くことにするよ」
「……わかりました」
「不破、貴様正気か⁈ まさかこのまま……見られてるんだぞ」
「僕は普段先生に抱かれてるんでもっと恥ずかしいところ見られてるし……豊島も後で抱かれるんだから一緒だよ。抗っても意味ないよ? 早めにドラッグのせいにして正気飛ばしちゃったほうが楽だと思うけどな」
どう足掻いても不破の腕力に勝てない。無駄に拒もうとしても、ただ五条の目を楽しませる余興にしかならなかった。徐々に服を脱がされていく、それと同時に薬が効いて豊島の動きが鈍くなっていくさまはさながらストリップショーのように見せつけながら進められた。
「やめろ、不破……! お前だって、こんなこと」
「まだそんな意識はっきりしてんだ……しぶといなあ。まあいいか。ほら、ちゃんと五条先生に向かって身体見せて」
頭上で手首をまとめて掴み軽々と持ち上げられ、丸裸の肢体が『本日の獲物』とばかりに明るい照明の下晒された。
「まずは何しますー? まだまだ活きがいいですけど」
「そうだねえ。せっかくだから恥じらってるところを見せてもらおうか。たっぷり前戯してあげて。道具使っていいから」
「りょーかい」
「狂ってる……!」
不破は五条の愛人のはず。不倫とはいえ恋人同士、それが二人で結託して他の男を弄んでいる。しかもかなり手慣れている、これまで何人も同様の被害に遭った可能性が高い。こんなことをして楽しいのか、特に不破は嫌じゃないのか? 豊島にはわからなかった。
豊島の身体は不破の胸を背もたれに座っている体勢にされた。後ろから不破にあれこれ責められる様をベッドサイドの五条に鑑賞されるのだろう。かなり薬が回ってきたらしく、ぐったりと身を預けるしかなかった。
「……っ、あ……」
「へえ、喘ぎ声はちょっと高いんだ。普段は意識して声低くしてたりしてるの? 可愛いね」
いちいち一挙一動を実況されるのが恥ずかしすぎる。後ろから両胸をねっとりと弄ばれ、ぴんと尖った乳首を意地悪く爪の先で弾かれれば一際高めの悲鳴が漏れる。後ろの不破からも正面の五条からも笑われて、身体の興奮とは裏腹に最悪の気分だった。
「乳首ばっかいじってても地味だからな。ここはローターに任せるわ」
不破は無造作に言い捨てると、クリップ付きのローターを手早く取り出して容赦なく乳首に取り付けていった。
「いっ……」
「痛い? まだ効きが悪いかな……ま、そのうち気持ち良くなるって。それともまだ強がり? こっちは反応してるよ」
ゆるく勃ちかけた陰茎を撫でられ、たまらず腰が跳ねる。
「さすが欧米人の血が入ってるだけあって立派なモノ持ってるね。ま、今は無駄に綺麗なだけの飾りなんだけど。せっかくだからここも玩具で遊ぼっか。知ってる? ここも穴あるんだよ。尿道で遊ぶのはじめて? じゃ、仙一郎くん処女喪失しちゃおっかー。可愛く痛がってね。大丈夫、ドラッグ入ってるからこっちもすぐ気持ち良くなるよ」
陰茎を直接扱かれ、あっけなく勃起しきってしまう。目の前に突き出されたのは、マドラーのような金属の棒。表面は真珠のネックレスをまっすぐに伸ばしたような、球体の凹凸が繰り返されていた。ローションをたっぷり絡めたそれが、亀頭を意地悪くつつく。鈴口に辿り着くとぐりぐりと穴を確かめるように押し付け、逃げないように陰茎を握り込みながら突起を一粒ずつ。つぷり、と埋め込まれていくたびに「痛い、やめろ」と悲痛な声が上がるが、不破は構わず根元まで収めてしまった。
「遊びがいあるね。ここまで喋れてる人初めてだな」
乳首を挟むクリップは紐でローターに繋がり、焦ったい振動を与えてくる。三個ある余ったもう一個のクリップは、女性のクリトリスに挟む用らしい……それを尿道に埋めたプラグの先端に取り付けて、改めて見せつけるように両手を後ろ手にまとめられた。
「いきなりSMチックに責めたなあ。今夜は倫も獰猛な感じだね。やっぱり仙一郎くんは特別?」
「……まあ……いけすかない奴だし」
「っ、はは……私はお前のこと、なんとも感じていなかった、がな……」
「こいつ、まだ喋って……!」
「ぅ、あ……っ」
尿道を犯すプラグを乱暴にピストンされる。激しい刺激に暴れ悶えるも、豊島の目にはまだ反抗的な光が残っていた。
「これはまだつけといてやるよ。射精できないまま前立腺から結腸までガン掘りしてやる。メスイキできたら全部外してやるから、せいぜい無様に跳ねて、そのお綺麗な声で泣き叫んでくれ」
不破の発言は脅しではなく、彼のペニスはなかなかに大きなものだった。豊島は背面騎乗位の姿勢で不破の腰に跨り、下から荒々しく突き上げられる。そのたびに乳首とペニスに取り付けられた道具が揺れ暴れ、堪えきれずに嬌声をあげ続けた。
「……っあ、やめ、とめ、て……あっ、あああ……!」
「すっ……ご、キツい……」
豊島だけでなく、不破も快感を拾って艶っぽい吐息を漏らした。
「へえ……っ、メスイキも、才能あるんだ……締め付けやば……優等生は快感覚えるのも早いってこと? ま、いいや。ほら、ご褒美」
プラグの先端を摘んで、いたぶるようにねじりながら引き抜く。完全に抜け切る刹那、勢いよく引っ張って乳首に繋がる玩具も外した。
「っ、ゃ、まだ、まだイッてるから……ひっ、あああ……!」
抑圧されていた分勢いよく精液を吹き出しながら豊島が絶頂した。胎内の肉襞がうねって吸い付き、不破の射精も促した。
「はあ……あ、はは……すごいですよ先生、豊島のやつめちゃくちゃ名器……カリ首結腸でしゃぶってくるのエロすぎ……」
「いいねえ。その体位で具合がいいのならバックがおさまりいいかな。大人しくなったら正常位で愛でたいんだけどね。今日はぼくもかなり体力あるし、色々試して味わわせてもらおうかな」
すでに豊島から抵抗する余力は消え、絶頂の余韻に震える体はベッドの上に座らされた。
「さっきから効きが悪いし……もう一発入れとくか」
不破がもう一度キスして、追加で薬を飲まされる。もはや無抵抗で受け入れる豊島だったが……頭の隅で、思考だけは働き続けていた。
(こいつ、薬だって言い張ってるが……たぶん、薬じゃない。飲み薬にしては効き方が即効すぎる。五条は騙されてるが……不破に目を見られた瞬間、眩暈がして効いてくる感じ……催眠術みたいなものか? それに、見た目以上の怪力……こいつ……いや、まさかな)
脱出を一旦諦めた豊島は、次に『不破はどう思っているのか』を考えていた。何か糸口が掴めそうな気がする。しかし無情にも、肉体は発情してそれ以上の思考を妨げるのだった。
五条はぐったり項垂れた豊島の顎をすくって、新しいコレクションを鑑賞するかのように眺めた。
「実物を間近で眺めると、本当に美しいな……もう反抗はしないかな?」
「おそらく」
「試してみようか。ん……」
豊島の様子を伺いながら、五条はねっとりと舌を伸ばした。半開きでぽってりと濡れていた唇はすんなりと開き、媚薬で興奮しているのか舌を絡めれば媚びるようにしゃぶり返される。
「はぁ……いいね……このお口でフェラチオしてみてくれる?」
「……」
返事は無かったが、不破に抑え込まれた豊島の鼻先にペニスが突き付けられれば観念したかのように唇を亀頭に寄せた。ゆっくり、口腔内に怒張を収めていく。半ばほど咥えたところで、五条は豊島の後頭部を掴んで一気に根元まで押し込んだ。喉奥まで犯され、豊島の人形のような顔立ちが歪み濁った声でえづいた。
(……っ、大人しくしていれば、調子に乗ってくれる)
涙目で睨むも、上目遣いが可愛いと頭を撫でられる始末。
「おや……今日は派手なリボンを飾ってるんだね? 深い赤色も君の髪によく似合うね」
(リボン? ああ、佐藤がやっていたのはこれか……ん……佐藤が、よりにもよってこの事態の直前に、これを……?)
考えろ。何かがもう少しで繋がりそうだ。何故佐藤は私と二人きりで話したがったんだ。そして唐突に五条の話をしだした。彼はいち早く、五条が学生にいやらしい目を向けていることを察知していた。嫌っている様子だった。
……奴も怪異であるし、五条の後ろに侍る不破が怪異であると見通していたのではないか? 私が不破に攫われる事態を予見していたのではないか?
(不破は相当私を嫌っているように見えたが……殺気は無いのか? 悪魔の気を感じない)
豊島は母親の先祖から、悪魔祓いの血を引いている。近くに危険な怪異がいた場合、殺気から『悪魔の気配』を察知して怪異からの危険を回避することができる。だが、今は不破からも五条からも何も感じなかった。
(佐藤も確信が持てなかったのだろうか。私も反応しなかったし、郷美先生も、さらに霊感の鋭い寺烏真も何も言わなかった。不破はかなり巧妙に擬態しているのか……こうなったら、正体を暴いてやりたいが)
不破に正体を明かさせる。そのためには、擬態する余裕がないほど精神に揺さぶりをかけて、豊島に殺気を向けさせれば……
「ああ、歪んだ顔すら綺麗だな、君は……手に入らないものほど欲しくなる。仙一郎、愛してるよ……」
(……! まさか、佐藤のやつ……!)
香りをうつして豊島にも水蜜のような蠱惑体質を一時的に付与し、セフレ目的だったはずの五条を本気で豊島に惚れさせる。それを見て激しく嫉妬した不破は怪異としての本性を現すかもしれない。暴走した不破もろとも五条を破滅させるつもりなのか……そのために、不破と五条両方から目をつけられている私を利用したのか?
あいつ、嫌いな相手には相当意地の悪い仕返しをしそうだしな……佐藤も郷美先生のことをかなり大切にしているのはわかる。五条のような穢らわしい男を郷美先生に近寄らせたく無いのもよくわかる。
それで、私が餌に使われる流れなのは腹が立つが……奴のことだ、私が郷美先生のためならとことんやることを見越しての作戦だろう。ポジティブに捉えれば『君ならやってくれるよね』という期待が籠っているわけだ。そういうことにしてやろう。腹は立つので寺烏真を巻き込んで締め上げてやるつもりだが。こうなれば、暴れるだけ暴れてやろうじゃないか。
つまり、こういうことだ。佐藤は……水蜜という怪異は、豊島の髪に細工をして送り出し、まんまと不破に攫わせた。そして五条の懐へと送り込んだ。それが毒の餌と知らず、喰らいつくのを狙って。恋で男を狂わせ操る神様の加護……今の豊島は、水蜜という怪異の代理だ。精々魔性を演じて、演劇ゼミの教授すら騙してやろうじゃないか。
一転、豊島がなんとも妖艶に口淫をはじめたので五条はたじろいだ。喉奥まで咥え込んだペニスを一旦引き抜く、そのときも唇と舌で吸い付いて全体を刺激する。亀頭を舌先でくすぐり、カリ首をぐるりとなぞってから裏筋に唾液を塗りつけるように何度も往復する。
タチではあるが、出会い系で誘った中年以上の男を悦ばせる手管は潤沢に備えている豊島である。たちまち五条の腰が砕け、とろけるような快楽に夢中になっていく。隣で眺めていた不破の顔が強張り始めた。
「すごいよ、仙一郎……とっても上手だね……普段は冷たく澄ましている君が、素直になるとこんなに愛くるしく従順になるなんて……君は最高だよ……」
「すごく、寂しかったんです……秀城さんなら、出会い系で優しいおじ様を探さなくてもよくしてくれるんでしょう? やってみてくださいよ……私の満たされないところ、埋めてくれるんですよね?」
「豊島、お前……?」
豊島の豹変に不破は戸惑うが、構わず挑発的な眼差しを五条だけに向け、ベッドに仰向けになる。興奮しきって覆い被さってくる五条の背中にするりと手を回し、抱きしめて至近距離でうなじのにおいを嗅がせた。
五条は激しく征服欲を煽られ、フェラチオの後はたっぷり焦らして泣かせてやろうという目論見も忘れてがっつくように怒張を突き入れた。何かに取り憑かれたように腰を振り、豊島の首筋にむしゃぶりつく五条を不破は呆然と見下ろしている。甘やかに喘ぐ豊島と目が合う。爽やかな青い瞳が、今はやけに妖しげに輝いていた。
どうして急に堕ちたんだ、豊島。
五条がついに豊島を手に入れてしまった。
いや、きっと余計に『薬』を使ったせいで錯乱しているんだ。彼はまだ郷美に心があるから、しばらくは保つだろうけど。もし完全に落ちてしまったら、いよいよ自分は用済みになるのだろうか。何もかも豊島の下位互換である自分は。
シーツに散らばる蜂蜜色の髪が眩しい。くっきりと二重の大きな目も同じ色の睫毛で豪奢に縁取られていて、中心で潤む青い目は鮮やかで宝石のよう。快楽に溺れて喘ぐ声すら綺麗だった。
生まれつき顔もスタイルも抜群に良くて、家が大金持ちで。努力でなんとかなるはずの、成績まで勝てないなんてズルすぎるだろ。セックスの相性まで勝てなかった。それなのに、こいつは五条先生に特別目をかけられても興味ない顔して。ムカつく、ムカつく、憎い、羨ましい、大嫌いだ、消えて欲しい……殺してやりたい。
凄まじい形相で豊島を睨む不破には、豊島だけが気づいていて。何かを確信した豊島は不敵に笑った。だが、冷静さを欠いた不破からすれば勝ち誇って煽っているようにしか見えなかった。
五条はその後も、不破の存在を忘れたかのように豊島の肉体に縋り続け、何度も犯してはうわごとのように愛を囁き続けた。豊島としてはここは消化試合でしかなく、媚薬効果によって否応なく絶頂する自分を別人のように感じながら五条に媚び、甘い言葉を囁いてやった。
***
ことが終わって、満足した五条は名残惜しそうに豊島の髪に口付けながらもシャワーを浴びに席を立った。それをぎこちない笑顔で見送った豊島は途端に真顔に戻り、立ち尽くしていた不破に「いつまでそこでボーッとしている」と言い放った。
「なあ、五条の奴普段からスキンつけないのか? 散々中で出したな、中年以上の男から良識やマナーをとったら何も残らんぞ。病院に行くべきか……なあ、不破はいつもどうしているんだ? 他の愛人はどのくらいいる? 病気持ってないよな?」
「……と、しま」
「何だ」
「何を考えてる。結局『薬』は効いてなかったな? 途中からあの演技は何だったんだ」
豊島があからさまに媚びる演技をしだした途端に、五条がおかしくなり始めた。豊島から与えられる上辺だけの睦言に歓喜した。あれは普段の五条とは違っていた。
「媚薬効果は回避できなかったよ。おかげで満身創痍だとも。それに、薬と称して飲ませたのはただのラムネ菓子だったな」
「……!」
「やはり。不破、お前怪異だな」
豊島の体がおかしくなったのは何らかの術。そしてあの怪力にも納得がいく。
「先程わかりやすい殺気が出たな。あれは悪魔のそれだった」
「悪魔? ああ、西洋人の言い回しか」
「悪魔でなければ何だ」
「鬼だよ。人喰い鬼」
鬼と来たか。各地の鬼伝承を郷美と調べて回ったこともある豊島だが、本物と会うのは初めてだ。
「では頭から齧られなくて運が良かったな」
「今からでも頭から喰らいつくしてやりたいよ」
「だが、しないんだな」
「話を聞きたいからな。お前が何を考えてるのか聞きたい。食うかはそれからだ」
不破は冷静になっていた。最悪命の危険も想定していたので、豊島は内心安堵した。
「だから私が送り込まれたんだろうな」
「その一人で勝手に理解したような口ぶりをやめろ。指くらいは途中で喰うかもしれないぞ」
「まあ待て。私も全容がわかっていないんだ。情報交換といこうじゃないか」
怪異の能力というのは便利なものだ。一時的に異界を作り、ホテルの部屋の中に時間の流れが違う場所を作った。これで五条に邪魔されずに、不破と腰を据えて話せる。豊島は散々犯されてドロドロなので、あまり落ち着かないが。
「まずそっちから話せよ。お前の髪についているその香りは何だ?」
「それが私にもわからなくてな」
「……小指からでいいか」
「そう怒るな。仕組みがわからないのは本当なんだ。お前に拉致される直前、ある怪異に髪の毛をやたらといじられて、知らないうちにリボンなど巻かれていた。それに気づいたのは、五条に指摘されてからだったんだよ」
「なんか不安な気配がする……甘ったるくて、男を誘う香水みたいな。女の神霊か? わけわかんない気配。豊島は人間だよな」
「ああ。私は人間だ。しかし怪異の知り合いがいる。お前も会っているぞ。いただろう、見知らぬ一年生が。得体の知れない感じの美人が」
「あ……! 女歌舞伎って口走った、まさかあいつ、本当に慶長から生きてる輩ってことか!」
「あれが何故だか郷美先生のご友人でな。大層大事に扱っていらっしゃるし、向こうも郷美先生を大切にしている。そして、五条のことはお気に召さなかったそうだ」
「そいつが直接手を下しには来なかったんだな。あの女のことも五条先生はかなり気に入ってたのに」
「そのせいで私は無駄に恥ずかしい思いをさせられたんだがな。私と不破を話させたかったのではないかと、私は思っている」
「お前と?」
「なあ、不破。お前、どうしてここまで五条に尽くしてるんだ」
「……」
「こっそり怪異の能力まで使って人を拉致して、セックスドラッグと偽って術をかけて……私は多少耐性があったから正気だが、無防備な人間ならすっかり五条の奴隷に洗脳できる代物だなあれは。私のこともそうするつもりだったのか。そんなことをしたら……」
「わかってる。豊島が五条先生を愛するようになれば、僕は用済みになってたと思う。今までも他の人間で同じようなことをやってた。でも、結局僕が一番美しく、愛しているのだと囁いてくれた。僕だけ特別で、他のは一時的に楽しむための玩具でしかなかった。今日は、それが揺らいだ」
「うさんくさいが女神の加護をつけて媚びを売ってやったからな。ひとたまりもないだろう」
「嫌味か? 素の豊島でも五条先生は夢中になっただろうさ。先生はお前のことが好きなんだ。僕は二番目。金色の次の銀色。お前が手に入るまでの、代用品でしかなかったんだよ」
「そこまで理解しておきながら、五条のことが好きだったんだな」
「お前に何がわかる。何でも一番に手に入るお前が」
「わかるさ。私も好きな人には一生愛してもらえないからな。いや、恋人にはなれないというのが正確か」
「……そっか。郷美先生は愛妻家だったな」
「学生を食う不真面目教師でもない」
「言ってくれる……」
しばし、沈黙。
「なあ不破。お前このままでいいのか」
「何だよ突然。説教か?」
「私がここに来たのは何か意味があるんだとずっと考えていた。なんとなくわかってきたよ。私は、お前には破滅してほしくない」
「あんなに酷い目に遭わせたのに?」
「それは許せんが、半分は五条のせいだからな。許せん以上に、お前が五条に縋りついたまま腐っていくのは見過ごせないと思ってしまう。不破、私と組まないか? 五条に一泡吹かせてやるまでの間でいい」
「……」
不破が口を開く前に豊島が手を出して制した。
「いや、待て。答える前にもう一つ聞かせてくれ」
「何だ」
「お前はどうして、五条のことを好きになった」
「彼の映画をたくさん観た。画面上で話す彼のセリフに救われ、惹かれたから。直接会いたくて、この大学に辿り着いた。そういう経緯を話したら、彼は笑った。そりゃそうだ、映画のセリフは彼が考えたんじゃないのにさ。そんな馬鹿な僕にも、五条先生は優しく話しかけてくれたんだ……」
確かに、映画のセリフはぼくが考えたものじゃないし、演じている役もぼく自身とは違う。でも、君はぼくのことを好きになってくれたんだよね。似たような映画を探すわけでもなく、ぼくが出演する映画を辿ってここまで来てくれた。セリフや役にのせている、ぼくの心を感じ取ってくれたんだね。嬉しいよ。
「うん……なるほどな」
豊島は深く頷く。
「不破。その思い出はお前のものだ。この先ずっと綺麗なままの思い出でいい。その上で、だ」
改めて不破に向き直って手を伸ばした。
「この手を喰うか? それとも、私と組むか」
「……わかったよ」
僕の負けだ。不破はそう言って、豊島の手を握った。
「それで? 僕は何をすればいい」
「なに、大学で学んだことを活かしてくれればいい。存分に成果を見せてくれ、演劇ゼミの不破倫」
三『不破倫の決別』
「人喰鬼って聞くとこう、肉や骨をバリバリ齧られそうなイメージなんだけど。そういうワイルドなのは最近はほとんどいなくて、魂だけ食べるってのが多いんだってさ」
「魂だけ?」
「うん。見た目は無傷で血の一滴も出ない。でも人間の魂の一部をかじるんだよ。食べすぎると死んじゃうから、ほんの少しずつもらうのが一般的かな。大事なところは避けて、時間が経てば回復する程度にこっそりもらう感じ。そうやってうまく人間社会に適応した個体が現代まで生き残れたんだね」
「逆に言うとさ、食べすぎたり、大事なところを食べられたら人間はどうなるの」
「例えば腕に当たるところを食べられすぎたら、腕が動かなくなる。お医者さんに見せても、腕はどこも異常無いって言われるだろうけど動かないんだ。そこだけ魂がなくなっちゃったから。腕や脚ならまだいい、内臓とかやられたら人は死んじゃうよね」
「へえー怖いなあ。俺も鬼には会ったことないわ」
「あれ、礼くんも気づかなかったんだ。ふわっち、擬態上手かったもんねえ。勘の鋭いトッシーすら気づかなかったんだから大したものだよ」
「ふわっち……? あの、水蜜さん。それ、まさか不破先輩の話? 五条先生と一緒にいたあの?」
どうして急に怪異講座がはじまったのかと思ったら。礼の背筋が凍る。猛烈に嫌な予感がしてきた。
「そうだよー。私と違って怪異らしく色々な能力持ってるみたいだから、今ごろトッシーは攫われてるんじゃないかな。今日は正ちゃんの守護も無くて無防備だったから絶好の狩りどきだったろうねー」
「……水蜜さん」
怒りのあまり、地獄の底のように低くなった礼の声。
「深雪のときに散々言ったよな……怪異のことで俺たちがわかんないことに気づいたら迅速に! 全部! 俺か郷美先生に話せってさあ!」
「わー、ごめんなさーい!」
「水蜜さんをしばくのは元気になった郷美先生と無事救出した豊島先輩と三人でやるとして! とりあえず豊島先輩を助けに行かなきゃ!」
「えーっ、ちょっと待ってよ! どこに助けに行くかわかるの⁈」
「わかんねえ! でも不破先輩が豊島先輩を攫ったら五条先生んとこに連れて行くだろ……多分!」
「まあねえ。あのおじさんが一番エロい目で見てたのトッシーだったし。ふわっちは男の趣味悪すぎてあいつの言いなりみたいだし。3Pとかするのかなやっぱ……痛い!」
礼が水蜜の頭を漫才のツッコミの如く叩いた。
「そういうエロ本みたいな展開なら、大学の近くの高級ホテルとかにいるんじゃないのか」
「礼くん冴えてるー! この間漫研の子にエロ同人って漫画見せてもらったんだけどさ、トッシーってああいう世界にいそうだよね。誇り高き美人騎士が卑怯な策に嵌って敗北し……痛った!」
もう一回叩いた。
「ホテルは宿泊しなきゃ入れないけど……とりあえず、それっぽいところを探すぞ! 不破先輩が擬態をといてくれたら俺でも気配がわかるかもしれないし!」
「私たちが行かなくてもトッシーなら大丈夫だと思うけどなあ……」
礼が慌ただしくクローゼットを開くと、中でくつろいでいた双子がめんどくさそうに顔を上げた。
「鬼に対抗できるかわかんないから着いて来てくれない?」
上着を取り出しながら、一応助力を頼んでみる。
「神霊じゃなかったら礼でなんとかなるだろう」
「鬼……色々小賢しい術を知っているから面倒……行きたくない」
「やっぱダメね! 水蜜さんは責任持って同行すること!」
「おい、鬼なんて危ないものがいるところに母様を連れて行くな」
「じゃあ協力しろよ!」
なんだかんだで、家を出るのがかなり遅れてしまった。
***
五条がシャワールームから出ると、部屋の電気は全て消されていた。外の灯りが窓から差し込むだけの薄暗い空間は静まり返っていた。
「……仙一郎くん?」
「もう、真っ先に名前を呼んではくれないのですね」
「倫? どうしたんだ」
ベッドルームの中心で不破が立ち尽くしていた。感情の読み取れない声。妙な寒気を感じながら五条が一歩踏み出せば、じゅくじゅくと濡れた絨毯を踏んだ。
「なんだこれ、濡れて……ヒッ⁈」
真っ赤な染みが広がっている。その中心で、豊島が腹部から血を流して仰向けに倒れていた。彼の四肢はほとんど原型をとどめていなかった。まるで指先から猛獣にでも食いちぎられたかのように肉がズタズタに引き裂かれ、骨が折れて奇妙な方向に曲がっていた。
吐きそうになって口を抑える五条をよそに、不破はくすくす笑いながら歩み寄ってくる。よく見ると、不破の手や口元が真っ赤に濡れていた。
「だって……五条先生が、豊島の方が好きだから……あんなに情熱的に、僕は抱かれたことなかったのに……ずるいですよ……だから食べたんです。彼になるために。顔は残しておいたんですよ? 五条先生に見せてから食べようと思って。本当に似合いますね、赤い色。彼の金の髪に」
「ひっ……あ、ああ、寄るな、これ以上来るな、化け物……!」
「だから隠していたのに……やっぱり、本当の僕は受け入れてもらえなかったんだ。どうせ」
化け物と言われ、不破は悲しげな顔をした。その後、急に壊れたように笑い出した。乱れたバスローブのままで外に逃げようとした五条を軽々捕まえ、ベッドに押し倒した。豊島にそうしたように術をかけ、動けなくした。
「五条先生……僕、本当に愛していたんです。だからどんな恥ずかしいこともしました。他の学生を抱きたいとか、僕は二人っきりでいたかったから嫌だったけど我慢して手伝いました。愛していたから……」
「ああ、わかってる、わかってるよ。ぼくも愛してるよ倫。すまなかった。君の気を引きたいだけだったんだ! そう、そうだ、君がヤキモチを妬くところを見たくて意地悪してしまったんだよ! これからは素直に優しくするから! だから、命だけは……!」
「なんだ、ただの命乞いじゃないですか。はあ」
不破は五条のバスローブを剥ぎ取ると、恐怖で萎えた陰茎を手に取って愛おしげに口付けた。両手で包み込み、小動物でも愛でるかのように撫でさする。術の効果もあり、ほどなくして完全に勃起した。
「ん、むっ……どう、ですか……前は、僕のフェラが一番いいって……言ってくれましたよね……」
それも豊島に上書きされてしまったけれど。暗い顔になり、憎々しげに吐き捨てる。その後また歯を見せて笑った。犬歯が異常に大きく尖っていた。そしておそらく豊島のものであろう赤い血がついていた。大きく口を開き、鋭い歯の先端で亀頭をつつけば五条の情けない悲鳴が聞こえた。
「あははは……先っぽからちょっとずつ、噛み砕いて食べるのもいいかもしれませんねえ。でも」
僕、思い出が欲しいんです。だから、ぐちゃぐちゃにはしません。形を残したまま、いただきますね。
「最後の射精になると思います。僕のフェラ、よく味わってイってくださいね」
「ひっ、あ、あああ……!」
根元まで咥え込んで、裏筋を舌で擦り、喉奥でカリ首を締め付けて射精を促す。抗えず、五条は絶頂した。その瞬間、感じたことのない喪失感が彼を襲った。射精後の倦怠感とも違う、もっと取り返しのつかないような。
「これで、本当に終わり……」
ベッドの上で全裸の大の字のまま呆然としている五条を見下ろす。あんなにかっこよくて素敵だったはずの彼が、今はくだらない中年男性にしか見えなくなった。
「……でも、思い出はずっと僕のもので。綺麗なままでいいんだよね。ねえ、豊島」
床に倒れていた豊島を抱き上げると、不破は長い脚を振り上げて窓ガラスをしたたかに蹴った。高層階ゆえ強靭なガラスであろうに、それはビードロ細工のように容易く粉々になり大きな穴が開いた。
「五条先生……おしまいです。これでさようならです。今までありがとう……さようなら」
「ま、待て……」
「貴方との思い出を抱いて、僕は逝きます」
五条の伸ばした手は、虚しく空気を掴んで。不破は豊島諸共ホテルの高層階から落ちた。
「わあぁ⁈」
「ホテルの上の方から落ちてきた! 不破先輩が!」
不破が擬態を解いたことで居場所を特定した礼だったが、高級ホテルの前でどうしたものかと立ちつくしていた。そこにダイナミックすぎる登場をしたのは不破だった。先程儚げな表情で身を投げた不破であったが、彼は鬼である。舗装された地面を強靭な足で割りながら、無傷で着地した。
「し……死ぬかと思った……」
「トッシー!」
不破に横抱きにされた豊島は青い顔をしていた。いきなり紐なしバンジーをしたので当然である。五条が見たものは幻覚、豊島の手足や腹は無事だった。
「お前らは……一年の寺烏真と……例の佐藤とかいう怪異か」
「あらら、もうバレてた?」
「やってくれたな……これでもう、僕の幸せな恋愛はおしまいだよ」
「ほんとに、幸せだった?」
「幸せだったとも。いつか終わらせなきゃとは思ってたけどね。こんな終わりになるとは思わなかったけど」
豊島の身柄を礼に預けると、不破は「じゃあ、これで」と帰ろうとした。
「待ってください! 豊島先輩はとりあえず無事っぽいけど! 五条先生とかどうなったんです⁈」
「無事……なのか私は……?」
「トッシー大丈夫? 悔しいけど感じちゃった?」
「水蜜さんはしばらく黙ってて」
豊島が朗らかな日常に戻ったことを確認して、不破は力無く笑った。
「郷美ゼミのみんなには迷惑かけてごめんね。もう五条は豊島にも郷美教授にも近づいてこないと思うよ。そういう術をかけといたから」
「鬼ってすごいんだなあ」
「僕はこういう姑息な技が得意だから生き残れたってだけ。あと、五条はもう誰もレイプできないから。チンポだけ魂喰ってやったんだ。二度と勃たないよ。面白いでしょ」
礼は先程水蜜に聞いた話を思い出した。腕の魂を喰われたら腕が動かなくなる。ならば、アレの魂を齧られたら……?
「水蜜さん、さっきの話の続きなんだけど」
なんだか股間あたりが寒くなってきた。
「うん……本当におちんちん丸ごと魂を奪ってるなら、一生勃たないね。実際もぎ取られたわけじゃないけど、部分的に死んだようなものだよ。でも他はそのままだから、ギャップに苦しむかもね」
「今まで通りの性欲があっても、肝心のものが勃たないからヤれないってことか。男としてはタマが縮み上がる話だけど、人喰い鬼を弄んだ罰ってことだな」
「同情はできないねえ。でも優しいほうだと思うよ。首から下を喰えば寝たきりになる。首を切り落とすようなものさ。それでどこかに閉じ込めて、自分のものにするとかやらないだけ寛大な処置じゃない?」
「うーん、経験者は語る」
「ははは、それもいいね! でも、もうあいつに恋するのはやめたからいいよ。なーんでこんな好きになっちゃったんだっけね。まあいいや。もういいかな? じゃ、さよなら」
今度こそ、不破は夜の街に消えていった。
「行っちゃった……」
「豊島先輩、被害受けたんならこの足で警察とか行きますか。俺手伝いますよ」
「いや……いい。このことは誰にも言わないでくれ」
「ええっ⁈ でもそれじゃ……」
「特に、郷美先生には。いいな」
「先輩……」
「私は平気だ。一人で歩いて帰れる。寺烏真、こんな遅くに心配かけてすまなかったな。明日もよろしく頼む」
そう言って、豊島も帰っていった。
「豊島先輩……大丈夫だよね……?」
「……」
豊島が落としていったリボンを拾い上げて、水蜜はじっと何かを考えていた。
四『郷美教授の愛情』
豊島が拉致された事件から一週間ほど経って。豊島は何事もなかったかのように日々を過ごしていた。今日は郷美より早く研究室に入り、一人で午後からのゼミ生ミーティングの準備を済ませたところだ。
「豊島さん!」
「せ、先生! どうされたのですか⁈」
郷美が血相を変えて研究室に飛び込んできた。まだ走るのは厳しいはずなのに、できるだけ急いで来たらしく額にはおびただしい汗が浮かんでいた。
「蜜ちゃんに聞きましたよ……豊島さん、あなた、五条教授から、暴行を……」
郷美の手が震えている。豊島の頭の中が真っ白になった。知られてしまった。他でもない、絶対に知られたくなかった郷美に。
少し前、郷美本人の知らないところでひょんなことから知ってしまった、郷美の過去。彼がまだ子どもだったころ、年上の男性に襲われて心に傷を負ったということ。今でもトラウマになっていることを知った。そんな彼に『大切な教え子である豊島が他の教授にレイプされた』と知れたら。郷美の心理的負担たるやいかほどのものか。旧知の仲なら何もかも知っているはずなのに、佐藤は何を考えてバラしたんだ。怒りに襲われたところで、もはやどうしようもなかった。
「どうして相談してくれなかったんですか! 泣き寝入りなんてしなくていいんです。僕がなんとかしますから、彼には相応の罰を……」
「いい、んです。黙ってて、ほしいんです」
「どうして……彼に何か言われたのですか」
「先生……私、ゲイなんです」
言ってしまった。なんとなく悟られているとしても、明言はしないつもりだったのに。
「何人かの……大人の男性とお付き合いしたことがあります。でも家のこと……会社のことを考えて親にも言ってません。五条にはそれを知られました。ことを明るみに出したら、まず五条の信頼が地に落ちるのはわかっています。それでも元俳優という彼の発言力は侮れない。彼が言いふらす話に信憑性がなくても、親の耳には入りますよね。豊島自動車にも余計なスキャンダルで迷惑をかけます。それに、何より……」
止められない涙が頬を伝う。
「郷美先生の教え子の代表たる私を汚したくない……!」
「豊島さん……」
床に蹲った豊島を、郷美が優しく抱きしめた。
「せ、先生……?」
「わかりました。早まって怒ってしまってごめんなさい。僕としては、これからの時代個人のセクシュアリティを理由にどうこう騒ぎ立てるのは古くさいと思っていますが、豊島さんの言うとおり、世間の理解というものはいまだ信頼できるものではない。慎重に対処すべきですね。あなたの望む通りにしますよ」
「ち、ちが、違うんです……先生は、なにも悪くなくて、私が……私、が……あ、あ……ごめんなさい……」
「豊島さん、大丈夫。大丈夫ですよ」
小柄な体の華奢な手が、長身の豊島を精一杯包んで背中を撫でていた。
「若い子が恋愛に精を出して何がいけないんですか? 僕としては、豊島さんは真面目に働きすぎて心配だったんです。勉強の他は僕につきっきりで、家のお手伝いもして……むしろ安心しましたよ、あなたも他の男の子のように遊びたい一面もあるんだって」
できるだけ心を和らげてやろうと、少しでも朗らかな声で笑わせようとしながら。
「僕はね、誰よりもそばでずっと、この大学でのあなたの頑張りを見てきたんです。あなたの功績は揺るぎないものです。僕が保証します。僕がずっと信じています。院を含めても、あと何年共に研究できるかわかりませんが……それまで変わらず、いえ、卒業してもずっと。僕の自慢の教え子として胸を張っていてください。あなたに何があろうと、誰を好きでも。僕はあなたの味方でいますよ。あなたが、怪我をした僕を根気良く支えて歩いてくれるように。あなたが困ったときは、僕にできることがあれば支えさせてください。年の功くらいしかお役に立てませんが」
「あ、あ……」
大切にされている。認められている。最大限優しくされている。それなのに、郷美に叶わぬ恋心を抱く豊島にとっては少し残酷で。そう感じてしまう自分が嫌で。ひたすら泣き続ける豊島の心中をどこまで知っているのか、知らないのか、知らないことにしているのか。郷美はただ、何もかもを靄に溶かすような微笑を浮かべていた。泣き続ける豊島を、落ち着くまで抱擁していた。
「こんなにまっすぐな素敵な子を傷つけて泣かせるなんて。本当に酷い、許せない大人ですね」
***
大学生活は、表向き何の変化もなく続いている。
五条は変わらず教授のままだし、豊島も、他の学生も被害を訴えることはなかった。これで良かったんだよな……豊島は考える。そういえば、あれから不破の姿を見ない。五条の前で死んだフリをしたんだ、大学も辞めてしまったのだろうか。
「豊島」
「不破……!」
「なーに、泣いた跡つけてんの」
「……っ!」
先程まで郷美の胸で散々泣いたところだ。今振り返れば恥ずかしいやら、嬉しいやら、照れ臭いやら。
「ま、いいや。そういえば豊島にはちゃんと詫びてなかったから。こういうのちゃんとしとかないと長生きできないんだよね」
そう言って、不破は小さな箱を豊島に渡した。促されて開けてみれば、桜色の金平糖が一粒入っていた。
「落とすなよ。その一欠片しかない」
「何だ? これは」
「郷美先生の魂の一部」
「先生に何をした!」
「待て、最後まで話は聞け」
気持ちはわかるけど、と言いつつ不破は話を続けた。
「魂って言っても、自然に剥がれ落ちそうだったものを拾って固めただけ。だからそんなに小さいんだ。抜けかけの髪を摘んだようなものだから、本人に悪影響は全然無いよ」
「そんなことができるのか……しかし何故」
「何故って。君も興味があるだろうと思ったんだけど、違う? 好きな人の、魂の味」
「……!」
「いらないなら返せよ。僕にとっては貴重な食料なんだから」
「貴様には喰わせん」
「でしょ? じゃあさっさと食べなよ」
他人に食べられるくらいなら……それに、興味が無いと言えば嘘になる。意を決して口に入れると、それは綿菓子よりも早く溶けてなくなってしまった。口の中のどこに行ったのかもよくわからず、とりあえず飲み込む。味はしなかった。ただ、胸の奥にかすかな重みを感じた。
「ちょっと異物感あるかもしれないけど、そのうち馴染むよ。すぐに君自身の魂と混ざってわからなくなってしまうけど……一欠片入ったんだ、君の中に、彼の魂が」
「そう、か……なるほど、貴様らしい詫び方だ」
「似てるなって思ったから。僕と君は」
ただ、ほんの少し愛情の形が違っていただけなのだろう。
「どうするんだ、これから」
「じきに卒業だし、もう少し頑張る。色々内密に手続きしてもらって、卒論提出するゼミだけ変えたんだ。あとは他の講義で単位を埋めればなんとか。五条とはどっかで会うかもだけど無視する。吹っ切れてるから大丈夫。あっ、豊島も無視でよろしくね? 僕ら、死んでるんだから」
「潔いな。そこまで決断するまで辛かっただろう」
「ま、僕は鬼だからね。佐藤さんに会って思い出したよ。それに……菓子の欠片よりとびきり重いもの喰ってやったから、向こう十年くらいは食いっぱぐれない」
「本当に切り替えたんだな。それならいい。次はもう少しマシな人間を探すんだな。郷美先生を狙ったら殺すが」
「もう『他人の男』はこりごりだよー、ってオチでいいかな?」
その後、五条教授の素行はすっかりおとなしくなったので郷美ら同僚は喜んだ。しかし別の奇行が目立つようになった。大学に幽霊が出ると騒ぎ出したり……それは五条を無視して通過しただけの不破か豊島なのだが。ギラギラとエネルギッシュだったはずが年相応にしっとりした感じになり、なんとなく老けた。役者としての仕事は、老人役のオファーが大幅に増えたのだとか……。
それでも完全に去勢されたわけではなく、悶々とした性欲を持て余すことになるのだが……それからどうなったのかは、また別の話。
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