病ませる水蜜さん コラボ編1『謎の白装束サークル』
コラボ作品です!
あずまえごさんのオリジナル作品『狂った世界に嘘でも愛を』の世界観やオリジナルキャラクターと、私の『病ませる水蜜さん』世界観とオリジナルキャラクターを出会わせた、一次創作同士の合作です。
ツイッターで話題が弾んだネタを、あずまえごさんに漫画を描いていただきました。ありがとうございます! それに合わせて私も漫画やショートストーリーを書かせていただきました。楽しんでいただけましたら幸いです。
オリジナル作品どうしの交流、募集中です! 各種SNSでお気軽に話しかけてくださいね!
X(Twitter)@Kiru_desu
完全コミカライズ!
2023/11/25追記
あずまえごさんがなんと! 当記事の小説『謎の白装束サークル』を元にストーリーを完全漫画化してくださいました。漫画ならではの追加要素、そして続きの話でも『病ま蜜』メンバーがゲストとして大活躍しています!
2023/1/6 pixivで無料公開開始
(Cien版と中身は同じです)
病ま蜜メンバーが出てくる漫画は全四話に分けて公開されました。当記事では、それぞれの話に対するKiruの感想絵やショートストーリーを載せております。
あずまえごさんの漫画を最新話まで読めるCienも是非!
続編&合同誌予告!
2024/2/7
今回の『ハロウィン編』に加えて、水蜜さんたちが黒の教団のみなさんに会いに東京へ行く『東京編』の制作決定! あずまえごさんとの合同誌を作る予定です。待て続報♡
***
小説版『黒の教団と謎の大学生達』
一『謎の白装束サークル』
※この小説はあずまさんの漫画のプロトタイプみたいなものです。漫画版の冒頭とストーリーは一緒ですが、それぞれにオリジナル要素があるのでぜひ読み比べてみてくださいね!
第一話『謎の白装束サークル』
とある地方都市。首都へのアクセスはそれなりに良く田舎と呼ぶには整いすぎているが、都会と呼ぶにはどこか垢抜けない。首都から調査のためにやってきた三人組は、その地方都市の中で最も有名な大学の正面入り口前に立っていた。
「大学のサークル勧誘で純粋な学生さんたちを引き込む……確かに『白の教団』がやりそうなことではありますね。学校まるごと作るよりはるかにお手軽ですし」
丸眼鏡をかけた青年は手元のスマートフォンで資料を確認している。
「我々『黒の教団』の事務所は首都にしか無いが、奴らは全国に支部をいくつも持っている。この大学の近くにもだ。学生として信者を潜り込ませているのは間違いない。今回掴んだ情報と繋がりがあるかは、これから確かめなくてはならないが」
スーツを着た真面目そうな風貌の男性の眼光は鋭く、すでに大学の周りにいる人間の一人一人に目を配り観察しているようだ。
「高校よりは出入り自由な感じだけど、どういう設定で入り込むのさ? 知愛って大学生って名乗るには無理があるけど、教授にしては若すぎない?」
三人の中で最も若そうな少女もきょろきょろと辺りを見渡しているが、隣の男性に比べると緊張感は皆無に等しかった。普段あまり関わることのない空間に興味津々といった様子だった。
「高校と違い大学の講義は社会人にも解放されていて、定年退職後の中高年だろうと聴いていてもおかしくはない。別の大学から講義を聴きに来る学生もいるから潜入自体はそこまで難しくないだろう。だが、今回は『サークルに勧誘されそうな新入生』……若い学生を中心に聞き込みが必要になる。まずは草凪に大学生風の格好でサークル活動の調査をしてもらい……」
「わかりました。じゃあ……あ、あれ……愛さんいなくなっちゃいましたね」
ほんの少し前まで並んで話していたはずの少女がいなくなっていた。
「……この大学にはメニューが豊富なカフェスペースがあるらしい」
「……行きましょうか」
少女の行動は粗方予想済みの二人は会話も手短に、小さくため息をつきながら大学の構内へと足を踏み入れたのだった。
大きな窓から外の光をふんだんに取り入れたカフェスペースは若者たちの談笑の声に包まれ賑やかだった。学食も兼ねているらしいが、街中にあるカフェやレストランと遜色のない洒落た雰囲気だ。ドリンクもフードも事前情報通り豊富で、講義の合間に毎日ここが利用できる学生や講師陣が羨ましい……と思ってしまう充実ぶりだった。
知愛と呼ばれていた男性の予想通り、少女はそこにいた。緑豊かな中庭の見えるテラス席に座っており、二人が追いついてきたことに気づくと笑顔を浮かべて元気よく手を振った。
「早速有力な助っ人と仲良くなったから、存分に褒めてくれてかまわないよ」
満面のドヤ顔である。何事かと目をやれば、彼女の対面に一人座っていることに気づく。
綺麗な人だな。
それ以外に形容し難い人物がそこにいた。若く見えるが、初々しいとも大人っぽいとも断言できず年齢は予測しづらい。場所からして学生の可能性が高いとしか言いようがない。男か女かもわからない。服装も体型も中性的。長身の女にも、小柄な男にも見える。「こんにちは」と微笑んで発せられる声を聞いても判別できない。掴みどころがなく、どこか不安を感じる。しかし容姿はとにかく整っていて、黒く長い睫毛に縁取られた目を瞬かせればそれだけで人の目を惹く。
彼(……としておこう)の腰まで伸びた髪が眩い白髪であったので、まさかいきなり『白の教団』絡みかと咄嗟に感じた知愛は警戒を強めた。しかしよく見ると白い髪は首の辺りではっきりと境界線を引いて黒くなっており、肩から下は真っ黒だったのでその認識は改めた。教団関連の者であれば、わざわざ髪の一部を黒く染める理由は無いからだ。
「佐藤でーす。私で協力できることならなんでも相談してくださいね」
近寄り難さすら感じる美貌とは裏腹に、彼は気さくに話しかけてきた。
「この人、ちょっと前にヤバいサークルをひとつ潰したんだって。その話詳しく聞いたら何かわかるんじゃない?」
「いや、私が潰したわけじゃ……うーん、原因は私にあるかもなんだけど……問題のあるサークルを見つけて、結局悪事が明るみに出たのは事実だよ。その話が君たちに関係あるのかな?」
「嘘道院さん、この人……」
「……学内で問題のあるサークルが発見され、正式に処罰された。それならば学部長であるとか、それなりに責任のある立場の方がその処理をされたことになる。貴方は学生ですか? その事件はどなたに相談したのですか?」
「うん、今年入学したばかりの一年生だよ。相談は教授にしたんだけど、教授から話を聞きたいのかな?」
「その教授のお名前を伺っても? 学生課でアポイントは取りますので、その際貴方からも口添えいただけると助かるのですが」
「いいよー、じゃあ今から会いに行こうか。今日は研究室にいるって言ってたから大丈夫だよ」
「話早すぎませんか?」
側で二人の会話を聞いていた……草凪と呼ばれていた青年は不安げな声を上げた。新入生にしては、教授に対して気安すぎやしないか。
「いいじゃん、展開早い方が助かるって。じゃあ佐藤さんよろしく!」
「任せて! さあ行こう!」
「嘘道院さん、大丈夫ですかね……」
「教授に会えるかは置いておいて、彼にはついて行ってみよう。あれは……妙な気配がする」
あっという間に意気投合し、楽しそうに歩いていく『佐藤』なる人物と少女……二人の背中には、共通する気配があった。
ただの人間ではない、怪奇なる気配が。
教授へのアポイントは拍子抜けするほどに簡単に済み、三人は研究室の中に招かれた。早々に教授から話を聞くことができ、ここまでは驚くほど簡単にことが進んでいた。
「民俗学のゼミを担当している郷美です。学内であったサークル活動での事件について調査なさっていると伺いました。あなた方は……」
突然学生が客人を連れて飛び込んできても嫌な顔ひとつせず、柔らかな微笑みで迎えてくれたのは白髪の小柄な男性だった。
「『黒の教団』の代表の嘘道院知愛と申します。突然の来訪失礼しました。こちらの男も黒の教団の一員で草凪と申します。その横は私の妹の嘘道院愛。三人とも教団の者として調査に参りました」
「黒の、教団……」
郷美には何か心当たりがすでにあるらしい。嘘道院は一気に切り込んでいった。
「単刀直入に申し上げます。この大学で『白の教団』の信者がサークル活動と称して布教活動をしているとの情報があり、調査に参りました。郷美教授は『白の教団』をご存知でしょうか」
「……!」
話が早いなら、このまま真正面から突っ込んでしまおうという嘘道院。隣では草凪が息を呑んで見守っていた。
「宗教勧誘、ですか……『白の教団』については名前程度しか存じておりません。私が研究しているのは土着の信仰であるとか、昔からある風習みたいなことで……確か白の教団は戦後くらいから存在が確認されていて、現代も活発な宗教法人ですよね。そのあたりになると宗教学の教授の方がお詳しいでしょう」
「教団の概要については、そこまでご存知でしたら十分です。先生は白菊学園高校の敷地内で大勢の生徒の遺体が見つかった事件はご存知でしょうか? あの事件も白の教団に関係があります」
「そういえば、そんなニュースも……しかし、あれだけ痛ましい事件でしたのにすぐに世間の話題からは消えてしまいましたね。ワイドショーや週刊誌の格好のネタになりそうなものを。まるで掘り下げてはいけない事案かのように」
「郷美先生は察しが良い。私たちが独自に調査している理由はそれです。白の教団絡みとなると、マスコミも警察も黙る。そういう団体がこの大学にも潜伏しているかもしれません。ここの学生にも被害が及ぶ前に、何とか解決したい。協力していただけませんでしょうか」
「……わかりました。残念ながら、先のサークル取り潰しの事件というのは女子学生への集団暴行が主な問題でして、白の教団との関係は無いと思います。ですが、それとは別件で心当たりはあります。学内では私の客人として動けるよう、学生課へは私から話をしておきましょう」
本当に話が早すぎる。白の教団の怪しい噂を知っているのであれば、似たような名を名乗る黒の教団の三人のことももう少し疑われるものかと身構えていたにも関わらず、だ。
「ただし、私からもお願いがありまして」
やはり何か来るか。嘘道院が静かに頷くと、郷美教授は嘘道院に寄り添うように座る少女……彼の妹だという愛へちらりと視線を向けた。
「あなた方が学内の調査をする間、私が指定するうちの学生を同行させてほしいのです。先程の『佐藤』とあと一人。それが条件です」
「あれ、そういえば佐藤さんはどこへ?」
やはり完全には信用されていない? 監視だろうか……そう思いながらしばらく待っていると、佐藤に連れられて男子学生が一人、息を切らせて研究室に入ってきた。日に焼けて健康的な体格の、長身の青年だった。
「郷美先生、『俺向けの案件』って言われたんですけど訳がわかんなくて……。あっ」
部屋の中を見渡し、そこに見慣れない三人がいることを視認する前に。青年は何かを感じ取ってあからさまにギョッとした表情になり。視線を向けた先は……郷美と同じく、愛であった。
「ねっ、礼くんにお願いするしかないでしょ。あの女の子、何かに憑かれてるんだから。もう安心だよ! 礼くんは寺生まれでお祓いの達人だからね!」
「無責任なこと言うなって! 俺が面倒見られるのは人間霊か動物霊くらいだって言ってるだろ! どう見ても違うだろうが!」
「あ、あのー……」
言い争いの狭間、おずおずと愛が手を挙げる。
「お祓いはしなくていいんですけど……私、悪い幽霊とかじゃないんで……」
「落ち着いてください二人とも。僕がお願いしたいのはそうじゃなくて。こういうお嬢さんが助けを求めて来るということは、怪異案件ですから協力してくださいねってことなんですよ」
「そうか……やけに話が早すぎると思ったら」
嘘道院は状況を理解し、眉間に深く皺を寄せた。
「この人たちは、最初から愛の中身を見抜いていたわけか」
その後誤解は解け、協力して調査に臨むことになった黒の教団一行と郷美ゼミのメンバー。「とりあえず親睦を深めよう!」という佐藤の一声で飲み会開催の流れとなり、日が沈んでから六人は近くの繁華街へ向かうこととなった。
「いや、なんでいきなり飲み会?」
礼が首を傾げる。提案する方もする方だが、ノリノリで着いてきてくれる黒の教団一行もちょっと変わった人たちなのかもしれない。
「いや、これはちゃんと意味があってだね。あの愛ちゃんって子……見た目は女の子だけど、心はなんか違う感じがする。どす黒い感じの何かがあるって、礼くんも感じるよね」
「うん、まあ……こちらに悪意は無いってのは嘘じゃ無いって感じだけど、今のところは」
「僕が話しかけて気を引いとくから、じっくり視ておいてほしいんだ」
「そういうことなら……」
などともっともらしい理由を語られたものの、佐藤はすっかり彼女と意気投合した様子で普通に恋バナに花を咲かせている。
「除霊されそうなこと言っちゃってごめんねー!」
「いや、そんな簡単に消えないから大丈夫だって」
「うう、愛されてるのはあくまで身体の持ち主で、黒ちゃん自身は見てもらえてないなんて悲しすぎるよぉ……」
「それならそれでヤれるうちにヤっとくからそんな悲しくはなってないよ。それよりお宅の方が長いこと寂しい思いしてるんじゃん? 性欲まみれで頭おかしくなった男はわんさか寄ってくるけど、ほんとに欲しいタイプの恋人はできないとか」
「うん……抱いてくれる友達には困らないんだけど……」
「ま、そんな調子のあんたと長年付き合える恋人なんて素で頭おかしくないと無理かー」
「言ったなー! 今夜は寝かさないぞ、一晩中呑むんだからね」
「わぁ絶倫。あっ店員さん生中追加でー」
完全に絆されている。油断させて素を覗き見る、といった打算は最早感じられない。もう放っておくか……と礼が目の前の食事に視線を向けると、ビール瓶をそっと差し出された。
「寺烏真さん、コップどうぞ」
「あ、自分はまだ、未成年なんで……」
「そうでしたね! 大学生でした」
「気にしないでいいですよ。高校生のときから私服だとよく間違われてたし」
互いに恐縮する。草凪と礼はそれなりに年齢が離れてはいるが、確かに年の差をあまり感じない親しみやすい雰囲気があった。
「なんか今の社会人っぽかったですね。俺まだそういうの気が利かなくて」
「いやいや、こんなことまだ覚えなくていいですよ! 今年大学入ったばかりなんでしょう? それにしては十分落ち着いてるし、俺よりしっかりしてると思いますよ」
「そうかな……まあ、うちは寺で人の出入り多いし、親父が礼儀作法に厳しかったので。あとは……」
ちらりと愛に視線を向ける。屈託のない笑顔を浮かべる少女に、やはり悪意は感じられない。しかしどうしても感じてしまう。得体の知れないものの気配に対する畏れを。
「小さい頃から色々なものが視えていたので、いつもどこか警戒してるというか……気を引き締めてるってのはあるかもしれません。怖い顔してるって、友達に突っ込まれることもあるし。霊感なんてなきゃもっと気楽で楽しかったかもしれませんね、大学も」
「そんなの悲しすぎます!」
「えっ⁈」
礼の手を取ってまで、謎に号泣してまで全力で共感を示す草凪に思わず気圧されてしまう。
「大学生活、一度きりですよ! もっと自分のために楽しんでいいのに……礼さんばかり背負い込まなくてもいいんですよぉ……霊感とか無いから説得力無いですけどぉ……」
「あ、ありがとうございます……?」
確かに、礼も大学のために一人暮らしをはじめたことをきっかけに『寺生まれで霊感が強い』肩書きを忘れてごく普通の大学生になってみたいと思っていた。まだ一年も経っていないうちに怪異案件に何度も巻き込まれてしまい、すっかり忘れ去っていた初心であった。こうして我が事のように心配してもらえると、なんだかくすぐったく感じる。年下の子ども扱いされるなんて、教師である郷美からを除けば実家にいたとき以来だろうか。
「……ふふ、賑やかですね」
そんな若者たちの様子を、少し離れたところで郷美と嘘道院が見守っていた。
「お恥ずかしい限りで……」
「黒の教団というお名前からして少し身構えていましたが、思ったより気さくな方達で良かったです」
まあ、そのくらい緩く構えていないともちませんよね。人間ではないものと関わるということは。郷美が小さく呟くと、嘘道院が接待用の柔らかな表情の奥から少しだけ冷たい視線を見せた。
「怪異というものは、神様として崇められもする。そのくらい突拍子のない、人間には不可能なことをしてくれる存在です。たとえば……とっくの昔に亡くなった方が、何事もなかったかのようにひょっこり戻ってくるかもしれない。そんなことを信じそうになる」
嘘道院の実妹だという少女が、どうしてあんな不思議な状態になったのか郷美には知るよしも無い。だが、そんな彼女をできるだけ日常に、生者である彼の近くに置こうとしている態度にはどこか危うさを感じていた。
「失敗した老ぼれの戯言ですが」
郷美のふるさとの村では、未だに怪異を神として崇めている。他所から見たら『因習』と気味悪がられる程度に。それをどう変えていくべきか、怪異である親友との関係をどうしたいのか、答えを決めきれずに老いてしまった。そんな自分の様々な後悔を、隣にいる若者に重ねるのは余計なお世話だろうけど。
「貴方とあの子は……何かしら、良い形を見つけて共に居られるといいですね」
「郷美教授……あなたは、」
「さて、老人はそろそろお暇させていただきます」
郷美はさりげなく伝票を手に取ると、さっさと全員分の会計を済ませ静かに去っていった。
そうして夜は更けていった。
翌朝。
「ええと……改めて確認させていただきますと。偽名『佐藤』さんこと水蜜さんは郷美教授のご先祖様を知っているレベルに長命で、ずっとその姿を保っている不老不死の存在。そして郷美教授と寺烏真礼さんはいわゆる『視える』方で、水蜜さんの正体に気づいた上で保護している。ということで間違いないでしょうか」
「保護ねえ……ただ単に振り回されていると言うか、巻き込まれてるというか……まあ、綺麗に表現するとそれで大丈夫です」
「苦労されているんですね……」
草凪が共感を帯びた悲しい眼差しで礼を見る。
親睦会と称した、ただ水蜜が飲み会したいだけの宴は結局本当に明け方近くまで続いた。後半は水蜜たちのえげつない猥談で混沌を極め、郷美はしれっと消えており、最終的には皆酔い潰れる中で唯一しらふだった礼が諸々の後片付けをしてお開きとなった。
よって、お互いのきちんとした自己紹介や情報共有は次の日にやっとされることとなったのだった。
「俺たちも自分の大学で怪しい宗教が何かしてるのは困るので調査を手伝いますが、『白の教団』が政治的に妙なコネがある話が本当なら危ないので深入りはしません。あくまで大学内でのルール違反……宗教勧誘サークルの解散を求められたらそれ以上は突っ込みません」
「それで問題ありません」
「あと、昨日飲み会で言っただけだったので改めて。嘘道院さんの妹さん……あの女性が『嘘道院愛』さんではないことについては気づきましたがこれ以上は何も尋ねません。水蜜さんのことも大学では色々内緒にしているので、お互い様ということで。いいね、水蜜さんも」
「わかってるよー。昨日ちゃんと謝ったし、すごく仲良くなったから! もうズッ友だよねー」
「ねー」
愛と水蜜はすっかり仲良くなっており、酒が抜けて大学の研究室にいる今も楽しそうに談笑していた。人ならざる者たちの戯れは置いておいて、残りの三人は今後の方針を立てる。郷美は「研究室は自由に使っていいですよ」と言い残し、今日は席を外していた。
「では、本格的に調査を始めましょう。寺烏真さんが現時点で何か知っていることがあれば教えてください。ささいなことや、ただの噂でも構いません」
「嘘道院さんたちは、あのサークルの人たちが全身真っ白だから教団と関係あると思って来たんですよね。全身真っ白の服の集団で目立っていたのは間違いないです。でも白装束の理由は宗教的なものではないみたいです。彼らは演劇サークルで、役に染まってなりきるために普段はまっさらでいる……みたいな信念? こだわり? で真っ白なのだとサークルのSNSに書いてありました」
「表向きはそういう言い訳で通しているわけか……実際にターゲットを定めて勧誘に入るまでは、あくまで趣味の演劇サークルとして振る舞い油断させているのでしょうね」
「多分そうじゃないかと。実際、勧誘されてサークルに入った学生も違和感を感じる人が多かったそうで。郷美先生のところまで報告が来ているだけでも結構なトラブルが連発しているみたいです」
「いきなり『サークルに入りたい』と言う……のは危険なのでよしましょう」
「ですよね……一応最終手段として、水蜜さんをサークルに入れれば大体のサークルは崩壊すると思います。彼が所属した団体の、主に男性は水蜜さんの能力で盲目的に恋をしてしまうんです。水蜜さんは誰にでも愛想が良いのでみんな勝手に嫉妬に狂って、仲間だった者同士で潰しあって終わります。ハニトラにしては派手すぎて酷いことになります。そこまでめちゃくちゃにしちゃうと調査になりませんよね」
「純真な男の心を弄ぶような作戦はやめましょう」
すかさず、草凪に強く反対された。昨晩の猥談は彼には刺激が強すぎたらしい。
「ですよね……なので、俺から提案なんですけど。少し先になりますが、そのサークルがハロウィンに仮装パーティーをしてメンバー募集もするそうなので、そこで彼らに接触するというのは……それまでは、周りで聞き込みする感じで」
「仮装パーティー! 面白そうだねえ!」
「そういうところだけノッてくるよね」
作戦会議は面倒そうに聞き流していた水蜜が食いついてきた。
水蜜と共に目を輝かせた愛を窘めつつも、嘘道院は納得したように頷いた。
「多少ふざけてはいますが、良い計画ではありますね。全員仮装するということは、顔を隠していても不自然ではない。我々が『黒の教団』であることを知る者が万が一いた場合の保険にもなる。仮面でも用意して潜入すれば良い」
「よし! そうと決まればみんなに似合うコスチューム探しと行くか!」
「私、良いお店知ってる! 早速下見に行こう!」
女子会……水蜜は厳密には女子ではないが……そんな感じの二人は来たるハロウィンパーティーに向けて楽しそうに準備をはじめ、それを生ぬるく見守る残りの男性陣は粛々と学内で情報を集めながら時間は流れていった。
二『出張! 村の神様』
※あずま先生の第二章第二話のちょっと後、礼くんと水蜜さんサイドの会話を想像してみました。草凪さんもちょっとお借りしてます。DTたべたい。漫画のネタバレあります! 漫画を読んでからこちらを読んでね。
『白の教団』という宗教がらみの危険なサークルが、大学内で勧誘活動を行っていると聞きつけた水蜜や礼。東京から『白の教団』を追ってやって来た『黒の教団』御一行と出会い、協力して対処することに。問題のサークルがハロウィンパーティーを開いて新規勧誘活動をすると聞きつけて、皆で潜入捜査することになったのだった。
「そのハロウィンパーティーなんですけど、栗梅村という小さな村を会場にするそうなんです。どうも色々苦労してるみたいで、村おこし的な誘致なんでしょうね」
「ほう、それは他人事とは思えない話ですね」
礼が『黒の教団』との話し合いの結果を郷美に報告すると、郷美は教師らしい優しく見守るような視線を礼に向けた。郷美は大学の教授である傍ら、自身の出身村『神実村』の観光協会会長も務めている。そして礼や水蜜の提案もあり、大学生のボランティア活動として村おこしを手伝ってもらっているところだった。
「他の村の活動に関わるのは参考になりますね。潜入する大義名分にもなりますし、余裕があったらで構わないので村の取り組みについても聴いてきていただけますか」
「はい! 村の言い伝えとかもあるといいですね」
「おや、寺烏真さんは既に民俗学ゼミのなんたるかをわかっていらっしゃる。実は僕もまだ栗梅村の歴史や文化については詳しく調査できていないんですよ。この機会に新たな情報が得られると嬉しいですね」
「じゃあそういうことも聞いてきます!」
(って出発前に郷美先生と話していたけど。これは……)
「ねえ、水蜜さん。この村って」
「そうだね……『何もない』ね』
栗梅村に着いて早々、村の若者から『ハハ様』なる伝承を聞けたまではそれらしかった。いや、怪異なんていない方が良かったのだが。が、本当に何も無かったのだ。怪異の気配も、神秘の息遣いも。
「まあ、ある方が珍しいけどね。今時」
「ここのところ連続で怪異にヒットしてたから完全に身構えてたわ……」
「寺烏真さんたち、本当に怪異慣れしてますね……」
ハハ様の話を聞いてから、部屋の隅で謎の除霊グッズらしきもので武装して震えていた草凪が恐る恐る口を開いた。
「まあ、色々ありましたから……ていうか今もここにいるでしょ。村一つ支配してる神霊様が」
「えっ」
「人聞き悪いなあ、支配だなんて」
水蜜は不老不死の怪異である。そして郷美教授の出身地である神実村では昔から神として信仰されている。
「こういう表現は本来失礼なんですけど、郷美先生がはっきり言っちゃってるので敢えて言うと『因習村の祭神』にして実質教祖みたいなものですからね、水蜜さんは。この村に何かがあれば真っ先に感じ取ると思いますよ、同業者ですから」
「はあぁ……」
草凪は怪異案件に関わるようになってまだ日が浅いらしく、いまいち実感できない様子で水蜜を見ている。
「なあに、そんなに熱烈に見つめられたら感じちゃうじゃない。せっかくの旅先だもの、今夜しちゃおうか」
「な、なななななななにを」
「ナニって、村の人が余所者お断りなら身内でするしかないってことでしょ。子作り」
「水蜜さんて妊娠できるんですか⁈」
「あん、突っ込むところズレてるよぉ。もう少し下」
「はーい、そのへんでやめとこうね」
「うふふ、礼くんヤキモチ?」
「そろそろ話進めていいかな……」
草凪の純潔がドスケベ怪異に奪われる危機は回避しつつ、話は栗梅村の文化と現状の問題についてに戻る。
「水蜜さんは、村の近親婚についてはどう思ってる?」
「さっきも言ったけど、純血にこだわることについては重要性を感じないね。一部陰陽師とか霊的な職業の一族なんかは、霊感の強い子を作るためにわざとそうするって話は聞いたことあるけど……普通の村には関係ないでしょ」
「嘘道院さんが言ってた通り、村全体を家族経営で支配するためってだけ?」
「だとしたら言い出したのはそんなに古くないだろうなあ。すぐ綻びが出そうなものだから。他にこの村で大切にしてることってあるのかな?」
「今のところは特に……あとは白の教団がこの村の土地を狙って重要なインフラである橋を抑えて……と最近の話ばかりですからね」
「それならきっと大丈夫。今はいないけど過去にいた神霊が復活して……なんてことはまず無いでしょ。神霊がいたにしては神秘が足りない。もし悪霊が現れたとしても、そっちは礼くんの得意分野だから安心してね。草凪くん」
「そのときはお願いします……!」
「あはは、まあ悪霊なら。俺はむしろ白の教団と村の有力者の間の……大人の利権、みたいな? そういうのの方が怖いので成人の皆さんに助けてもらいたいです」
「礼くん、悪霊より『生きている人間が一番怖かったのです』案件の方がよっぽど怖がるもんねえ」
「それはそれで独特な感性だと思いますが……」
「俺自身そう思ってます」
「さて、草凪くんも安心してくれたところで最終確認しようよ礼くん、この後の流れを」
「水蜜さんノリノリだね。俺は正直あんまり気乗りしないな。ていうか、あいつらもよく来てくれたなって」
「あー、それは僕の私情もあって。個人的に気に入らないんだこの村」
「と、いいますと」
「ハハ様の伝承さあ……村の外から来た男と子を成してっての。僕の両親もそうなんだよね。お母さんのことはよく知ってるけど、父親は僕の顔も見ることなく……いや、孕ませたことすら気づかないうちにすぐにいなくなってしまったらしいから」
「そう……なんだ。栗梅村のハハ様伝説では生まれた子どもはすぐに死んでしまったそうだけど、水蜜さんはお母さんと二人きりで大変だったんだね」
「あはは、そんなに気を遣わなくていいよお。何せもう千年くらい前のことだからね。でもまあ、今でも否定されたらいい気持ちはしないわけよ。郷美家にも代々積極的に外の優秀な血を入れているからね。この村とは方針が正反対ってわけさ」
「郷美家は代々村の長になる名家だったんだっけ」
「そうそう。正ちゃんに教えてもらってたんだね。だからさ、これは本物の『村の神』としての対抗意識みたいなものかな。という感じでお願いしたら、あの子達も喜んでついてきてくれたってわけ」
「なるほどねえ……こりゃ俺も真面目にやらないとあいつらにどやされるな」
「礼くんのアシストも期待してるからね、頑張って!」
三『母様とこどもたち』
※あずま先生の第二章第三話の少し前、水蜜さんたちの様子を想像してみました。今回初登場の謎の子ども達の紹介もしています。黒の教団の皆さんもちょっとお借りしてます。漫画のネタバレあります! 漫画を読んでからこちらを読んでね。
『母様とこどもたち』
いざ作戦決行、ということで。栗梅村での夜が近づき、提灯の優しい光が点りはじめたころまでは祭の雰囲気を楽しんでいた一行であるが。日没後しばらくしてそこらの草むらや物陰で不穏な空気が漂い始めたため、早々に宿とする家まで引っ込んだのだった。
「ただいまー」
「よかった、水蜜さん戻ってきた。遅いから心配したよ」
本当に心配していたらしく、礼は落ち着かない中腰で水蜜を出迎えた。それに対して水蜜はいたって呑気な様子で外で見たことを話しはじめた。
「見た見た? 外で始まってるよ、乱交パーティ。いやー思ったよりすごいサークルだったねー」
「見たから心配したんだよ。水蜜さんどこかで混ざってるんじゃないかって」
「やだなあ、私が混ざったら事件が解決するまえにしっちゃかめっちゃかになるから止めろって、口酸っぱく言ってたのはそっちじゃないか」
屋外で乱交するほど性欲旺盛な若者の集団に水蜜を放り込んだらどうなるかなんて、想像したくもない。さすがにそこは水蜜もわきまえているらしく、コソコソ隠れながら戻ってきたそうだ。
「そういう礼くんこそ捕まらなかったの」
「実は途中で女の子達に捕まりかけて逃げてきてさ」
「むむ、最近まで童貞だったくせに妙に落ち着いている。かわいくないな、女の子たちほぼ裸だったでしょ」
「直視したら失礼だから目は逸らすけど。なんかこう、堂々と裸でいられるとエロさとかは感じなくない?」
「礼くん結構ムッツリなタイプ?」
「うるさいなあ。あとはほら、裸の女性の亡霊とかよくいるから、子供のころから見慣れてはいるし」
相変わらず、礼の感性は独特である。
「村の子も誘われてたみたいだし、礼くんよく逃げられたね。女の子相手だと特にやりづらかったでしょ」
長身でガタイも良く、しかし紳士的な礼ゆえの弱点である。無闇に女性に暴力は振るえないので、抵抗しきれずに巻き込まれる可能性は十分あった。
「やりづらいね……怪異無しで人間しかいないなら、俺もただの人間だし。ぶっちゃけ言うとパンツまで脱がされかけたんだけど」
「わあお」
「なんていうか……その……みんなすごい……引いてて……変な空気になった隙に服直して逃げた……」
「ああ……」
「引いてた?」
水蜜の膝の上で話を聞いていた黒が、会話の意味を理解できずに声を上げた。
「えっとね愛ちゃん、礼くんはものすごい巨根でね」
「外で堂々と青姦乱交してる女でも引くくらいの?」
「うん。どんな阿婆擦れも初見は怯む超デカいちん……」
「そんな大声で人の下半身事情明かさないでくれる⁈」
草凪は何とも言えない表情をしていたが、礼が耳まで真っ赤になって恥ずかしがっていたのでたまらず話題を切り替えに行った。
「と、とにかく! 二人とも無事にここまで戻って来られて良かったですね! もうすぐ作戦開始時間ですし、ここで水蜜さんが捕まってしまっていたら大変なことに……」
「あんな猿餓鬼ども、母様に指一本触れさせるわけが無かろう。俺たちがいるのだから」
「わああ⁈」
まったく気配を感じなかった。いつの間にか草凪の背後に、子どもが二人も増えていた。情け無い悲鳴を上げて飛び退く青年を呆れたように見下ろす二人の立ち姿は、妙に大人びていた。
張りがありよく通る声を上げた方は灰桜色の長髪をポニーテールにまとめ色白、その半歩後ろでじっとりと黙っている方は漆黒のおかっぱ頭で礼に似た小麦色の肌。対照的ではあるものの、背格好や顔立ちはそっくりで、二人とも水蜜と同じ昏い紫の瞳を持っていた。
「五月蝿いですね……何なんですかこいつ」
「ど、どちら様……ですか? この子達……」
「あれー、まだ紹介してなかったっけ。梅ちゃん、杏ちゃん、こっちへおいでー」
「はい、母様!」
「かあさま? 水蜜さんのことですか?」
「そうだよー。髪の長い方がお兄ちゃんの幸梅、黒髪の方が弟の杏寿。双子の兄弟なんだ。正真正銘、私が腹を痛めて産んだ息子たちだとも」
双子たちは既に草凪から意識を外し、今は水蜜の膝を独占する黒を妬ましげに睨んでいた。
水蜜に似た中性的な美形なので判断に迷ったが、やはり彼らも男の子だったか……とか。いや、今『腹を痛めて産んだ』とか言ったけども水蜜さんとは一体……とか。ツッコミどころは多々あるものの、涼しい顔で突然現れたあたり彼らも怪異なのは間違いないだろう。
「郷美め……母様が大変だというから、ずっと姿を消して見守っていれば……表立って護衛につけたのは礼一人と、あとはわけのわからん余所者ではないか」
「いざ村を見てみれば物の怪の気配などなし、やっているのはくだらん土地争いと糞餓鬼どもの乱痴気騒ぎ。あんな下劣な人間どもを母様が叱ってやる必要ありませんよね? 礼一人で行かせて僕達は母様とのんびりしていれば良かったのです。あの老ぼれさっさと死ねばいいのに」
水蜜を幼くしたような澄んだ声で、口々に罵詈雑言を吐く。それを「まあまあ」と宥めながら、水蜜は両腕で彼らの肩を抱き寄せながら悪戯っぽく笑った。
「というわけで、礼くんと私と、可愛い子どもたちで本物の怪異案件ってやつを見せてあげちゃいまーす」
「本物って言っちゃっていいのかな……水蜜さんも梅杏も人間じゃないのは本当だけど、やらせじゃん」
要するに、『何もない』この村の実在しない『ハハ様』を演じて灸を据えてやろう、ということで。乱交パーティの衝撃で忘れかけていたが彼らは演劇サークル。こちらも同じ土俵で対抗してやろうという趣向であった。
「じゃーん! 着替え完了しましたあ」
水蜜と双子が、白いシンプルなワンピースに着替えてきた。三人ともこういう格好になると少女にしか見えない。
「この格好で『ハハ様とその子どもたち』になりきって学生さんたちをビビらせちゃいまーす」
「わあ……それっぽいですね……首の傷生々しい……特殊メイクまでしたんですか?」
「これ? 本物だけど」
普段は隠しているが、水蜜の首にはぐるりと真っ赤な傷跡がある。いつまでも新鮮な血が滲んでいて、治る気配がない不思議な縫い跡だった。水蜜は躊躇いなく縫い目に指を突っ込んで押し広げてみせる。ぶちぶちと嫌な音がして、ぐらりと首が不安定に揺れた。
「わわっ、ストップ、ストップで! やめてー!」
「水蜜さんそれくらいで! 草凪さん怖がってるでしょ」
「礼さんは流石の冷静さですね……」
「水蜜さんは不老不死で、どんな致命傷も治ってしまう超回復体質でもあるんですけど。この傷は神霊……人間に神様扱いされているような強力な怪異の一撃によるものなので、なかなか治らないんだそうで」
「私はまだましなほうで、子どもたちはバラバラにされて大変だったよお。ま、今はこうして元気に産み直してあげられて良かったんだけど。これも礼くんに種付けしてもらったおか……」
「その話はおしまい。とにかく、水蜜さんの首取れる芸であの人らを確実に恐怖のどん底に突き落としていきます」
水蜜がまた妙なことを口走っていたが、もう何から指摘すればいいのかわからない。草凪は口を噤んだ。
「この際此処にも母様への信仰を根付かせては?」
「ならば徹底的に躾けなくては。この間観たホラー映画というやつでは盛りのついた男女がいの一番に死んでいました。あんなにたくさんいるし見せしめにしましょう」
「こらこら。梅ちゃんも杏ちゃんも教えたことだけやってね。本当に殺しちゃダメだよ。君たちも神霊なんだから、手にかける命と信仰させる人間は選びなさい。この村は畜生の殖え方をするから、私は要らないと思うなあ」
叱り方が独特すぎるが、何かと気難しい梅杏を従順にさせられるのは『母様』である水蜜しかいない。礼は水蜜を信じて任せることにした。
「じゃ、俺は裏方の音響担当ってことで。お経はむしろ危険な怪異を遠ざけるのに、怖がられるって変な感じだね」
実家の寺を継ぐのは兄であるにしろ、僧侶の教えを施されてきた礼としては思うところがあったが。水蜜は怪異を惹き寄せる場合があるので、それの予防のためにも引き受けることにした。
「しっかり暗くなってきたし、そろそろ行くよー」
「やるからには徹底的にやる」
「母様を引き立てなくては……」
張り切って飛び出していく親子を追いかけつつ、礼だけが振り返って嘘道院に問うた。
「本当にこんな作戦で大丈夫でしょうか?」
「ええ。あなた方のように怪異に慣れきった感覚からすれば、幼稚で馬鹿馬鹿しい行いに感じるかもしれませんが。これで十分なんですよ。何も見えていない、見ようとしないただの人間たちにはね」
四『栗梅村のみやげ話』
※あずま先生の第二章第四話の少し後、水蜜さんたちの様子を想像してみました。漫画のネタバレあります! 漫画を読んでからこちらを読んでね。
『栗梅村のみやげ話』
「……というわけで、栗梅村に怪異はまったく居ませんでした。民俗学的な資料としては『ハハ様』伝承と近親婚の文化が特徴的でしたが、しばらくは関わらないほうがいいと思います」
「なるほど。調査ありがとうございました。人間同士のあれこれで危険だという可能性は僕も予想していませんでした。あの村とは多少交流があったものですから……大変でしたね。すみませんでした寺烏真さん」
黒の教団の面々が東京へ帰ってから、郷美教授の研究室では報告会が行われていた。
大学にあった問題のサークルについては、礼が栗梅村から持ち帰った証拠をまとめ郷美教授が上に訴えてくれたので即座に取り潰しとなった。『白の教団』に関わる話にしてしまうとややこしくなるため、あくまで村で乱交などの迷惑行為を行ったことやその後村が外部との交流を拒絶するようになってしまったことを責めたのが良かったそうだ。
「現在も活発どころか、政界にまで絡んでいる新興宗教が巣食う村か……今回は止められたらしいが、他にもそうやって乗っ取られた過疎地域はありそうだな」
伏せた睫毛が金色に煌めく、豊島は礼の話を聴き終えてあれこれ考え込んでいるようだった。彼は四年生で、郷美教授のゼミに所属する学生全員をまとめるリーダー的存在だ。郷美からの信頼も厚く、ゼミ生を連れて行くフィールドワークの場所選定にも関わっている。このような村に関わるリスクは避けたいのだろう。
「豊島先輩は危険な怪異の気配は察知できるけど、危険な人間の気配は別ですよね……俺もそうで、今回も……」
「いや、寺烏真はうまく立ち回った方だろう。私も今後事前調査する際は行政面もよく調べるようにする。ともかくお前たちはご苦労だった」
今回の件を聞きつけて駆けつけてきたときには険しい表情だった豊島も、きちんと説明すれば納得して礼たちを労ってくれた。それより不満げだったのはもう一人の方……礼とは同郷で同級生、幼馴染の長七仁だった。礼はしばしば変わった事件に巻き込まれ、あまり人に頼らずになんとかしようとする。それを昔からよく知っている仁としては、心配でたまらないのだ。
「今回はなんとかなったけど……また勝手に変な事件に首突っ込んでんじゃん」
「ごめんって、仁……」
「別に礼に謝ってほしいわけじゃないよ」
そう言って、礼の横にいる水蜜に視線を突き刺す。その目にはあからさまに、水蜜を疎ましく思う感情がこめられている。礼が水蜜に惚れ込んでいるのをいいことに、散々振り回し危険な目にも遭わせる忌まわしい怪物。そういう攻撃的な感情を隠しもしない仁に対して、水蜜は曖昧に微笑み返すのみにとどめた。概ね事実で返す言葉もない。
「それで……黒の教団って方も、本当に協力していい人たちだったんですか? 郷美先生が認めていらっしゃるのなら、危険ではないのでしょうか……」
「長七さんが心配されるのもごもっともです。確かに、黒の教団側にも肩入れしすぎるのはよくないかもしれません。我々は二つの教団について知らなさ過ぎます。寺烏真さんたちにも、あくまでうちの大学での宗教勧誘をやめさせる手伝いのみに止めるよう言っていました」
「それじゃあ、白の教団と関わり合いになることはもう無いんですよね?」
「仁、それは無いからもう大丈夫だよ」
「うん……それなら、いいけど」
いつも心配してくれてありがとなと礼に肩を叩かれ、僅かに頬を染めて視線を逸らす。仁くん、ここまで露骨に好き好きオーラ出してるのに礼くんはあくまで親友扱いなのって天然なのかなあ……それとも……などと改めて思いながら、水蜜は不思議な来訪者のことを振り返っていた。
「ねえ、礼くんはあの女の子のこと、どう思った?」
「嘘道院さんの妹さんのこと?」
大学からの帰り道、水蜜は隣を歩く礼に尋ねた。
「私はさ……あの子のこと、眠らせてあげたほうがいいって……お節介だとは思ったんだけど」
仕組みはわからないけど、からっぽの肉体に別の誰かが入り込んで、少女を動かしていた。その『誰か』は悪霊ではなかったし、嫌な感じはしなかった。けれど。
「別にそう思うのは悪いことじゃないと思うよ。俺も最初の印象ではそう思ったし。でも俺たちあの兄妹のことなんにも知らないじゃん」
「そう……だよね」
「なんか意外だな」
「何が?」
「いつもと逆だなって。『私たちが口出すことじゃない』って水蜜さんが言う方が多い気がして」
「そういえばそうだね。私も変な感じ」
「彼女のこと、心配なんだ」
「うん……」
水蜜の境遇は愛に少し似ている。元は人間だった水蜜は、ある儀式により神をその身に降ろし不老不死の怪異となった。だが、水蜜の中で神は眠り、乗っ取られることはなかった。今表に出ているのは水蜜そのものの人格である。そこは愛と異なっていた。
「でもね、ときどき思うんだよ。私は私のこと、人間の頃のままだと信じているけど本当にそうかなって」
「もしかしたら、今の水蜜さんは人間だったころの水蜜さんと別人かもしれないってこと?」
「そんなことないと思うけど。証明できないんだよね。生きてるときの私のこと、もう誰も知らないから」
「そっかあ……」
礼には水蜜の境遇を理解することはできない。ふと、豊島と仁が心配して駆けつけてきてくれたときのことを思い出す。
「嘘道院さんたちと、また会えるといいね」
「どうかなあ……あっ! そうだ、今度は私達で東京行くのはどう? 観光したい!」
「はいはい、機会があったらね」
こうして、礼と水蜜による『ウソの怪異騒ぎを起こす』という変わった体験は幕を下ろした。大学から白の教団は姿を消したようだが、黒の教団の三人とはまた会うことがあるのだろうか? それはまた、別のお話。
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あずまえごさん、素敵なコラボ漫画をありがとうございました! また来年も面白いこと一緒にやりたいです!