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病ませる水蜜さん 第二話【R18】
はじめに
※『病ませる水蜜さん 第一話』と4コマ漫画 1〜7 の出来事が起こった後の話です。先にそちらをご覧いただけますとよりわかりやすいですが、冒頭に簡単なあらすじとキャラクター紹介も掲載しております。
※ このオリジナルシリーズは私の性癖のみに配慮して書かれています。今後もカップリング組み合わせ色々書くと思うので、自分の好みに合うお話をお楽しみください。
【特記事項】
今回は 礼×水蜜
主人公でありメインカプです(固定ではない)
水蜜は男ふたなりがデフォルト設定です。身体は細身の男性に近いですが、女性器もついています。
※悪質なモブに狙われる場面、女性への凄惨な性暴力を示唆する話題があります。二『新入生歓迎会の怪』は特にグロテスクな描写があります。三『限りなく恋人に近い友達』の冒頭に二のあらすじを載せますので、苦手な方は一から三に飛ばしてください。
ご了承いただけましたら先にお進みください。
これまでのあらすじ
もうすぐ大学生の青年・寺烏真 礼は、民俗学の教授である壮年男性・郷美 正太郎に誘われ春休みにフィールドワークに出かけた。行き先は郷美教授の生まれ故郷だったのだが……そこでは村独自の神『根くたり様』を祀っており、現代に至るまで奇妙な因習が残っていた! しかも、彼の背後にはずっと首のない人のようなものが見えていた。礼は寺生まれで霊感が強かったのである。実は郷美は礼の力を見抜いており、あることを頼むつもりだった。
なんと、首のない幽霊らしきものは村の神『根くたり様』で、自身の頭部を奪われ困っているというのである。急な頼み事に戸惑う礼。神から首を奪う怪異に対抗できるのかと不安がるが、神というにはあまりにも頼りない『根くたり様』の儚さを目の当たりにして放っておけなくなる。お人好しな性格と若さ故の勢いで引き受けることとなった。
翌日、意を決して奪還作戦を決行したが……あまりにも呆気なく解決した。拍子抜けする礼だったが、ともあれ神の首は取り戻し村の平穏は保たれた……と胸を撫で下ろすのだった。事件はこれで終わりだと。しかし……
「君、すごいね。決めた! しばらく君と一緒にいる。私も同じ大学に行く!」
頭部を取り戻し、喋れるようになった『根くたり様』は神らしからぬフランクさで。本当の名を『水蜜』と名乗る怪異は思いもよらぬことを言い出した。しかも、礼は水蜜が人ならざる者とわかっていながら、うっかり一目惚れしてしまう。郷美の後押しもあり、なんだかんだで礼と水蜜が同棲しながらの大学生活がはじまるのだった。
ざっくり登場人物紹介
・寺烏真 礼
普通の大学生活を送りたかった一年生。寺生まれで霊感が強いことは大学では隠しているが、郷美と水蜜には知られている。人外である水蜜の自由奔放すぎる振る舞いに、郷美共々振り回されて入学早々忙しい。
・郷美 正太郎
大学の教授。民俗学が専門。いわゆる因習村の出身。村の神である水蜜とは幼いころからの親友だが、村の閉鎖的で時代遅れな風習は嫌いで無くしたいと思っている。そのため水蜜が村の外の文化に触れることを積極的に支援している。温厚で優しく、昔は美少年だった面影が残る可愛らしいお爺ちゃん。
・水蜜
因習村で神として祀られていた謎多き美人。中性的な外見だが、性別は男に近い両性。神様の割に強そうな特殊能力は無く、人懐っこい飄々とした性格のポンコツ怪異。近づいた人を無意識に誘惑して自分に惚れさせ、ひどい場合正気を失ったヤンデレにしてしまう困った性質を持つ。
一『郷美先生の憂鬱』
礼の通う大学では、ゼミに所属するのは三年からで、入学したての一年が特定の教授の研究室に通うことはあまり無い。しかし礼の場合、郷美教授の研究室に少なくとも週に一回、多い時は毎日のように行く。
だって、一人では抱えきれない。あの自由奔放な怪異を家に置き、学内でも振り回される日々は。
「蜜ちゃん用に別に物件を借りるつもりだったのですが、どうしても寺烏真さんのところにいたいと聞かなくて……結局こんなにも長期間居座ることになってしまい申し訳ない」
「あのマンションは卒業するときに出るつもりなんで、それまででよければ……もう諦めましたよ」
水蜜が大学生活を送る基盤が整うまで、という約束で一人暮らしの部屋に入れてやったところ、とりあえず童貞を食われ、自宅の風呂場で出産され。衝撃的な同棲生活を矢継ぎ早に叩き込まれて感覚は麻痺しきっていた。
「それで、さらにお願い事をしてしまって……本当に、重ねて、申し訳ないのですが……」
水蜜の無茶苦茶を許容せざるを得ない理由は色々あるが、この郷美教授を突き離せないというのも大きい。小柄で温厚、どこからどう見ても優しそう。多くの学生に長年慕われているのも納得のいい先生だ。最初に礼を巻き込んだ強かさは意外だったが、そういうギャップも若者にウケるんだろうなと憎からず思っていた。かなり年上の先生にこう思うのは失礼かもしれないが、一緒にいて居心地のいい人だと思う。
水蜜には不本意ながら一目惚れしてしまったし、郷美教授ともせっかく仲良くなれたし。そう思ってせっせと働いてしまうお人好し。元々実家で近所の人たちに頼られて断れないのが嫌で飛び出してきたが、結局同じようになっていくのは礼の宿命なのかもしれない。
「今日は水蜜さん、何しでかしたんです? 昼飯の時間あたりに見かけたきり、そういえば見てませんが」
「それが……あるサークルに勧誘されたらしくて」
「またですか?」
水蜜は礼と共に新入生として大学に入った。そのため当然受けるのは、サークル勧誘の洗礼である。礼は高校時代までサッカー部に所属していたため、またスポーツのサークルでも探そうかと思っていたが、水蜜のこともありどこのサークルにも入らないことにした。しかしながら、お守りする対象の水蜜が好奇心旺盛にあちこちのサークルに関わったものだから大変なことになった。
「先日サークルクラッシャーという概念を懇切丁寧に教えて、特定のサークルには入るなと念を押したはずですが」
サークルクラッシャー。グループ内の人間関係を、主に色恋沙汰で悪化させ崩壊を招く存在を指す。ベタなイメージとしては『承認欲求の強さからモテない男たちを次々誘惑し、邪魔な人間は排除し閉鎖的なグループでチヤホヤされたがるヤバい女』といったところか。
水蜜はそれを素で、そうなりたいわけでもないのに、一切の自覚もなくあちこちでやらかした。付き合いの長い郷美は『蠱惑体質』と呼んでいる、水蜜の厄介な性質のせいである。彼は周りにいる人間の精神に作用するフェロモンのような力を絶えず振り撒いており、誰彼構わず性的に誘惑してしまう。礼たちのように霊感が強かったり、何らかの耐性がある一部の者を除けば大部分の人間に効果が及ぶ。特定のサークルのような、頻繁に顔を合わす閉鎖的な場所であればその効果は強烈な洗脳に近い。強い恋愛感情は振り切ってしまい、いつしかその人の精神を不健康にしていまう。簡単に言えばヤンデレにしてしまう。
幸い、あらかじめこういったトラブルを懸念していた郷美と、神実村で実際にヤンデレ悪霊集合体を目の当たりにしていた礼が早めに事態に気付いた。早急に水蜜を引き剥がしたおかげで、壊滅したサークルは数組で済んだ。ああ、全ては救えなかった。
「できるだけ大ごとにはしませんでしたが、『佐藤さんはモテすぎてトラブルが起きる』という噂は立っていたので……未だに誘ってくるサークルがいたのは僕も予想外でしたよ」
佐藤さん、とは水蜜の大学での偽名である。苗字がないと不自然なので、日本人として極力ありふれた目立たなさそうな名前をつけた。が、その美貌はありふれていないので結局目立った。
「で、次はどこのサークルです? その無謀か無知かのサークルは」
「それが……少々、問題のあるサークルでして」
郷美の表情が曇った。机に置かれていたビラを礼に手渡す。
「これは……」
「表面上はテニスサークルを名乗っているのですが、数年前から悪質なヤリサーとして大学側も手を焼いていまして」
「ヤリサー」
真面目で清楚な外見の郷美の口から出てきてはいけない単語が聞こえたような気がする。思わずギョッとした礼だが、大学のサークルでそういう事件があることは知っている。自分の大学で実在を確認するのはなんとも不安であるが。
「今夜の飲み会に誘われてついて行ったようです。蜜ちゃんは村にいた頃から大人数の宴会が好きだったんですよね……賑やかな雰囲気が楽しいとか。素直に飲み会だと思ってるのではないかと」
「あの人、ふざけてるけど頭は悪くなさそうだし、男に襲われる体質は今にはじまったことでもないのに。なんで急にそこ馬鹿になるんです?」
「たかだか二十歳前後の学生がそんな悪いこと考えてるわけない、といったところですかね? お酒も強い方なので、たとえ酔いつぶして送り狼を狙う輩がいても引っかからないと侮っているのでは」
「はあぁ……神様だけど、強そうな自衛能力なんも無いのもっと自覚してくれ……」
「それは僕も同意見です。それで……どこの居酒屋か捜索して迎えに行っていただけませんか。寺烏真さんはまだ十九ですし、僕も行きたいのはやまやまなのですが……」
「いや、いきなり教授が来るとかヤバいですよね。どの道回収したら俺の家に帰るわけだし、俺が行くのが効率いいでしょう。それはいいんですけど、どこ行ったのか何か手がかりはありませんか?」
「それが、はっきりしたことは……どのあたりかは見当がつくのですが、どの店かまではわかりません。こんなことなら早めにスマホを持たせておくべきでした」
スマホを持たせていたところで、水蜜がきちんと連絡をとってくれるかは望み薄だが。
「どの辺かだけ教えてください。店の特定は俺がします。もしかしたら、だけど……目立つコトしますよ水蜜さん。そのサークルが、過去に悪いことしてればしてるほど」
二『新入生歓迎会の怪』
※ 二『新入生歓迎会の怪』はホラーパートです。凄惨な性暴力を示唆する表現や、グロテスクな描写が多く含まれます。三『限りなく恋人に近い友達』の冒頭で二のあらすじを載せているので、グロが苦手な方は三まで飛ばしてください!
テニスサークル『ハイパーフリーダム』の現リーダー、蔵井は上機嫌だった。今年の新入生歓迎会では「モデルみたいな美女が来た」と男子学生皆が浮き足立っていた。どこか浮世離れした美人だったため、はじめは皆ぎこちなく接していた。しかし彼女の朗らかな性格がわかると自然と周りに人が集まり出した。
入学早々鬼のようにモテて、そのことごとくを振ったという新入生の噂はOBの知り合いにまで伝わっていた。話題性は抜群で、うまく差し出すことができれば卒業後のコネが新たに生まれる可能性もある。
「おい、どうだ」
ビール片手にやってきた後輩に小声で確認する。
「はい、いつものサワーもう二杯はいってると思います。結構酒強いって言ってました」
「そっか……念のためアレもいっとくか」
「わかりました」
いつものサワー、とは居酒屋で提供されている通常のカクテルにこっそりスピリタスを足した高い度数の酒である。さらに『アレ』とは、単純に酔いつぶすだけでなく、薬も混入して意識を失わせる徹底ぶりを示唆していた。
手慣れた手口。明るみに出れば大事件の犯罪行為を、簡潔な言葉を呟くだけで平然と行なう。このサークルがそうなってしまったのは、蔵井が入学した三年前のこと。元々テニスより飲み会が主体だった当時のサークルの代表に、悪魔の言葉を囁いた。
「うちでも『回し』ましょうよ」
初めは代表と親しい友人数名のみで、酔いつぶれた新入生を送る名目でラブホテルに連れ込む形で行われた。それが成功し、被害者も泣き寝入りしたことで加担するものはどんどん増えていった。そして蔵井は先輩にいい思いをさせつつ取り入って、徐々にサークルを乗っ取っていった。今では一連の輪姦行為はシステム化され、蔵井が細かく指示を出さずとも一次会が終わる頃には哀れな獲物が出来上がる流れができていた。
「佐藤さーん大丈夫?」
ずっと遠巻きに様子を見ていた蔵井が、水蜜のそばにやってきた。
佐藤というのは、水蜜が大学で使っている偽名である。最近使い始めた名前なのでまだ慣れず、水蜜はワンテンポ遅れて気怠げに顔を上げた。
水蜜は不老不死の怪異であるが、驚異的な回復力を持つだけであり無敵なわけではない。暴力を受ければ痛いし傷つく。酒にも酔う。毒を盛られたら普通の人間同様に作用し苦しんだり昏倒したりする。一旦ダメージを受けて、その後徐々に回復していく体質なのだ。
無論、今水蜜に薬を盛った連中は彼のことを普通の人間の女性だと思っており、この世に怪異という人の形をした何者かがいることすら知らないただの人間たちだ。しかし、酒や薬の不適切な接種で若い女性が最悪命を落とすかもしれないことも構わず、自身の欲望の捌け口にしようとする人でなしでもあった。郷美の予想通り、水蜜はまさか平和な大学の学生風情がそんな残虐な行為を行うとは思っていなかった。
酒には強いことを自認していた水蜜であったが、意図せず高濃度の酒をハイペースで飲んだことで調子は狂っていた。しかも睡眠薬を盛られたことで、意識も朦朧としてきた。
(おかしいな……まだ少ししか飲んでないのに、すごく眠いな……今のお酒って甘いけど強いのかな)
「もう寝そうじゃん。ちょっと、みんなそろそろ店でる準備してー」
さりげなく邪魔な後輩を散らしつつ、水蜜の周りには蔵井と彼に近い三〜四年の強姦魔が集まりつつあった。
「この後は?」
「いつものとこで二次会」
蔵井の親が所有している町外れの倉庫に被害者を連れ込み、複数人で輪姦するのが彼の言う『二次会』である。
「そういえばさ、佐藤さんって同じ一年の男と付き合ってるんじゃなかったっけ?」
「入学早々彼女マワされるとか、かわいそー」
「一年のくせにこんなかわいい女と付き合ってるの生意気だろ。後で佐藤さんのスマホ探そうぜ。彼氏にも彼女のエロいとこ見てもらわないと」
水蜜が既に昏睡寸前であることをいいことに、男たちは口々に嘲笑う。後から倉庫に合流する獣の数は、今夜はいつもより多く二十名は超えるとのことだった。元々セックスがしたくて集まった男たちの群れに、さらに『蠱惑体質』を持つ水蜜を放り込んだらどうなるか。想像するだけで悍ましいだろう。
しかし水蜜は男たちの不穏な言葉を聞き流し、別のことをしきりに気にしていた。
「きみたち……二十そこそこの学生の男の子なんだよね? おかしいよ、昔に戻ったみたい。どうしてそんなに酷い臭いがするの」
切見世の女郎が投げ捨てられるドブ川の臭い。そう呟いたが、単語の意味を知らない学生たちには無視された。
「何? 佐藤さん何か言った?」
「おーい、他の奴はみんな帰したけど……ってうわ、なんかここ寒くない?」
個室形式の居酒屋だったので、閉め切られた扉を開けて戻ってきた男の一人が異変に気づき声を上げた。既に冬は去り、日が落ちた後もそれなりに気温はあるはずだ。
「冷房でも出てるんじゃないか?」
「……来ちゃったね」
最後にそれだけ呟いて、水蜜は意識を手放した。
「おーい佐藤さん、ここで寝たら風邪ひいちゃうよ」
座ったまま突っ伏して昏倒した水蜜を抱え起こそうと、蔵井がテーブルに触れた。
ぬるり、と。
奇妙な感触が手から伝わって、思わず手を引っ込めた。指先を見れば、やや黄みがかり白濁した粘液がべっとりと張り付いていた。
「うわ、なんだこれ! まだ……」
「あれ、ドア開かないんだけど」
宴会が終わり雑然とした個室。他の部屋から陽気な声が伝わってきていたはずなのに、今は妙に静かだ。そしてどんどん寒くなってきた。
「おかしくないか? うわっ」
個室の灯りが落ちた。真っ暗ではないが、個室の外から漏れてくる僅かな照明の光は心許ない。扉を無理にでもこじ開け、店員を呼ぼうということになったが、閉じ込められた面々は皆不安そうにしていた。
この集団の中に、いわゆる霊感が強い人間は一人もいなかった。唯一怪異である水蜜も、あいまいな警告を発しただけで気を失ってしまった。しかし彼らは得体の知れない恐怖を感じていた。
『来ちゃったね』
水蜜が呟いた言葉が脳裏を過ぎる。
「ひっ……何すんだよ、誰だよふざけてんの……ぎゃっ」
「先輩! なんか変な臭いし……ひいっ」
「どうした⁈」
人が倒れたような音が聞こえて、次々と声が途切れていく。一人ずつ静かになる。入口のほうから一人ずつ。一番奥の方にいた水蜜と蔵井の方へ。
「うわっ、痛……っ、誰だよ!」
蔵井は不意に肩を掴まれ、そのまま後ろに引き倒された。床にしたたかに背中を打ち付け、声を荒げて怒りを露わにした。奇妙なのは、床に寝転がったにも関わらず肩を掴まれた感触が消えないこと。
「な……なんだよ、これ……」
毛むくじゃらの大きな男の手が、肩にみしみしと食い込んでいる。薄暗くてよくわからないが、明らかに角度がおかしい。床に寝ているのだから、後ろに男がいるはずはない。床から手が生えているのでもなければ……
「離せ、離せよ……! 痛い、えっ、増え、ふえて」
もう片方の肩も掴まれた。引き剥がそうとした両腕はバンザイの姿勢で頭の上に引っ張られた。つまり両方の手首を掴む手がまた二つ増えたことになる。起きあがろうとばたつかせた脚はそれぞれ二つずつの手でがっしりと掴まれ。
身動きがとれなくなり叫ぼうとすると、また手が二つ顔の横から生えてきた。そして口を塞いだ。手はざらつき不快な臭いの何かでぬめっていて、明らかに不潔な感じがした。酷い臭いに思わずえづくと、開いた口に指を突っ込まれこじ開けられた。舌に触れる指は生臭い。先程テーブルに触れたときの不快さと同じだと気づいた……精液だ。
「うげっ……う、う……うぐっ⁈」
鼻先に黒い影が突きつけられた。掃除されていない公衆便所のようなすえた臭い。薄暗くてよく見えないがシルエットと、鼻が曲がるような臭いで……それがひどく不潔なペニスだと認識した瞬間、蔵井の口に膨れ上がった肉棒が付き入れられた。
さらに、脚を押さえ付けていた別の手たちも独自に動き出す。衣服を破かれる感触。まさか。そう、そのまさかで。悲鳴を上げようとしても、口は咽喉の奥まで塞がれていて呼吸すらおぼつかない。何の準備もなく、おそろしく巨大なものが肛門に突き入れられる。容赦なく、ぶちぶちと肉が切れる。意味不明な恐怖と激痛によるパニックで、蔵井は意識を手放しかけた……しかし。
不意に、拘束されていた四肢が軽くなりはじめた。ひとつずつ、謎の手が離れていく。その度に耳障りなうめきと、ぞり、ごり、という不気味な物音を伴って。
「母様を安物の女郎がごとく犯そうとしたクソ餓鬼ども……どのような罰でも到底許されるものではないが、このくらい痛い目を見れば少しは陵辱される哀れな女どもの気持ちがわかっただろう。それに、この化け物にこれ以上業を負わせぬようにと優しい母様は仰られるだろうからな。感謝しろ。助けてやる」
鈴を転がすような、愛らしく高い声。それに似合わぬ、妙に大人びて冷静な口調。
ぱっと部屋が明るくなった。照明が元に戻ったのだ。蔵井の目の前にあった光景とは……彼の口に突っ込まれていたペニスらしきものは、蛇のような長い肉塊だった。それを引っ掴んだ、赤い髪の子供がいる。もう片方の手には刃渡りの長い包丁が握られ、それは赤黒く濡れていた。子供は迷いなく刃先を肉の棒に当てると、ぞりぞり、ぞりぞりと……
「ひいい!」
蔵井は跳ね起き、子供を押し退けて個室を飛び出した。下半身の衣服を脱ぎ散らかしているので、周囲の客が悲鳴を上げるが、構わずに居酒屋から脱出しようとする。入口で躓き、店先の道路に転倒し嘔吐する。錯乱しきった蔵井の耳に入ってきたのは、からころと乾いた小気味良い足音……
「派手に呼んだなあ水蜜さん……霊感無い人間に見えるやつだから遠くからでもすぐわかったな」
下駄を履いた、日焼けした足。蔵井を見下ろしていたのは長身の青年だった。
「たす、たすけ、たす……包丁持ったこども? が」
「おいおい、その子供はあんたにとっては恩人でしょ……あっ、警察ですか? はい、場所は……はい、ほとんど裸で暴れてて。はい、はい、よろしくお願いします」
居酒屋の従業員が出てくると、青年は……水蜜を迎えにやってきた礼はにこやかに「警察に電話しました」と告げた。そして人を迎えにきたと事情を話し、居酒屋の中に入って行った。
蔵井は相変わらず混乱したままわめいていたが、ほどなくして警察に連行された。服は無惨に破けて下半身はほとんど露出していた。強姦されたと主張していたが、そのような痕跡はなかった。ただ彼自身の精液がべったりと付着していたので、酔って公然猥褻罪を犯したという処理がなされた。さらにその後の取り調べで、彼らの飲み会で薬物が使用されたことが確認された。しばらく学内では大きな話題となり、過去に性被害を受けた人々の告発が続出。蔵井はじめ悪事を行っていた学生は残らず退学処分となった。かくして悪名高きサークルは滅んだ……という結末は後日郷美教授から聞かされることとなる。
蔵井のことはとりあえず命だけ救ってやって放り出し、礼はまっすぐ水蜜のもとに向かった。水蜜はまだ眠っており、先程蔵井を助けていた赤髪の少年がソファ席に寝かせて介抱しているところだった。
「遅いぞ。ここは気が淀んでいて不快だ。こんなところに母様を一分一秒も置いておきたくない」
「わかってる。ちょっと待ってろ」
水蜜の無事を確認すると、次に礼は個室の奥に目をやった。そこには男の手のようなものや男性器のような形をした歪な肉塊が切り刻まれて積まれていた。漂う腐臭は実際にものが腐っているわけではなく、怪異が撒き散らす悪い気の流れが臭いという形をなしたものである。強烈な臭いに顔をしかめるが、すぐに深く悲しむような表情になった礼は厳かに手を合わせた。
「こんなに大きくなってるってことは、被害者の中には自殺した人もいたんだろうな。もういいんだよ。安らかな地に生まれかわり苦しみから解放されますように」
礼の優しい声に触れると、醜い肉塊が消え始めた。その代わりに、どこかで女性の啜り泣くような、笑うような声が聞こえた。
「薄汚い男の欲に殺された女が、自ら恐怖の対象に化けて怪異化するとは……哀れなものだな」
「水蜜さんがわざわざ煽って誘い出さなきゃ、ここまでヤバくならなかったと思うけどね?」
「だが騒ぎになったから、彼女らはお前に出会い成仏させてもらえたのではないか」
「ふん」
どこか棘のある言い方をしながら、礼は水蜜を抱き上げる。軽々と横抱きにして帰路に着く姿は少々目立ったが、礼は構わずにどんどん歩いて行った。
三『限りなく恋人に近い友達』
【二までのあらすじ】
水蜜は悪質なサークルの勧誘に引っかかり、新入生を輪姦する先輩たちのいる飲み会についていってしまう。水蜜も強い酒や薬を飲まされ昏倒し攫われそうになるも、そこに悍ましい姿の怪異が現れ輪姦を企てた男たちが次々と襲われていった。実はその怪異はこのサークルに性暴力を受け泣き寝入りしてきた被害者たちの無念が形になったものだった。迎えにきた礼は怪異を成仏させ、水蜜を回収して帰路についたのだった。寺生まれってすごい。
※以降BLエロ小説パートになります。
今回は 礼×水蜜
主人公でありメインカプです(固定ではない)
水蜜は男ふたなりがデフォルト設定です。身体は細身の男性に近いですが、女性器もついています。
「あとは俺が寝かせとくから。お前らは先に寝てろ」
「……は?」
ぶっきらぼうに言い放つ礼に対し、双子の少年達は不快感を露わにした。礼と共に水蜜を迎えに行った赤い髪の少年・幸梅と、その弟の杏寿。彼らは水蜜の息子であり、『根くたり様』こと神としての水蜜の狂信的な信者であるがゆえに人の身を捨てた怪異でもある。ゆえに当たり前のように酔い潰れた母に寄り添おうとして……礼に突き放された。
「何を言っている」
「祟り殺されたいのか」
「やってみるか」
「く……」
その脅し文句はハッタリでしかないことを、両者ともに理解している。幸梅と杏寿はある事件で肉体を保てないほどに傷つけられ、少なくとも百年以上実体と意識を失っていた。水蜜が二人を救うのに礼も力を貸したので、二人は礼に逆らえないのである。
しかし普段の礼はお人好しで優しかった。幸梅たちが子供の姿をしていようと、自分よりずっと長生きの怪異であることを理解しそれなりに敬意をもって接していた。
そんな礼が珍しく高圧的なので、双子の少年は怯んだ。礼の機嫌が悪い理由もなんとなくわかったというのもある。夫婦喧嘩は犬も食わない。いや夫婦とは断じて認めないが! ともあれ彼らは大人しく従った。
「覚えていろ……」
「さっさと死ねばいいのに……」
捨て台詞を残しながらも、二人の子供は押し入れの中に入っていった。何故かは知らないが、狭いところが落ち着いて眠れるのだという。
子供たちが寝静まった後、礼はベッドに寝かせていた水蜜の頬に触れた。
「そろそろ眠気さめた?」
「起きてるの知ってたの」
「自分で歩いて欲しかったんだけどな」
「だって楽ちんだったもの」
くすぐったいよ、と水蜜がくすくす笑う。いつも通りの天真爛漫さ。それが礼の神経を逆撫でするとも知らずに。
「はあ……酒くさ」
文句を言いつつも、唇を奪う。貪り合うような触れ合いは深くなり、舌が絡み合う。
「今からヤってもいいよな」
「いいけど……礼くんなんか怒ってる?」
「まあね」
性急に脱がされるのは良しとしつつ、水蜜はそわそわと礼の顔色を伺っている。
寝転がるとかすかにあばら骨の影が浮かぶ薄い胸。こうしてみるとどう見ても男だと、礼は思う。
テレビに映る芸能人を眺めていても、大人っぽい顔立ちの……胸や太ももが豊満な女性を魅力的だと感じている。それは今も変わらない。しかし水蜜に対してどうしようもなく欲情するのも事実で。彼に教えられたセックスも、この痩躯に合わせた愛撫に仕上がっていくのがどこか怖い。脂肪のかけらもない胸元に甘く歯を立てて、焦らすように乳輪を舌でなぞる。頭の上で官能的な吐息が漏れたのを確認しつつ、もう片方も指の腹でいつもより意地悪に弄った。
「脱がせてこんな男の身体だったら、先輩たちどうするつもりだったのかな」
「まあ、下は両方あるし……私を犯そうとした時点でいつも通り冷静でいられる礼くんみたいな人はほとんどいないよ。自分がゲイとかバイじゃないって認識は残ってないと思……っ、」
「あ、そう」
「やっぱり怒ってる……」
「痛かった?」
「痛いわけじゃない、けど」
平素から礼の前戯は長い。趣味というよりは必要に迫られてのことだ。焦って挿入しようとすると両者共に激痛に苦しむことになる。
水蜜の肉体は日々再生を繰り返しており、それで処女膜まで戻ることは無いものの、毎回うそのように清楚な体に戻っている。経験豊富なのは精神だけで、粗雑に抱かれれば肉体は容易く悲鳴をあげる。
礼は自身の立派すぎるそれに対して最初はひどく申し訳なさそうにしていたが、水蜜は礼のそういうところも含めて好ましく思っていた。身体の相性がわかってくると戯れの合間にとりとめのない話もするようになり、挿入までのゆったりした時間も楽しみになっていた。
だが、今夜は何かおかしい。人の良さそうな柔らかな微笑みも無く、漆黒の瞳が冷たく水蜜を見据えている。背筋がぞわぞわして落ち着かない。
「ねえ……もういいんじゃない? そろそろ入れてもいいよ……?」
「いやまだ無理でしょ。まだあんまり濡れてないし……何なの? 急にせっかちになってさ。それとも、やっぱり痛いことされたかったの?」
「え……?」
大きな手の長い指が膣内をまさぐったまま、もう一方の手は仰向けに寝た水蜜の顔のすぐ横に。突き立てるように荒々しく置かれれば、びくりを痩躯を震わせた。シーツに散る絹糸のような髪ごとベッドに指を食い込ませ、礼の身体がゆっくり覆いかぶさってくる。筋肉にも恵まれた身体は大きくて厚くて、少し怖い。
「店見つけるまでネットで色々調べたんだけどさ、あのハイパーなんとかってサークル、表沙汰にならなかっただけでたくさん酷いことしてたんだって」
息がかかるほど、耳元に唇を寄せられる。いつもより低く沈んだ声が奥まで響く。
「倉庫をヤリ部屋にして、酔い潰された子を閉じ込めて。ベッドなんてない、玄関マットみたいなペラい布だけ敷いた硬い床に転がしてさ。一晩で多くて二十人とか、自分よりデカくて怖い男に乗っかられて」
片腕で支える力を少し抜けば、重量感のある褐色の胸板が骨と皮ばかりの白い胸を押し潰す。淡々と語りながらも胎内を掻き回す指は順調に増え、静まり返った部屋に淫靡な水音が響いていた。
「ネットの話だからウソもあるだろうけどさ……少なくともヤろうとはしてた。急性アルコール中毒とか変な薬とか、人間だったら死んじゃうかもしれないくらい苦しくて、ゲロ吐いても気絶してもやめてもらえなくて。そんな目に遭わされるのが良かったんだ?」
「……っ、あ、ああ……!」
腹側の浅いところに、鉤なりに曲がった指がえぐりこむ。胎の内側から陰茎を強く刺激されて、水蜜はあっけなく射精した。
「はは、触ってないのに出ちゃった。今の話そんなに興奮した?」
「……っ、ち、違う……」
「違わないだろ。あんた自分がどんなけ無防備な行動してんのかわかんなかった? そんなはずないだろ? 敢えて誘ってるとしか思えないんだよ」
「違うよぉ……礼くん優しくないの嫌……」
「こんなんで優しくないって? もっとヤバい奴に近づいておいて?」
呆れるように鼻で嗤っても、水蜜はただただ震えて助けを求めるだけ。誰に犯されても、彼はこうして目元を赤らめ潤ませて、暴力的な男の征服欲を煽るだけなのだろう。
「独占欲押し付けられるのが嫌なのはわかってる。どこで誰と何しようがあんたの自由だ。縛る権利は俺にはない。でもな」
一時的に性欲を満たすための道具としか思ってないようなくだらない人間にまで。この人を消費されそうだったと思うと苛々する。
「あんたのこと本気で好きでもないやつなんかに簡単に奪われるのをヘラヘラ許すのは、俺の矜持が許せない」
華奢な頸に手を伸ばしかけて……そこにある生々しい傷跡の赤色にはっとして。いくぶんか冷静さを取り戻し、肩を強く掴むだけに留めた。
「わかった、わかったよ……もっと礼くんの言うこときくからぁ……だからいつもの優しい礼くんがいい……」
礼はこれまでで一番重たいため息を吐いた。
『不死身だから大丈夫』とスリルを楽しんでいるわけではなく。『自分の蠱惑で狂っていく人間を見て楽しんでいる』こともなく。何事にも好奇心旺盛、無防備に受け入れては痛い目に遭う。本気で後悔し、嫌がって怖がって。攻撃をやり過ごすためひたすら弱々しく従順に振る舞う反応だけは、手慣れているようにも見える。ここまで含めて手管としてやっているのなら恐ろしいが……少なくとも今の礼から見て、水蜜は『神様のくせにポンコツすぎる』という評価に落ち着いた。
「はいはい。言うこときくならいいよ。いい子」
「……ぁ、入って、くる……いっぱいになる、けど、痛くない……優しい……よかったあ」
「ここまでじっくり慣らしてもらっといて『優しくない』は無いよな」
奥まで繋がったあとも、しばらく馴染むまで軽い口づけを交わしたり、くすぐるような触れ合いをしたり。
「いつもこんなことしてるから、てっきり水蜜さん的には退屈なんだと思ってた……」
「そんなことないよ……! 礼くんは私と長い時間いても変にならないし、痛がってる私を見てさらに乱暴になったりしないし。セックスの間もいつもと同じに優しいから大好きだし、それは変わって欲しくないよ」
「水蜜さん……」
蠱惑体質で暴走した相手に組み敷かれ、苦痛の中でなんとか快楽を拾うのが水蜜にとっての普通なのか。そう思うと、叱るためとはいえ脅しすぎたかもしれないと礼は密かに反省した。
「それに……退屈なんて思ってないよ。ちょっと前から思ってたけどさ……礼くん、ついこの間まで童貞であたふたしてかわいかったのに、急にうまくなってるからドキドキしてる……」
「……へ?」
「やっ、ちょっと、大きくしないでって……!」
「そうなの? 水蜜さんがここ良いって反応してるとこ覚えて馬鹿みたいにそれしかやってないのに、思ってたより気持ちいいって?」
またちょっと怖くなってる。そう言われて礼はギラついた目を隠したが、思いがけない水蜜の本音に喜び興奮は抑えきれていなかった。
「そうなんだ……それは素直に嬉しい。ねえ、もっと教えてよ。何したら気持ちいいのか。全部言って。色々試してみようか」
「れ、礼くん? 怒ってないけど、これ、やば……まって、まだ動かないで、そこだめ……」
「ナカすごい反応してる。てことはこのダメはもっと欲しいって意味ね」
「怒ってないけど意地悪!」
「なんで? 嫌がることしたくないから聞いてるのに……あー、説明できないならしないでもいいや。水蜜さん、わかりやすく反応するから自分で見てる。あとは気持ち良くなってて」
「童貞でかわいかった礼くんはどこに……!」
「その分水蜜さんがかわいいからその方がいいよ」
怪異からの精神干渉に強い耐性があるくせに、水蜜自身を見て素で惚れてしまったおかしな子。郷美正太郎と出会ったとき以来だから、半世紀以上ぶりの珍しい人間で嬉しかった。水蜜への想いを『幼い頃の拙い初恋』と早々に片付けてしまった正太郎とは違い、より情熱的に悩んだり怒ったりする姿も魅力的に見えた。
大きな犬みたいで可愛いと、イジりすぎたバチが当たったかもしれない。こうして人間に翻弄されるのは久しぶり。翻弄されて嫌じゃないのはもっと久しぶり。
「……ねえ、大学の中での演技でいいからさあ、俺と付き合ってるってことにしといてくれない?」
「いいよ……告白断る理由にもなるし」
一通りことが終わり、二人並んで疲れた体をベッドに投げ出すころには空が明るくなりかけていた。これが週末の出来事でなければ、翌日の午前中まるまる講義を欠席していただろう。
「人に聞かれたら恋人だって答えるけど、水蜜さんは気にしなくていいから……郷美先生に頼めば別の部屋手配してくれるっていうし、一人で自由にしたかったり他の人と住みたくなったりするまでここにいればいいよ」
「礼くんはそれでいいの……? その間、他の彼女とかできなくならない?」
「いいよ……水蜜さん抱いてるうちは他に女の子抱いたりしない」
これは俺の気持ちの問題だから。ぶっきらぼうに言われて、やっぱり可愛いなあと水蜜は頬を緩ませる。
「なんか私、とんでもないふしだらな奴って思われてるみたいだけど」
「そうでしょ」
「違うよ! 一度に何人も好きにならないの。私だって浮気とか不倫とか、誰かが傷つくことはしたくないからね? 今こうしてるのは礼くんが一番好きだからだよ?」
「はいはい」
「礼くん無理してない? 本当は、普通の恋人みたいに操立てしてほしいんじゃない?」
「そう言って欲しいの」
「そうかも、しれない」
「酷いひとだね、水蜜さんは」
「礼くんの聞き分けが良すぎて、ワガママも聞いてみたかっただけ」
「何それ……ちょっとお母さん目線でウケる」
「母様から賜る母性まで奪いにくるかクソ餓鬼が!」
「このままだと朝からもう一回まぐわりそうなので出てきた」
押し入れから飛び出してきた元気な子供達に割り込まれて、この話はおしまい。
まだ、話すべきではない。水蜜自身も整理がついていないから。君が生きる、残り百年もないであろう時間に。ずっと居座っていたいなんて。自分でもわけわからないし、酷すぎる奴だと思うからだ。その代わりにあげられるものなんて、何もないのに。
「水蜜さんのこと、恋人としては信じてないけど、友達としては信頼したいからさ。頼むよ」
それだけじゃ物足りなくなるかも。
言葉は飲み込んで、水蜜は曖昧に微笑んだ。
週明け、郷美の研究室に現れた水蜜は平素の陽気な騒がしさが嘘のように大人しかった。
「おやおや……無事に帰れたという報せはいただいていたので、ここに来たら僕からお灸をすえてやろうと思って待っていたのに。その様子では既に寺烏真さんからこってり絞られたようですね」
郷美はいつも通りにこやかに座っていたが、笑顔の形に細めた目の奥はほとんど笑っていなかった。
「うう……そうだよお……怒った礼くんはもうやだ……怒った正ちゃんも怖いけど違う感じでやだ」
「郷美先生ってキレることあるの?」
「学生には諭すなり忠告する程度で、流石に感情を露わにするようなことはしませんが」
「そっちも怖いんだよ。正ちゃんのお説教」
「お恥ずかしながら激昂したことも何度か。主に蜜ちゃんのせいで」
「郷美先生キレさせるとか何したんですか……いや、なんか想像つくというか、想像つかないことをやるからキレたんでしょうね」
「寺烏真さんもすっかり蜜ちゃんの生態に慣れてきましたね」
慣れたくなかった。だが、ここまで来ると礼も彼らの『身内』になってしまったんだな、という実感はあった。
「それで……今後こういうトラブルが少しでも減るかと思って、学内では俺と佐藤さんは交際していると言うことにしたんですが」
「同棲してることも親しい人には隠しきれないでしょうし、寺烏真さんがよければそのほうが良いですね」
「あの、先生……あくまでフリなんで、その」
「本当に交際してくださっても構いませんよ? 僕はどうこう言える立場ではありません」
「郷美先生……?」
神実村の旅館での忠告はなんだったのか。この人も時々わかんない人だなあ、と礼は首を傾げた。
「蜜ちゃんは友達なので」
「正ちゃんは親友だよ!」
「じゃあ俺も友達ってことで」
「礼くんも親友がいい!」
「はいはい」
友達と言い張ってセックスするのもそれはそれで爛れているな……と逡巡するも、これ以上水蜜には入れ込むまいと『友達』という言葉を繰り返した。
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