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病ませる水蜜さん 第六話【R18】

はじめに

※ シリーズ作品です。特に『病ませる水蜜さん 第一話』『第五話』は先に読んでおくとお話がわかりやすいです。冒頭に簡単なキャラクター紹介も掲載しております。
※このオリジナルシリーズは私の性癖のみに配慮して書かれています。自分の好みに合うお話をお楽しみください。

【特記事項】
今回は豊島(新キャラ)×郷美

 還暦過ぎの可愛い系イケおじ・郷美教授を尊敬し、密かに想いも寄せている大学生の豊島。しかし郷美は愛妻家で有名な上、教え子に手を出さない倫理観がしっかりあるとても真面目な先生。故に豊島と愛し合うことは絶対にありえない……はずだった。しかしここは怪異が跋扈する世界、人間の理解を超えた存在が彼らの前に現れて……

・この一次創作BLシリーズはCPも受け攻めも固定しません。好きな組み合わせの小説を選んでね!

ご了承いただけましたら先にお進みください。

ざっくり登場人物紹介

・郷美 正太郎
民俗学者で大学教授。幼い頃から霊感が強く、出身村で神とされていた怪異・水蜜の姿を見て話すことができた。水蜜とは『蜜ちゃん』『正ちゃん』と呼び合う親友となり、村を離れて還暦を過ぎた現在も仲が良い。
若い頃は絶世の美少年だったそうで、現在もその面影が残る可愛い系のイケおじ。物腰も穏やかで真面目で優しく、愛妻家で有名な清純派。幼い頃のトラウマで、男性から強引な性欲を向けられると拒絶反応が起こる。

・水蜜
郷美の出身村で神として祀られていた怪異。中性的な外見だが、性別は男に近い両性(男性寄りのふたなり)神様の割に強そうな特殊能力は無く、人懐っこい飄々とした性格のポンコツ怪異。近づいた人を無意識に誘惑して自分に惚れさせる制御不能の能力『蠱惑体質』を持つ。不老不死で外見年齢を自在に変えられる。郷美が子どもだったころから若く美しい容姿のままでいるが、郷美の加齢に合わせて一時的に老けた姿になることも可能。現在は人間の大学生のふりをしてキャンパスライフをエンジョイ中。

・寺烏真 礼
寺生まれで霊感が強い大学一年生。大学進学を機に地元を離れ、霊感のことは内緒にして普通の一人暮らしをするつもりだったが……その大学で教授を務める郷美に霊感があることを見破られ、怪奇現象に満ちた大学生活をスタートさせてしまう。郷美とは霊媒体質同士、水蜜に振り回される保護者仲間として苦労を分かち合っているため意気投合する。ちなみに十数年後、郷美の孫娘と結婚して家族ぐるみの付き合いになる。

・豊島 Kaleb 仙一郎
(としま カレブ せんいちろう)
今回初登場。詳しくは本文にて。

一『誕生! 神実村おこし協力隊』


 豊島先輩といえば、大学内ではなかなかの有名人だ。現在大学四年生で、礼の先輩にあたる。郷美ゼミ所属で、ゼミ生をとりまとめるリーダーである『ゼミ長』を任されている。秩序を重んじ厳しすぎる面もあるらしいが、自身にも同様に厳しく責任感が強いという。学生からも教授からも信頼されている。極めて成績優秀で、おそらく主席で卒業するとも言われている。
 目立つのは学業面だけではない。金髪碧眼でスラっとした長身、まるで王子様のような容姿はアメリカ出身の母親譲り。クールな目元は近寄りがたい雰囲気もあるが、女子人気は高く遠巻きに見つめられていることが多い。男子も妬む余地すら無い、完全無欠という言葉が似合う優等生。
 礼が知る彼は、周囲から聞いた上記のような事実と噂話によるイメージのみである。というのも、豊島は家庭の事情で昨年冬から春まで一時的に渡米していたのだ。日本へは最近帰ってきたばかりらしい。礼が入学してから一度も会ったことのない先輩なのだ。
 そんな先輩に、礼は一人で呼び出されていた。

「貴様が件の新一年生か」
「件……というのはわかりませんが、一年生です。寺烏真礼といいます」
 初対面から剣呑な雰囲気であった。豊島の端正な顔立ちに笑顔は無く、人形のように冷たい感じがした。
「その様子では、なぜ呼ばれたか理解していないようなので単刀直入に言おう。貴様はまだ新入生で……ゼミへの所属は三年次からだというのに、郷美先生の貴重なお時間を独占しているそうだな」
「ど、独占? そんな……」
 入学前から郷美先生と旅行に行っていたことが知られたんだ。礼がすかさずそう思えたのは、いつか郷美ゼミの先輩に変に思われないかと、少しだけ懸念していたからである。
「ひどいときは毎日のように来る」
 サークル歓迎会の事件のように、水蜜がトラブルを起こした際はその通りである。
「入学前時点でフィールドワークのアシスタントまで任されたそうだな。しかも、郷美先生のご実家があった村に同行したとか」
 礼が懸念していた通りだ。
 実はついこの間もう一回行ったし、なんなら二人っきりで夜の散歩までして、幼少期のプライベートな話まで聞きました……そんなこと言えるはずないが。
「えーっと……それは……」
 やっぱりあれ、ゼミ生の先輩には怪しまれる流れだよなあ! 心の中で礼は嘆いた。
 郷美は民俗学者としてそれなりに有名な人で、たまにテレビ番組への出演も引き受けている。学内でも人気の先生だ。郷美を尊敬しており、熱心に教えを乞おうとする学生は少なくないという。
 競争を勝ち抜いて郷美ゼミの席を勝ち取った三〜四年生の先輩方にとっては、礼や『佐藤さん』こと水蜜の存在は明らかに異質である。郷美先生と間近で話して色々なことを学ぶ、そういう機会を奪う邪魔者と思われているかもしれない。サークルクラッシャーならぬ、ゼミクラッシャーになるのは礼の望むところではない。
 しかし、水蜜の保護者として郷美と礼の連携は必要不可欠だ。郷美の研究を間近で見て民俗学に興味を持ち始めたことだし、三年生になったら礼も正式に郷美ゼミ入りしたいと思っている。もちろん、礼はまっとうに勉強を頑張って入るつもりでいるが……郷美のことだ、おそらく特別に便宜を図ってくれるだろう。一年生のときから郷美と仲良くしすぎては、依怙贔屓と思われても仕方ない。
 礼たちが郷美の元に通い続ける理由を一般の学生にどう説明したものか。礼は焦っていた。
(どうしよう……水蜜さんのことも、霊感のことも言えないよな。いかにもオカルト嫌いそうな、信じてもらえなさそうな人っぽいなあ)
 豊島先輩は、ゼミの中でも特に郷美先生への尊敬の念が強いらしい。周りがそう感じているならかなりのものだ。そんな彼から見れば、礼たちの存在は面白くないに違いない。
 下手な言い訳は通用しなさそうだ。礼はいよいよ困ってしまった。ダメ元で、正直に話してしまおうか……
「実は……」

「村おこしだよ。そうだよね礼くん」
「あっ……」
 そこに割って入ってきたのは水蜜だった。しかもいつもと違い、郷美と同年代に見える壮年男性の姿……『郷美教授の古くからの友人』設定のときの外見年齢だった。
「やあ。今日は正ちゃんの奥さんが大学に来ていたからさ、ボクも遊びに来ちゃった」
「ああ、隣の小学校で陽葵ちゃんが劇をやるから家族で観に行くって言ってたよね……って、あ」
 礼は郷美教授の奥さんやお孫さんとも面識あり。先生と家族ぐるみで親しいアピールじゃないかこれ。
 これはさらに嫌われるのでは……?
「あなたは……?」
 訝しげに水蜜を見る豊島だが、何故か少し物腰が柔らかくなった気がする。郷美と同じくらい年上の人が現れたからだろうか。
「ボクは正ちゃ……ええと、郷美君の昔からの大親友さ。礼くんとも最近仲良くなってね。大学のお勉強とはちょっとジャンルが違うんだけど、最近みんなで神実村……郷美君の地元の村の観光PRについて考えてるんだー!」
「観光……PR……?」
「そう! 君はインターネットの記事は見たことあるかな?」
 水蜜の強引な距離の詰め方が、今の礼には救世主だ。いいぞ、豊島先輩が勢いに押されている。
「神実村におそろしい化け物が出るって噂……村に昔から伝わる独特な信仰……そういうのに興味ある若い人が続々と村に遊びにきてるらしいんだ! 神実村はお年寄りばかりで過疎化が深刻でね……郷美君は村の観光推進会長として、このチャンスを逃す手はない! ってやる気満々でさー」
「はあ……それで、この一年生が入学前からそのプロジェクトに関わっているというのは?」
「礼くんは……寺生まれなんだよ……?」
「えっ」
「いやだから、寺生まれなんだって」
「それが何なんですか」
「インターネットの怖い話には必須じゃないか! 寺生まれで霊感の強い……」
「いやそうじゃなくて……俺の実家はそこそこ大きい寺なんですけど、檀家さんから除霊の相談をよく受けているんですよ。だからそういう話色々知ってて……」
 本当のことを話しているが、水蜜のような怪異が存在することは明言しない。礼もそれに乗っかることにした。
「入学手続きのときにたまたま出会った郷美先生に自己紹介がてらそういうこと話したら、民俗学の講義とかで話題として面白いんじゃないかって盛り上がって……」
「都市伝説とか、実は昔の言い伝えが元だったりして歴史が深いものもあるんだよね。春はそういう切り口でお喋りしたら、新一年生も郷美君の講義に興味持ってくれるんじゃない? って話してたんだあ」
「なるほど……新入生に興味を持たせる話題を模索する……どんな学生も寛大な御心で受け入れる郷美先生がお考えになりそうなことだ」
 おっ、なんかいい感じに解釈してくれたぞ。
「春休みのフィールドワークも急な話だったのでゼミ生に相談できなかったって、先生困ってて……俺はバイトとして頼まれて行きました。それだけです」
「ほう……バイトか」
「だから特別授業してもらったとかはなくて! 荷物持ち、そうただの荷物持ちです! すぐ帰ってきたし!」
「郷美先生と二人きりで旅行してバイト代までもらうとは……むしろ金を払う方では……」
「え、先輩今なんて?」
「いや、何でもない。よくわからない部分もあるが、とりあえず状況は理解した。くれぐれもゼミの邪魔はしないように」
「それはもちろん承知してます」
「でもこっちの話だって、郷美君の大事な故郷のプロジェクトなんだよお?」
「……っ」
 水蜜さん、ここでまだ話を続ける気か?
 はらはらする礼をよそに、水蜜は大胆な提案を続けた。
「君、名前は?」
「……豊島です」
「としまくん? じゃトッシーね!」
「えぇ……?」
 水蜜は年嵩の男性の姿になっていても威厳や落ち着きのある演技をする気はなく、陽気なキャラはブレないらしい。
「ねえ、トッシーも一緒に神実村観光促進プロジェクトに参加しないかい? なんかこう、ボランティアとかサークル活動的な実績で就職活動の面接でも言えるよきっと。ねっ、一緒にやろ!」
「わ、私もですか?」
「サークル……うん、いいねぇ、サークル作っちゃえばいいんだ! よーし、じゃ早速郷美君に相談してみよう! 時間作ってもらうから君たちはちょっと後に来て。じゃあまた後で!」
 嵐のように捲し立てると、水蜜は足取りも軽く郷美の研究室へ急いだ。後には豊島と礼が残された。
「なあ……今の……」
「えと、郷美先生の昔からのお友達だそうです。最近よく研究室に来てます」
 正直、怪しいおじさんである。勢いで誤魔化したが、やはり豊島には疑われたままなのかもしれない。礼は息を呑んだ。
「郷美先生の大親友とまで仰っていたな……朗らかな方だ……先生と並び立つだけあって、美しい……いや……郷美先生は別格なのだが……」
「……ん?」
 これは、まさか?
 蠱惑体質が効いた? 
 老いた姿の水蜜に対して? ということは……ある仮説を立てた礼は、思い切って問う。
「あの、プライベートなこと聞いちゃいますけど。豊島先輩って、郷美先生のことめっちゃ尊敬してるらしいですけど……学者としてじゃなくて、別の意味でも憧れてたりします? かっこいいなあ、とか」
「な……なぜそれを!」
 あっ、この人意外と抜けてるところもあるな。
「そういえば……旅行のとき、先生が浴衣着てたけど……和装も似合ってたなー。一緒に写真撮らせてもらったんですけど見ます?」
「何っ……先生は外泊の際は自前でルームウェアを持参しているはず……!」
「へぇー、そんなことまで知ってるなんてガチ推しなんですねぇ」
 ちょっとだけ、解れた気がする。案外いい仲間になってくれるかも。礼は安堵しつつ、改めて水蜜の能力に恐ろしさを感じていた。
(男なら誰でも惹きつける能力とはいえ、お爺さんの姿でも効いてるのエグいなあ水蜜さん……他のゼミ生の人にも悪影響出ないように気をつけないと)
「はっ、こんなことをしている場合ではない! そろそろ研究室に向かわねば、郷美先生をお待たせしてしまう! 行くぞ寺烏真!」
「はーい」
 はじめの険しい雰囲気はすでに薄れていた。もう名前も覚えてくれてるんだ……と思いながら、礼は豊島の後について郷美ゼミへと向かった。

「寺烏真さんには怪異案件でご協力いただいているのですよ、豊島さん」
「ああ、そうでしたか」
「すみません……豊島さんが帰国してから、まだゆっくりお話する時間がとれなくて。留守の間に起きたことを説明できておらず……」
「いえ! 私が勝手に早まった判断をしただけですから……!」
「ちょっと待ってください。怪異案件って言って良かったんですか?」
 必死で言い訳を考えた時間は何だったのか。
「寺烏真もそうならそうと早く言え」
「いや、だって……初対面の先輩に怪異だとか霊感あることとか説明しても信じてもらえないだろうし、怒らせるかと思うじゃないですか」
「確かにそういう視野の狭い人間はいる。私がそう見られたのは気に入らんが、咄嗟にそれっぽいストーリーを説明してみせた機転は評価しよう。先ほどのお方の助力はあったがな」
「なーんだ、トッシーには内緒にしなくてよかったのかあ」
 郷美の後ろからひょっこり顔を出した水蜜は、すでにいつもの若い姿に戻っていた。
「豊島先輩、先ほどのおじさんはこの人が化けた姿です」
「は……?」
「見た目は変えてたけど、嘘はついてないもん! 正ちゃんと親友だし、みんなで一緒にサークル作ろうって誘ったのも本当だもん!」
「蜜ちゃん落ち着いて。豊島さんが困っていますから……」
 状況が飲み込めず、縋るように視線を向けてきた豊島を見かねて郷美が口を開いた。
「お茶でも淹れましょう。僕の出身地である神実村のこと、蜜ちゃんのこと、寺烏真さんに声をかけたこと。ゆっくり振り返ってお話しますから」

 その後郷美によりこれまでの経緯が語られ、豊島も落ち着いたようだった。水蜜のことは複雑な表情で見つめていたが。
「寺烏真さんは視るだけでなく、悪霊や怪異を祓う力もあるんです」
「ほう……ついに見つかったんですね。そういう人材が」
「探していたんですか?」
「郷美先生はフィールドワークで日本各地の曰く付きな場所を調査されているが、ただの怪談ではなく本当に害のある場所は少なくない。先生自身もそういった危険を見分ける目をお持ちだが、私は少しだけ『悪魔の気配』を感じとる勘が利くので調査に同行させていただく機会が多かったのだ」
「悪魔、ですか?」
「私の母はアメリカ人なのだが……祖父の一族をたどると、悪魔祓いを生業にしていた者がいたそうだ。大昔の話だがな。私や母は悪魔祓いができるわけではないし、具体的にどういうことをしていたのかも伝わっていない。ただ体質だけは遺伝しているようでな、日本では悪霊だとか妖怪だとか呼ばれるものを『悪魔』として認識することができた。怪しいものが近づいてくる気配があれば、郷美先生にお伝えして逃げ道を検討する。それが私の役目だった」
「もし豊島さんが日本にいたとしても、化け狸の騒動の時は声をかけられなかったと思います。なにせ、蜜ちゃんを攻撃した……危険だと思われる悪いものが確実にいて、そこにわざわざ近づくのですから。寺烏真さんが引き受けてくださって本当に助かったのですよ。『視える』までは可能な学生はこれまでに何人かいましたが、『殴って倒せる』のは寺烏真さんが初めてでしたから」
「……! い、いえ。それは良かったです。悪魔から逃げるのでなく排除できるのなら、郷美先生の研究もより捗るでしょうから……」
 ああ、この人は自分の役割を取られそうであんなに焦っていたのか。ゼミの中で最も郷美教授に信頼されていた、その座を礼に奪われるのかと気が気ではないのだろう。礼も悪役にはなりたくないし、先輩とも仲良くしたい。何か言うべきかと、口を開きかける。
「というわけで、豊島さんからも先輩として、寺烏真さんたち新一年生にうちのゼミのことを教えてあげてほしいのです。豊島さんなら、僕の教えていることを一番的確に伝えてくれるでしょうから」
 先に郷美が優しく声をかけた。
「は、はい……私でよければ……」
 礼へつんけんした態度をとっていたときとは別人のようだ。金色の長い睫毛がふるえて、澄んだ青い目が大きく見開かれる。郷美に優しく微笑まれているときの豊島は、その端正な顔を乙女のように綻ばせていた。
 こんなに一生懸命な人、仲間はずれにしたらあまりにも可哀想だ。
「それでなんですけど先生、次の神実村での調査とか、豊島先輩も一緒に行ってもらうのどうですか? 俺はまだ荷物持ちくらいしかできないけど、豊島先輩はゼミ入りしてから何回も郷美先生のフィールドワークに同行して慣れてるんですよね」
「ああ、蜜ちゃんから先程聞きましたよ。いい案ですね。正式にサークルにするのは難しいかもしれませんが……大所帯でもなし、サークルのようなていで動いてみましょうか。いやあ、心強くなりますね。危ない怪異がいるときの勘が本当に鋭くて、豊島さんには何度も助けられたんですよ」
「先生……」
「トッシー、よかったね!」
「あの、豊島先輩。これからよろしくお願いします」
「まあ……郷美先生に託された以上、私にできることは面倒みてやるから安心しろ」
 冷静な表情を装ってはいるが、豊島からは明らかに喜びが滲み出ている。礼は思わず、先輩ながら可愛い人だなと思ってしまった。
 かくして、頼りになる四年生の先輩・豊島も仲間に加わり、『神実村おこし協力隊(仮名)』こと実質『水蜜さんと怪異に巻き込まれるオカルト研究会』が結成されたのだった。

二『襲来! 江戸のサキュバス』


 村おこし協力隊の結成から数日もしないうちに。
 礼と水蜜は、ある相談があって郷美の研究室を訪れた。研究室は開いていたが、そこに郷美はいなかった。今までにないパターンだ。
「研究室に出入りする大義名分ができたと思えば、早速遠慮のかけらもなくやって来たか……新一年生ども」
「豊島先輩! 先輩一人ですか?」
「ああ。郷美先生は学会のため都心へ出張なさっている。今日はここにはお戻りになられないぞ」
「トッシーはなんで一人でここにいたの?」
「私は郷美先生の講義のお手伝いもしている。ゼミ長になってからは研究室の鍵も扱わせていただけるようになり、今日も資料の整頓をしている。冷やかす暇があるなら手伝え」
「へえー、助手ってやつですか? やっぱゼミ長となると責任が違うなー。なんか郷美先生の右腕って感じでかっこいいですね!」
「右腕……そんな大層なものでは……」
 まんざらでもないらしく、少し口籠る姿は初対面より親しみやすさを感じた。口調はきついが、思ったより話しやすい。
「うーん、私たちも用事があって来たんだけどな……あっ、トッシーって怪異案件わかる人だったよね? せっかく来たんだからさ、トッシーに相談してみる?」
「あー……どうだろう。すみません、ちょっと話聞いてもらえたら嬉しいのですが……」
 豊島の返事を待たずに、水蜜と礼の間からもう一人誰かが研究室へ飛び込んできた。
「わあー、またイケメンがいる! この子も水蜜の知り合いなの? 羨ましすぎるよー!」
 大学生らしき風貌の、見知らぬ女性であった。
「……こ、この女性は」
 何やら表情を曇らせた豊島が尋ねると、女性は愛想良く答えた。
「はじめまして! 私は玻璃鏡。はり、って呼んでね。そこで何食わぬ顔して大学生ぶってる怪異とは昔からの知り合いで、私も人間じゃないの。でも危害を加えるヤバい怪異じゃないから安心してね、よろしく!」
 はきはきと明るい声で一気に捲し立てた。
 そう、この女性……玻璃も水蜜と同じく人間社会の中に紛れて暮らす怪異だった。あることに困って、昔のよしみで水蜜を頼ってきたとのことだった。
 結局豊島一人では断りきれずに押し切られ、とりあえず四人で話をすることになってしまった。

「水蜜と私は吉原の遊郭にいたころからの怪異仲間なんだけど」
「ちょっと待って。今吉原の遊郭って言った?」
「言ってなかったっけ。私は、村を飛び出して江戸にいたときがあって。そのときは遊郭を拠点にしてたんだけど……」
「何一つ知らない新事実」
「つまり、二人は少なくとも江戸時代から今の姿で活動していた怪異ということになるのか。普段は少しでも怪しければ即逃げていたからな。怪異がこんなにも人間らしく生活しているものとは知らなかった」
「豊島先輩の反応は正しいと思います」
 かく言う礼も、怪異と友人となったのは水蜜が初めてだった。それまでは多少意思疎通はとれても交流するまではいかなかった。単純に危険を避けるためだ。
「水蜜さんが遊郭に居たとか、ヤバい話たくさんありそうだから……今深堀りするのはよそう。玻璃さんはその当時は遊女……だったってことかな。今はどうしているの?」
「遊女の中でも花魁よ、私! 現役だったときは誰にも負けない大人気の花魁だったんだから。玻璃鏡って名前もそのときの源氏名なの。私、それまで自分の名前が無くて。今もそのまま使わせてもらってる。水蜜は『甘露花魁』とかだったっけ」
「やっぱ水蜜さんも花魁まで上り詰めてたんだ」
「こいつのはズルよ、ズル! 何もしてないのにふらふら男が寄ってくるなんて」
 しょっちゅう客を取られて、商売あがったりだったんだから……と不貞腐れる玻璃を、水蜜がまあまあと宥める。
「もう、私の話はいいじゃない。今日は玻璃ちゃんが困ってる話をしに来たんだから」
「そうね。私が困ってるのは……ずばり、食事に困ってることなんだけど」
「食事? お金じゃなくて?」
「うん、これは玻璃ちゃんがどんな怪異か説明しなきゃいけないんだけど……」
 水蜜の説明によると、玻璃はいわゆる『サキュバス』に近い存在らしい。
 民間伝承によれば、男性を誘惑して性行為を求め、女性の形で夢の中に現れる存在と言われている。夢魔だとか、淫魔と呼ばれることも。
 玻璃が人間の男性を誘惑する理由は、精液や発情したときの感情エネルギーを吸収して自分の養分とするため。つまりこれが食事である。
「吸われたからといって、相手の心身に傷がつくことはないの。発散したものをもらうだけだから。とはいえ、出会って即セックスさせてくださいってのは変でしょう。それで遊郭に行ったり、色々してきたのだけど」
「今はちょっと違うかもしれないけど、吉原には今でもそういうお店並んでるよね。遊女ではないけれど、そういうところで働くのは? 玻璃さんみたいに綺麗な人なら現代でも大人気だと思うんだけど」
「えへへ、礼くんに褒められると嬉しいなあ。でもそれじゃだめなの」
 礼にわざとらしく豊満な胸を押し付けようとするのを水蜜に阻止されながら、玻璃は話を続けた。
「嫌なのよ……だって、今の遊郭……って呼ばないけど、ああいうところに来るのって醜くて老いた男ばっかりなんだもの! 昔は粋な男、大名とか大商人とか、きちんとした男を選び放題だったのに!」
「相手の見た目とか年齢って関係あるの?」
「大アリよ!」
「玻璃ちゃんはね、若くて顔がいい男が大好きなんだよ」
「飢えて仕方がないのなら、選り好みしている場合ではないだろうが」
「豊島くん酷い……っ、そんな生きのび方地獄よ。もし人間が『飢えてるなら選り好みするな』って毎食ぐちゃぐちゃな残飯や生ゴミを食わせられたらどうなると思う?」
「そこまで相手の容姿によって受け取り方が違うのか……同じ人間なのに……」
「バーとかで声かけたり、ナンパ待ちしたりしてなんとか食い繋いできたけど、最近の子は消極的っていうか、コスパ悪くて……。水蜜が近くにいるのを感じたから、ちょっと相談してみようってここに来たら……こいつときたら、若くてカッコいい子の家に棲みついて! 周りの人間もイケメン揃いなの? やっぱりズルいよ! 分けて!」
「待て。私までこの妙なカップルに混ぜるな」
「俺も付き合ってはいないんだけどな」
「じゃあいいじゃない。礼くん、私も抱いてよ」
「それはだめー!」
「都合のいいときだけ正妻ぶらないでよ!」
「くだらん。そんな馬鹿らしいことでいちいち郷美先生の手を煩わせるつもりだったのか?」
 会話の収集がつかなくなってきたところで、豊島の冷たい声が大きくなり、会話を遮った。
「稼ぎたいわけではない。結婚したいような真剣な出会いを探すでもなく、とりあえずセックスしてくれる相手ならいい。だが相手は見て選びたい。それならマッチングアプリでも登録すれば解決するのではないか?」
「マッチングアプリ……?」
「何だ、怪異はスマホも持っていないのか」
「スマホは、人間の見様見真似で持ってはいるけど……」
「はあ……そこからか。鬱陶しい、一回しか教えてやらんから死ぬ気で聴け。今日中に覚えて二度と来ないように。寺烏真たちも郷美先生にこんなくだらない案件を押し付けようとするな」
(教えてくれるんだ。トッシー優しいね)
(言い方は厳しいけど面倒見はいいんだな)

 その後、お年寄りにはじめてのスマホ講習をするような時間が流れ、礼と水蜜はただ豊島たちの様子を眺めていた。
「上手くいくかわからんが、闇雲に歩き回るよりはマシだろう」
「これ、顔写真は出さなくてもいいの?」
「ネットにはあまり顔を晒さないほうがいい。実際に会いたいと思った相手にだけ、顔を見せればいい」
「こんな便利な使い方があったなんて……! なんかうまくいきそうな気がする。やってみるね、ありがとう!」
 感激した玻璃が豊島に抱きつこうとしたが、避けられてしまった。
「その……あまり近寄らないでくれないか。解決したのなら帰ってくれ」
「そうはいかないよ。ここまで親切にしてもらったのに、なんにもお礼しないわけにはいかないもん」
「礼には及ばん」
「お礼っていっても、一晩寝るくらいしかできることないけど」
「そんなことだろうと思った。お礼だなどと理由をつけて、私まで獲物にする気満々なだけだろう」
「まあ、そうなんだけど。そっちだって気持ちよくなれるよ?」
「要らん。お前の容姿が整っているのは認めるが、私個人としては付き合いたいと思わんからな」
「ああ、タイプじゃない? それはしょうがないよ。今は礼くんの好みにカスタマイズしてるんだから」
「は?」
 話題の外になり、すっかり油断していた礼が咳き込んだ。
「どういうことだ」
「まだそこまでは説明していなかったね。私は玻璃鏡。人の心を映して、理想の鏡像をつくるもの。今のこの姿は仮初のもの。私は何者でもない。相手の求めるものに、何にだってなれるの」
「礼くんの好みの女の子ってこんな感じなんだ」
「礼くんの好きな要素を組み合わせて、架空の女子大生を作ってみたの。どう? 礼くん、こんな女の子と付き合いたいと思わない?」
「え……そりゃ、可愛いとは、思うけど……さ……」
「ずっとおっぱい見てたもんねえ」
「ごめんなさい……やめて……」
 反応を見るに、礼にとってはよほど魅力的な女性になっているらしい。それに関しては豊島も少しだけ面白いと思った。しかし、自分には関係ないとも思っていた。
「この能力を使えば、豊島くんの好みの姿に変身できるよ。豊島くんは今恋人いないんだよね? だったらさ、望みを言ってくれたら……」
「必要ない。寺烏真のように単純な奴は喜ぶかもしれんが、私の望むようにするなど、いかにお前が変装の達人だとしても不可能だ。本当に、礼などいらない。大したことは教えていないからな」
 それでもなお、玻璃は食い下がる。
「ダメです! これじゃ私の気がおさまらない。それに、私の能力を甘く見られて黙っていられない! 絶対すごいって言わせたい! 一回だけチャンスください。もうお礼っていうより、挑戦状ですけど」
「しつこいな……どんな姿で追いかけてこようと、私は追い返す。他の男を当たれ」
「いいですか、私は今夜あなたの家に行きます。本気で準備して行きます。あなたは絶対に家に迎え入れる、そして抱きたくなる。もし気に入ったら、あなたも私のお客様になってください」
「断る。そんなことはあり得ん」
「好みじゃなかったら追い返してくれても構いませんから。そんなことにはなりませんけどね」
 余程自信があるのか。玻璃は引き下がらない。
 これは一度納得いくまでやらせてみて、それから追い返さなくては諦めてくれないらしい。
「……わかった。一回だけ付き合ってやる。だが、飢えているからといって情けはかけん。それでもいいなら」
「よし! 言いましたね。絶対、絶対家で一人で待っててくださいね。今夜はずっと予定空けておくように。下手したら明日も潰れちゃうかもしれませんよ……」
 玻璃は不的な笑みを浮かべた。
「あーあ……なんかわけわかんないことになっちゃったね。俺たちの役目はこれでもういいのかな」
「いいんじゃない? あとはトッシーに任せよう。礼くんは……そうだなあ、明日トッシーを慰めてあげる準備はしておいてもいいかもね」
 水蜜も何やら楽しそうに笑っていた。

***

 言われた通りにおとなしく家で待つのは、豊島の真面目さゆえである。約束したからには、どんなくだらない挑戦も受けるだけはしてやる。
「相手の求めるものになれる、か……本当になんでもなれるなら……いや、あり得ないな」
 手元のスマートフォンをぼんやりと眺め、ため息をつく。
 玻璃にスムーズにマッチングアプリの説明ができたのは、豊島も実際に使ったことがあるからだ。ただし、玻璃に教えたところとは違う……男性専用のもので。
 豊島は同性にしか興味がなかった。女性とは必要最低限にしか関わらない。特に押しの強い女性には苦手意識すらあった。大人しく、物静かな女性であれば多少は安心するのだが……恋愛感情を抱くまではいかない。
 だから、玻璃がどんなに頑張ったところで理想の相手になれるはずがない。可哀想だが、何度も念を押したのだ。来たら玄関先で説得して帰ってもらうしかない。
(降ってきたな……これはかなり激しくなりそうだ)
 マンションのベランダに通じる窓の外を見ると、空は灰色で早々に暗くなり始めており、雨はどんどん強くなっていった。こんな中でも、彼女はやってくるのだろうか。意地でも来る元気があるなら、追い返しても倒れたりはしないと信じたい。昼間は少し暑く感じることもあるくらいの時期だし、傘を一本やって帰ってもらおう。同情は不要だ。
 そんなことを考えていると、早速インターホンが鳴った。根性だけは認めざるを得ないか……などと思いながら、チェーンをかけたまま玄関のドアを少しだけ開いた。
「こんな雨なのに、本当に来るやつ、が……。えっ」
 ドアの隙間から見えたのは、女子大生ではなく。
 傘もささずにずぶ濡れで俯いている……郷美正太郎だった。
「郷美先生! どうなさったんですか?」
「すみません……すこし、玄関先でもいいので入れていただけないでしょうか」
 豊島は慌ててチェーンを外した。

 服も鞄もぐっしょり濡れてしまっている郷美をとりあえず中に入れると、そのまま傍にあるバスルームに連れて行ってタオルを手渡した。
「私のですが、ワイシャツとスラックスくらいはあるのでとりあえず使ってください。ええと……下着は新品があったはず……服は洗濯乾燥機に入れてしまって大丈夫なものでしょうか」
「ああ、上着は干すだけにしておいてください。お恥ずかしながら、それの扱いは妻しか知らなくて」
 優しい灰桜色のカーディガンは、妻から贈られた手作りのものだと聞いたことがある。サイズを間違い随分大きくなってしまったのも構わずに、郷美は日常的に着用していた。余った袖すら愛おしげに摘んだりしながら。
「何か必要なら、仰ってください」
「ありがとうございます。ではお借りしますね」
 どういうことだ? 郷美は都心に出張に出ていて……いや、聞いていた予定からすれば、豊島の住むマンションはむしろ最寄り駅から大学に行くより近いし、訪れるのは難しくない。だが、どうして?
 もはや玻璃のことは頭から抜け落ちていて。混乱しているうちに、シャワーを借りた郷美がリビングの豊島のもとにやって来ていた。豊島と郷美とでは身長差が二十センチ以上ある。服のサイズも当然合うわけがなく。長すぎる袖口を折ってある、そこからのぞく手首の細さが目に入るだけで胸が高鳴る。冷静さを取り繕いながら、温かいコーヒーを差し出す。テーブルを挟んで、向かい合って座る。
「……あの……」
「ほら、言ったでしょう。あなたは絶対に迎え入れてくれる……と」
「――!」
 一瞬で血の気が引いた。
「まさ、か」
 信じられない、信じたくない。
 見破ることができなかった。
「玻璃鏡なのか」
「見破れなかったことで自責なさいませんよう。たとえ半世紀以上の友でも、血のつながった家族だったとしても。違いを見つけることはできません。僕自身が、こうして違和感のあることを言わない限り」
 発言の内容で玻璃だとわかるが、見た目も声も話し方も完璧に郷美のものだった。あのまま言い出されなければ、絶対に気づくことはできなかった。
「本来は誰かに変身する前にすべてお話するべきだったのですが、今回は売り言葉に買い言葉といった感じで必要な説明を省いてしまっていました。この姿で『玻璃鏡』として話すのはポリシーに反するのですが、しばらく我慢して説明だけ聞いてください。極力雰囲気は壊しませんから」
 あくまで郷美が『玻璃鏡』という怪異を説明するかのように、ゆっくりと語り始めた。
「この能力が、怪異『玻璃鏡』の真骨頂です。対象が恋焦がれる相手……実在の人物を外見・性格・記憶に至るまで模写し、シミュレートします。出張から帰ってきた『本物』を密かに観察してきたので細部まで完璧なはずです。わずかな時間でも、本人を見ることができれば内面まで観察できますから。故人なんかだと、精度は落ちてしまいますけどね」
「そっくりなのは見ればわかる……それ以前に……最初から心を読んでいたのか。私が女性には惹かれないことも。性的に魅力を感じる対象として先生が浮かんでしまうことも」
「はい。お礼をしたいと申し出たときには、あなたの観察は終えていました」
「頼む。誰にも言わないで欲しい。大学の誰にも……親にも話していないことなんだ。だから……お願い、します」
「当然です。そんなことしませんよ」
 少し怒ったように、食い気味に返してくる。郷美になりきっている演技の裏側から、玻璃の人となりがちらりと覗いた気がした。
「昔から人妻だとか、身分違いの方の代わりになることだとかが多かったんですよ。そういう人こそ『玻璃鏡』を選ぶ。名指しで求める。皆、捨てきれない大切な想いを抱えている。だからこそ、誰の秘密もかたくなに守り続けてきました。これは『玻璃鏡』の誇りです」
「寺烏真の好きな女の姿はいいのか」
「痛いところを突いてくれますね……昼間、寺烏真さんの好きな女性のタイプをあなたにも見せてしまったのは少しだけルール違反でした。久しぶりに会った蜜ちゃんに対して大人気なくムキになってしまって……お恥ずかしい。ですが『人前に出る時は架空の人物で』というお約束だけは徹底しています」
 実在する人物で誰が好きか、誰を抱きたいかといったことは、場合によっては人生すら左右する重大な秘密だ。玻璃とてよくわかっている。下手に扱えば、誰かの逆鱗に触れるということを。
「ここに来るまで誰にも見られていません。これでも人ならざる者なので、気配を消せるんですよ。ここで何があったのか、何もかも口外することはありません。あとは昼間言った通りです。あなたの望むままに抱いて欲しい、それだけです。信じてください。お願いします」
 郷美の顔で、声で、違和感のない話し方で。縋るような目で、儚げな声で、魅惑的な提案を。『郷美先生にお願いされると、断れないんだよなあ』とは礼がこぼしたぼやき。『正ちゃんは見た目だけならすごく儚げだからね。おねだり上手なんだよ』とは水蜜が呆れ顔で下した評価。ただの友人たちでもそう思ってしまう、小動物じみた切なさに胸を鷲掴みにされる。元々郷美が大好きな豊島が、偽物相手とはいえ、どうして無碍に追い出すことなどできようか。
 そうだ、これは不可抗力だ。今夜は玻璃の望み通りにした方が、これ以上関わり合いにならずに済むはずだ。下手に反発しすぎて騒ぎを大きくしたら、郷美への気持ちがバレる可能性が増える。そう、これは仕方のないことなのだ。何度も何度も、そう言い聞かせて。
「これからは『玻璃鏡』の自我は隠しますよ。あなたもそのつもりで。せっかくだから、夢でも見ているのだと思って自由に振る舞ってください。ああ……こういうのは忘れておきますか。このくらいの改変は必要でしょう」
 掲げた左手、薬指から指輪をするりと抜き取る。右手でそれを握り込んで……てのひらを広げたときには、綺麗さっぱり無くなっていた。それと同時に、偽物の郷美正太郎……豊島にとって都合の良い彼は、妻子はいない設定に記憶改変された。
「あなたはどうやって、僕に触れてくれるのですか」
 教師としての真面目な振る舞いを捨てた顔。存外悪い笑顔ができる憧れのひとの本性は、刺激が強すぎて目眩がした。

三 『郷美先生のいけない個別指導』


 好きな人が自分の部屋にいる。シャワーを浴びてきたばかりで髪の毛からは自分のシャンプーの香りがするし、シャツも貸しているのでいわゆる『彼シャツ』状態。シャツはぶかぶかで、小柄で細身な身体が強調されている。
 しかも先ほど、面と向かって『抱いて』とお願いされている。これ以上の据え膳は存在しないのではないか。二十代前半の元気な男性がこんなシチュエーションに置かれたら、我慢するほうが少数派だろう。が、豊島はまだ耐えていた。というか、動けずにいた。
 だって、その想い人は。『抱きたい』以上に尊敬している先生なのだから……!
「まだ緊張してます? 豊島さんは真面目ですからね。そこが良いところではありますが、ここは学校ではないのですから。少しはリラックスしないと」
「だからって、もう脱ぎだすんですか……?」
「普段ベッドに上がるときは寝巻きに着替えてからなので、なんだか落ち着かなくて」
 スラックスを脱ぎ捨てて、シャツと下着だけになる。清楚な雰囲気の人だと思っていたが、セックスすると決めたらあまり恥じらいはなく脱いでしまう性格らしい。
 研究のために交通の不便な場所へも軽やかに歩いていく、健脚は細いけれどきちんと肉がついていて。素肌も滑らかで眩しい。ちょこんと正座して待つ彼を待たせるわけにもいかず、豊島も観念して服装を寛げた。
 ずっと欲情していたことは否定しないけれど。それ以上に神聖視すらしていた、郷美先生を果たして自分なんかの性欲で穢してしまっていいのだろうかと。たとえ偽物と知っていても、本物には秘密だとしても。葛藤はなかなか消えそうにない。
 ようやく勇気を絞り出して触れたのは彼の右手で。手の甲へ、詫びるようなキスをひとつ。決してあなたを裏切るわけではないと、服従を示すように。
 そんな臆病さにくすりと笑い、郷美の方から豊島の手を取って引き寄せ、自身の顔に触れさせる。普段かけている眼鏡の隔たりも今は存在せず。指先がやわらかな白髪に触れて、手のひらにはやや痩せた頬の感触が伝わる。
 どちらともなく顔を近づけあって、軽く触れるだけのキス。
 柔らかい……くすぐるように触れた口髭まで柔らかかった。普通髭くらいはごわごわしているものではないのか。元々そんなに濃く生えない髭を丁寧に整えて、よく見ると意外と若い童顔を少しでも大人っぽくしようとする影の努力が垣間見えて愛おしさが募る。全方位どこにも隙がなく可愛すぎやしないか。
「どうしましたか? やはり、こんな枯れた爺が脱いだところで盛り上がらないでしょう。豊島さんのような美丈夫ならともかく……」
「そういう控えめで慎ましいところも好きです……!」
 ついに理性が負けた。
 次のキスは、もっと肉欲に濡れたものになった。唇を吸えば、誘い込むようにゆっくりと開いてくれて。整然と並んだ歯列から上顎のざらつきまで味わい尽くして、じりじりと押された郷美の身体は枕元まで追い詰められていた。ちょうど大きめのクッションがあったので、そこに頭と肩まですっぽりおさまる。上手く寝かせたところで、上からゆっくりと愛撫を加えてゆく。
 郷美は普段ゆったりとした服を着ていることが多く、体型がわかりづらい。か弱い痩躯を想像したが、思ったよりは肉付きがよかった。細身ではあるが骨が浮き上がるほどではなく滑らかで、白い肌も相まって少年のような危うさも感じた。
 若かりし頃は少女漫画の世界の美少年のようだったらしいとか、結婚式の写真がモデル並だったとか、周りは彼の過去の美しさばかり称賛するけれど。豊島は今の郷美が好きだった。まず落ち着いた大人の包容力があって、そこから時折顔をのぞかせる少年のような輝きが好きだ。
 キスを受け入れる余裕はあれど、自分が胸を触られる側にはなったことが無いから反応に困った吐息を漏らす。色素が薄く控えめについた乳首は、それこそ未発達な少年のようで。倒錯的な興奮をおぼえながら舌を這わせると、手持ち無沙汰らしい両腕に抱きしめられた。長髪を束ねていたヘアゴムが外れ、流れ落ちたブロンドを節くれだった指先が梳く。触られてぷっくりと突起を見せた果実を甘く噛んだり指で弾いたり、刺激を与えるたびにくしゃくしゃに撫でられる。
 主人に飛びついて舐め回してる、犬みたいだ。そんなイメージが頭を過ぎり、かえって下半身に熱を持った自分に戸惑う。いっそ、犬だったら良かったかもしれないなどと。人目も立場も気にせず戯れつきたい、愛されたい。でもそれは叶わないから。今はせめて、我を忘れて甘えてしまおうと。
「……っ、」
「痛かったですか!」
「い、いえ……その、そう……ですよね……僕が受け身なんですから……そこに触れないと……いけないんですよね……」
 ゆっくりと背筋をなぞって降りて行っていた、豊島の片手が尻の割れ目に滑り込んで孔のふちに触れると郷美の身体が跳ねた。妻子持ちとてここは処女なのだな……と初心な反応を噛み締めつつも、一旦手を止めて背中を撫でる。
「少しずつ、慣らしていくので……痛かったら言ってください」
 ベッドサイドに出しておいた個包装のローションを手早くまぶし、より深く触れる段階に入る。相手が相手なのではじめはぎこちなかったものの、はじまってしまうと豊島のほうは手慣れた様子だった。どうしてマッチングアプリを使う提案をすぐにできたのか、手際よく教えてやれたのか。そこに答えがあったが、郷美はあえて何も言わなかった。
 わずかに兆していた性器を手にとり、ゆるゆると扱きはじめると今日一番の艶っぽい声が上がった。男性であれば、この刺激が手っ取り早くわかりやすいわけで。甘く鳴き、頬を染める表情を余さず目に焼き付けながら、後ろの方も解きほぐしていく。胎内をまさぐり、あたりをつけた一点をトンと押し込むと。悲鳴じみた嬌声が上がる、理知的な目元が未知の快楽に見開かれる、はしたなく開いた口の端から唾液が伝う。
(先生とて、前立腺を攻められたら乱れるのだな……いや、当たり前なのだが……これは、かなり……)
 言うまでもなく、豊島の方はとっくに臨戦態勢で一刻も早く繋がりたいのが本音である。が、まだ準備が足りないのもわかっている。じっくり指を増やしたり、ペニスの先から溢れた愛液を掬ってすり込んだりと淡々と手を動かしてはいるが。額に流れる汗もそのままに、歯を食いしばって耐える自分はさぞや見るに耐えない獣の顔をしているに違いない。
「あの、もう……」
 そろそろ、と促したのは郷美の方からだった。
「確かに十分かとは思いますが……」
 ついに抱くのか……と息を呑む豊島が身体を重ねようとするが、郷美はそれを押し返してゆっくりと身体を起こした。
「先生?」
「あの。今になってこんなことを言ってしまって申し訳ない、のですが」
 震える手が、ぎゅっとシーツを握る。
「大きい男の人に上から覆い被さられて、動けなくなるのが怖いんです。実は、僕……幼いころに、上級生に虐められていた、ことがあって……そのとき馬乗りになられたのが、いまだに思い出されてしまい……豊島さんは優しいし信頼できる人だとはわかっています。でも、相手が誰であっても怖くなって、しまって……」
「……! そういうことは早く言ってください!」
 こんなデリケートな過去の話、偽物から聞いてしまっていい話ではない。罪悪感で胸が締め付けられるが、今は偽物でも目の前の郷美を傷つけることをしたくなかった。どう反応すべきか迷ったが、抱き起こしてそのまま抱擁する。
 郷美はぼかして話してはいるが、単なる虐めの話ではなさそうなのは豊島にもわかった。おそらく、性欲を伴った暴行だった。だから今になってフラッシュバックしたのだ。
「そんなお辛い記憶があるのに、あなたは……! 最初からわかっていたら、私は……」
「いえ、ここまでして我慢してくれとは言いませんよ。僕もそんな鬼ではないです」
「え……」
 小さな身体がするりと抜け出して、逆に豊島の身体が押される。無抵抗に後ろに倒れた長身の上に、郷美がゆっくりとのし掛かってきた。
「乗られるのが嫌だと言っただけですよ。だったらこうすればいいと、思いませんか……?」
 手の震えは止まっていて、今度は妖しげに這い上がってくる。豊島の着衣を乱していきながら、郷美は悪戯を思いついた少年のように微笑んだ。

 豊島が状況に対応できていないうちに下半身の着衣は奪われ、ついに下着に触れられてしまう。
「こんなに窮屈そうになっていたのに我慢させて、可哀想なことをしましたね……っ、わあ」
 下着を引き下げれば、完全に勃起しきった陰茎が勢いよく飛び出してきた。しばらくまじまじと見て、そっと手を添えると……ゆっくり、顔を近づけて……
「せ、先生! 何してるんですか!」
「おや。何をしてもらえると思ったんですか?」
「う……っ」
 ふう、と、亀頭に息を吹きかけられて腰が抜けそうになる。
 フェラチオされるかと思った……いや、郷美先生がこんな妖艶な……意地悪く焦らすような真似をするというのか?
 豊島とて郷美とは数年間の付き合いがある。彼が普段は教授としての立場を意識して真面目に振る舞っており、素に近づくと意外とやんちゃな面がのぞくことも知ってはいた。フィールドワークに出た時は好奇心旺盛でわんぱくで、初めて同行した時は驚いたものだ。子供じみた悪戯でからかってくることもあり、お茶目な面も可愛らしくて好き! と思ってはいたが……それがベッドだとこうなるというのか。あまりにもエッチすぎやしないか。
 覆い被さられるのが怖いなら自分が上に跨がればいい、などと……繊細そうな容姿に似合わぬアグレッシブな発想で迫ってくる郷美に、豊島は引くどころか……むしろ、より一層興奮していた。
 言い逃れしようもなく。おそらく生粋のドMだ。
「ええ、と……こう……ですかね? ……っ、ん……」
「わっ、ちょっと、待って……!」
 混乱していた豊島をよそに、郷美は持ち前の好奇心がくすぐられたのか未経験にも関わらず後孔に怒張をあてがっていた。慌てて腰を支えて挿入を手助けするが、『ついに挿れるぞ』という気合を入れる間もなく奥まで繋がってしまった。
「……は、あ……」
「こんな、いきなり……大丈夫ですか? 痛くなかったですか?」
「そんなことより。どうですか?」
「えっ」
「気持ちいい、ですか?」
「ひえっ、ぁ……それは、もう……夢みたい、です、けど……」
 思わず声が裏返ってしまった。恥ずかしくて消え入りそうな声、叱られた犬のように視線を逸らして伏せられた目は、普段の豊島の澄ました表情からは想像もつかないものだった。
「ごめんなさい……豊島さんはついからかいたくなってしまって……あんまり、かわいいから」
 わがままを聞いていただいたぶん、いっぱい気持ちよくなってくださいね、と。甘く囁かれると同時に胎内がきつく締まって吸い付いた。
「やめてください。本当に加減がきかなくなるので……騎乗位は結構先生に負担がかかると思いますし……」
「あんまり年寄り扱いしないでください。こう見えて足腰には自信があるんですよ」
「知りませんよ、もう……!」
 両手で抱えきれる細い腰を掴んで、半ば抜けかけていた怒張を再び奥まで埋め、突き上げる。指で探り当てていた前立腺のあたりもまさぐって、押し潰して。
 正常位で抱え込むより露わになる乱れた表情、響く嬌声が余計に興奮を煽り、はじめから抽送のペースが激しすぎる。いつもより早く射精が迫ってきているのがわかった。
「……っ、もう……」
「いいですよ、中に出してください」
「……!」
 しまった、スキンを着けるのをすっかり忘れていた。焦りがよぎるが、いや、今回はそれでいいのか……そうか、じゃあ、私は初めて生でセックスしてるのか、それも先生と。そんな思考が、一瞬のうちに過ぎ去って。
「――っ!」
「……ぅ、あ……」
 本当に、生で、中で出してしまった……感じたことのない快感に、脳がとろける。豊島にしがみついて快楽を逃している郷美の熱い息が肩にかかっているのを感じつつ、しばらくふわふわしていると、いつの間にか体勢を立て直していた郷美の顔が目の前にあったので心臓が跳ねた。
「まさか、一回で満足するわけないですよね?」
「仰る、通りです……」
 繋がったままのそれが、すでに硬さを取り戻しているのを感じる。熱に浮かされるまま尻肉を掴んで挿入を深めてやると、途端にしおらしくなって梅鼠色の瞳を潤ませてしまうから。儚げで可愛くて、しかしそんな仕草すら手のひらで転がすための手管でもあって。少年のような残酷さで弄びながら、包み込むような愛情を注いで甘やかしてきて。ああ、本当に不思議な人。
 結局その後何度か抱いて、郷美が姿勢を保てなくなったところでなだめて寝かしつけて、疲れて眠る彼を抱きしめながら豊島も眠ってしまった。

 次に起きた時には、既に郷美の……玻璃鏡の姿はなくなっていた。ベッドサイドの時計はいつもの起床時間より遅めの時刻を示していて、慌てて飛び起きた。
(今日はゼミ生のミーティングが……! 集合時刻は午後だが、先に行って準備が……間に合うか……?)
 そこでタイミング良く、スマートフォンが震えてメッセージの到着を告げた。
「寺烏真か……?」
『今日は午前の講義が休みだったので、郷美先生のゼミのミーティングのお手伝いをすることになりました。豊島先輩が早めに来る予定だったそうですが、準備は代わりにやっておくので午後にゆっくり来てください』
 都合が良すぎる。おそらく水蜜は豊島がこうなることを予想していて、礼を動かしたのだろう。
 結局怪異どもの思惑通りになったというわけか。情けない。正直、昨晩のことは思い出したくない。冷静に振り返ってはいけない。今日だって午後にはミーティングで郷美先生本人と顔を合わせるのだから、思い出したら精神がもたない。
 シャワーを浴びるためバスルームに移動すると、洗濯乾燥機に入れていた郷美の服はすべて無くなっていた。乾いたのを着て帰ったのだろうか。その代わりに、洗濯かごには昨晩豊島が貸したシャツや下着が綺麗に畳んで収まっていた。それを……無心で洗濯機に放り込んで、スイッチを入れた。いや、洗うしかないじゃないか。そのまま取っておく理由は無いだろう。しかし、洗った後どうするというのだ。まさか使うのか、とっておくとでも? 捨てれば良かったのでは?
「……最悪だ……」
 間違いなく最高の天国だったが、忘れられない地獄が後に残ったのだった。

 一方その頃。郷美教授の研究室と、本物の郷美先生はというと。
「メッセージ既読ついた。あ、わかったって。豊島先輩はミーティング開始の直前に来ると思いますー、郷美先生」
「わかりました。いつも彼に任せきりで申し訳なかったのでよかったです。ありがとうございます、寺烏真さん。豊島さんは無理せず今日は休んでもいいと思うのですが……昨日具合が悪そうだったのでしょう?」
 礼からは『豊島先輩と昨日会った時ちょっと元気無さそうだったので、代わりに仕事あったらやります』と申し出ていた。
「トッシーは真面目だから頑張って来るんじゃないの? かわいそうだからさー、今日はさくっと終わらせて帰らせてあげなよ」
 この事態をすべて予想済みかのように振る舞う水蜜に、礼が小声で話しかけた。
「やっぱり豊島先輩も、玻璃鏡さんの本気モードでやられちゃったってことだよね。あんなに興味なさそうだったのに……すごいね」
「普通の男の子は玻璃ちゃんには勝てないよー。女に興味なくても関係なし。男にもなれるからね。玻璃ちゃんは男でも女でもないんだ」
「そうなんだ。じゃあやっぱり、郷美先生に似たタイプの男の人になったのかな」
「正ちゃんそのものになったんじゃないかな。性格も喋り方も完コピしちゃうからやばいよー。今日のトッシーはメンタルガタガタだろうから、フォローしてあげようね」
「ええ、そんなこともできるの……?」
「昨日の礼くん好みの女の子、あれは玻璃ちゃんが想像で作った架空の女の子だったけどさ。案外そっくりそのままの女の子が今後現れるかもしれないよ?」
「なんか怖いなー。そういえば、あの顔どこかで見たことあるような気がする……」
 玻璃が礼のために化けた美女。礼は、彼女にそっくりな女性と本当に出会ってしまい、恋に落ちて、結婚することになるのだが……それは本当に偶然の一致で、しかもまだ十年以上も未来のお話。

***

 数日後。早速『神実村おこし協力隊』の活動をしよう! ということで、郷美の研究室にメンバーが集まっていた。
 玻璃鏡との一夜以来、豊島は本物の郷美と顔を合わせるたび罪悪感を感じていた。本人の預かり知らぬところで性欲をぶちまけてしまったのもあるが、意外すぎる郷美の一面を見てしまった衝撃が強かった。押し倒されるのが怖いなら自分が押し倒して翻弄すれば良い、というアグレッシブすぎるトラウマ解決策であるとか、騎乗位で乱れる表情であるとか、色々なものが頭から離れずにいたのだった。
 口数の少ない豊島をよそに、とりあえずの議題は『観光地としてどこを整備すればウケるか』というものになっていた。
「そういえば先生、根くたり様のお社への山道ってもっと上の方まで続いてましたよね。何かあるんですか?」
「ああ……確か山の斜面に畑があったはずです。ただ、そこで農業をされていた方はすでに高齢で、今は放置され荒れてしまっていたと思います」
「そこも道を整えて、ハイキングコースみたいにしたら景色いいかもしれませんね!」
「良いですね、次回の村議会の提案事項に入れておきます。その前に一度皆で登ってみましょうか」
「登山旅行楽しそう! 正ちゃんって見た目によらず外で遊ぶの好きだよねえ」
「フィールドワークは研究に必要なことではありますが、元々楽しくてやっていますからね。こう見えて足腰には自信があるんですよ」
「ぶはっ」
「わあ、どうしたのトッシー!」
 豊島が飲んでいたコーヒーを盛大に噴いた。
 心の傷は、しばらく癒えそうにない。

※ストーリー中の季節は初夏ごろですが、挿絵は冬の情景です。
郷美と礼が出会う前の冬、郷美教授の研究室に一番足繁く通っていたのが豊島だった頃の微笑ましい一コマです。
卒業後も郷美先生愛
おちゃめな先生と
翻弄される教え子

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