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クリスマス小話
シンディ×羊がクリスマス・イヴの夜を二人で過ごすほのぼの小話です。
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『クリスマス小話』
シンディと羊が不老不死になった事件の直後、シンディ渾身の初プロポーズが見事空振りに終わってから間もないころのお話。
「郷徒が喜ぶクリスマスプレゼント、ねえ……」
顎髭を撫でながら困った様子でいるのは、怪異対策課の課長である墨洋健。彼に仔犬のような視線で縋り付いているのはシンディだった。
「聞きました、ケンはヨウと一緒にいる時間長いって、いちばん」
シンディの言う通り、墨洋は郷徒羊を怪異対策課にスカウトした張本人。学生時代『卒業後の就職先がない』と途方にくれていた羊の霊感の強さに目を付けたのがきっかけだったが、知れば知るほど不憫すぎる羊の生い立ちに思わず保護者のように世話を焼いてしまった。そのまま就職先を斡旋する形で部下として近くに置き、日常生活すら危なっかしい羊を見守っている。
「寂しい独身アラフォー男に聞かれてもなあ……俺も別に郷徒の親でもなし、プライベートで遊んでやったことは無いぞ。その点、禎山寺の兄さんは郷徒の心の未熟さとか気にしてくれて、この間も誕生日パーティーやってくれたらしいな。郷徒のやつ珍しく顔に出して喜んでたし、俺も少しは気にしてやってたらよかったのかねえ」
「そう! それなのですよ!」
「急にデカい声を出すな」
「ボクだって、ボクだってヨウのバースデイくらい知ってたのに! でも、まだボクがヨウのほんとのスバらしさを知らなくてぇ……ボクがのろまだったから、レンが、先に……! ヨウ言ってました、バースデイパーティしてもらったの生まれてハジメテだったって……うう……ボクのバカ、とてもくやしい」
シンディは本気で悔やんでいるようで、涙目で唇を噛んでいた。いつもとりあえずニコニコしているだけで、本当の感情の表れなさは無愛想な羊と同レベルなシンディにしては珍しいと驚きつつも、墨洋はシンディを宥め冷静に話を続ける。
「シンも聞いたとおり、二十五にもなってそのレベルなんだよ、郷徒羊って男は。子どものころから自分の誕生日が特別なんて思ったことがなくて、覚えてないから誕生日を聞かれるたびに免許証とかで確認してたからな」
父親は羊が物心ついたころには既に姿がなく、母親は育児放棄していた。最低限の世話は祖父母にされていたが、その祖父母も羊が働くようになったころに認知症等を患い施設生活となった。そのころの母親といえば羊の給料が入ると勝手に通帳から引き出してそれ以外は姿を見せず、羊は祖父母の介護費用も賄わねばならなかった。こうして羊はずっと極貧生活を送っていた。不幸な事件で祖父母と母親を失い、自身を捨てた父親の死も判明した際、むしろホッとした様子だった羊の姿は見ていられなかった。
「クリスマスパーティだのサンタさんからのプレゼントだのも無縁だったろうな」
「だからココで名誉挽回、します! レンは寺の人ですから、クリスマスパーティしませんよね。お仕事終わったらヨウをディナーに誘って、よろこぶプレゼントしたい、です!」
「そりゃ結構だがな。外出許可も出してやるし。でもなあ、夜景の綺麗なレストランだとか、高けぇプレゼントとか、そういう定番なことしても郷徒はむしろ困ると思うぞ」
「そうなんですよねぇ……」
羊は自己肯定感が極端に低く、自虐的で、長年のセルフネグレクトが染みついて自分に手間や金をかけることを嫌う。シンディは元医師だったこともあり経済的には豊かで、羊が望むならたいていのものを用意してやることができる。しかし、羊が望んでくれなければ何も贈れない。
「俺からもそれとなく話ふって探ってみるけど期待はするな」
「うう……わかりました……」
「まあ、なんだ。郷徒はシンにだけ妙に辛辣だが、それは逆に他の人間にはしない態度でもある。あいつ、学生時代の友達とかいないしな。人付き合いが下手なりに本音をぶつけてきてるんだと俺は思うぞ。嫌ってるわけじゃないと思うから、遠慮なく誘えばいい」
そう言って、墨洋は煙草に火をつけた。恋人同士になるのか友達止まりなのかはわからないが、シンディと羊には仲良くやっていって欲しいと思っていた。墨洋健は、じきに羊を置いて逝く。不健康な生活をしているし、拝み屋として霊的に酷使し続けてきた身体は長持ちしない自信がある。結婚も、子どもも、拝み屋の弟子も要らないと覚悟し独りで死んでいくつもりだったが、唯一の心残りが羊だった。父親のようだと言われると『そんな年齢でもない』と少し傷つくが、それに近い感情は抱えていた。
ふと、思いついたことがあって。煙と共に呟いてみる。
「これは、もし俺だったらこうするかもって話なんだが」
「……?」
墨洋の提案を、シンディは結構気に入ったようだった。責任はとれないが……悪くはない展開になるだろうと、ため息混じりにクリスマス周辺のスケジュールを調整するのだった。
そして、十二月二十四日の夜……
シンディは無事に羊を誘うことができていて、二人で近所のスーパーマーケットまで買い物にやって来ていた。
「前に住んでたマンション、そのままにしておいてよかったです。でも冷蔵庫はからっぽなので、買い物してから行きましょう」
「レストランじゃなくて、シンの部屋で食事のほうが私としても助かります。どれだけ、食べられるかわかりませんし……いえ、シンの作ってくれたものも残したら悪いとは思っているのですが」
それに、今夜賑やかなところに行けば幸せそうな家族やカップルに囲まれて居心地悪いだろうし……と内心思いながら、いや自分たちもカップルだと思われるのだろうか、と視線を泳がせる羊を見てシンディはクスリと笑い、ふわふわの手袋をした手で羊の冷え切った指先を包む。
「ううん、ヨウが食べられるだけ食べればいい。これから買いますから、どんなもの好きか教えて。残ったらボクが全部おいしくいただきます」
「シンはよく食べますからね……すらっとしてるのに」
「魔力で消費するので足りないくらいです」
「黒魔術ってそんなスポーツみたいなノリなんですか」
「黒魔術といえば魔女ですけど、女性の体じゃかなり疲れるコトしますよ。病院で働いていたときは、パワフルな看護士さんに助けてもらっていましたけどね。ちょっと似てます」
「ああ……シンはお医者さんだったときも、女性に人気だったんでしょうね。そのまま生活していたら今ごろ、クリスマスイヴは素敵な女性と……」
「ん? 今なんて言いました? きこえなかった」
「いえ、どうでもいい話です。そういえば、魔女の一族の方ってその、宗教的にありなんですか? クリスマスをお祝いするのって」
「母は良くないって言ったかもしれませんね。でも日本のクリスマスって教会行きませんし。ただ遊んでるだけですから」
「確かに……ただのパーティしてるだけか」
「そういうこと気にしないで楽しみましょ。あっ、あと最近は触手がありますから、困ることあります。あれ切られると、再生するのすっごくお腹空きます。なので出して、使うの終わった触手は消化してエネルギーに戻してます。なので、たくさん食べ物買っても平気です。全部食べます」
「急に人間の話からかけ離れましたね」
二人にとっては他愛のない話をしながら(偶然聞こえてしまった人には何のことだかわからないだろうが)ぎこちなくも和やかに買い物を進めていく。二人とも、家族と夕食の買い物になんて行ったことがなかったから。
「これでいいですかね」
「十分じゃないかと……あ」
不意に、羊が何かを見て一瞬立ち止まりそうになった。
「何か忘れてますか?」
「いえ、そうじゃなくて……」
照れくさそうに口籠る羊の側の棚には、子ども向けのクリスマス特設コーナーができていて。大きな赤い長靴を模したおもちゃの中に駄菓子が詰められ、キラキラした紙が巻かれた定番のアイテムが並んでいた。
「子どものころ……意味はない、けど。こういうの、憧れていたなと」
「買いましょう」
「えっ」
「今だって、楽しいじゃないですか。これ、クリスマスプレゼントにしてもいい?」
「……ふ」
羊がちょっとだけ笑った……気がした。
「いいですね。どうせプレゼント何がいいか私が決めるまでシンはずっと聞いてくるでしょう。それなら、これでいいです。いえ、これがいい」
あっという間に、いつもの無表情に戻ってしまったけれど。その声はなんだかいつもより柔らかで、くすぐったくて、シンディは頬がかっと熱くなるのを感じた。
「クリスマスプレゼントって交換ですよね。私はどうしようかな……」
「ボクは……ヨウがボクと同じお家で、ボクが作ったごちそうを食べてくれたら、うれしい……」
「なんですかそれ。もう用意してますよ? お食事にお呼ばれしたのでお土産くらいは。大したものではありませんが」
「ほんとうですかー! ヨウからのプレゼント、一生大切にします!」
と、いうことがあって……
「これがヨウにもらった一生の宝物です!」
「シン、朝からそればっかだね」
最高のクリスマス・イヴを過ごしたシンディは、出勤してからずっと自慢話を繰り返していた。同僚は微笑ましく受け止めていたが、羊は恥ずかしそうに怒っていた。
「仕事してください」
「でも……みんなに見せたくて……」
「そんな大したものじゃないですから晒して回らないでくださいよ。やっぱり、身につけるものにしなくてよかった。シンは自分で質の良いものを揃えているから見劣りしてしまう」
シンディの手に大事に大事におさまっているのは、瓶に入った色とりどりの琥珀糖だった。
「シンは紅茶が好きですし、糖分は意識して摂ってるみたいだし。お菓子ならすぐなくなるでしょう。さっさと食べてしまってください。お口に合わなければ捨ててしまっても……」
「わかりました。ヨウが選んでくれた味は知りたいので、とっておきの茶葉といただきます。でも、ビンは食べられませんよね? 腐りませんよね」
「は?」
また変なこと言い出すぞ、と墨洋も苦笑いする。
「魔道具に加工して、ずーっと大切にします……」
「ビニール袋でもやりかねないので、せめて瓶にしておいてよかった……のでしょうか」
羊も好きな人にもらったプレゼントは包み紙まで大事にしてしまうタイプなので、それ以上何も言えなかった。
「ま、似た者同士クリスマスを楽しく過ごせたようで何より」
「シンディと一緒にしないでください」
「それ、自分を下げてるつもりだろうが普通は悪口に聞こえるからな」
憮然たる面持ちで縮こまる羊の頭を、墨洋の大きな手がわしわしと撫でた。元々羊のことは実年齢より子どもっぽいと思っていたが……
(シンも頭でっかちなガキだなあ、こりゃ)
情操教育なんて墨洋にとっては苦手中の苦手な行為であるが、この危なっかしい怪異の幼体どもが害あるものにならないよう人間らしさを育てるのも怪異対策課の役目だ。不老不死である彼等より年上の世代の課長として、最低限の道徳心を遺していけるかは……正直全く自信がなかった。やれやれ、死ぬまで苦労が絶えんだろうなと気怠げにしつつも、墨洋はどこか楽しそうでもあった。
シンディが主人公のスピンオフシリーズ『Sweetheart』連載中! この小説から六十年経った後のお話です。二人の仲はどのくらい進展しているのか、読んでからのお楽しみ。