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prologue プロローグ
石畳に街燈、煉瓦造りの洋風建築が立ち並び、人々は行き交う。
そんな大通りの一角に、その焦茶色をした小さな木造の建物はあった。
華やかな通りに面しているものの、ともすれば見逃してしまいそうな小さな看板には『純喫茶』の文字。
珈琲の香りと浪漫の香りに誘われ、扉を開けばそこは
日常と、ほんの少しの不思議の交わる処。
純喫茶『永遠紗堂(とわしゃどう)』は、そんな場所でございます。
或る昼下がり。
店の帳簿を片手に算盤を弾く上妻 遠子(あがつま とおこ)の膝で、看板猫の黒猫、スエが丸くなっている。天鵞絨(ビロード)のようにすべらかな毛を遠子がそっと撫でると、スエは片目が金、もう片目がブルーグリーンの瞳を細めてあくびをした。
「あーあ、なーんだか最近暇ですよねえ……」
永安 永(ながやす えい)は掃除の手を止め、竹箒の柄に顎を乗せるようにして言った。
「そうねぇ。新メニューでも考える?」
グラスを拭き上げていた東峯 紗笑理(とうみね さえり)が、おっとりと返す。
「最近わたし、サヴァランに無限の可能性を感じる気がするのよ。洋酒とクリームに、相反する何かしらでアレンジを加えたらいいんじゃないかって……。そう!思い切って醬油味のお団子とか。どう思う?永ちゃん」
「えーと……それは思い切り過ぎというものでは……」
「……来るわね」
小さく、でもきっぱりと遠子が言った。
「何がですか遠子さん?もしかして事件ですかっ?」
「あら、アレンジサヴァランブームが、でしょう?」
永が食いつき、紗笑理が勘違いを披露するが、遠子はそれには答えず、
「そうでしょう?マスター」
と、店の奥を見遣った。
「そんな気がするね」
深く渋くも柔らかい、その声の持ち主が、この純喫茶永遠紗堂のマスター天堂 志音(てんどう しおん)である。永遠紗堂は、人々が疲れた心を癒やす憩いの場になればと、天堂が私財を投資して開店した喫茶店なのだった。
彼は、永と紗笑理に向かって言う。
「今日、ここに来る運命のお客さまが、だよ」
人生とは時に辛く、されど美しく、斯くも愛おしき数多の物語。
「さあ、はじめようか、今日の物語を」