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第3回星々短編小説コンテスト応募作品:歩む道を描く
第2回星々短編小説コンテストの応募作品です。
結果発表からだいぶ経っていますが、安定の落選ですので公開しますね。
歩む道を描く
SNSのフォロイーが炎上した。
炎上のきっかけは、小説投稿サイトで開催されたコンテストだ。
大賞作品には賞金が出るだけでなく、作品の書籍化が確約されるというもので、フォロイーはそのコンテストに応募していた。
けれども、一次選考の結果が発表された時点でフォロイーの名前はなかった。それを、陰謀だとか妨害工作だとか騒ぎ立て、投稿サイトの公式アカウントにネチネチと暴言を吐いたのが明るみに出て炎上したというのが経緯のようだった。
あの人は普段から、自分はすぐにデビューして超売れっ子人気作家になるんだと豪語していて、正直言えばその時点であまり印象は良くなかった。
そんな人をなぜフォローしたかというと、フォローされたから返した。それだけだ。
はじめのうちは特に関わりもなかったのだけれど、私が女子高生だということを知るやいなや、あの人はやたらと私に絡んでくるようになった。
上から目線のアドバイスをやたらとしてきたり、実際に会って小説の書き方を教えるだとか、とにかくしつこかった。
全部適当にあしらっていたけれど、はじめの印象通り、見ていて気分のいい人ではなかった。もっと言ってしまえば、ウザかった。だから、今回の炎上騒ぎに乗じてブロックしてしまおうと、あの人のプロフィールに飛んでブロックしようとする。
そこですこし思い直し、もう少し違う操作をする。投稿サイトのアカウントに対する暴言のことを考えると、ブロックで済まさずに通報した方がいいな。
そのまま第三者に危害を加えるアカウントとしてSNS運営に通報した。
これであの人との縁も切れただろう。そう思ってホームのタイムラインに戻ると、今日も小説の宣伝が大量に流れてくる。
たまにおもしろそうな小説が流れてくるのでこういうタイムライン構成にしているけれど、それでもたまに疑問に思う。この宣伝を必死になって流している人たちのうち、いったい何割が他の人の作品を読んでいるのか。
とはいえ、私も人のことはとやかく言えない。タイムラインに流れてくる小説のほとんどをタップもせずに流していって、自分が小説を更新した時には宣伝をする。この人たちと同じことをしているのだから。
この閲覧数のために躍起になっている人たちは、どんな未来の地図を描いているのだろうか。
きっと、本人達からすれば輝かしい地図を掲げているんだと思う。けれど見ている限りでは、お父さんやお母さんと同世代の人でも、小説家を目指してめちゃくちゃな地図を描いて進んでいる人がいる。
そう、炎上したあの人みたいに。
私の持ってる地図もめちゃくちゃなのかな。そう思っていたら予鈴が鳴った。SNSを閉じてスマホを鞄の中にしまい、数学の教科書とノートを出す。
数学の先生が来て本鈴が鳴って、授業がはじまる。
数学の授業はどうにも苦手だ。計算が苦手というのもあるけれど、とにかく話が難しい。聞いているだけで眠くなってくる。
先生自体はおもしろい人なのだけれど、それとこれとは話が別だ。眠いものは眠い。
そして頭が落ちる衝撃ではっとすると、時計の針がずいぶんと進んでいて、黒板いっぱいに数式が書かれていた。
まずい、寝てた。
ここからの内容だけでも聞いておかないとと先生の方を見ると、先生は教科書を閉じてなにやら雑談をしていた。どうやら今日やる分の範囲の話はすでに終わってしまったようだ。
本格的にまずい。あとで誰かにノートを写させてもらわないと。
真っ白いノートのページの存在を感じながら先生の話を聞いていると、こんな話が出てきた。
「人に道を教える時、スマホの地図が使えなかったらお前らはどうする?」
先生のその質問に、みんながくすくすと笑う。スマホが使えないなんてことあるの? なんて。
スマホが使えるか使えないかについては、まあ使えないことはあると思う。実際に私は、スマホが電池切れを起こしてお母さんに連絡ができず、心配されて怒られたことがあるくらいなんだから。
だから、先生の言うスマホの地図が使えないというというのはあり得るし、そういうとき私だったらどうするだろうと思った。
なにかの目印を伝えて道順を教える? それよりもっとわかりやすい方法があるはずだ。
私が黙ったままそう思っていると、先生が話を続ける。
「スマホも電池切れしたら役立たずだからな。紙の地図があった方がいい。
その、紙の地図の書き方の話をちょっとしようか」
なるほど、スマホの地図が使えないなら自分で描けばいいのか。単純明快な答えに納得する。
でも、自分で地図を描くのは難しくないだろうか。だって、まともに絵も描けないのだから。
きっとこれはみんなそう考えるだろうと先生は想定しているのだろう。地図を書く時に画力はほぼいらないと言った。
地図を書く時に必要なのは、道順に付随する情報を整理し、単純化すること。
情報の整理のしかたはトポロジーとかいうのを使うとやりやすいと先生は言ったけれど、それはいったいなんなのだろう。
先生はトポロジーについての説明もしてくれたけれど、難しすぎてわからない。とりあえず数学の話だということだけがわかった。
数学の話をして興奮冷めやらぬようすの先生だったけれども、話の途中でチャイムが鳴った。
そこで先生は慌てて、情報を整理した地図が描けると就職してから役に立つ。と言って授業を終わりにした。
最後に聞かされた雑談はなんだったのだろうと思っている間にも、挨拶をして先生は教室から出て行く。
先生の姿が見えなくなったのを確認してから、鞄からスマホを取り出して小説投稿サイトの投稿フォームを開く。
書きかけの小説の続きを書こう。今晩中に最新話を更新したい。
そう考えながらスマホにフリック入力していると、後ろから声をかけられた。
「おまえ、そんなの書いてんの?」
なにかと思ったら、後ろの席の男子が私の肩越しにスマホをのぞき込んでいた。
こいつとはあまり関わり合いになりたくなかった。なんせ、普段温厚な音楽の先生が頻繁に職員室に呼び出すようなヤンキーだ。あの先生を怒らせるようなやばいやつにはなるべく触れたくない。
でも、ここでなにも返事をしなかったらそれはそれで因縁をつけられそうなので、小説を書いていることをバカにされるのを覚悟の上でこう返した。
「そうだけど?」
ほんとうは振り返ってにらみ返すくらいのことはしてやりたいけど、あまりにも顔が近い。ここで振り返ったら事故が起きる。
このままきっと罵声が飛んでくるんだ。私はそう覚悟したのに、男子は予想もしなかったことを言った。
「そんな長いの書いてんの?
すごいじゃん」
驚いて反射的に振り返った。
結果としておでこと鼻をぶつけてお互い痛い思いをしたし、そのことで男子に文句を言われるかと思ったけれど、男子は私のスマホに釘付けになっている。
「そんな長いの、書こうと思ってもなかなか書けないよな。
俺、絶対無理だもん」
それを聞いてまた驚く。書こうと思っても書けないっていうのが、こいつはわかってる。つまり、書こうとしたことがあるんだ。
私の肩に顎を乗せている男子に訊ねる。
「あんたもなんか書いてるの?」
すると、一瞬声を詰まらせてから、私の耳元で、小さな声で男子が言った。
「あの、詩みたいなのを書いてる」
こんなヤンキーが詩を書いてるなんて思いもしなかった。なんて返せばいいんだろう。
そんなことを考えていると男子が、他のやつには絶対に言うなよ。とまた小声で言う。私は黙って頷いた。
もしかして、こいつが度々音楽の先生に呼び出されてるのは、怒られてるんじゃなくて詩の書き方とかを教わりに行ってるのだろうか。あの先生はずいぶんな読書家だと聞いているし。
そうだとしたら、今までとんでもない誤解をしていたな。ああでも、まだ怒られているわけじゃないって証拠もないし、どうなのかわからない。
予想もしてなかったことが一気に押し寄せて混乱する頭で、なんとか考えをまとめようとする。そうしていると、男子がまた私の肩に顎を乗せてこう訊ねてきた。
「おまえ、小説家になりたいの?」
その問いで、頭の中が急に明瞭になる。
私はためらわずにこう返す。
「なりたい」
そう、私は小説家になりたい。
そのために、小説の投稿サイトに投稿して小説を書く練習もしているし、時々とはいえ他の人の作品も読んで話の組み方とかを分析している。お気に入りの小説家の本を写経したりもしているし、それになにより、学校での勉強もがんばっている。
そんな話をすると、男子は鼻で笑ってこう言った。
「そんなこと言ってもさー、さっき数学の時間ずっと寝てたじゃん」
「あれは不可抗力でありまして」
「まあ、授業中って眠いよな」
私の弁明に、男子はだるそうに同意する。
それから、肩を抱えるようにしながら私が持っているスマホを指さす。
「でも、そんなはっきりやることがわかってるなんて、おまえは人生の地図をしっかり持ってんだな」
人生の地図。たしかに、私は人生の地図っぽいものを持っている。
けれども、その地図には細かい道がたくさん書き込まれていてどの道が正しいのかなんてわからない。
文字数、閲覧数、評価ポイント、コメント数、ブックマーク数、フォロワー数。そんな細かい道がたくさん目についてしまって、進むべき道がどれなのかわからなくなるのだ。
「私の地図は、ごちゃごちゃしてて見づらいから」
ぽつりとそうこぼすと、男子はふーん。と鼻を鳴らしてからこう言った。
「じゃあさ、さっき先生が言ったみたいに整理してすっきりさせればいいじゃん」
わかってる。私が惑わされてる細かい脇道は、寄り道するにはいいけれど、目指して進むべき道ではないのだ。それでも気になってしまう。整理して単純化させるのは、あまりにも難しい気がした。
自分をがんじがらめにしてる些細なことが心のもやもやになってわだかまる。こんな気持ち、こいつにはわからないんじゃないだろうか。そう思ってすこしだけいらついた。
だから、ちょっとした意地悪のつもりで男子にこう訊ねる。あんたは地図を持っているのかと。
すると、男子はすこし黙り込んで、鼻をすすってからこう答えた。
「持ってるけど、真っ白だな。
真っ白で地図って言えるのかわかんないけど」
真っ白な地図ということは、将来のことなど考えていないのだろう。気楽なものだ。
そう思ったその時、男子がこう続けた。
「でも、真っ白な地図でも持ってなかった頃よりはましだよ」
思わず胸が痛んだ。将来のことを考えてなかったのではなく、考えられなかったんだ。
なにがきっかけかはわからないけれど、真っ白な地図を今持っているということは、やっと将来のことを考えられる状況になったということなのだろう。
全然気楽なんかじゃない。自分の軽率さに嫌気がさす。
気まずさをごまかすために、私は訊ねる。
「その白い地図にどんな道を引きたい?」
すると、男子は私にだけ聞こえる小さな声でこう答えた。
「なんでもいいっていうなら、詩を書き続けたい」
「そっか」
こいつにとって、詩はそんなに大切なものなんだ。もしかしたら、詩がきっかけで将来のことを考えられるようになったのかもしれない。
多分、こいつの詩に対する真剣さは、私が小説に向けてるものに負けないくらい強いんだと思う。
そして、まだ私みたいに変なしがらみがないのだろう。
白い地図に引く道は明確だ。
「だったら、地図に引く道はまっすぐな一本道だね。
私みたいに余計なものは背負わないで行きな」
にっと笑った私の顔は見えていないだろう。でも、自分で言うのもなんだけれど、今の言葉は自信で満ちていたと思う。他人事なのに。
男子はまた、ふーん。と鼻を鳴らしてからこう言った。
「でも、一本道だと途中でくじけた時がこわいな……」
たしかに、進む道が一本だけで変わり映えもないと、心が折れそうになることもあるだろう。その気持ちと不安は私にもわかる。
だから私は男子にこう言った。
「その時は、私の地図の路地に寄り道させてやんよ」
すると男子は、ようやく私の肩から顎を外して私の顔をのぞき込む。私はもう一回にっと笑ってみせる。男子もなにを察したのか、すこし意地悪そうに笑った。
ちょっと前まで関わりたくないと思っていた後ろの席のヤンキー。そいつのちょっと深いところを知られて、今後関わり合いになるのもやぶさかではないなと思った。
道の多すぎる地図、道の少なすぎる白い地図。
このふたつを足して割ればきっとちょうどいい。
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