メルマガ『東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─』第401号「氣爲衛衛於外」(内景篇・氣)6
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◇ 東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─ ◆
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第408号
○ 「氣爲衛衛於外」(内景篇・氣)
◆ 原文
◆ 断句
◆ 読み下し
◆ 現代語訳
◆ 解説
◆ 編集後記
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こんにちは。気の章「氣爲衛衛於外」の続きです。
◆原文◆(原本の文字組みのままを再現・ただし原本は縦組み
・ページ数は底本の影印本のページ数)
(「氣爲衛衛於外」p86 下段・内景篇・氣)
若陽
氣一失其所則散解不行而熏充澤漑之道澁所
以九竅閉塞于内肌肉壅滯于外而知覺運動視
聽言嗅之靈皆失也人之陽氣猶天之日光人失
陽氣則壽命易折猶天失光明則萬物無以發生
也
▼断句▼(原文に句読点を挿入、改行は任意)
若陽氣一失其所、則散解不行、而熏充澤漑之道澁、
所以九竅閉塞于内、肌肉壅滯于外、而知覺運動視聽言嗅之靈、
皆失也。人之陽氣、猶天之日光、人失陽氣則壽命易折、
猶天失光明、則萬物無以發生也。
●語法・語釈●(主要な、または難解な語句の用法・意味)
▲訓読▲(読み下し)
若(も)し陽氣(ようき)一(ひと)たび其(そ)の
所(ところ)を失(しっ)すれば、則(すなは)ち
散解(さんかい)して行(めぐら)ずして、
熏充(くんじゅう)澤漑(たくがい)の道(みち)
澁(しぶ)り、九竅(きゅうきょう)内(うち)に
閉塞(へいそく)し、肌肉(きにく)外(そと)に
壅滯(ようたい)して、知覺(ちかく)運動(うんどう)
視聽(しちょう)言嗅(げんきゅう)の靈(れい)、
皆(み)な失(しっ)する所(ところ)なり。
■現代語訳■
もし一たび陽気がその本来の場所を失えば、あちこちに
散って運ることができず、燻蒸しまた潤沢にする道が渋り、
内では九竅が閉塞し、外では肌肉が停滞し、人の知覚や運動、
耳で聴き、目で見、言葉を話し、匂いを嗅ぐなどの作用が
全て失われてしまう。
★ 解説 ★
「氣爲衛衛於外」の続き、さらに註釈の言葉が続きます。
言っていることは前号部分に対しての、それが失われたらという観点から の語りです。前号部分と重なる言葉も多いですね。
ただ新たに出てきた用語は難しいものが多く、「閉塞」などはそのままでも意味がわかりますが、「熏充」「澤漑」「壅滯」などは、そのままでもわかりそうで、かえって訳すのが難しい語です。
これを読み下すように訳すか、または別の語に置きかえるほうがよいのか、翻訳の難しさを痛感します。上の訳では別の語に置き換えた部分が多く、置き換えると少しニュアンスが変わってしまうようで、元の漢字の持っている表現の豊かさを実感します。
また「散解」などは読んでわかり、このままでも良さそうですが、現在日本で「散解」という言葉を使うことは無いと思い、それを訳語として選択して良いのか、それとも他の語にした方がよいのか、この辺りも難しいところです。
文の長さの都合であと少し残っています。次号でこの項を読み終わりますので、その時に全体を見てみたいと思います。
◆ 編集後記
「氣爲衛衛於外」続きです。残りが長くて、少し中途半端ですが今号分で区切りました。次号で読み終わりますので、この項の全体を俯瞰、総括してみたいと思います。
(2021.1.24.第401号)
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