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自己紹介│はじめてのnote│2年目社長
はじめまして。塔筋(とうすじ)と申します。
32歳の大阪府出身、妻と子供2人(1歳半と0歳)の4人家族です。
珍しい名前が幸いして?先日〈なにわの珍名さん〉という
関西のローカルテレビに取材して頂き父がうれしそうに出演していました。
今私は年商20億程度のアド・イーグルという会社で
COO兼CHROのような役割を担いつつ
株式会社Tsumuguという自分の会社も経営しています。
どちらも人材系の会社です。
今後はキャリア論や人事論について実例を交えながら投稿していきたいと
思っていますが
「誰やねん」
って感じだと思いますので、
まずは経歴と共に自己紹介させてください!
幼少期〜
出身が大阪で親族が全員経営者という家系で生まれ育ったことから、
自分もいつか経営者になる
と自然と思い込んで生きていました。
中でも父が借金まみれの会社を死ぬ気で立て直す過程を見てきたことから
「なんかかっこいいな、いつか役に立ちたいな」
と幼いながらに夢を抱き過ごしてきました。
3年連続で大学受験不合格
夢とは裏腹に上手くいかないことの方が多いのが私の人生です。
大学受験一つとっても現役、一浪目、二浪目と同じ大学に3年連続不合格。とにかく諦めるということがすごく嫌いだった執念深い学生時代でした。
当時はすごく落ち込みましたが、今思えば学生の内に
全力でやっても届かないことがあり、
あるものでどう戦うかを考える
原体験になりました。
それからというものの座右の銘は何ですか?と問われるとスヌーピーの
言葉を言うようになりました。
※そんな機会中々ないですが笑
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大苦戦の就職活動
2年遅れで銀行へ入社も1年で退職就職もなかなか上手くいきません。
なんせいつか継ぎたい、役に立ちたいで動いてますから
転職前提なわけです。
かといって嘘八百で面接するのが嫌で正直にいっては撃沈する、ということを繰り返し、なんとか地元の銀行に滑り込みました。
拾って頂き非常に感謝していたのも束の間。
入社してまもなくぶつかったのが
「あれ?このままなんとなく働く人生でいいんやっけ?」
という問いでした。
就職を焦るあまり目的を見失っていることに気づきました。このままではとてもいつか役に立てない、ここにいるのはまずいと焦り早期に退職することにしました。
リクルートへ面接
25歳で職歴はほぼなし。
同期はみんな3年目で仕事にも慣れ始めたころです。
自分と周りの差分に焦りは募ります。
とにかくキツくてもいいから未来につながる成長がしたい、
そこで出会ったのがリクルートでした。
※当時はリクルートジョブズ
関西圏からほぼ出たことがなく、なけなしのお金で東京へ面接を受けに向かいました。何も語れる経歴はないので熱意だけを伝え一次選考は通過。
ただそんなに甘くなく最終選考で
今でも心に残っている質問をして頂きます。
「君さ、成長したいとか言うけど親のことを盾に逃げてるだけじゃないの?うち受かってもすぐ辞めるでしょ。そうじゃないならその理由を教えて」
面接中でありながらもハッとさせられたことを今でも思い出します。
ぐっと飲み込みながら、確かに自分にはそういう部分がある、
ただ本気なんだ、絶対に逃げません、と誓ってなんとか合格。
それからというもののこの質問は
自分を奮い立たせてくれる問いになり大変感謝しております。
リクルートに営業職で入社
大量採用タイミングで入社したので同期は200名程度、
全員が俺がNo. 1とります!みたいな宣言をしており、
田舎者の私としては片隅で震えるばかりでした。
ただもう後がない、逃げれない、逃げないと決めていたので
とにかく誰でもできることは誰よりもやる、結果で示す
と心に決めていました。
結果としては1年を通して上位3位には常に入ることができました。
ここで営業は卒業し、2年目でリーダーに昇格します。
リーダーとしての2年目
とんとん拍子にいきたいところですが、
想像だにしていないリーダー職着任でまた自分を見失います。
リーダーとして初のQは全営業を未達と散々な結果でした。
ここでようやく我に帰ります。
「自分は凡才なんだ。だからこそ、まずは誰でもできることからやろう」
当時は5名のメンバーを率いていましたが、初めて腹を割って話し、
何を大切にしたいか目線を合わせて行動することができました。
ようやくつまらないプライドから裸になれました。
結果は2Q目に首都圏の全チーム内で1位、相対的な結果より、
チームが一つになることに感動、喜びを感じれた経験でした。
ここで手を緩めてくれないのがリクルートです。
成果のご褒美は仕事ということで、2年目後半では自チームの他に
10名余りの新人と、それにひもづく新人育成担当の育成を任せて
頂くことになりました。
HR領域ですのでとにかく顧客価値にこだわる育成とテーマを決め遂行した
結果、全社のシェアナレという賞を頂戴することができました。
3年目 代理店領域への挑戦
その後リクルートの総合職登用試験に無事合格することができました。
比較的意識の高い直販のメンバーをマネジメントするではなく、
将来を見据え中小企業である代理店と向き合いたいと考え
異動を希望し代理店領域へと籍を移します。
そしてここでもまた壁にぶつかります。
とにかく相手にしてもらえない
今思えば当然、2年そこらで直販から何もリアルをわかっていない小僧が
きたなぐらいで相手にされない日々を過ごしました。
半年も経たずに代理店担当を変更になり、
今は役員を務めさせて頂いているアドイーグルと出会いました。
アドイーグルはこれまでの代理店と違い、とにかくリクルートの担当も含め使えるものは使うという温かい思想の会社で多くのことを経験させてもらいました。
ちょうど創業者から二代目社長に代替わりのタイミングでもあったことから、経営とは何を成すべきなのか、という事業の根幹に寄り添う経験をこの時にできたのは今でも大きな財産です。
退職を決意した5年目
代理店部署でも一定の成果を残せた私は首都圏最大規模の代理店様の担当を任せて頂くことになりました。
このままここでも成果が残せればとんとん拍子でマネージャー
ただここで退職を決意することになります。
理由はいくつかありますが会社に成長させてもらう限界に
気づいたということが非常に大きかった。
経営者になりたいと言いつつ、リクルートでの仕事が面白く
多少の違和感を感じてもやりきれてしまっていました。
たまたま当時の上司が社内での見え方、見せ方に非常にこだわる方で
「これはこれで会社員である以上当然の力学だが、
自分はそうなりたいわけではない」
と目が覚めました。
期待して頂いていた中申し訳ない気持ちでいっぱいでしたが、経営者の大変さはやらないとわかるわけがない、やりながら学習しよう!と決めました。
一旦転職した社会人7年目
よしやってみよう!と決めたものの夢中でリクルートの仕事に
取り組んでいたので何を事業としてやりたいかは決まっていませんでした。
またプライベートでは一年前に結婚しており、妻は第一子を妊娠中。
とにかく生計を立てなくてはいけません。
何をしたいか考えながらも生計を立てるべく、ワークライフバランスの
整った企業に転職することにしました。在宅ありの企業だったこともあり、
業務時間が終わってからとにかく自分の棚卸しをする時間を過ごしました。
ただ考えるだけでは逃げてしまうと思い、登記だけは先に済ませました。
社名は父が繊維業を経営していることから
「糸」を連想し「紡ぐ」⇒「Tsumugu」としました。
ただなかなか事業内容が決まらない。
心からこれがしたいと思える仕事は何か、
何であれば生涯頑張れるのか
胸をはって生きていけるか
ぐるぐる考えた結果いきついたのは
人と組織の可能性を引き出せる仕事がしたい、ということでした。
「父のような中小企業の経営者をサポートしたいという思い」
「ネガティブ離職直前だった部下が自分の殻をやぶって成長していった姿」
「チームでやれば想像だにしない成果を出せた経験」
これらを踏まえて経営者にとってはヒトの面での事業成長支援ができ
従業員にとっては成長支援ができるような事業にしたい。
社外でありながらもHRBP、CHROのようなパートナー的な存在に
なれないかと考えるようになりました。
アド・イーグルへジョイン
やりたい事業は決まったものの、もちろん会社員でありながら起業なんて
許されません。ただ生まれたばかりのわが子を食べさせないといけないという思いから踏み切れずもどかしく思っていました。
そんな折、アド・イーグルの代表大場社長から食事のお誘いを頂きます。
内容は予想もしていない
「HDの役員と事業会社の代表をやってくれないか?」というものでした。
自分の事業をやりたい思いも強く、そこを許可して頂けるならと伝えると
あっさり快諾して頂き、3年間の期間限定でジョインさせて頂くことになりました。
現在に至る
ジョインしてから約1年半ぐらいが立ちました、残りはあと2年。
事業会社単位では売上は1.5倍にでき黒字転換することができました。
今は全体の営業責任者を担いながらIS組織、CS組織の立ち上げ
人事戦略の立案など多岐に渡る業務を任せて頂いています。
またありがたいことにTsumuguにもお客様がつきはじめ
戦略人事担当として人材の育成、制度設計、採用など多岐に渡る領域を
サポートさせて頂いています。
とはいえまだまだ力不足、可能性をもっと身近に、という理念に対して
到底まだまだ実現できていないと感じており
より一層頑張らないとなと思っています。
私の半生かっこつけるとろくなことがなかったからこそ
リアリティある生々しい経営や組織、キャリアに関わる内容を
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