「Liminal Space」な視点から見る[liminal;marginal;eternal]
先日開催された「SHHis」「CoMETIK」2ユニットによるライブ、『283 Production LIVE Performance [liminal;marginal;eternal]』(以下「lme」)。3Dを投影して行う「xRライブ」であるこのライブ、そのクオリティと演出にとにかく心を揺さぶられ、まだ始まったばかりですが間違いなく後々まで語ることになる2025年のコンテンツの一つだったと感じています。
キャラクター・ユニット的にもこれまでの集大成(一方でタイトル的には、むしろここから新たなスタートではありますが)といった感が強く、とにかく「すごいものを見た…」という感慨がすごいライブでした。
キャラクターやコミュ等についての解説・考察はすでに色々とあがっていますので、ここでは「Liminal Space」的な観点に注目して、今回のライブを振り返っていきたいと思います。
「Liminal Space」とは
まず、「Liminal Space」とは何かということを改めて整理しておきたいと思います。「Liminal space」というのは、「早朝のショッピングモール」「誰もいない夏の学校の廊下」など、「本来人が行き交っているはずの空間にまったく人がいない」状態の写真などを全般的に指すインターネット・ミームです。FANDOM内「Aesthetics(美学) Wiki」によれば、これは4chan発祥とされるミームで、「生命のない過渡的な場所」とも表現されています。(原文:「transitional areas devoid of life」)
代表例として挙げられている「夏の学校の廊下」などが分かりやすいように、不安を感じさせつつも何故だか懐かしさを感じるものがベースにある概念ですが、現在はそのイメージが拡張され、根っこに残っているのは「人や生命が一切映っていないこと」と、「(それが空間的にせよ時間的にせよ)出発点と終着点の中間であること」と言えるでしょう。
また、密接な関係があるものとして「The Backrooms」(現実であることをすると迷い込んでしまう、同じような部屋がひたすら続く空間についてのネットロア)が挙げられ、「Liminal Space」の代表的な例として最も知られているかと思います。その派生形として日本で一番分かりやすいのはおそらく「8番出口」でしょう。
近接する概念としては「After Hours」などもありますが、こちらは「普段は人がたくさんいる場所が、夜になって誰もいなくなったときに感じる心地よい静寂さ」に寄ったものであるが、「Liminal Space」には「不気味さ」が分かちがたい感覚として付随しています。
また、「人の不在」という意味ではポストアポカリプス的な風景と類似する部分もありますが、あくまで「Liminal Space」は「ある瞬間に忽然と今までいた人がいなくなってしまった」という感覚を想起させるもの。つまり、「ふとした瞬間、見た目は同じな別世界に迷い込んでしまった感覚」が「Liminal Space」には分かちがたい感覚として不随しています。
「Liminal」という言葉そのものの字義としては、「光や音などを感知できるか否かの境目である」という意味があり「境界」「閾(いき)」というニュアンスが含まれます。
以下は私見ですが、ライブ名にもある「Marginal」にも「境界」という意味はありますが、こちらはどちらかというと「縁(へり)」「際(きわ)」というニュアンスがあり、「Liminal」のほうは二つの要素が混ざり合っている幅のある境界、イメージとしては汽水域(淡水と海水が混ざり合った水域)が近いのではないかと考えています。
「lme」における「Liminal Space」表象
その概念について整理したところで、今回のライブ「lme」における「Liminal Space」表象を振り返っていきたいと思います。
1時間にわたって、まっさらな白い廊下を進み続けるこの動画。「lme」のティザー動画という立ち位置であるこちらは、ここまで整理した情報と照らし合わせても、とても分かりやすく「Liminal Space」な動画であることが分かります。
この動画は約1時間が経過したタイミングでキャラクターたちのボイスが流れ、告知としてはここだけあれば成立する動画となっています。その手前にあるループし続けるだけの通路は、情報としては別に必要のないものですが、先ほど整理したように「Liminal Space」は「(それが空間的にせよ時間的にせよ)出発点と終着点の中間」です。今回のライブは「アイドルマスター シャイニーカラーズ」のライブではなく、あくまでも「283プロダクション」のライブであり(そのためクレジットは一貫してキャラクター名のみ)、"作品の世界で行われているライブ"でもあります。これを踏まえると、手前にある「1時間の廊下」はその時間を以って「現実と作品」を繋ぐ中間地点・境界を進んでいることを表現しており、それを超えた先にキャラクターたちがいる作品世界があるということで、意味合い的にもまさしく「Liminal Space」であると言えるでしょう。
また、ライブ開始前には弾く人のいないピアノが鎮座しており、その音色と共に導入の映像が流れ始めます。
このキャラクター不在の映像と音楽は、オーバーチュアと考えれば通常のライブと変わらない演出ですが、これもまた上記の「1時間の廊下」と同様に「これから先は作品世界であり、今はその境界」という表現であり、非常に「Liminal」な演出だと感じました。(なので、この映像の前に「シャイニーカラーズ」のCMが流れているのは、まだ"こっち側"だからだと思います)
なお、この時に流れている曲は「ノー・カラット」でも登場した重要な曲であるメンデルスゾーンの「無言歌集 38-5『情熱(Agitato)』」です。この曲は「自動演奏で途切れることなく流れていた」曲であり、その後に美琴がにちかと一緒にピアノを弾く前に弾いた曲でもあります。(そう考えると、美琴の不在=彼女は機械ではなく永遠ではないことのメタファーのようにも…)
そして、忘れてはいけないのが「odd;2」において発生したトラブル。美琴が突然の体調不良により倒れてしまい、本来二人が出てくるはずのステージには誰もおらず、そしてボーカルも消えインストだけが流れるという光景が目の前に広がります。
先述した通り、「Liminal Space」の持つ性質として「忽然と今までいた人がいなくなってしまった」という感覚が不可分なものとなっています。本来ステージにいるはずのアイドルがおらず、誰もせり上がってこない。ボーカルのない曲がただ流れ続けている……なんて「Liminal Space」なんだ…!! もちろん、SHHisファンとして心を抉られる気持ちもありつつ、あまりにも「Liminal Space」過ぎてとてつもなく興奮してしまいました。
なお、ピアノと「本来あるべきものがない」という点で思い出されるのは『4分33秒』という楽曲。
こちらの曲は「演奏しない曲」として有名ですが、本来ピアノが流れているはずの場所でそれが欠如することで、普段は意識することのない音や感覚を感じるという性質を持っています。今回のライブも、美琴が不在な中でにちかがパフォーマンスをしたことで、美琴が歌うはずのパートをとても意識させられるという体験をしました。
なおタイトルに使用されている「;(セミコロン)」は、「カンマより強く、ピリオドより弱い」記号であり、にちか・美琴・ルカのこれまでの物語に一つの区切りを付けつつも、決して終わりではなく、次のステージへ進むための「中間地点」であることを示しているのではないでしょうか。細かいところまで「Liminal」さが溢れたライブだと言えるでしょう。
「無機質かつ有機的な」xRライブとは
今回のライブでは最初のMCで「無機質かつ有機的な」ライブであるということが説明されます。さて、では何が「無機質」で、何が「有機的」なんでしょうか。
個人的な解釈としては、「無機質=xRライブという人の手で作られた作品」でありながら、「有機的=彼女たちは生きてそこに立っている」ライブである、ということではないかと思っています。そして、本来であれば生きている彼女たちに会えないはずの私たちが、彼女たちに会えるライブ会場自体が、「現実と作品の中間地帯」すなわち「Liminal Space」である…そういうことではないかと。
作品の中の登場人物である彼女たちは、当然ながら誰かしらの手によって意図的に作り出されたものではあります。しかし、一方で彼女たちの世界では彼女たちは生きており、あの空間においては、私たちも作品の一部であり、彼女たちも私たちの現実の一部であったわけです。(当然、彼女たちは生きているので体調が悪くなることもあれば、不安で表情がこわばることもある)
また、xRライブのステージは「誰もいない場所」であり、観客が見ているのは本来は何もない空間なわけです。そう考えると、xRライブというもの自体が非常に「Liminal」な体験でもあります。技術と物語と演出の全てを以って作りこまれた作品だからこそ、観客はそこに確かに存在を感じる。現実と作品が渾然一体となる感覚はまさに唯一無二の輝き。今回のライブでしか得られない体験が間違いなくそこにはありました。
今回のライブは、なんとアーカイブが2月16日までとめちゃくちゃ長い!単純にxRライブとしても非常にクオリティが高いので、まだ見てない人は終了までにぜひ見てほしいです。
参考:
・Liminal Space(Aesthetics Wiki)
https://aesthetics.fandom.com/wiki/Liminal_Space