松野さんと河合さん4
あ、松野さん。
近くの銀行に入金へ行ってきた帰り、お店の前で松野さんを見つけた。
夕方から夜になったばかりの薄暗い時間、松野さんは空を見上げていた。
「松野さん」
「あ、河合さん。おかえりなさい」
声をかければすぐにこちらを見てくれた。
「ただいまです。何してたんですか?」
「月を見ていました」
松野さんがまた空を見上げ、その先を指差す。
つられるようにそちらを見れば、あと数日で満月になりそうな月が輝いていた。
「もうすぐ満月ですね」
「そうですね。今日は昨日より少しだけ大きく見えます」
「毎日見てるんですか?」
「月が出てる日は。癖なんです」
そういえば、松野さんは閉店後、空を見上げていることがあるなぁと思い出した。
「月、好きなんですか?」
「悲しい思い出もあって、見ないようにしようと思うんですけど、やっぱり見てしまうので、きっと好きなんだと思います」
僕の質問に、松野さんは少し悲しそうな笑顔で答えてくれた。
なんだか胸が痛くなった。
また月を見上げた松野さんにつられるように、僕も月を見る。
「月がきれいですね」
僕の呟きに、松野さんがびっくりしたようにぐわっ!とこちらを見た。
大丈夫?絶対首やったよね?
「どうしました?」
「今なんて言いました?」
「え?月がきれいですねって言いましたけど?」
「…意味わかってます?」
「そのままの意味ですけど?」
え?と頭を傾けると、松野さんは「なんだ…」と少しだけ残念そうに小さく呟いて、また月を見上げた。
「確かに、河合さんの言うとおりきれいですね」
「はい。とっても月がきれいです」
僕の言葉に松野さんが「無意識とか…」とまたまた小さく呟いた。
僕は聞こえないふりして、もう一度月を見る。
(そのままの意味ですよ。僕はあなたが好きです)
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