猫と店員。を、見てる俺。
ここに越してきてよかったと心底思う。
四階建てのアパートで各階横並びに四部屋。
階段が一ヶ所にしかなく、そちらを手前とすると、その三階の一番奥が俺の部屋だ。
一人暮らしだから、誰に気を遣うでもないが喫煙者の俺はよく玄関の前でタバコを吸う。
ベランダは大概洗濯物が干してあって狭いのだ。
玄関の前でタバコを吸うようになって、しばらく経ってから気付いたことがある。
その時間帯に、裏のスーパーの店員がごみを捨てること。
それからアパートとスーパーを区切るブロックで出来たフェンスにしょっちゅう猫がいること。
位置的には一番手前の部屋の玄関の前辺り。
この猫と一人の店員との絡みを見るのが癒されるのだ。
今ではそれを見たいが為に、その時間帯にわざわざタバコを吸いに出ているようなものだ。
さて、二十時になった。
今日もそろそろ時間だ。
いつもその店員がごみを捨てるわけでも、いつもその猫がいるわけでもないが、ついつい外に出てしまう。
お、今日は猫がいる。
あとはごみを捨てに来るのがその店員かどうかだ。
待っている間にタバコに火をつけ一口。
二口目を吸おうとした時にガチャと音が聞こえた。
出てきたのはその店員だった。
そして店員は開けた扉を、閉まらぬようにロックして中に戻り、ごみ袋を二つ持って出てきた。
「ねーこさん、今日もいたのね」
一言声をかけてごみ庫に向かう。
そして戻ってきて、猫と適度な距離を保って足を止めた。
猫も猫で店員を真っ直ぐ見ている。
「猫さん、今日はせっかくの満月なのに、曇りで見えないねー」
今日は満月だったのか。
思わず空を見上げたが、分厚い雲に覆われて見えない。
「でも猫さんの目が真ん丸で満月みたい」
もっと目を覗き込もうと、店員が一歩前に出た途端、猫はフェンスからアパート側に飛び降りた。
「うーん、まだまだ友達にはなれないかぁ…」
そう言って店員は踵を返して開けたままの扉のロックを外して中に戻っていく。
その背中には少しの落胆が見えた。
猫は猫でフェンスからは降りたが、その場から動かずにあれ?来ないな?と言わんばかりの顔で上を見上げていた。
(あれ?もしかして意外と友達だと思われてるんじゃないか?)
そう思ったものの、言う相手がいないので心に留めつつ、短くなったタバコの火を消した。
まぁ仮にあの店員と、世間話をするような関係になったとしても、言うつもりもないが。
なぜなら俺は、まだまだこの猫と店員の不思議な友情を見ていたい。
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