恋の麻酔があったなら
もしも、恋の麻酔が
この世にあったとしたなら
私はカレを見ても
何も感じなくなるのだろうか。
「あ、亜子ちゃん。
いらっしゃい。」
優しく笑うジャージの彼を見て
性懲りなくドキッとなる私は
そんなこと、
本気で考えてしまう。
「おじゃまします!!」
たとえその玄関にある靴が
ぐっちゃぐちゃだったとしても
私は心穏やかに
それを綺麗に並べるし
たとえ入ってすぐある棚の扉が
開きっぱなしだったとしても
私は静かにそれを閉じるし
たとえリビングに
布団が敷きっぱなしで
机の上にビールの空き缶が5つあって
タコ足配線でイロイロな機械が
雑多に充電されていても
もうこれ以上、
幻滅することはできないから
布団を畳み、空き缶を捨て、
コードが絡まってるのをほどく。
コードと格闘する私を見て
タバコを口にくわえながら
涼太くんは少しだけ笑う。
その笑顔が眩しくて
いや、本当に眩しくて、
私はなんだか
目を少し細める。
「ありがとう。
でも、大丈夫だよ。」
「だ、ダメだよっ!!
火事になったらどうするのっ?!」
涼太くんから吐き出される
その、薄く濁った煙にですら
私は軽くトキメキを覚えて
あぁ、いけないいけない、と
キッチンに立つ。
そんな私の後ろを
わざとらしくついて来る涼太くん。
「な、なに??」
「亜子ちゃんさー…。
こんな時間に他人の男の家来るって
ホントに彼氏いないんだね。」
グサリ、って。
図星すぎて何も言えず
無言を返事に変えた。
「しかも掃除も料理もしちゃうなんて
相当なお人よしだー。」
「お人よしは
よく、言われる、けど。」
「誰にでもするの??」
二本目のタバコに
カチッて火をつけて
関心なさそうに
私のこと、見もしない。
だけど私の心は
その一言で揺れる。
というか。
どの言葉をとっても
どの仕草をとっても
相変わらず、
胸は苦しくなるんだよ。
「…だれにでも、っていうか、」
「あ、待って、質問変えるわ。」
タバコを口から離して
私に近づいてきて
顔を少しちかづけて。
「俺以外の男にも
こういうことする??」
そして答える前に
私の耳元で言う。
「俺は亜子ちゃんしか
家にいれない。」
その、息のかかる話し方と
近すぎる距離と
香水とタバコの香りに
赤くなって、
思わず、キッチンに手をつく。
「な…っ?!
ち、ちかい、し…っ」
「うん、わざとだもん。」
何もなかったみたく
平然として、タバコを口にくわえなおす。
「あ、ごめん。
トキメいちゃった??」
でも、もし、
恋の麻酔があったとしても
その苦しさから逃れるには
致死量に値する。
恋の麻酔があったなら
**
顔が真っ赤になる亜子ちゃんを見て
あぁ、またやり過ぎたか、って。
でもそんな彼女を
見てるのが好きで。
俺は冗談でこんな、
本気で口説いたりしないんだけどな。
…って、言ったところで
どうせ赤くなるだけで
信じてはくれないだろう。
2012.01.24
hakuseiサマ
麻酔
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