魔女を看取る(2011年)

「雨が降ってるのね」

女はゆっくりと言葉を選ぶようにそう呟いた。
女は細く、長い指でその頬に垂れた髪の毛を耳にかける。
私は黙って丸イスに座っていた。
雨の雫が屋根に落ちる音だけが静かな部屋に響いていた。

「どうせなら、晴れがよかったのにね」

「そうね。でも雨も好きよ」

女は綺麗に笑う。
笑ってひざの上の皿に再び手をつけた。

「ケーキって、おいしいのね」

女は物思いにふけるように目を閉じた。
そしてもう一口食べておいしい。と口の周りについたクリームを舐める。

「あたし、こんなにおいしい物初めて食べたわ。ありがとう」

「私のケーキなんてまだまだだよ」

「そう?でもおいしいわ。甘いものって小さい頃食べて以来だから…」

「何食べてたの?」

「5つの時、壷いっぱいにはいった蜂蜜をね。食べ過ぎて怒られちゃったわ。それ以来甘いものは食べてないの」

「へえ、私だったら耐えられないかも」

「それくらい厳しいものなのよ、魔女って。食べ物から、服装、持ち物、癖…自分に関わる、自分が自分だと感じられるもの全てに気を配らないとならないから」

魔女に生まれなくてよかった。
私はそう思いながら自分の分の皿を見る。
まったく手をつけていない。
対して女の皿はわずかに生クリームが残っているだけだ。

「あげる」

私が皿を差し出すと女は喜んで食べだした。
そんなに喜んでいるのを見ているとなんだか幸せな気分になった。

「あら。そうだわ」

女は思いついたように言った。

「ケーキ、まだ残ってる?残っているなら主人の分も切っておいてくれないかしら?」

「いいよ」

「あたしの傍に置いておいてね。そうしたらきっと主人にも持っていけると思うから」

「あ、包丁戻してきちゃった。とってくるね」

「お願いね」

台所に行き手早く包丁を持って戻った。
女は背もたれに体をあずけ、眠っていた。
言われた通りにケーキを切り、側のテーブルに置く。
女はまだ眠っている。
時計を見るとそろそろ戻らなければいけない時間になっていた。

「おつかれさま」

私はそう呟き、女の家を後にした。
その日は雨が降る寒い日だった。

ケーキ、喜んでくれたみたいでよかった。
私が起きる事が無くなる日が来たら、私も最後にケーキを食べたいな。

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