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私の歴史⑥


記事を読んでいただきありがとうございます


高校でも部活動を続けるという条件で、何とか高校に入ることができました

本来の学力であれば、確実に私立高校決定で、不良が多いというレッテルが張られているようなガラの悪い高校に入るしかありませんでした


高校くらいは出ておけと、担任の先生、両親から言われていたため、そのガラの悪い高校を滑り止めで受けていました

私は全く不良キャラではないので、そんな学校は恐ろしくて絶対に入りたくなかったので、学力で入学することを諦めて、学力試験のない自己推薦入試を受けて何とか合格することができました


入った高校は、自宅からかなり遠く、電車の始発でなければ遅刻してしまう距離がありました

始発は6時台で、毎朝5:30に起き、電車に乗って登校しました

ぎゅうぎゅう詰めの電車に乗り込み、田舎なのにつり革を掴むことができないほど混んでいました

変な汗をかきながら、倒れないように何とかバランスをとりました

今となっては考えられないほどの苦痛に耐えたと思うし、二度と乗りたくないです

都会のサラリーマンは本当にすごいなと思います


入学早々、推薦組は部活動がはじまりました

幸い、部活で一緒だった友達もいたため、新しい環境に心細さはありましたが、全くの独りぼっちではなかったので本当に良かったなと思います


入った高校の陸上部はレベルが高く、全国トップクラスの先輩もいました

練習もきつく、ウォーミングアップだけで2時間近くかかり、本メニューを合わせると4時間くらいかかるような練習をやっていて、ついていくのがやっとでした


全力疾走の7~8割程度で150ⅿを走る、本メニューに入る前の「流し」というウォーミングアップがあったのですが、ほとんど全力でないとついていけないほどの速さで、レベルの違いを痛感しました

また、県内トップの同学年の選手も何人かいて、その人たちは高校生に普通についていっているような感じで、そこでも自分のショボさを痛感しました


授業が始まる前、登校直後に朝練習もあり、学校について早々、汗だくになり、Yシャツもベッタベタで授業を受けるような毎日を過しました

土日も部活漬けで、学校だったり、競技場だったりで、もうクタクタで友達と遊ぶ時間もありませんでした

私の地元は雪が積もるので、冬になると遠征で雪のないところに行って、極寒の中、全力疾走をさせられていました


顧問の先生が怖くて、部活に遅れたり休んだりすると、「バカヤロー!」と怒らるような先生で、部活に行く時間が近づくにつれ、鬱になるような気持でした

風を引いたり、怪我をしたりする人は、「体調管理が悪い」と怒られ、説教をくらいます

部活を休むことは絶対にできない環境でした


選手が良い成績を出すために、選手の為を想ってそうされていたのでしょうが、正直こっちからしたら恐ろしいだけで、何とか怒られないようにしようという思考が常に働いていました

毎日、ビクビクしていました


私は中学時代から怪我ばかりで、半年くらいすると案の定、腰痛を発症し走ることが出来なくなるようになったり、痛みが引いても今度は膝を壊したり、何度も先生に怒られ呆れられました

痛みがでたら本練習は休んで筋トレをして、痛みがなくなったら練習を再開して、また痛みが出て練習を休んで筋トレをしての繰り返しでした

怒られるのは嫌なので、痛みをこらえて、怪我を隠して練習をしていた時期もありました

痛みを我慢して練習をし、自分の中でも少し力が上がったような感じがありました


でも、1年生の正月休みのとき、あることがきっかけで、私の自己イメージは最悪になることになります


続きはまた書いていきます

ここまでお付き合い頂き、ありがとうございます



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波山創太
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