世間話に全てをかけた男の話。
今のように障害児支援を主軸とする前は峠工房には成人の知的障害、発達障害の人たちが来ていました。
その中に創立者の中学教師時代の教え子から峠工房に通うようになったKくんがいました。
私よりずっと年上だったのですが、知的障害があり、知能程度は8歳くらいと言われていた彼は、字を書くのはなんとか名前が書けるくらい、大きな数字はよくわからない、おまけに幼少時の大病の後遺症で右半身付随でした。
当時私がまだ学生だったせいか、彼は同年代の気分でいたので、親しみを込めて「くん」付けで呼んでいました。
Kくんの毎日の楽しみは
世間話
でした。
そのために彼は毎日テレビで天気予報を見て、ワイドショーを見て、新聞の折り込み広告を見て話題作りをしていました。
今日は気温が何℃になる。
どこそこで列車の事故があった。
明日はどこそこでビデオテープがとても安い。
字も書けない、大きな数字もわからないのだから、そんなことわかってないのでは?と思うかもしれません。
実際、
今日は暑くなるっていうからステテコを履いてきた
と夏に言ってたかと思えば
今日は寒いからステテコを履いてきた
と冬に言ってたなんて
とぼけたこと
もあります。
でも
楽しく世間話をしたいという情熱
が、だんだんと理解の及ばない物事を自分なりに噛み砕いて理解する力を生み出しました。
その健気さ、勤勉さ、前向きさ…
素晴らしい!!!
世間話を楽しみたい一心
で自分の知らない社会のことを見聞きし、情報を把握することで数字で現れる知能以上の能力を身につけた彼は、他にもきていた人達の中では彼より知能が高い人や障害の軽い人もいましたが、いつしか
リーダー的存在
となっていました。
今来ている子達を送迎する時に出来るだけたわいない世間話をするようにしています。
昨日の夕飯なんだった?
土日にどこか行った?
私はこんなドジなことをしたよ。
幼く未熟な子ども達は、
私のたわいない世間話など耳に入らず自分がいかに可愛らしいかを話す子、
気の利いたことが言えるカッコいい自分を演出して全然関係ないことを言い、シーンとさせる子、
全く反応しない子
などさまざまです。
それでも続けていると、だんだんと私のたわいない話がうまく耳に入るようになり、関連したアウトプットがなされるようになって来ます。
うまく噛み合い、わははと笑い合えると、そこには、可愛い自分もできる自分も恥ずかしがり屋な自分もなく、
ただ話をして楽しい
という思いが生まれます。
日曜に行ったお店の猫ロボットや友達と遊んだ時にびしょ濡れになったことや美味しかったおやつのことを話してまた楽しもうと感じれば、それは
物事に対し集中し、周囲を意識し、それらを記憶する…
他の弱点の底上げにもつながったりします。