【最終話】ラブカプチーノ 3
ラブカプチーノ 2はこちら
店員でもないのに何度も入っている休憩室。
店内の洋風アンティークとは真反対の和室。
畳に木造のテーブルが置いてあって……店内との異空間に笑みがこぼれる。
でも、マスターは畳が落ち着くんだって休憩時間は畳の上で寝転がっている。
アタシも和風は嫌いじゃないからここは好きな場所。
いつも座る窓際の角に座って、箱に入っていたネックレスを見つめた。
アタシ……自分のことばっかり考えてたんだね。
慧くんはコーヒーが好きだから、カフェ・ブルームが好きだからバイトばっかりしてるんだと思ってた。
アタシのことは二の次で、コーヒーの勉強をしてるんだと思ってた。
でも本当はそうじゃなかった。
慧くんはコーヒーが好きなのは本当だと思う。
だけど、ここでバイト漬けだったのは、あのデザインカプチーノを完成させる為。
そして、お金を貯めてこのネックレスを買う為だったんだよね?
慧くんは1周年の記念日なんて全然気にしてないと思ってたけど、そうじゃなかった。
そんな慧くんに気づけなかったアタシが情けない……。
変な意地を張ってる場合じゃない。
これは全て、アタシが悪いんだもん。
素直に謝らなきゃ。
「お待たせ」
ドアが開くと、カプチーノのいい香りが部屋を埋め尽くす。
「入れなおしてきた」
そう言って出されたのは、さっきのハートのカップに入ったカプチーノ。
思わず笑みがこぼれる。
「本当、かわいい」
「ラブカプチーノ」
「え?」
ラブカプチーノ?
「ちぃの為だけの特別なカプチーノ」
アタシの為の……世界でひとつだけのカプチーノ。
どんなカプチーノよりも愛情がこもったカプチーノ。
アタシはこれを一生忘れない。
「慧くん……アタシ……ごめんね……」
「いいよ。オレはこうしてちぃと一緒にいてちぃの笑顔を見れれば十分」
「慧くん……」
「ほら、泣く前に飲んで。カプチーノは冷めるとまずくなるよ?」
アタシはコクンとうなづいてカップに口を付ける。
本当は飲むのなんてもったいない。
でも、熱いうちに飲まないとカプチーノはまずくなるんだ。
アタシがカプチーノを飲む姿を慧くんは満足そうに眺めて、アタシの隣に座った。
「今日で1年だな……」
ボソッと慧くんが呟いて、アタシの前にあったネックレスを手に取ると、アタシの首に回した。
淋しかったアタシの胸元にクロスが輝く。
「うん、いいね。ちぃ、気づいてた? これ、お揃いなんだよ」
「え? うそ!」
白シャツの襟元から微かに見えるシルバーチェーン。
アタシは思わず手をかけて、ペンダントトップを胸元から出す。
そこにはアタシと同じクロスが輝いていた。
「あれ? メンズはハートないの?」
「いや、あるんだけど……何かオレには可愛すぎるかなと……」
「だから付けてないんだ」
ハートがなくて、クロスだけでも十分。
アタシにとって慧くんと同じものを付けてるってだけでうれしいし、活力になる。
「あ、慧くん、アタシも慧くんに渡すものがあるんだ」
そう差し出した白い紙袋。
慧くん、気に入ってくれるといいんだけど……。
取り出したベージュの袋をアタシは慧くんの手から取ると、それを改めて慧くんに手渡した。
「誕生日、おめでとう」
「あ、そうだった。オレの誕生日か……」
「忘れないでよね」
「すごっ! これ、ちぃの手作り?」
慧くんが立ち上がってそれを腰に当てる。
黒いギャルソンのエプロン。
所々真っ直ぐに縫えてなかったりもしてるけど、アタシにはそれが限界。
でも、お母さんもこれなら合格! って言ってくれたし……。
「うん……こんなのでごめんね……」
「いや、すげーうれしい! 今使ってるのが大分、古くなってきたから買い換えようと思ってたんだよね。今使ってるのと同じ感じだから、マスターには内緒で使える」
「あ、マスターには了承済みだよ!」
「そうなの? じゃぁ、気兼ねなく使える」
了承済みも何も、マスターに相談して、お店にあるエプロンを一つ拝借して、型をとったんだ。
だから、同じ感じじゃなく、きっと一緒。
作り方とかは違うかもしれないけど、同じようには出来てるはず。
本当はもっとしっかりしたエプロンを買ってあげたかった。
でも……アタシにそんなお金はなくて、自分で作ることに決めたんだ。
これからは慧くんも毎日のように店に立つことになる。
好きな仕事を慧くんには頑張って欲しいもん。
「ありがとな」
慧くんがアタシの頭をなでる。
それだけでアタシはココロが落ち着くから不思議。
「これは?」
再びカサカサと音を立てながら慧くんが袋から取り出したのはアタシの手作りチョコ。
製菓学校の学生にはかなり劣るけど、それでも慧くんは手作りがいいって言ってくれたから、アタシは慧くんの好きなトリュフを作ってきたんだ。
「お、なかなか上手くできてんじゃん」
慧くんがパクッと一口でほおばる。
「どう?」
ドキドキしながら慧くんの反応を見てると……。
「……お前、味見した?」
「え……?」
無表情の慧くんにアタシは不安がよぎる。
味見……したのはしたよ。
アタシはおいしいと思った。
だって、チョコレートを溶かして、生クリーム入れて……レシピ通りに作った。
そんな変な味になるものは入れてないはず。
本当は抹茶とかも作りたかったんだけど、失敗するとイヤだからシンプルにブラック一色。
だから味なんて……。
カカオパウダーかけすぎた?
あ!
もしかして、食感?
アタシが食べた時はちょうどよかったけど、部屋の温度でちょっと柔らかくなっちゃった?
慧くんの口には……合わなかった?
「あ、の……1個、食べていい?」
アタシが手を差し出すと、慧くんがその手を掴んであいた片方の手でトリュフを取ると、そのまま自分の口に入れた。
「いいよ、食べて……」
グイッと慧くんに引き寄せられて、掬われるように唇が触れた。
「……んッ……」
唇の隙間から入り込む甘いチョコレート。
トリュフの上にかけたほろ苦いカカオがアタシの感覚を呼び戻す。
だけど、再び訪れる慧くんの甘い香りにアタシは酔いしれていた。
時折、カチンと響くアタシと慧くんのシルバークロス。
そんな聞きなれない音も甘い音に変わる。
甘い香りがアタシと慧くんに広がって、慧くんが唇を放した。
「トリュフ、上出来」
そう、極上の笑顔を見せる慧くんにアタシは赤面するしかなかった。
結局はあのおいしくない表情はアタシとキスするための口実。
それでもそんな慧くんを愛おしいと思うから、アタシは重症だと思う。
「ちぃ、ありがとな」
ギュッと慧くんに抱きしめられてアタシの中の幸せ感が上昇する。
慧くんの腕の中。
これがアタシの極上の幸せ。
アタシと慧くんのココロが温まると、外の雨も上がっていた。
慧くん……ありがとうね。
こんなアタシを大切にしてくれて。
こんなアタシを愛してくれて。
これからもずっとずっと……一緒にいてね。
アタシが飲み干したカプチーノのカップには二人の幸せを願うように少しだけ残ったミルクがハートを描いていた――。
ーENDー
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