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平成東京大学物語 第13話 〜35歳無職元東大生、高校のころ花火大会にかこつけて告白するもすぐふられたことを語る〜

 季節は夏になった。田舎の一大娯楽である、港の花火大会が近づいていた。ぼくは一年生のときにそれをクラスの男たちと五人で見に行った。今年は松久さんと見よう。そこで告白しよう。彼女もそれを望んでいるはずだった。ぼくは他の誰にも知られぬようにメールで彼女を誘った。塾があるので最初から行くことは難しいが、塾のあとであれば問題ないということだったので、会場で待ち合わせることにした。ぼくは征服の予感に胸を打ち震わせた。でも最後の決定打はどう撃てばいいのか、ぜんぜん想像がつかなかった。時間があったので学校が終わった後で家に帰り、できる限りのおしゃれをした。白いオーバーサイズのTシャツ、モスグリーンのハーフパンツ、コンバースを模造した黒いキャンバススニーカーという格好だった。シンプルなスタイルだったが、パンツにはポケットが4つついており、それが着こなしに適度にアクセントを与えていた。会場である港の公園までは距離があった。彼女の塾は港にほど近い街中にあると聞いていた。ぼくの家はそれとは反対方向の山側にあった。授業が終わって、家に帰って着替えている間に彼女から塾が終わったとメールがきていた。タクシーに乗るという選択肢も頭も浮かんだが、お金がもったいなかったので高校生のぼくは路面電車に乗っていった。彼女は三十分もぼくを待ったのかもしれなかった。

 彼女は終始浮かない様子だった。港の公園は人が多すぎて入ることができず、ぼくらはその周りをうろうろしながらビルの隙間から花火を見た。でもなかなか花火がきれいに見えるところはなかった。たまに見えるとぼくはきれいだね、と彼女に言った。でも彼女は終始心ここにあらずといった調子だった。ぼくらはすぐに帰ることになった。

 松久さんの家はぼくの家と同じ方面だったが、その日は予定があるため反対方面行きのバスに乗らないといけないとのことだった。そんな遅い時間にある予定がいったいなんなのか気になったが、最後まで聞けずじまいに終わった。

 ぼくたちは国道沿いのバス停の粗末な青いベンチに座った。街のネオンがきらきらと光る中を路面電車が何本も行ったり来たりしていた。とてもたくさんの車がぼくらの近くをスピードを出して走り抜けていった。彼女は通学用の革鞄を制服のスカートのひざの上にのせてバスを待っていた。ずっと黙っていた。彼女の反応がほとんどないものだから、ぼくも口をきかないでいた。バスの到着までにはかなり時間があった。沈黙が同じ時間だけ続いた。ようやく松久さんが乗るべきバスの姿が遠くに見えたとき、彼女は重い口を開いた。

「…なんで、花火に誘ったと…?」

 ぼくは今こそ砦に攻め込むべきときだと確信した。でも彼女の様子を見ていると、征服の可能性は薄いように思えた。様々な考えが頭をよぎった。塾の終わりに時間をくれたとはいうものの、本当にその気があるのであれば、そもそも塾を休むのではないか?本当に喜んでくれているのなら、二人でもっといろいろと語り合い、偶然に見せかけて手をふれあわせたりするのではないか?もしも攻略に失敗したら…決定的な一言を口に発して、かつ、松久さんがそれを拒んだら…彼女はこの夜のことをクラス中に言いふらしはしないだろうか…ぼくは、悲しいピエロになりはしないだろうか?

 ぼくはそのころぼくが一番仲良くしていた男の逸話を思い出した。彼は先日好きな女の子に告白したのだが、実に勇敢な方法でそれをやってのけた。学校の階段の踊り場で女に話しかけ、壁際に連れていって、自分の手を壁にドンとつき、好きだ、付き合ってくれ、と迫ったのだった。彼女はその場では交際を承諾した。しかし、その翌日、やはり、あの回答はなしにしてくれと頼みにきたとのことだった。このように、もともと交際するつもりがない相手からの告白であっても、一時の気の迷いになるかもしれないとはいえ、交際を受け入れてしまうこともあるほど、告白の瞬間というものは、大事なもので…大事なものなのだから…だから…だから…?ぼくはいったい、どうすればいいのだ…?

 気がつけばぼくは彼女とは反対の左の方を向いて右手で頭をぼりぼりとかいていた。バスはバス停に着いて、彼女はそれに乗って去っていった。ぼくはその夜、布団に入って携帯で松久さんとのそれまでのメールを見返して悶々としていたが、やはり告白するべきだと思い、手短に、付き合ってほしいのだがとメールを送ったら、すぐに、のぼるくんとは友達でいたいと返信がきた…文末にはハートマークが付いていた。

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📕ササキあやな📕
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