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平成東京大学物語 第9話 〜35歳無職元東大生、受験で初めて飛行機に乗り、羽田空港に到着したときのことを語る〜
高校三年の二月、受験のためにぼくは初めて東京を訪れた。飛行機に乗ったことがなかったので離陸した瞬間から墜落しやしないかと不安だったが、フライトが安定すると間もなく眠りに落ちた。着陸体制に入るというアナウンスがあってもまだうとうとしていたが、やがて目が覚めて、窓の外を見てみると、東京湾の上空を旋回しているらしかった。港の向こうにはどこまでも平野が広がっていた。飛行機が羽田空港へ向けて高度を落としていくと、ところどころに高層ビルが立ち並んでいるのが鮮明に見えてきた。まるで墓石みたいだった。田舎には墓場が多くて、小学生のころはよく友達と墓場に侵入して人の家の墓の塀にのぼって遊んだものだった。そのことでは一度先生にこっぴどく叱られた。
無事に着陸して、リュックを背負ってタラップを降りると、そこは嘘みたいにだだっ広い滑走路だった。ターミナルまで移動するためにバスに乗ったが、目的地にたどり着くまでに20分も走っているように感じた。ちっぽけなバスの外にはすべてをのみ込んでしまうほど広大なアスファルトの地平に、流線型をしたジャンボ機がまるでおもちゃのように並んでいた。にわかには信じがたい眺めだった。
ターミナルに着いてからも、到着ロビーまでだいぶ歩かされた。田舎の空港は小学校くらいの大きさくらいしかなかったのに、羽田空港はまるでそれ自体がひとつの街みたいだった。しかもようやくたどり着いたロビーは不機嫌そうな旅客たちでごった返していた。ぼくはなんだか心細くなった。叔母が迎えにきてくれているはずなので、リュックを背負い、慣れないスーツケースを右手にひいてうろうろした。幸いにも、叔母はすぐにぼくを見つけて手を振ってくれた。
「大きくなったねぇ!もうすっかり大人!」
あつぼったい二重の瞳が屈託なくぼくを見つめていた。ぼくはこのとき物心がついてから初めて、生身の人間に標準語で話しかけられた。なんだかわざとらしいような感じがして薄ら寒かった。でもひどく混雑したロビーで自分をすぐに見つけてくれた叔母に、強い感謝の念を抱いた。
「空港が広くて、驚いたでしょう?」
叔母はぼくの驚きなどお見通しだった。
「なんっちゃなかよ…!けど、こんがん広かとは、思わんかったばい。」
ぼくは自分の口をついて出た東シナ海の塩薫るような言葉に、気恥ずかしい思いだった。
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