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たまには真面目に仕事の話:その14-通訳案内士ってどうよ-やるべきことと、できないこと-

大阪伊丹空港から奄美大島へ戻ってきた先週、台風の影響で空港は大混雑!

沖縄や奄美のスーパーからものが消えているニュース映像を見たところで、それを気にする人はどれくらい関西にいるのか。

そんなことを思っていたら、次の台風は関西へ向かったらしい。

台風というのは皆その進路が気になるのだけれど、関係のないエリアに住んでいれば、「何かあったの?」レベルで関心がないもの。

こんな時、インバウンド観光客のお客様を見ると、何とも気の毒だなと思うガイドは私だけではないはず。

空港で途方に暮れる人たち。
電車が何故停まるか分からず、右往左往する観光客。

だからと言って、だれかれなしに助けるわけにはいかない。

退院後、台風前に移動しようとする人混みにうんざりしながら、辿り着いた伊丹空港には、立ち止まらずにはいられないポスターと北斗の拳?がいた。

コピーも気になるけど、絶対その下にいる人に目が行く

ポスターのキャッチコピーに立ち止まらずにはいられない。
そして、気づいた。 ケンシロウ、何故ここに?

いやリアルな大きさ怖いから、夜とか立ってたら怖すぎる。

九州行きの飛行機が次々に止まっていく中、奄美行きだけは出ていた先週。
ケンシロウに立ち止まる余裕がある人などいる訳もない。

無事に難を逃れ、確保していた便は飛んで奄美大島に着いたものの、先週に大阪から出した荷物はまだ届かない。恐るべし離島。
時と場合によっちゃあ、奄美に荷物を送るより、アメリカに送った方が早く届くこともある。

その伊丹空港を離れる際、国際貨物便の運送会社から届いた一通のメール。
「大阪からアメリカへの発送分」との請求書。

請求書には、なかなかの金額の請求額が記載されていた。
送ったものはリチウム電池内臓商品。

もっと大雑把に言うと、Earbuds。
もっと簡単に言うと、耳に差し込むタイプの小型ワイヤレスイヤホン。

そう、飛行機に乗る時には必ず機内手荷物で持って行かねばならない代物。

預ける荷物にこれがはいっていた日には、スーツケースが飛行機へ運搬途中で止められて差し戻され、「お客様ににご案内したいことがございます」と、空港アナウンスで呼び出される、ということをご存じだろうか。

実はこの品、各国のリチウム電池発送手順に則り、奄美から発送しようとしたものの、海運会社が輸送を拒否したたため、大阪から出したものだった。

わざわざ一旦飛行機に乗って、大阪まで手荷物で持ち込み、その後、大阪から海外へ発送したという品物の請求書。

伊丹空港でこの請求書メールを受け取った時、もういろんな思いがこみ上げてきて噴き出し笑いが出た。隣にいた夏休み中の子供達に「変な人がいる」と思われても仕方ないくらいひとり思い出し笑いをしていた。

それは遡ること2か月前、インバウンド観光客が爆増し続け、最も安い梅雨の時期を狙った海外からの学生の団体がやって来ていた頃。

あまりにも過酷な業務に担当者が次々離脱し、突然交代の事態に、交代要員として馳せ参じた私。

準備期間は、わずか2日。
今から思えば無謀以外の何物でもない。

スルーツアーは久しぶりで不安だったものの、良いお客様だったので何とか乗り切れた。けれど、毎日ホテルを移動しながら関東から関西まで駆け抜けるハードスケジュール。毎日のように忘れ物が、頻発する。翌日の準備などする間もない。

「ゲームセンターでせっかく取ったぬいぐるみをホテルに忘れてきた!」

あのスーツケースよりデカいものを忘れられるあなたがミラクル。

ガイドの心の声

「お気に入りのブレスレットが無い!」

お気に入りなら絶えず身につけておけ。

ガイドの心の叫び

「スーツケースがなくなった」

ここ日本だから。そんな訳ないから。
誰か、勝手にバスに載せてない? おーい、保護者チーム、返事しろ。

ガイドの本気の叫び

「さっきのバスに、リュック置いて来た」

電話したけど、バスの運転手さんは無いって言ってるよ。
みんな同じリュックだからね。
おーい。誰か自分のと間違って人のリュック持って来てませんか?

ガイドの本気の叫び その2

「お土産の、日本刀のかたちのミニボールペンがバスの中で消えた!」

土産なら、袋から出してバス内で遊ぶんじゃない。
バスの椅子外すの大変なのよ!

ガイドの怒りの心の声

「同じツアーリュック持っている人について行ってたら、ガイドが急に消えたのよ!」

同じリュック使っている団体が、あと少なくてもバス5台はあるからね。
リュックについて行くな、私についてこい。

呆れて声が出ない時の心の声

「私の朝ごはんしらない?」

知らん

もう、無感動になっている時の心の声

何度、何を失くしても、必ず発見されて手元に戻って来る日本の素晴らしさに感激する観光客たち、いえ、学生たち。

そもそも忘れるんじゃない‼

笑顔でキレている時の心の声

毎朝、毎朝、「身の回りのもの忘れず全て持ってきましたね! このホテルへはもう戻りませんよ!」と、バス内で問いかけるけれど、誰も聞いちゃあいない。

尋ねれば必ず何かしら足りないものが出てきてバスが出発できなくなる。
行程管理に響くことに気づいてからは、朝には敢えてそれを尋ねないという戦略に出てみた。

それが、後に最悪な事態を呼び込むことになろうとは夢にも思わなかったのだけれど。

いや、怒ってはいけない。相手は子供であってもお客様。
自分が学生だった頃を思い出せ。

人の話など30秒以上聞けないのは当たり前。
戻ってくる時間を覚えているだけでも君たちは素晴らしい。

保護者が数名ごとについていても、保護者自体が浮かれている。
どうにもならんな。

ああ、もっと子供たちを脅さずに、怖もてに説得できる、
保護者さんたちにも失礼でない英語表現スキルが欲しい。

親しくなれるのは良いのだけれど、
いつになったら子供たちになめられなくなるのか。

丁寧に外国語で何かを頼めなかった時に反省した心の声

こうやって、「バスのお姉さん(子供達からしたらおばさん)」は、
毎日くたくただった。

バスが出発した直後に、必ずホテルからかかって来る「お客様のお忘れ物がございます」の電話。

No more 忘れ物!!

発送から到着までを見越し、宿泊していたホテルから次の宿泊予定ホテルへ発送してもらうこと数回。

その都度、お客様に送料を請求。
その都度チップもらうからいいけれども、と自分をむりくり納得させる。

離れたエリアでも荷物が指定した日の時間に届くことに、毎度歓声が上がる、そんなことがありえない国に暮らす人たち。

そんなことにも慣れてきたツアー最終日。
いよいよ明日は、国に帰ってくれる!いえ、お戻りになる、という日。

恐ろしいコメントが出た。

「昨日の京都のホテルのルームキー、持ってきちゃった。これいるの?」

勘弁してくれ。それ、有料って言ったでしょ。
失くしたら会社に請求来るんだからね。

引きつった笑顔でカードを回収する時の心の声

ホテルを離れる前に何度も確認し、出発前にバスの中でさらに確認し、5名がチェックアウトしていないことが判明し、リュックに入れたままの子供達のルームキー5名分をホテルに戻しに行って出発が遅れた。
なのに、あの時に出さなかったこいつを呪う。

まだあったんかい!

笑顔が作れなくなった時の心の声

ホテルもホテルで、全員がチェックアウトしたかどうか確認せずに送り出すものなのか?

ということで、京都のホテルに電話をし、ツアー修了後、ルームキーを京都まで返却に行くので請求しないで欲しいということになった。

そしてさらに極めつけの忘れ物が発生していたことに気が付いたのは、その日の夜。

「あのね……眼鏡が無くてよく見えないの。眼鏡が無いと困るの」

それは流石に、ホテルの部屋を出る前に分かるやろ!

意味が解らず絶句した時の心の声

そう、「昨日の京都のホテルに眼鏡を忘れた」という申告。

そんな大事なものを、なぜ忘れられるのかがわからない。
そして、あなたは、その状態で一日過ごしたのか?と問いたい。
そして、一緒にいた保護者よ、グループの管理責任者よ。
あなたも気が付かなかったのかい?

もはや、これは《わざとやっているのではないか》という疑いさえ芽生えるガイド。
そうだ、こればアンダーカバーボスとかいうリアリティショーかなんかの隠し撮りで、私はそれに引っかかっている。

そう思わないとやってられない。

忘れた場所は、ルームキーも、眼鏡も、全て同じホテルだった。
そして、一日中、そのホテルから忘れ物連絡は来なかった、という事実。

すでに大阪に到着し、早朝の国際線へのトランジットのため、早めに夕食を済ませチェックインして、スーツケースのパッキングに大騒ぎの時間。

忘れ物申告があったのは、夕食後のもう寝ようかという深夜。
もうどうやったって、らちがあかない。

皆が無事にホテルに戻るか心配で、ロビーで報告書を作りかけていたら、
「眼鏡が無いの」ときたもんだ。
ああこんなことなら部屋で仕事をすればよかった。

ルームキーだけなら明日でも良かった。
けれど、流石に眼鏡は生活に支障が出るレベルのはず。

長いガイド歴、日本中どこでも巡れるぞという自信が、木っ端みじん。
コロナ明けで勘が狂ったか。働きすぎていて脳が働かないのか。
入院前で思考能力に限界が来ていたか。
それとも、ポジティブ思考の無用な役に立たぬ自信が、災いしたか。

「仕方ないですね。もう帰国に間に合わないので諦めてください」

そう言うことは簡単なのだけれど。

何なら今から電車で行けんことはない。いや無理やろ。

頭によぎった白い天使と黒い天使の声

大阪から京都は、私鉄やJRで40分の距離。
終電で辿り着けるが、問題は、戻って来る電車が始発の時刻までない。

そして、始発に乗車した場合、間違いなく早朝出発の空港行の送迎団体バスのホテルピックアップの時刻に間に合わない。

戻るためのタクシー代が出るなら取りに行こうかと悩んだ。
せめてもう少し早めにこの状況が分かっていればと思っても後の祭り。

お客様は、このツアーに膨大な費用を支払っている。
保護者同伴で来ている場合は、数百万円はくだらないはず。
ガイドには微々たる金額しか入らないけれど。

いわば、かなりの富裕層の方々のはずなのだけれど「学習の為の生徒の旅」という名目で、日頃考えられないようなエコノミ―クラスに宿泊し、期待していた物とは違う、日本食とは程遠い夕食を連日食べさせられ、不満は日毎に溜まっている。それでも前向きに楽しもうとしている人たち。
旅の後半では家族連れのグループは、高級レストランへと姿を消していた。

もう、夕食付けずに自由食にすればいいのに。
みんなコンビニでも幸せそうなのに。
高い金出して、団体で冷めたご飯が毎日のツアーなんて、
私なら二度と参加しないぞ。

No more Karaage! No more cold food! と言われた日の、心の声

そうして最終日に勃発した忘れ物案件。
殆どの人には何の関係もない話。台風と同じ。
「何かあったの?」程度。

買物に興じる人。
ゲームセンターに行く人。
美味しいものを食べに出かける人。
最後の自由時間。
けれど、ハプニングの渦中にいる人はこれでもかというくらい凹んでいる。

独断と偏見で、対応を決めてもいい最終日の忘れ物案件。
こういう時、日本人気質が顔を出す。
たかが、メガネ。でも大きな責任がある。ああ、一人で決められない。

一か八か、エージェントに電話をし、どうすべきか問い合わせた。
日本の現地代理店は、閉まっている夜の時間帯。
緊急時はこちらにかけろと言われていた電話番号。

現地が何時なのかは知らない、相手が何国人かも知らないが、ワンコールで担当者が出た。
そう、緊急窓口とは、「人命にかかわるような事態」を想定されたもの。

ともかくも、「その眼鏡が無いと、お客様の生活に支障が出るらしい」旨を伝えた。ルームキーも返却しないと請求対象になる旨も伝えた。
そのついでに愚痴る。いろいろ愚痴る。この仕事量って違法じゃない?まで愚痴る。

予想していなかったガイドからの前例のない質問に対し、担当者の沈黙の時間しばし。
そして、「本当に大変でしたね。準備期間もなくよく耐えましたね」という心がこもってるのかこもっていないのかわからないねぎらいの言葉の後に、担当者はこう言い放った。

「離脱していいので、忘れ物をすぐに取りに行ってください。交通費の領収書は必ず受け取るように」

うそやん。英語聞き間違えたかな?

期待していた応えと違いすぎて、金縛りにあった時の心の声

もう一度聞き直すも、取りに行ってくださいとの回答が繰り返される。
あなたはどこの国の人なのかしら?

そうね、お客様は神様だし、超富裕層のお客様のお子様も、神様なのよ。
そしてすぐさま、それを許可するといった内容のメールが文書で届いた。

こうなったら仕方がないと、団体のリーダーに早朝の送迎バスの出発前には必ず戻ることと、何かあったら連絡するように伝え、とにかく走って電車に飛び乗った。

どんなに緊張していても、ひとりなら電車の中では爆睡するガイド。
そうでもしないと体力持たない。

なんとかホテルに到着し、危うく紛失代金を請求されるところだったルームキーを返却し、無事に眼鏡も入手するも、場所が京都の繁華街ではなく辺鄙なエリア。タクシーが捕まらない。各種アプリで調べても、一台もいない。深夜バスだって、もうない。

そりゃ、タクシーだって、東山、祇園・先斗町エリアにいたいでしょうよ。

やむを得ず、ホテルのロビーで休んだ後、駅方向に向かい、タクシーを捕まえられたのは朝の4時半頃。
もう家に帰ろうと思っていたという運転手さん。

「遠いですが大阪ミナミまでいいですか?」の問いかけに、大喜びで乗せておきながら「大阪の道を知らない」と言う。

乗る前に言え。

真夜中の暗闇を歩き続け、運転手と交渉する気力がない時の心の声

ぐったりした様子で、大人しく乗車した人を見て「ぼったくれる」と思ったか。こんな時間にひとり歩いている奴を見て「酔っ払い」と思ったか。

「急ぐので高速を使ってください」とのリクエストにも喜んで従ってくれたが、途中の分岐で、何故か、高速道路を神戸方面へと向かう運転手。

流石に、早朝出発時刻に間に合うか気が気で無かったので、タクシーの中では起きていた私。
大阪到着前に確認しなければならない今日の案件に、超絶集中していた。

そして、ふと、景色を見て、一瞬の思考停止。

うそやん。 絶対、わざとやろ。
日本全国の高速道路でバスに乗りまくってる全国通訳ガイドを舐めんなよ。

全身に何かが乗り移り始めた時の心の声

そうして少し前まで、静か~に、どんよ~り後部座席にいた女は、運転席の真後ろまで身を乗り出し、運転手の首あたりまで近づいてからゆっくりと、声を発した。

突然の、囁くような、しわがれ声の関西弁。
抑揚のない、かなり低め~の声のトーン。
(けだるそうな幽霊女をご想像ください)

「なぁ、運転手さん。前と右側に《山》、見えてるなぁ……」

「……え?」

「さっきの分岐、間違えたよな、あんた……」

ぎくりと動いたような運転手の背中の反応を見て、耳の真後ろから、さらに息を吹きかけるように、言葉を続ける幽霊女。

「覚えてる? 行先は、大阪の、ミ、ナ、ミ、やで?」

「……お、大阪、よく知らなくて……」

「海は見えても、山見えてきたらおかしいやんな? この往復高速代、請求したらあかんやつやなぁ……」

「すいません……」

「ぼったくるつもりかと思てたけど、道知らんの、ほんまやってんなぁ。
っていうことにしとくから、悪いねんけど制限速度ぎりで飛ばしてくれる? 
こっちは、ミナミにお客さんを何人も待たしてんねん」

「あ、はい……これからお仕事でしたか。すいません。急ぎます!」

「左に出口見えてくるからすぐ降りや。 左へ寄らんかいな!
はよせな降りられへんで!」

運転手さん、必死。
だって思い切り右車線を走っているので、左端まで一気に車線変更。

大阪をご存じない方のためにお伝えすると、大阪で「ミナミへ行く」と言う場合、「飲み屋」、もしくは「夜の街に人々が集う場所」を指す。

乗車の際「大阪のミナミへ」とだけ言い、ホテル名を言わなかった幽霊女。

突如豹変した、怒らないけど耳元で囁く不気味な客。
噴き出す汗を手で拭い、すいません!を何度も繰り返す運転手さん。

え? 私そんなに、怖い?
いえ、私、決して怒っているわけではありませんよ。
声を張り上げる気力もないほどに、疲れているだけでございます。

感情高ぶると、関西弁が自然に出るんです。
一週間以上もまともな日本語、というか標準語を話してなかったせいです。
いえ、超絶に疲弊させるこの学生団体ツアーのせいです。

……っていうこの言葉も、口に出すのもしんどいんですよ。
ええ、昨日ほぼ寝ていないんでね。

ザ・グレーゾーン・オブ・ワン・オブ・ザ・トップ・オブ・ブラック業界
で働く人間に構わないでください。
こういう職種なので違法じゃないらしいんですよ。信じられます?

ホテル前に無事到着するまで、運転席の後ろに頭をくっつけて指示を出している時の心の声

そんなこんなで、私が案内する近道に従い、数々の一方通行を走り抜けて、ホテル前に到着したのは、団体用ピックアップ送迎バスがホテルを出発する2分前のこと。

ホテルの前には、既にバスが停まっていて、早朝便で帰国する予定の全員が既に乗り込んでいる。ガイドの方がお客様よりも遅れたことを詫び、眼鏡を置き忘れて嘆いていた生徒に忘れ物を届け、痛いほどハグをされた。

「日本ってすごいね! 高級ブランドだから、出てこないと思ってた!」

お褒めに預かり日本人としては嬉しいのですがね。
シャワーも浴びていないので、ハグはどうかと思いますよ。

このホテルだけですよ、忘れ物があったのに、即日ガイドに連絡してこなかったのは。あなたが申告しなかったら、無くなっていたかもよ。
多分ですけど、日本だって、そう安全な国じゃなくなってきているのよ。

ともかくもリーダーさん、学生のバスへの誘導ありがとう!!

移動中ずっとメールをやり取りしていたリーダーに感謝している時の心の声。

タクシー運転手さんは、時間がかかりすぎたことに恐縮して、高速代を除いた領収書を作っていたけれど、ここから京都まで空で帰るのは気の毒過ぎたかも。

悪いことあったらいいことありますように。

自分に言い聞かせるように運転手さんに礼を言うと、御礼もそこそこにバスに飛び乗った。
こんなこともあろうかと、自分の荷物はすでにフロントに置いてある。

思えば、毎日毎日、多くの人たちが、力を貸してくれていたからこそ、成り立っていたツアーだった。ガイドはひとりではなく、お客様と二人三脚なのかもしれない。いや、代理店スタッフまで含めたら、三人四脚。

バスドライバーとの打合わせも自己紹介もろくにできないまま始まった最後の行程。
その日の便で帰国する人の氏名を確認し、安全運行への協力とシートベルトの着用、今日の天気に交通状況と出発予定ターミナル、おおよその時間を伝えている間にバスは出発した。
全てタクシーの中でぎりぎりで最終確認していたもの。

出発時刻、オンタイム。
一か八かの賭けに勝てたのは奇跡。
間に合わなければ、ガイド無しで空港に向かうしかなかったバス。

危うく、空港で集合になるところだった。クビ覚悟だけど。
京都までお客さんの忘れ物を取りにに行けって言われたからね。

まだまだ経験が足りなかった。お客様は、毎回、全員違う考え方をする。
それぞれに異なった国からきた別の人たち。

スルーツアーなら数多くやってきたから平気っしょ的な考えでいた愚か者。
驕れる者、久しからず。

空港でチェックインし、最後の挨拶がてら笑顔の生徒たちと数名の保護者とのハグの嵐の後、皆を見送った。

もう、ハグはやめといた方がええで。
でも、おばちゃん、実はハグホリックやねんなー。
嬉しいわ~。

朝のシャワーを浴びられなかったことを後悔している時の心の声

団体カウンターが混雑することを見越して通常より30分ほど早い集合時間を伝えていた。予想通り、到着した時には全く列がなかったカウンター前は、私たちのグループのすぐ後ろから、長蛇の列と化した。
何せ、他にも同じような学生団体グループが沢山来日し来ているのだから。

列を待つ間、「どこが一番楽しかった?」の問いに「ぜ~んぶ!」と答えてくれた最後まで元気溢れる子供達。

初めての海外旅行。初めてのひとり旅の子供も多かった。
十代初めの彼らの目には、日本はどう映ったのだろう。

「また来たいな」という言葉は、何よりの疲労回復剤。

ああ……あなたたちが楽しかったなら、もうなんでもいいのよ。

学生達と保護者が乗った飛行機が飛ぶまでの時間、何があるかわからないからと、よほど次のツアーが詰まっていない限りは空港で見送る主義の私。

展望デッキから飛行機が飛び立つのを見送った。
無事に飛び立った飛行機を見た時の、あの解放感。

飛行機、絶対戻って来るなぁぁぁああ!
やっと終わったぁぁぁああああ!

思わず泣きそうになる瞬間の心の声

インカムとトランシーバーを返送し、脱力放心状態で、翌日のツアーの移動のためモノレールへと乗り込んだ。

気付けば携帯にはお礼の写真やサンキューメールが舞い込んでいた。
辛く楽しかった思い出が次々蘇る。
ひと月くらいは子供たちと一緒にいたくらいの感覚。

騒がしい孫家族が、夏休み終わりに全員帰って行った後の、おばあちゃんの気持ちはきっとこんな感じか。

安堵しながら、送られてきた思い出の写真をひとつひとつ見つめる。
お台場、浅草……富士、箱根……祇園、奈良公園、伏見稲荷、道頓堀……。
まだまだ数えきれないほどの訪問地を、この日数に詰め込みすぎだろ?と、今更思う。

やっぱりFIT(個人旅行客)の方が断然よかったわ!などと思いながら、
安心して奄美に戻ってから開いた、WhatsApp画面。

二日前に帰国した学生団体ツアーの保護者さんからのサンキューメールだ、と思ったのだけれど。

そにあった文字に全身が固まった。

「京都のホテルに、私のEarbudsがあるってGPS表示が出ているの」

あなたはなぜそれを、一昨日、京都のホテルへ私が向かう前に言わなかったのか。今まで気づかなかったってことかい?

まじで、あなたに問いたい。

What’s up?

ツアー修了後、報告書を書きあげながら、日本のエージェントへどうすべきか問い合わせた。

それに対する回答は、
「国外に出た旅行者の忘れ物まで責任をもって管理する必要は、私たちにはありません」だった。

正論。

ですがね。

控えめに言って、お客様が忘れた荷物を一切報告しないほど人手の足りないホテルを選択した責任くらいは、あるんじゃあないですかね?

ホテル側が、何故、ルームキーが戻っていないことを一切伝えないのか。
メガネを取りに行った時、イヤホンあった事を何故報告しなかった、いや、できなかったのか。

イヤホンのGPSの位置情報でホテルの位置が示されているのに、動こうとはしなかったのは何故か。

心の声をぐっと飲み込んで、「承知しました。ならこちらで対応します」と、エージェントに答えた。

そこからこのイヤホンは奄美大島からは送り出すことができないことが判明し、私に同行して、奄美、京都、大阪と旅をした。
更には私が入院する直前まで、リチウム発送用伝票を付けた箱に入ったまま私のスーツケースの中にいた。

だってツアー中は荷物発送することなんてできないのよ。
同じホテルに二泊でもしない限り無理。そしてそんな簡単に奄美から出られないのよ。他にもやることあるんだから。

お客様はその間、GPSで私の動向(イヤホンの動き)を観察していた模様。
そうしてようやく海外のお客様の手元に届いたのは、帰国されてからひと月後のことだった。

お客様の手元にイヤホンが届いた翌月、ようやくやってきた請求書。
そうまさに、その連絡を確認したのが学生たちを見送ったあの伊丹空港。

ふた月経っても、変な思い出し笑いがこみ上げる案件。

実は、お客様から無事に商品を受け取ったことを知らせるために送られて来たWhatsAppのメールには写真が添えてあった。

「日本で最も感動したのは何と言ってもこれ!今年のバースデーにねだって買ってもらったよ!」

そこに満面の笑顔の保護者と共に写っていたのは、巨大な洗浄機能付きの
《トイレの便座》だった。

日本を堪能してくれて、おおきに。
日本でそれが一番感動したのね。
その使い方を説明すると、絶対ウケるから助かるのよね。
それならどこかへ持って行くことも、忘れることもないからよかったよ。
でもそれを簡単に買えるくらいならさ、
イヤホンごとき、そっちで買えば良かったんじゃないの?
こっちから送る送料の方が、きっと高いよ。

自ら数か月格闘した対応の結果に疑問を呈した時の心の声

一生に一度かもしれない旅、出来るだけのことはして差し上げたい。

けれど忘れ物は二度と送り返すまい。(反省)

ところで、ひとつ気になることが。

あのイヤホン、京都から奄美まで、ホテルから宅配で、何日かかけて送られてきたのだけれど。

船便でも、郵便局からも奄美から発送できないと言われた代物なのに、何故向こうからの発送時には、引っかからなかったのか。

離島、だから?

疑問。

ゲームセンターの次に子供たちに人気があったのは
大仏殿の柱くぐりと奈良の鹿さんでした。


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