才能を自覚すること、CI/BIデザインの好きなところ

岡山での展示期間中で沢山のことを考えて閃いたのですが、その1つが自分の才能とこれからのデザインのしごとへの取り組み方についてでした。

20代は領域関係なく色々なデザインの仕事をさせて頂きました。

ぼくだけの力でなく友人や先輩に協力してもらいながら、グラフィック、Web、アプリ、サービス(UX/UI)、紙、パッケージ設計、オフィス設計、サイン計画など、領域関係なくデザインの仕事に取り組ませて頂きました。(自分を信じて機会をくれた方々に感謝…)

その中でも、アイデンティティデザインはやはり面白く、自分が特に才能を発揮できるんじゃないかと改めて思ったのでした。

CI(Corporate Identity)やBI(Brand Identity)と呼ばれる領域では、ロゴとVI(Visual Identity = 視覚的に一貫性のあるデザインパターン)を作ることが多いのですが、その過程でその人の考え方を培ってきた歴史や、その個人的な生存システムに迫っていけることが多いです。

CIALとしても、そういうことがもっとできるようにとこれまでやり方を少しずつ工夫してきました。

そしてぼくはマーケティング的に市場(全体性)を先に捉えて、そこに対して反応するように理論で何かをつくるということが苦手なのではと感じています。

それよりも、当事者にとって、その個人の1人にとって切実で大切になるようなものをつくりたい。

それを携えることでその人がもっと自然体で生きることができるような、深くめり込んで人生を変えてくれるようなものをつくりたい。

結果、その偏り自体が魅力となって空気を放つから、他の人に強烈に伝わってしまう。

素敵だと感じられるし、そういうものはとっても輝いて見える。

なぜなら皆が、自分の偏りをそのまま受容してありのままで生きたいと心の底では願っているから。

そして、何故か分かりませんがそういうものを自分はつくれそうだという確信みたいなものを岡山での展示中にふと感じたのでした。

すっっごくおこがましい話なんですが、それをつくることが自分が社会に対して才能を提供することであり、ぼくがそういうしごとができるほど社会はもっとよくなるはずだとふと感じたんですね。(あーおこがましい)

なのでこれからも、CIやBIデザインの(印をつくる)おしごとは機会を頂ける限り続けてみたいなと思ってます。

ロゴやVIを作りたいという方がいればぜひご相談もらえたら嬉しいです。同時に1つ程度しか取り組めないのですが、領域は何でもです。

但し、意思決定はそれをつくる当事者(最後に責任をとる覚悟を持っている人)とぼくの2人だけで、なおかつパーソナルな面に関して深く対話をさせてもらえる時間と機会をもらえる人と一緒につくりたいと思ってます。

形が変わり続けるはずなので未来のことは一切約束できないのですが、CIALとしては「しるす」という言葉をこれからも大切にして、誰かにとってより大切になってくれるようなものをつくり続けたいなと思っています。

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