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年越しおそうめん

コロナになっていた。

今日で6日目だ。

医者から伝えられた自宅待機期間は5日間だったので、今日からは社会の目を気にせず外の世界に姿を表すことのできる公人となった。

何だか夢の中にいたような5日間だった。

7日前に書店で行う予定だった個展の設営を終え、その翌日のオープン日から会期終了日にかけてをちょうど床に伏し、夢うつつな世界に生きていた。

その間に、映画を5本とアニメを3シーズン分見て、小説を一冊読み、深田えいみさんのYouTubeを少しだけ見た。

療養期間中の僕の精神状態を描写することに代えて、鑑賞した作品を羅列して済ませることにする。

映画
・パラサイトー半地下の家族
・キングダム II
・キングダム III
・The Wolf of Wall Street
・THE 有頂天ホテル
アニメ
・東京喰種 シーズンI
・東京喰種 シーズンII
・ヒロアカ 最新シーズン
小説
・『砂の女』安部公房
・『騎士団長殺し』村上春樹(上の序盤)

エンタメ要素の強い軽めの作品から、ずっしりと湿って重いものまで混ざっていて、よくもまあこんな脳が混乱しそうな見方をしたものだ。

それがたたったのか、途中の数日間は頭痛が収まらなくて、もはやコロナとは何ら関係のない体調の抑揚に悶えていた。


ところでだけど、僕にとっての絵の個展は、制作活動の分岐点だ。

あまり計算をして作品をつく(れ)るタイプではないので、絵にはコンセプトやらテーマやらは予め設定されていない。

描いているときに感じたことや受け取ったことは、完成した後からじわじわと分かってくることばかりだ。

作品のタイトルをつけるときや、Webサイトに掲載する作品写真を撮っているとき、昨日かっておいた紅茶味のパルムを口に頬張っている最中だとか、そんなときにふと過去に描いた絵のテーマについて発見する。

個展は、そんなふうにして後付けで絵に意味を発見していくことの、重要な儀式なのだ。

会場やその場を作っている人との関係性に思いを馳せながら、展示のタイトルを書く、その展示で並べたい絵を考える、何かを伝える工夫をしてみる。

展示が始まったら、作品を媒介にして誰かと会話をする。そんなふうに見えているんだと驚いたり、想像していた以上に深く伝わっていることに安堵したり、全然に意図って伝わらないんだなあと気付いてそれはそれで安心したりする。

そんなふうにして、作品を通して僕の直近の生きていたことの手触りを、再発見していく儀式なのだ。

それは誕生日パーティのようだなと思う。これまでの私が供養されて、新しい私が生まれる祝福の儀式。

そして今回はコロナウイルスによって、展示という私にとってごく個人的な意味において重要な儀式を、欠席することになってしまったわけだ。

当人不在の誕生日。親友かパートナーにでも代わりにろうそくを吹き消しておいてほしいものだけど、そんなことを肩代わりしてくれる人なんていないのだ。

特段、展示に作家ご本人がいなくてもいいんだとは思う。

ギャラリーやお店にとって意味があれば、そして絵を見てくださった人が感じて受け取って下さった何かがあるなら、それで展示をやった意味は充分あるのだ…。

だ、が!!!!!!!

僕にとっての、意味はどこに。

僕はこんなにも楽しみにしていたんだぞ!この僕の誕生日パーティを!

そう、これは利他的で思いやりのある観点などを一切含まない、とてもわたくし的な問題であり、パーソナルな部分に抱えたやりきれなさについての論争なのだ。

少し取り乱してしまった。アイスコーヒーを一口飲んでから、心を落ち着けて筆を取り直すことにしよう。

つまり私は個展に出席できなかったことについてカッとなっているわけではないのだ。

やる気満々で楽しみにしていた個展がなくなり、次の制作活動へと向かう契機も失ったことで、いきなり宙ぶらりんになっちゃって、当面何をしたらいいのかわからなくなってしまった…。

私のこの当惑について怒りをぶちまけているのである。

要約すると、「もう!なにしたらいいかわかんないじゃん!ぷんぷん!」と、いうことである。

今の状況は、お蕎麦を食べていない年越しに全く等しい。

世界は確かに4桁の数字を繰り上げたけど、蕎麦を食べていない人間の心はまだ馴染みある数字の中に置き去りにされたままになる。

そう、人の心の時計を進めるものは、概念的なアラビア数字の繰り上がりではなく、「年越し蕎麦」のような形式としての儀式なのだ。

ふむ、ということは、だ。

明瞭な論理によって解決策が導かれる。

それは、個展に代わる生まれ変わりの儀式をすればいい、ということである。

蕎麦がないのであれば、蕎麦だと思い込んで素麺を食べればいいのだ。

では、僕にとっての素麺とは何なのだろう?

そう、そこだ。それを探す旅に出るのだ。

「お素麺探しの旅」こそが、今の僕が早急にとりかかるべきことなのである。

ということで、旅の支度をしてくることにする。

いいお素麺が見つかるといいな。

できれば、色がついてる麺がたくさん入ってるやつがいい。

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