『檸檬、林檎の逆』
『檸檬、林檎の逆』
くすんだ深緑色の扉をいつも通り押し開けて帰ってきた、玄関の狭い1Kのアパートの一室。仕事終わりで体というよりは心の体力を使い切ったぼくは、帰宅後すぐにお湯を溜めておいた狭い浴槽に、体も洗わずにざぶんと浸かり、昨夜、目黒の和食の大衆居酒屋の向かいの席に座った桜井が言っていたことを反芻していた。
「ワクワクしないとね、人生。楽しいことをするんだよ、仕事も。本当に好きなことをするんだ。みんなそこへの貪欲さと努力が足りてないだけ。ワークライフバランスっていうけどさ、日本人のこの、ワークがライフと切り離されてバランスをとるって考え方が、そもそもおかしいと思わない?ワークもライフのうちの一つとして楽しむべきだと思うんだよ。」
タートルネックのセーターの上から紺色のカジュアルなジャケットを着た桜井の表情が頭の中に現れ、途切れることなく何度もぼくに向けて喋っている。
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