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『2冊の図説の本』

 ある日ぼくは同じ会社のデザイナーの同僚2人と、都内のコワーキングスペースで待ち合わせをして、一緒に作業をすることになった。ぼくたちの会社はほぼ全員がリモートワーク勤務となっていた。ぼくと同様その友人2人もそれなりにリモートワークを気に入っているが、その反面時々は誰かと一緒に作業をしたい日もあるという共通の欲求があった。男性の友人1人と女性の友人1人の計3人で集まり、外の見える窓際の席で、横並びになってパソコンを開いて作業をしていた。午前中の作業を終え、ランチをとることになった。ぼくはお腹が減っていなかったので、ランチは食べないことにした。友人2人は外にご飯を食べに行った。

 就業規則ではお昼休憩を1時間とっていいことになっていた。せっかくなのでその時間で2人に何かをしよう、と思い立った。ぼくは2人のことが好きで、一緒に働いている中で、それぞれがものすごい才能があると思っていた。でもその反面、この会社の業務ではその才能が十分には発揮されておらず、2人ともモヤモヤとしていると感じていて、それが悲しかった。実際、そういった仕事での悩み相談を3人ですることも頻繁にあったのだった。

 ぼくは2人に本をつくろうと思い立った。本の企画を考えて表紙をデザインし、最初の数ページだけ内容を簡単につくり、コピー用紙に印刷して綴じた簡易な本をプレゼントしてみようと思い立ったのだった。2人がそれぞれの才能を存分に発揮して仕事をしている将来、もし2人が本を執筆していたとしたらどんな本なのだろう?と考えた。本の企画を考えて、早速手元のデザインツールでラフをつくり始めた。

 ぼくには、人の才能を捉える力があると感じていた。その能力を使って2人の才能を感知して本をつくり、それを見せたいと思ったのだった。もしかしたらそれが2人にとって、今モヤモヤしている場所から脱出するためのヒントになってくれるかもしれない、と考えた。ぼくは2人の才能を信じていて、2人が才能を発揮したときにつくったものをとても見てみたい、と思っていた。

 一冊は、「日常生活のありふれたモノへの観察」がテーマの本だった。それは男性の友人へつくった本だった。その男性は、日常のありふれた物事への観察力に優れており、それを独自の観点で捉え直す力があると感じていた。今の仕事ではその力は1割も使われておらず、友人は顧客の問題解決に奮闘している。

 もう一冊は、色についての本だった。そちらは女性の友人に向けてつくった本だった。彼女は色彩についての鋭敏な感覚を持っていて、毎回仕事でつくるものを見ては、その独特な色彩感覚に驚かされていたのだった。

 最初に作った書籍の企画は、どちらも分かりやすいハウツー本のような内容だった。『観察力を磨いてデザイン力UP』や、『効果的な色の選び方!』のようなタイトルで、表紙の挿絵もポップで、いかにも役に立ちそうな表現だった。

 だが、案について詳細を詰めていくうちに、昔のヨーロッパの書籍のような雰囲気に路線を変更していった。そちらの方が納得感があった。内容も、文章メインだったものから、図説が中心になっていった。1冊目の男性の友人の本は、昆虫や植物の詳細なスケッチが沢山載っている。2冊目の女性の友人の本は、日常の街の風景の中での、色の様々な使われ方に焦点を当てており、大きな写真に小さくテキストが書かれている、美しい作品集のような本になった。

 それぞれの表紙と、内容数ページ分を、コワーキングスペースにあったプリンターで印刷した。白紙の紙も一緒に挟んで綴じることで、本一冊分くらいの厚さになるように調整した。出来上がった2冊の本を眺めながら、友人2人がランチから帰ってくるのを心待ちにしていた。

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