小説「局担」
※この物語はフィクションです。
世の中には色んな職業がある中で、「局担」という仕事はご存知だろうか。
広告代理店のビジネスは、マージン商売となっており、テレビなどのCM枠をテレビ局から購入し、マージンを乗せてクライアントに売っている。
ただ、誰が想像したことがあるだろうか。
テレビ局からCM枠を買うバイヤーが存在することを。
ただ、バイヤーというこんな良い響きじゃない、簡単に言うと、社内では「できないと◯す」と言われ、テレビ局からは「やるわけねぇ〜だろ◯ね」と言われる仕事だ。
◯の部分は割愛するが、僕もまさにワンピースのロビンみたく、泣きながら「いぎだいっ!!」と叫んでいた。
ルフィさえいてくれれば、ゴーイングメリーゴーに一緒に乗っていただろう。「どけ土下座の実の能力者」として。
序章 ワクワクの入社編
時は遡ること20XX年。
日本の新しい和暦、「令和」元年でもある。
※北斗の拳ばりに世紀末感を出しているが、2019年の出来事である。
プランナーを志望して広告代理店に入社した。
【プランナーとは】
バズる企画を考えたり、どのような媒体を選定するかなど、広告代理店のブレーンとしての部署になる。
就職活動から憧れていたプランナーになり、僕は自分のアイデアで世の中を動かす瞬間を味わいたかった。
そんな夢を描き、入社後の1ヵ月の新人研修を経て、人事から内示を受け取った。
「君には、局担をしてもらう」
22年生きてきた青年は、聞いたことのない職業だった。
そのときに率直に思ったのは、「テレビ局と仕事って楽しそう」
そう、この軽い気持ちがこれから始まる激動の1年の始まりの日だった。
第一章 苦しい修行時期編
「できるわけねぇだろ!なめてんのか?」
電話越しから罵声が飛び交う。
局担という仕事を始めて、半年が経とうとしていた。
局担という仕事は誰かの失敗をカバーする仕事。
例えば、クライアントの予算の折り合いがつかない場合や、社内営業の金額のミスのしわ寄せは、局担に来る。(理不尽)
一方、コンテンツを保有しているテレビ局の方が代理店より立場が強く、お金を払っている側であるが、お願いする立場が弱い。(理不尽)
しかも、担当している局に発注が無ければ、「なんでこの案件が取れねぇんだよ、ぶざけるな」と罵倒される。(理不尽)
「理不尽なことが社会人というものだよ。」という社会は大変だよおじさんがたまにいるが、心から「うるせぇ」と言いたい。
だから、冒頭でお話しした通り、
テレビ局から「絶対にこうしろ」と言われれば逆らえず、
そのまま社内の営業に伝えると「できるわけねぇだろ」と罵倒され、
クライアントや営業がこうして欲しいというお題に対して、そのまま局に伝えると「ふざけるな」と罵倒され、
とんでもなく間に挟まれたストレスフルな職業である。カイジの地下労働とどちらが辛いのかは想像に容易い。
怒られても気にしない性格の人も世の中にはいるが、僕は怒られたら立ち直れない側の人間だった。
怒られまくるとメンタルが強くなるという人がたまにいるが、そんなわけない。誰だって怒られたくない。範馬刃牙くらいしか耐えれない。
正確には、怒られまくると、怒られることから逃げてしまうが正解だ。
帰宅すると、何度も辞めてやると心に決めて寝たが、翌朝ネクタイを締めていた。(偉い)
第二章 お願い!話を聞いて編
木の葉の季節、秋。
いつもより肌寒い風を感じながら、僕はテレビ局の営業部に立っていた。
僕「すいません、P案をバラしてください。」
テレビ局員「・・・・・」
僕「あの・・・・」
口を一向に開かない、テレビ局の人に対して、僕は背を向けて帰った。
【この状況を説明しよう】
まずP案とは、クライアントにテレビを提案する際、この局に発注をすれば、どの番組にCMが流れるのかを示す表みたいなものだ。
Amazonでいうと、カートに欲しい「番組」を入れている状態のこと。
その際、実際に在庫を押さえている訳なので、発注が無しになると、在庫が余ってしまうのである。
まさに、僕は発注が無しになった状態で、在庫を余らせてすいませんと謝罪しているのである。
しかも、全力で無視されているのである。
無視されているから、帰ったのである。
泣いたのである。
謝罪2日目
僕「すいません、P案をバラしてください。」
テレビ局員「帰れ」
僕「あの・・・・」
帰ったのである。
デジャヴとはこのことか。昨日も同じことをしたような。
謝罪3日目
僕「すいません、P案をバラしてください。」
テレビ局員「あ?ふざけるな。お前がこの○○○万円どうにかしろ」
僕「すいません。」
それからというもの、「すいません」という呪文を唱え続けた。
ドラクエのルーラとどちらの方が多く唱えたのかと言うと、僕のスミマセンという呪文の方が多いと思う。
そのままダーマ神殿に行って、局担からスライムに転職しようかと思った。
スライムの人生っていいよな。何も辛いことが起きずに、草原を走り回り、キングスライム先輩に媚を売っているだけでいいんだから。
いやでも、ジャニーズ事務所みたいに上下が厳しいのかもしれない。そう思うと、このスライムの顔も「頑張って口角を上げているんだな...」と可哀そうに思えてきた。
それから僕は、夕方5時から夜21時まで呪文「スイマセン」を唱え続けた。
テレビ局員「いいよ、バラシてやるよ。ただし、二度と俺の前に現れるな」
僕「え?(それは困る。)」
テッテテー、P案をバラしてもらえたようだ。
ただ、彼は屍になったようだ。
第三章 初めての成果編
年が明けた2020年。
局担として、丸一年が経とうとしていた。
怒られてばかりの日々に嫌気がさしていた。
同時に、1年間やってきて、何の成果を残せていない自分にも嫌気がさしていた。
そんな時、会社の売上高が下半期厳しい局面に来ていた。2月の出来事だ。
少しでも数字を積み上げないといけない中、僕はチャレンジしようと思った。
その名も「逆プロモート作戦」。
【逆プロモート作戦とは】
2章で申し上げた、P案というものは、基本的は社内の営業か、クライアントから依頼されて作成するものだが、逆プロモートとは、局担がテレビ局にお願いをしてP案を作ってもらい、営業やクライアントに提案するというものである。つまり、実施するかしないか、全く分からない上、決まらなかったら局担は死す。
丁度、その時期に担当局のドラマの主題歌のシングルがリリースされるということで、アタックしようと心に決めた。(死ぬことは考えていない、若気の至り)
テレビ局に対して「絶対に決めるので、P案を作ってください!決めれなかったらタダ働きします!」とお願いをした。
そして、作ってもらったP案を背負って、社内の営業に売り込みを始めた。
新幹線の売り子みたいに、「おにぎり、お弁当、コーヒー、P案はいかがですか~」と何度も声をかけて。
すると、天使のような営業の方々が、「提案してみる」と言ってくれて、
見事、決定に至った。
社内でも表彰され、天狗になった。
鼻が行列のできるラーメン屋の行列より長かった。おそらく2時間待ちだ。
局担は挑戦すれば苦しい目に合うと思っていたけど、その日は何だか覆ったようだ。
おわりに
局担という仕事は誰かの失敗をカバーする仕事。
だからこそ、誰かの失敗を代理になって誤って、局からも怒られ、社内の営業からも怒られ、嫌味を言われる。
だから、「怒られたくない」が軸になって仕事をしてしまう。
それじゃ、何も上手くいかなくて、自分がどうしたいかを軸にするべきだと思う。
局担という仕事は、代理店の中で一番と言ってもいいくらい地味な仕事である。
自分はなんなのか?何ができるのか?を常に問われ、考え続ける。
そして局担は、今日もネクタイを締め会社へ向かう。
おしまい。