「くやしさといらだちの 一滴の涙」
私たちは、
空気を、酸素を、二酸化炭素を
自分が吸う息を、自分が吐く息を意識することはなく
その瞬に、生きることと同義に呼吸をする
私たちは
空気を、酸素を、二酸化炭素を
自分が吸う息を、自分が吐く息を意識することはなく
その瞬に、生きることと同義に声を発する
私たちは空気を、酸素を、二酸化炭素を
自分が吸う息を、自分が吐く息を意識することはなく
その瞬に、生きることと同義に歌を歌う
私たちはあるときから
人と接するその距離の中で
息を交わしあい、言葉を交わしあい、歌を交わしあうことを
生きるようにすることができなくなった
そう
生きるためにすることが
死するためにすることだ
と
いつのまにか死するとしても
自らの心のうちの
くやしさといらだちを
なにか、アラワしたいじゃないか
あなたが生きることが他人を死することだといわれるなかで
他人を生かすために、自らが死することになるなんて
自らの心のうちの
くやしさといらだちを
なにか、アラワしたいじゃないか
私が歌う理由
私が歌うわけは
いっぴきの仔猫
ずぶぬれで死んでゆく
いっぴきの仔猫
私が歌うわけは
いっぽんのけやき
根をたたれ枯れてゆく
いっぽんのけやき
私が歌うわけは
ひとりの子ども
目をみはり立ちすくむ
ひとりの子ども
私が歌うわけは
ひとりのおとこ
目をそむけうずくまる
ひとりのおとこ
私が歌うわけは
一滴の涙
くやしさといらだちの
一滴の涙
(谷川俊太郎『空に小鳥がいなくなった日』より)