たきういSS
「あの、椎名さん。これ運ぶの、手伝ってもらってもいいかな?」
掃除の時間、そうやって声をかけてきたのは三角さんだった。
タレント活動もあるから毎日学校に来ているというわけでもないし、途中で抜ける、途中から来るということも度々。
でも今日は1日予定がないみたいで、授業をずっと一緒に受けていた。
「え、うん。いい…ですけど。」
三角さんと話すのはいまだに緊張する。だってテレビにも出演するようなアイドルだから。なにか、オーラみたいなものを感じるときがある。月ノ森の人たちもまた違ったオーラがあるけど、それとは違う。有名人、タレントのそれ。いつもなら近くに海鈴がいてもうちょっと話しやすいんだけど、二人きりだとやっぱり緊張して思わず丁寧な言葉になってしまう。
「ありがとう、結構重くて。」
そういって、ニコっと笑う三角さん。
教科書かなにかが入っている段ボールを上に2段に重ねて運ぼうとしていたらしい。さすがに一人で運ぶには重かったみたいで、たまたま近くにいた私に声をかけたようだ。私じゃなくても、もっと声かけやすそうな人、いそうだけど。
「こっち持てばいい?」
「うん。重くない?」
「大丈夫。」
机に置いてあった段ボールを片方もらって目的の教室まで向かう。
歩いているだけで、周りの人たちの目線が三角さんに集まっているような気がした。さすがは有名人。三角さんがあまり気にしていないような表情をしているというのに、私がそわそわしてしまう。
そんな、なぜか緊張する時間をやりすごして誰もいない目的の教室に段ボールを運んだ。
「ありがとう、助かったよ。」
「そんなに感謝されるほどでも…。あ。」
三角さんと二人きり。いつもなら近くにいる海鈴がいない。あいつのことを聞くなら、今しかない…?
「あ、あの。三角さん。」
「うん?どうかした?」
三角さんが教室を出る直前、意を決して声をかけてみた。自分の声がいつにもなく声が震えているような気がする。
「あのさ。三角さん、海鈴とバンド、やってるじゃん。あいつ、バンドの活動してるときどんな感じなのかなって。」
「海鈴ちゃん?あー…海鈴ちゃんのこと、気になるよね。よく教室でもよく話してて仲良さそうだし。」
「そういうわけじゃないけど…!」
ニコっと笑顔を浮かべて楽しげに返事をしてくれる三角さん。そんな三角さんが祥子と、睦と、そして海鈴と、Ave Mujicaのメンバーとして活動していることは知っている。サポートとして海鈴にバンド練に来てもらったことがあったからなんとなくイメージはできるけど、それでも三角さんなら、もしかしたらいつもと違う海鈴の一面を知っているかもしれない。
「ふふっ…!でも、たぶん椎名さ…立希ちゃんが知ってる通りの海鈴ちゃんだと思うよ。教室のイメージ通り。」
「えっ…?」
そんなことはなく、どこにいっても海鈴はかわらないらしい。その回答を聞いてどうしてかホッとしたけど、海鈴のことを意識しているって三角さんに思われてるかもと思うと少し恥ずかしくなった。それになぜか下の名前で名前を呼ばれた。一体どういうことなんだろう。
「私もこれからは立希ちゃん、でいいかな。」
「いいけど…。」
「じゃあ行こう、立希ちゃん。海鈴ちゃんが待ってるよ。」
「ーっ!今関係ない…!」
三角さんにからかわれながら教室に戻った。
思っていた何倍も三角さんは私と同じ高校生で、普通の女の子だった。
「どうしたんですか?そんな顔して。それに三角さんと一緒なんて珍しいですね。」
「あ、海鈴ちゃん。立希ちゃんに向こうの教室まで物を運ぶの、手伝ってもらってて。」
教室に戻ると、ちょうど図ったように同じタイミングで海鈴も別の場所の掃除から教室に戻ってきていた。海鈴は三角さんと二人で教室に戻ってきたことに少し疑問を持っていたみたいだった。
「なるほど。でもなぜ立希さんに?」
「ほかの人ってちょっと頼みづらくて…。でも立希ちゃんなら、海鈴ちゃんとよく一緒にいるし話かけやすいかなって。」
「そんなことないと思うけど…。」
「ううん、立希ちゃん優しいから、頼みやすかったよ。」
「それはどうも…。」
意外な三角さんからの言葉にちょっと照れる。確かに海鈴とは仲良い方だとは思うけど、それで三角さんにそんな風に思われていたなんて。
「立希さんは、三角さんと仲良くなれてうれしいですか?」
「え…?それはまあ、うれしいけど。」
「そうですか。それはよかったですね。」
「なにそれ。あ、ヤキモチってやつ?」
「違いますよ。立希さんが三角さんと仲良くなっても、何もおかしくないですから。」
前に海鈴に言われたことを思い出してやり返すように海鈴をからかってみたら、思ったより効いているみたいでそのまま席に戻っていった。
ちらっと後ろを振り返ったら、そんな私たちを見てニコニコと笑っている三角さんがいた。